28 聖女の秘密
予め決められたリズムでノックしたドアが、一呼吸おいてから静かに開けられる。爪先がやっと入るくらいの隙間から覗いた榛色の瞳がアンジェラの姿を認めて僅かに細められた。それだけで、ドキリとしてしまう自分が嫌になる。
「やあ、待ってたよ。入って」
「はい」
きっと誰にでも見せるであろう綺麗な笑顔を向けられ、アンジェラも愛想笑いを返す。案内された先には、両手で抱えなければならないほど大きな水晶玉を覗き込むエストこと、エルンストの姿があった。
「こんにちは、エスト様」
「わざわざ呼び立ててすまないね」
「とんでもありません。エリザベート様のためなら、何処へでも参ります!」
「はは、頼もしいね。……さて、君が仕掛けてくれた魔道具の映像がこれだ」
エルンストが指さした水晶玉には、ある部屋の中が映し出されていた。貴族の館かと見紛うほどの豪奢な部屋は、アンジェラの実家が経営する宿屋『ルクセン』の貴賓室である。
アンジェラの役目は、貴賓室の中にこの水晶玉と対になる魔道具を仕掛けること。「部屋の最終チェックを任された」と自ら清掃係を買って出たアンジェラは、広いこの部屋の中で死角になる場所がないように、全部で五箇所に魔道具を仕掛けてきた。小指の爪ほどの大きさの魔道具からは微弱な魔力が出ているが、万一の場合を想定して分からないようにカモフラージュされている。
けが人や病人を治したあとすぐに、ゾフィーはフランツと共に宿に戻って来た。そこから少しの間二人でイチャイチャしていたが、“癒しの力”を使って疲れたのでしばらく一人で休みたいとゾフィーから告げられ、名残惜しそうにしながらも王太子は出て行った。
侍女も部屋から出て一人になったところでゾフィーはバスルームに入って、まだ出てこないらしい。
「さすがにバスルームに仕掛けるわけにはいかなかったから仕方ないが……」
「エストは相変わらず堅いなぁ。僕は全然仕掛けてもよかったと思うけどね。あの王太子がご執心の女性の裸を拝める機会なんて、そうそう──ちょっと、そんなに怖い顔で睨まないでよ」
「別に睨んでなんかいません」
「男なんて皆こんなものだよ。ほら、君の元ボーイフレンドだって…………おっと、お出ましのようだ」
聞き捨てならない発言を耳にして今度こそクラウスを睨みつけようとしたアンジェラは、慌てて水晶玉に視線を戻した。
聖女服から部屋着へと着替えたゾフィーが、バスルームから出て来る。その様子を覗き込んだアンジェラが、次の瞬間あっと息を飲んだ。
「か、髪と目の色が……!!」
「ああ、やはりな」
「うーん……驚いたね」
三者三様の反応を見せたアンジェラ達の視線の先には、先程までの黒目黒髪の女性はどこにもいなかった。代わりにそこにいるのは、燃えるような赤い髪に黄色い瞳の女。
「あの……これは一体どういうことでしょうか?」
戸惑いを隠せないまま尋ねたアンジェラを見て、男二人が互いに顔を見合わせる。先に口を開いたのは、エルンストの方だった。
「世界を破滅に導く存在と言われる魔女に関して、伝わっている特徴が二つある。一つ目は血のような赤い髪、そしてもう一つは蛇のように縦長い瞳孔の黄色い瞳だ」
「では、あそこにいるのは……」
「そう。まさに伝承通りの“魔女”だな」
「…………」
聖女だと思われていた人物が、まさか魔女だったとは。
あまりの衝撃に言葉を失うアンジェラをよそに、男二人は真剣な顔で何やら話し合っている。
「どおりでゾフィー・リンブレッドの出自を辿っても何も出てこないわけだ」
「まぁ、私はあの女が魔法を使うところを見た時から予想はしていたが」
「あの魔法は、一体どういうカラクリなんだい?」
「あくまで私の憶測だが、おそらく怪我人や病人達の持つ魔力──あるいは生命力と言い換えてもいいかもしれないが──ともかく、それを利用して治癒を行っているのだろう。本来の寿命を削って治癒に充てることで、一時的に良くなったように見せかけているだけだ」
「つまり、一旦は良くなったように見えても、一定期間を置いたら急激に体力が衰弱していくということ?」
「そういうことだな。怪我や病気の程度にもよるが、完全に治癒するには相当の魔力を要するはずだ。私達のような魔術師の家系と違って、一般の人々が持つ魔力は実に微弱なものだ。生命力そのものが魔力と言っても過言ではない。それを無理やり引き出された結果がどうなるかは、言うまでもないだろう」
「なるほど……これは思ったよりも深刻かもね」
さっきまでの軽口を叩いていた時とは打って変わって神妙な顔つきでクラウスが呟く。
二人の会話の内容がほとんど頭に入って来ず呆然と水晶玉を見つめていたアンジェラだったが、ゾフィーが小さな丸い光る玉のようなものをいくつかポケットから取り出したのを見て声を上げた。
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