新6章 絆
少し間が開いてしまいました。
市内ににある豪華さよりも機能性を重視して建てられた岳人の邸宅。
見張りである秘書と連絡が取れなくなった。この状況下での連絡の途絶、そこで調べに来たのは“影”の実行部隊のリーダー、郷介。
チャイムを鳴らしても反応なし、泰道から渡された合鍵で入ってみてもシーンと静まり返っいて人の気配がない。
家の中を回ってみれば居間の片隅に秘書は倒れていた。近づいてみれば息をしていない。
後頭部に出血の後、首には紐の跡。
どうやら殴られた後、紐で絞められとどめを刺された様子。
「……」
何があったのか悟った郷介は外へ飛び出し、黒いインプレッサに乗る。
赤いプレマシーを走らせる佐和子。
邸宅で岳人に見つかった時、何故かUSBメモリーを渡してくれた。この中にはこれまで泰道が行ってきた悪事の証拠が入っている、これを持って“ある場所”へ行けと。
今、その場所を目指している最中。
バックミラーを見れば1台の黒いインプレッサが追っかけてきているではないか。
『見つかった』
アクセルを踏み込みプレマシーのスピードを上げれば、黒いインプレッサもスピードを上げてくる。
横に並んだ黒いインプレッサが体当たりをかます。
咄嗟にブレーキを掛けると、プレマシーはスピンして近くの壁にぶつかる。
エアバッグのお陰で無傷で済むが、少し頭がくらくら。
こうしてはいられない、何とか車外に出て逃げようとする佐和子。
黒いインプレッサから降りてきたのは郷介。
ふらつく体では逃げ切れず足が縺れこけてしまう、迫って来る郷介は佐和子を捕まえようと手を伸ばす。
捕まる、反射的に佐和子は目を閉じる。
「がはっ」
郷介の呻き声が聞こえた。
そっと目を開けてみれば、郷介が背後から片刃の剣でアニに袈裟懸けに斬られいた。傷口に霜が付着。
郷介は振り向き、アニに襲い掛かるが返す剣で逆袈裟懸けで斬られる。その傷にも霜、斬ると同時に氷の魔法を叩き込む。
背中からの袈裟斬りと正面からの逆袈裟斬りに加え氷の魔法ダメージの直撃を受け郷介は倒れた。
腰の鞘に魔導剣を収めるアニ。
「助けに来たぜ、怪我はないか?」
普段とは全く違う口調のアニが手を差し出す。
アニの手を掴み、立ち上がる佐和子。岳人に行くように言われたのは栗之介のタワーマンション、向こうから迎えに来てくれた模様。
「ええ」
少々体は痛むが酷いけがはしていない、歩くのに何の支障も無し。
「アニさん?」
立ち上った佐和子は、あまりもの雰囲気の違いに訪ねてしまう。
「今はアニ・バローと名取ってはいるがな、私の本当の名はエデ・アテニャン、翔の相棒だ」
ニカッと素の元気な笑顔を見せ、魔導剣を腰の鞘に納める。
見た目は普通の服を着ているので一般人と思われるが、目付きまでは“影”であることは隠せない。
栗之介のタワーマンションの前の防犯カメラで“影”を確認した管理人は、あっさりと通したうえで合鍵まで渡す。
そうするように泰道からの命令を受けている。断れば“影”が殺すのは管理人自身。
命じられれば“影”どんな事も行う、それが人殺しでも15年前の桃崎家の時のように。
“影”はエレベーターに乗り、最上階へ。
今の状況が始まったのは栗之介が柄九巣市に来て間もなくのこと。
『高校生の頃、全身に大火傷』という経歴と自身に復讐をしようとする人物に、泰道は1人だけ心当たりがあった。
泰道の不正を告発しようとして火事に見せかけて始末した桃崎浩平の息子。もし生きていたとしたら……。
何やら関係しているのかと疑い、問い詰めるために“影”を送り込んだ。
何せ相手は車椅子、捕まえるのは容易いはず、後は拷問でもして吐かせればいい。白でも黒でも口封じしてしまえば表には出ない案件。
『浩平の息子なら、地獄へ戻してやれ』それが郷介を通して“影”に出された泰道の命令である。
合鍵を使って部屋の中に入る。栗之介の姿が見えない、どうやら奥の部屋にいるようだ。
奥の部屋へ入った瞬間、凄まじい勢いで栗之介が車椅子で突進してきた、それもフルスピードで。
直撃、吹っ飛ぶ“影”。
さらなる突進を仕掛けてくる栗之介に、“影”はトカレフを取り出し3発発砲。
3発とも命中、車椅子ごと倒れる栗之介、念のため“影”は額にもう1発撃とうと引き金に掛ける指に力を込める。
途端、栗之介は起き上がり“影”の首を掴む。
人間とは思えない力で首を絞め揚げ、不自由なはずなのに両足で立つ。
至近距離から残っていた全弾を撃ち込むも、びくともしない栗之介。
床にはひしゃげた弾丸が転がり、撃たれたのに一滴の血も出ずスーツに穴が開いただけ。
全弾打ち尽くしたトカレフが手から落ちた、何とか抵抗しようと“影”は伸ばした手が顔を覆う包帯を掴む。
ゴギリッ首の骨の折れる音が響く。力を失った“影”の手がブランと下がった手には包帯が握られていた。
栗之介の素顔。火傷も無ければ特徴も表情もない、まるでマネキンのよう。
それもそのはず、栗之介の正体は人間型に作られた武形。
岳人は子供の頃、肝試しに来ていた廃ホテルに来ていた。丸生町の夕日の見える、あの場所に。翔と佐和子との思い出の場所、大切な場所。
背後で物音がした。
そこにいたのは“影”の1人。
「俺を始末しに来たのか」
問いには答えない、“影”は冷静に冷酷に任務を全うする。
岳人は天を向く。
「――それも、まぁ、一興だか」
近づいてくる“影”に対し抵抗する意思すら見せず、静かに両目を閉じる。
“影”は封筒を岳人のポケットに入れる、見るまでもない遺書だ。
今回のことは全て自分が勝手に行ったこと、迷惑をかけた父に対する謝罪と罪を償うために自らの命を絶つと言う内容なのは間違いなし。
その後、泰道は悲劇の父親を気どりて世間の同情を引く計画。
息子だからこそ、父親のやることが読めてしまう。
『まぁ、元々、死ぬつもりでここに来たのだがな……』
どうせ死ぬならば、翔との思い度の詰まったこの地でとここへ来た。
岳人を廃ホテルから突き落とそうと手を手を伸ばした矢先、“影”の胸を刃が貫く。
“影”の背後には片刃の剣を突き立てる澪の姿。
魔導剣を引き抜くと、“影”は倒れる。
「翔」
呟くように岳人の言った顔を澪は見る。
「初めて見た時から解っていたよ、お前だって」
近づき、澪、否、翔を強く抱きしめる。変装していたも、岳人には解ったのだ翔だと。
「許してくれなんて言わない、俺は許されざる罪を犯した」
抱きしめながら泣いている岳人。15年前の姿の変わっていない翔、そんなことは些細なこと、岳人にとって大切な人なのだから。
「罪の償いでも、死ぬことは許さないよ」
抱きしめていた手を放し、翔を見つめる。
「許されざる罪を犯したのなら、生きて罪を償ってくれ」
黙り込む。“影”は気がつかなかったようだが、翔は気が付いていた。物陰に置いているガソリンを入れたポリタンクに。
翔の家族が味わったことと同じ方法で自らの命を絶とうとしていたのを。
翔の顔を見ていた岳人。
「……そうだな、死んで逃げるなんて許されないことだ、な」
翔は岳人のポケットの中の“二通の遺書”、一通は泰道の用意した偽の遺書ともう一通の岳人の本当の遺書を取り出して空に向かって投げた。
炎の魔法を発動させた魔導剣で二通の遺書を斬る。たちまち二通の遺書は燃え上がり落ちていき、やがて灰となる。
「ありがとう、翔」
そう言った岳人の顔は笑っていた、疲れ果てた大人の顔は無く子供の頃と何にも変わらない笑顔。
もう心配はない。
罪を償う事の出来る者と出来ない者。
いつまでも変わらない思いの強さ。




