新3章 序曲
細工は流々仕上げを御覧じろ。
健司は自分の持てる力を総動し、出門栗之介のことを調べつくした。にもかかわらず……。
「全く、ここまで何も出てこないとはな」
深く椅子にもたれかかる。
どんなに調べても調べても出門グループを立ち上げる以前の情報が出てこない。以前、何かの番組の取材で、レポーターに出自を聞かれたことがあり、
『私に過去なんてありませんよ』
と栗之介は答えていた。その時は冗談と思われ笑いで収まったが、こうまで探って何も解らないとなると、あの冗談が本当のことのように考えてしまう。
「出門栗之介、貴様は一体、何者なんだ……」
敏夫は上機嫌であった。出門グループから資金を受けた情報を広めたことにより、市外の投資家からの金も入り、その資金を元に新しい幾つかの経営にも乗り出すことが出来た。
それらの売り上げも好調、もううはうは状態。
「幸せだ」
椅子の上で我欲たっぷりの満面の笑みを浮かべる。
机の上のスマホが鳴る、手に取って会話。
「これここれは、栗之介様」
スマホで右手が塞がっていなかったら、揉み手でもしそうな勢いだったが、途端、先ほどまでの満面の笑みが凍り付く。
「ととととととと、投資を打ち切るなんて、いきなりすぎます」
あまりのことに声が上ずっている。無理もない、出門グループから資金を受けた情報を広めて、多くの投資から資金を得た。
ならば、その出門グループが投資を打ち切ったとなると、他の投資家らも投資を打ち切られてしまう。
そうなれば多角経営が仇となり、想像もできない損害が出る。
『最初に約束したはずですよ、あなたの会社に何か不正があった場合、この契約は無かったことになると』
「当社がそんなことはしておりません、不正など濡れ衣ですよ」
真っ赤な嘘である。不正経理横領買収賄賂、警察との癒着、悪事の揉み消し。様々な不正を行っている。
それが故、徹底的に情報の隠蔽は行っているし、社員たちも圧力で押さえつけているはず。
不正が表ざたになることなんてあるはずがない、本来ならば。
『こちらにはあなたが不正をしたと言う確実な証拠を掴んでいるのです。言い逃れはできませんよ』
証拠の全てがUSBメモリーに入っていた。
「証拠、そんなものがあるはずが――」
敏夫が更なる言い訳をしようとボロを出してしまう。
『あなたとの付き合いは、終了しました』
それを最後に無情にもスマホは切れる。慌てて栗之介にかけなおしても、拒否されて繋がらない。
不正が発覚しないようにスパイまでおいて注意していたのに、大驚失色な有様で棒立ち状態の敏夫。
出門グループが投資を打ち切りとなれば、他の投資家らはその理由を問われることになる。
その理由は語られる、証拠とともに。
不正をやる奴に投資家は資金は出さない、最悪、飛び火しかねないので。
次々に敏夫に対する投資は打ち切られ、その影響は市外の取引相手にも及ぶ。
案の定、多角経営に手を出したことも災いとなり、大きなダメージに。
自業自得ではあるが、泣きっ面に蜂。
“破産”の2文字が現実を帯びていき、頭を抱える敏夫。
☆
「あら、澪ちゃんじゃない」
歩道を歩く澪を佐和子が呼び止めた。
「これは佐和子さ――、あっ、門敷さんと言った方がいいのかな」
「佐和子でいいわよ」
言い直そうとした澪を止める。佐和子自身、澪には門敷より、佐和子と呼んで欲しいと思ったのだ。
「お使いかしら?」
「いえ、時間が空いたので散歩です」
そう佐和子に答えた。細工は行った、後は事態が動き出すのを待っているところ。
「なら、一緒に喫茶店に行かない、ご馳走するから」
にっこり笑顔で言う。その笑顔には裏表もない、これにはあらがえぬ。
素直な笑顔の直撃、澪も素直な笑顔で答えた。
「はい、ご馳走になります」
澪も素直な笑顔を返す。
届いた注文の品のガトーショコラとコーヒーを味合う澪と佐和子。
窓の向こうを見れば柄九巣市内に暮らしている人々が行き交う、何にも変わらない平凡な日常に見える街並み。
「知らないことと知ること、どっちが幸せなのかしら」
さり気なく佐和子が言った。この柄九巣市が泰道の支配下にあることを泰道の悪逆非道さを。気付いていないからこそ、送れる日常。
柄九巣市では泰道に歯向かえば、生きることさえ許されない。
知らないことは幸せなのか? 知ることは不幸なことなのか?
「……」
答えに詰まる澪、何て答えればいいのか迷ってしまう。
「ああっ、気にしなくていいのよ、只の独り言だから」
その場に産まれた空気を追い払うため、コーヒーを一口飲む。
喫茶店を出れば嫌な雲が覆い始めていた。そんな空を見上げた佐和子。
「今夜は雨になりそうね、早く帰らなくちゃ」
夕方に振り始めた雨は、夜には土砂降りになっていた。
ピンポーンピンポーンピンポーン、何度も鳴らされる迷惑なチャイムに秘書が相手を確かめてみると、玄関のカメラに映したされていたのは敏夫、傘も差さずにずぶぬれで突っ立っている。
このままでは迷惑なので秘書はとりあえず敏夫を家に入れ、会わせろとの言われた岳人が奥の書斎から出てくる。
敏夫はずぶぬれなので、玄関で話すことに。
「何の用だ、こんな時間にそんな姿で」
敏夫が破産したのは知っている。どうせ、金の無心だと思っていたのだが。
「泰道さんと会えるようにしてくれ」
「父さんと? 何のために」
いきなり泰道に会わせろとは? 危険な匂いがぷんぷん。
「俺の再起の手助けをしてもらう。このまま終わるなんて、ごめんなんだよ!」
感情のまま、声を荒げる。
「それは無理だな、お前も知っているだろ父さんのことは人助けなんかしない。ましてや、無能無用とみなされては」
泰道は、一ミリたりとも人の情と言うものを持ち合わせてはいない。
「そんなことは百も承知だ」
敏夫の目付きがヤバイ。
「こんなことがあろうかと、これまでの悪事の証拠は取っておいたんだよ。もちろん、桃崎家の一件もな」
敏夫の顔は狂気に満ちていた。一気にどん底まで落ちたことで冷静な判断が出来なくなっているのがありありと解る。
こんなことが泰道の耳に届けば……。
岳人が後ろを向けば、秘書が不気味な笑顔を浮かべていた。
崩壊の始まり。




