◆第七話 ガレオン王立学園◆
私が通うことになったガレオン王立高等学園は、現在百名程の生徒が在籍している、アージュ国内に存在する数ある学園の中でも名門中の名門の学園だった。
十四歳から十六歳の二年間、生徒が希望する様々な分野を学べ、卒業後の就職先も、希望すれば斡旋してくれる人気の学園だ。
しかし、一度学園に入ると酷い病気や怪我等の特例を除いては家に帰ることを許されない厳しい一面もある。
貴族や平民、王族も通う、平等を学風に謳った、皆が同じ寮内で暮らす全寮制の学園だ。
あの日、リューゼン卿と対面した私はリューゼン卿に自らの出自を根掘り葉掘りと問われていた。それが何故かというと、私の持つ金髪碧眼は現在このアージュ国において、王家の血筋の者が持つ色なのだという。
今現在その色を持つ者は少なくなっており、金の髪に黒い瞳や黒い髪に青い瞳だけといった、どちらか片方が現れている場合の王族が多い。
両方現れているのは、リューゼン卿が知る限りでは現国王陛下の娘、第一王女のエリーゼ姫のみなのだという。
確かに自分が住んでいたラダー村に金髪碧眼は、私と母ミーシャだけだった。
しかし王族の血筋の色だと言われても、そんな事、誰も気にも止めていなかったし、教えられなかった。
ラダー村はアージュ国の辺境、ラダー樹海の中にある小さな村。森の外に出たことがなかった私は世間の話に疎かった。
リューゼン卿は私の母ミーシャの名前を聞くと、何かを考えるように目を閉じて言葉を発しなくなった。
暫くしてその後、考えがまとまったのかこう言った。
「君の出自に思い当たる節がある。しかし今すぐどうこうと出来る話ではないし、勇者様との約束で君をガレオン王立高等学園に通わす手筈を整えている。先だっては学園に通ってもらい、その間にこちらで君の身柄を確認しよう。何、悪いようにはならないさ」
取り敢えず、今は何を聞かれても知らぬ存ぜぬで通せばいいとリューゼン卿は言った。
ラダー村のミラ・ディオラ、それでいいと。
そして私と同じ金髪碧眼を持つエリーゼ姫は偶然にも私と同じ年齢で、更にガレオン王立高等学園に在籍していると教えられた。
エリーゼ姫はその王家の色と美しい容姿を持つ事で、奇跡の姫と称され甘やかされて育てられてきた。
その為プライドが人一倍高く、自分と同じ色を持つ君が編入したとなると一悶着有るかもしれない、もしも何かあったら力になるからこちらを頼りなさい、と。
そんな訳で、私がガレオン王立高等学園に入学して二ヶ月が経過した。やはりリューゼン卿の言っていた通り、金髪碧眼の私は目立ち、ガレオン王立学園の生徒達からの注目を集め、私の出自をリューゼン卿のように尋ねてくる人が絶えなかった。
しかし、私が何も知らないアージュ国辺境の田舎者だと知ると、徐々に皆の興味は薄れていった。
不思議とラダー村の存在を知る者もなく、もしかすると私には何か事情があって、そこに踏み込んではいけないのだと思われたのかもしれない。
リューゼン卿の心配していたエリーゼ姫も、私が入ったその日から何かの理由で長期の休みを取ったようで、私の前にはしばらく姿を現さなかった。
学園の勉強についていくのは一苦労だった。ラダー村で通っていた学校よりも遥かにレベルが高かったからだ。私は毎日補習を受け、寮でも必死に勉強した。その甲斐あって、一般のレベルには追い付くことができたと思う。
他にも一番心配だった学園での生活の要となる寮は、二人一組で一室が与えられているようで、私と部屋が一緒になったのは、ナンナ・リゼリア。リゼリア子爵家の三女で学園を卒業したら王宮で女官として働きたいのだそうだ。
「でね、パルマールの港町に魔獣が押し寄せたんだって。見たこともないような大きな魔獣とかすごく狂暴な魔獣で、騎士や魔術師も苦戦して結界が破られそうになったんだって」
寮の食堂で夕食を摂りながら、ナンナは軽快にその事柄を話す。パルマールの港町とはこの王都ガレオンからそう離れてはいない、アージュ国の玄関だ。
「そこでなんと! ドリス砦で修行中だった勇者様と巫女様が駆けつけて、魔獣をあっという間に退治したんだって!」
その言葉に私はどきりと胸を鳴らし、食事を口に運んでいた手を止める。
「すごいよね、騎士や魔術師がずっと苦戦してたのに、破魔の力で一瞬だよ、一瞬!」
そっか、アルも頑張ってるのね。
学園に入って二ヶ月程過ぎたが、アルの事はまだ誰にも話していない。幼なじみのアルが勇者で、勇者と自分は知り合いだなんて事が知れると、とても面倒なことになりそうだからだ。
金髪碧眼の件でも色々な人に細かく事情を聞かれ、嫌気がさしていたのに、更に勇者の件でしつこく聞かれるのはたまったものじゃない。
「勇者様ってどんな人なんだろう同い年って聞くじゃない? かっこいいんだろうなぁ」
勇者が現れたその日から、勇者については様々な噂が飛び交っていた。
噂は噂。誇張され、尾鰭がどんどんついていく。今アルは、超絶美少年の聖人君子ということになっているらしい。
まあ、顔は整っている方だとは思うけれど。
くりんとした少し癖のある髪に、子犬のような丸く大きな瞳。かっこいいというよりは可愛い部類だろうか。
「笑顔が素敵で勇敢で優しくて頼りがいがあるみたいなのよねぇ」
ナンナが興奮し、段々と声のトーンが上がっていく。
「ナンナ、君を守ってみせるよっとか言ってくれたりして! きゃーーー!」
「あ、あははは……」
きらきらと目を輝かせて、一人、妄想の中で浸るナンナを見て、本当のアルの姿は絶対言えないなと心に誓った。
ナンナの夢は壊せない。
「でも勇者様には巫女様がいるよね。代々勇者様と巫女様は結婚するものだし……」
「……そうなの?」
少しの間をあけて私は問う。初耳であった。
勇者と巫女が結婚? アルとシュナさんが?
「うんうん、あれ、しらなかったんだ。ミラちゃんそういうのに疎いよね。えーとね、勇者様と巫女様は結婚して子供を残さないといけないんだって」
確かに村はその辺の事情に疎いから、知らなかった。ここの皆が常識的に知っていることを私は知らない場合が多い。
「なんでも勇者の破魔の力は次の代の巫女の法力を強めるんだって」
「そうなんだ」
だとするとアルはシュナさんと結婚することになる。ならばあの時のアルの告白は忘れてしまっていいのかもしれない。
あれだけの美少女だ。嫌でもアルの気持ちはシュナへと傾くだろう。
「巫女様、巫女に叙任した去年まではこの学園に在学してて、私は入学したばっかりだったから遠くで見るだけだったけど、すごく神秘的で綺麗だったの。長くてすっごい艶々な銀色の髪してるの! 銀色の! 目は月みたいに綺麗で、なんかあれが同じ生き物なのかと思うと私自信なくしちゃうよ」
今度は段々とナンナの声のトーンが下がり、夢見モードから覚めていく。
―――と、その時私達二人の前に優雅に一人の少女が現れた。その後ろには数人の取り巻きを引き連れている。
ざわり、と食堂にいる人達の視線が一斉に集まった。
何事か、と私は顔をあげてその光景を一瞥する。
「食事中に大声をあげてはしたないこと。リゼリア子爵令嬢でしたね。淑女としての自覚をお持ちなさい」
口元を白い羽毛で作られた扇子で隠しているが、その声の主は金髪碧眼。誰だろう、と少し考えたのだが、私と同じ色を持つということはきっと、以前リューゼン卿が話していたエリーゼ姫ただ一人だろう。
うねるような癖のついた長い金の髪、少しつり目がちで長い睫毛に縁取られた碧い瞳。ぷっくりと赤く染まる唇。それに細い肢体は白磁のように滑らかて、全体的に麗美なその姿は確かに奇跡の姫と呼ぶに相応しいだろう。
二ヶ月近くも見ることのなかった彼女の突然の登場に、目を丸くしたナンナ。慌てて立ち上がり、おろおろと瞳を左右に動かした後、勢いよくり頭を垂れた。
「も、申し訳ありません、姫様」
「それに貴族である貴女がこんな平民と食事を共にするなど、少しは自重なさい」
碧い私と同じ瞳の色を持つエリーゼ姫は私をぎろりと睨み付ける。敵意を丸出しで、私を挑発しているのだろうか?
「へ? ええと……」
ここはガレオン王立学園。学園内で身分の差は関係なく暮らすよう、入学時に厳しく言い渡されているはずだ。周りにも平民と貴族の組み合わせなどいくらでもいる。
それ故に突然のエリーゼの発言にナンナは戸惑っているのだろう。
「ちょっと、どういうことですか?」
私は急に喧嘩を売ってきたエリーゼに苛立ちを隠せないまま、口調を強めて睨み返す。
「平民、身の程をわきまえなさい。この方はあなたのような平民が口を聞いていいお方ではないのよ」
すると取り巻きの一人の少女が口を開き、私の前にずいと詰め寄った。
「いいわアリッサ、下がりなさい。そこの平民、名はなんと?」
しかしエリーゼ姫はそれを制し、アリッサと呼ばれた少女はいそいそとエリーゼ姫の後ろへと戻る。
答えたくはない。しかし横で顔色を変えて立つナンナの事を思えば、答えなければいけないのだろう。私が答えないことでナンナが何か責められたりするのは申し訳ない。
「ミラ・ディオラです」
「そう、わたくしはエリーゼ・ヴィアイン・アージュ。このアージュ国の第一王女です」
鋭い眼光で私を睨み付けるエリーゼは確かに王族の威厳がある。気を緩めると跪いてしまいそうだ。
「それで、食事中にこんなに人を引き連れて私になんのご用ですか?」
「この無礼者!」
そう取り巻きの中から怒号が聞こえると、エリーゼは腕を横に伸ばし、取り巻きを制した。
「いいわ、平民は口の聞き方を知らないのでしょう」
そういうとエリーゼは、パチリと羽毛のセンスを閉じた後、にやりと口の端をあげる。
「今日は、わたくしと同じ色の平民がいると聞いて足を運んだのですけれど、こんなお芋さん、気にする必要もありませんでしたわ」
お芋さん…………?
「そうですわ、エリーゼ様。このような者、エリーゼ様の美しさの足元にも及びません」
「ええ、まあ、次似合うときは礼儀作法でもお勉強しておいてくださればいいのですけれど」
そう言うとエリーゼはほほほと笑いながら、私には気にもとめずに、ゆっくりと優雅に取り巻きを引き連れて消えていった。
「なんなの、あれ」
私は立ったまま動かないナンナに話しかける。
まだ食事は全て食べ終えてはいないのだが、今の事で食べる気も失せてしまった。
隣で顔を真っ青にしたナンナは、私の顔を見ることもなく告げる。
「うん……ごめんミラちゃん先に部屋に戻ってるね。また後で……」
「え、うん。またね」
そそくさと、気分の悪そうなナンナは食堂から立ち去る。
この時、エリーゼが皆の前で私に声をかけた意味を、私はまだ知らなかった。
あれが私に対しての宣戦布告だということを。