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◆第五話 勇者の告白◆

 目が覚めるとそこは見たこともない豪華な調度品の揃う部屋の端にある、ふかふかのベッドの上だった。

 ここはどこだろう。

 ぼんやりとする意識の中、何があったのかを思い出す。

 あれは夢だったのか?

 村はなくなってしまったのか?

 あの時私は怪我をしていた筈だが、今身体に傷はなく痛みも感じない。


 疑問が残るまま私はベッドから起き上がり、豪奢なカーテンの閉まった窓へと向かった。服装は誰かが着替えさせてくれたのだろうか、今まで着たことのない肌触りの、白い簡素な、ワンピースのような寝間着を着ている。

 カーテンの隙間から外を見ると、そこは暗闇が広がっていた。夜なのだろうか。月は暗雲に覆われ、星ひとつ見えなかった。


 ふと、部屋にノックの音が響く。

 私はどうしていいのか解らずに、おろおろと返事を躊躇したが、私の返事を待たずしてその扉は開かれた。


「あ、ミラ、起きてたんだ。具合はどう? 痛む所はない?」


 現れたのはアルなのだが、やはりその髪の色は銀で、瞳の色は黄金。そう変わった瞬間が思い起こされる。


「どこも痛くはないわ、いつも通りよ」

「そっか、ならよかった。巫女のシュナさんが治してくれたんだよ。法術ってすごいね」


 魔術は自然の力を操る事が出来るが、人の身体を癒す力はない。人を癒す力は稀有な能力で、巫女にしか扱うことが出来ないのだと、授業で習った記憶がある。


 傷を治すことのできる癒しの力を持つ巫女って……あの人がそうだったのね。


「そうなの……」


 私はやはり夢ではなかったのか、と落胆した後にアルに視線を向けた。


「それでね、ミラ。夜も遅いけど少し話があるんだ。いいかな?」

「いいけど、どうしたの?」


 何の話だろう。アルには似合わない真剣な表情だ。

 アルは窓際にあるソファーに腰を下ろすと、その対面へ私を促した。

 私も座り、何と声をかければいいのか悩んでいると、アルから話を切り出す。


「えっと、僕が勇者だってことは覚えてる?」

「ええ」


 まだ現実味を帯びていないのだが、アルが勇者だということはもう何となく理解してきていた。

 けれど何故か、今日寝て起きたら明日からはいつも通りの日常が始まる。そんな気がしてならなかった。


「最近よく、夢を見てたんだ」


 アルは黄金の瞳を真っ直ぐに私へ向けてくる。


「勇者よ、神殿に行き、巫女に会いなさいって、誰かが語りかけてくる夢を。最初はただの夢だと思って気にしてなかったんだけど、毎日、同じ夢を見ているうちに気味が悪くなって、神殿に行くことを決めたんだ」


 それが、アルが神殿に行きたいと言い出した動機なのかと納得した。きっと私に夢の話をしても信じては貰えないだろうから、あの日私にただ「神殿に行きたい」とだけ伝えたのだろう。そのお陰で初めはいたずらだとばかり、思い込んでいたのだが。


「でもそれが、こんなことになるなんて思わなかった。僕が勇者として目覚めた時、強い破魔の力が発動されたから、魔族の王に居場所を特定されたんだろうってシュナさんが言ってたんだ」


 あの時確かに凄まじい光が放たれた。それに驚いてジアナとクリオという二人も駆けつけたくらいだ。


「その破魔の力が放たれた近くにある村に僕がいる事を予想して、魔族の王は村を襲ったんだ」


 魔族の王が村を襲った理由。それ以上は、聞きたくない。私の手が震え始める。


「アル……」

「僕のせいでラダー村が壊滅した。村にいた皆を死なせてしまった。僕が勇者になったせいで」


 私の心臓はどくんと音を立てる。

 現実だと認めたくない出来事を、現実として受け入れないといけない言葉だった。


「そんな……」

「ミラも危険な目に合わせた」


 アルのせいで、村の皆が死んだ。

 アルのせいで―――なんて、そんな事思いたくない。

 仕方がなかったのだ。

 村の人達の顔を思い出す。仲の良かった友達、優しくしてくれた人達。孤児院の神官様と孤児の皆。色々、色々思い出す。


「アルの……せいじゃないわよ……」


 動揺している私は、そう小さく声を絞り出すのが精一杯だった。

 こんな事を話してアルはいったいどうして欲しいのだろう。こんなにもはっきり原因を言わなくても、よかったはずだ。

 アルは慰めの言葉が欲しいのだろうか?

 それとも私に怒って欲しいのだろうか?


「あの時、僕は魔族の王ゼルディードに手も足もでなかった。ジアナさんが命をかけて僕達を逃がしてくれた」


 ジアナ……あの老婆が一人、犠牲になって皆が転移することができた。そんな記憶が甦る。強い結界を張って助けてくれた姿を。


「僕は村の皆に、ジアナさんに報いなければならない」


 アルの黄金の瞳が、強く意志を持つ。私の幼なじみだった、栗色の髪に黒い瞳を持つ気弱な少年は、もうそこにはいなかった。


「僕は勇者の務めを果たす為に強くなろうと思う」


 勇者になった事が、アルの中のなにかを変えたのだろうか。


 そっか、アルは慰めて欲しいんじゃなくて、怒って欲しくもなくて……決意をしたのね。


「沢山修業する。今日みたいに魔獣や魔族が出ても、すぐに倒せるようになる。みんなをミラを守ってみせる」


 今までのアルとは全くの別人に見えた。

 表情や言葉、雰囲気がまるで違う。

 もうアルは勇者のアルヴィンで、臆病で小心者だった幼なじみのアルじゃない。


「明日からすぐドリス砦に出発して、修業に入ることにしたんだ。修業が終わったら、魔族の王を倒すために魔の地へ向かわなければいけない」

「そう、そうなるのね」


 アルは今後、修業をして勇者としての勤めを果たしに旅立つということだろう。


「ミラ、村はもうなくなって、君が帰る家はない。けれど僕の使命に君を付き合わせる訳にもいかない」


 それはそうよね、私が着いていった所で足手まといにしかならないのは自分でもわかってる。


小さな頃から幼なじみとしてずっと村で一緒に暮らしてきた。いじめられそうになるアルを助けたり、勉強や剣を教えたり、沢山世話を焼いた。弟のような存在である。


 そのアルが勇者かぁ……


 もう昔のアルには会えないと思うと、なんだか少し寂しい感じがした。


「だから、僕が勇者として世界を救う事の条件の一つとして、ミラの生活を約束して貰ったんだ。ミラはこの王都ガレオンで十六歳になるまで学校に通って、卒業してそれからはミラの好きに暮らして貰ったらと思ってる」


 え、生活の約束って?


 思ってもみなかった言葉に私は目を丸くさせる。


「詳しくは明日説明して貰えると思うんだけど、アージュ国の宰相を務めているリューゼン卿が君の後見人になってくれるみたいだ」

「後見人? えっと……」


 どういうことなのかと首を捻る。


「学校には寮があるからそこに住まわせてくれるって。手続きなんかは全てしてくれるって約束してくれた」

「それはありがたいけど……私お金もないし、なにも返せないわ」

「これは僕が勇者として世界を救う事の条件なんだ。だからミラが気にする必要はないよ。それで、ね……」


 それで?


「待ってて欲しいんだ。僕が帰って来るのを」


 アルは黄金に染まりきった双眸で、一直線に私を見つめる。

 その不思議と吸い込まれそうな瞳に少し戸惑うも、私は柔らかく微笑む。


 なんだ、そんなこと。


「待ってるわよ、いつまでも。幼なじみじゃない」


 変なことをいうのね。


 アルが勇者であろうがなかろうが、旅立つというなら止めはしないし、帰りたいというのならいつでも温かく迎えいれたい。


「そうじゃなくて……」


 アルは少し頬を赤らめ、伏せ目がちに俯いた。


「…………」

「アル? どうしたの?」


 勇者になったせいでおかしくなった?

 何も喋らなくなったアルを、私はどうしたのかと心配する。


「ミラ」


「うん?」


 どれくらい経っただろうか。


「今こんなことを言ったら困らすかもしれない。けど、伝えておきたいんだ」

「困らすって?」


 意を決したかのようにアルは顔を上げる。


「僕の帰りを……勇者の勤めを果たすまで待っていて欲しいんだ。僕の"恋人"として」


 は?


 真摯な眼差しで私を貫くアルのこの言葉は、冗談などではないのだろう。


 "恋人"としてって……


「えーと、つまり? いい暮らしがしたいならアルと付き合えってこと?」


 困らすも何も、少し呆れてしまう。

 私がそんな話に飛びつくように見えたのだろうか。生活の為に、勇者と恋人になる女に見えたのだろうか。


「ち、ちがうよ! 誤解だよ! 恋人になれなくても、さっきの話はなくならない!」


 アルは慌てて、顔を真っ赤にして言い訳を口にする。


「ミラが好きなんだ。離れたくないんだ。ずっとずっと好きだった。小さいときからずっと。でも、僕は行かないといけない。そしたらミラは……モテるし、僕がいない間に誰か別の男に取られるんじゃないかって」

「取られるって……」


 私は物じゃないんだと、呆れる。

 確かに村の学校で、告白をされたことは何回かあった。

 その時はお付き合いなどする気もなく、全て断っていた。恋愛に興味がなかったし、母が亡くなってそれどころではなかった。

 アルが私の事をそうやってずっと思ってくれてた事は嬉しい。

 しかし、アルは幼なじみで、弟みたいなものだ。それ以上でも以下でもないし、今まで恋愛感情を持ったことがない。


「アル、でもね……」

「分かってる、分かってるんだ。僕を弟としてしか見てないことを。だったら……」


 アルは私の両手を手に取り、ぎゅっと握りしめる。


「これから僕は変われるように頑張る。修行が終わって僕が変わったら、ミラの恋人として見てくれる?」


 変わったらって……今よりももっと変わるつもりなのかしら。


「変わる必要なんてないわよ。いつも通りのアルが私は好きなんだもの」

「その好きは、違う好きだよね。僕はミラの事諦めなくちゃ駄目かな……?」


 アルはまるで、私に見捨てないで欲しいと言っているかのように、怯えた子犬のような表情で私の答えを待っている。


 私はいつだってそうだった。しゅんとするアルを見捨てることが出来ずに、村にいるときも世話を焼いてきた。

 今更、そんなアルを私は拒否することは出来ない。恋愛がなんなのかはわからない。けれど、前向きに考えてみようかと思う。


「わかったわ、恋愛が何かまだわからないけど、アルをそうやって見れるように、前向きに頑張ってみる」


 そう答えるとアルの表情がみるみると明るくなり、嬉しそうに微笑む。そう、こんどは尻尾をふって近寄ってくる子犬のようだ。


「そう、ほんとに? 約束だよ。よし、これから僕は修業もなにもかも全部、精一杯頑張るよ」


 そして、急に立ち上がったと思ったらアルは部屋の出口へと向かう。


「明日は早いからもう寝るね。もう夜も遅いし、ミラも明日に備えて早めに休んでね。おやすみ」


 アルはそう言い、バタバタと慌しく部屋を去っていった。

 それにしても……アルが修業から帰ってきたら、恋人として見れるのだろうか?

 私は豪華な羽毛布団のベッドに勢いよく倒れこんだ。

 これは夢かもしれない。

 また、そんなことを考える。

 目を閉じて再び開けると、いつものベッドで、いつもの生活に戻っていて欲しいと願った。しかしもう一度瞼を開くと、そこは先程とは変わらない部屋で、戻る筈もなかった。


―――一人ぼっちになるかもしれない。


 ラダー村の人達はもういないし、アルは勇者としての務めを果たしに行く。

 もしも、もしもあの時、アルと神殿に向かわなければ私もラダー村の人々と同じように死んでいたんだろうか。


 それから私はあまり眠ることが出来ずに次の朝を迎えた。

 アルや巫女のシュナ、クリオを見送ると、宰相であるリューゼン卿からこれからの説明を受けた。

 私は王国が運営するガレオン王立高等学園に明日編入が決まったそうだ。ガレオン王立高等学園は身分差は関係なく、全てが平等に学べる学園で、ガレオンに住む平民商人貴族王族全てが、十六の年まで通える学園だという。

 そして、その寮に今日案内して貰うことになった。これから、色々と忙しくなりそうだ。


 

 そうして、私の学園での生活が始まる。


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