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◇第四話 神殿の巫女◇

 わたくしはシュナ・フォン・ファーレン。代々続く巫女の家系に生まれた、唯一の後継者。

 お婆様から、巫女としての地位を受け継いだのは先日の十六歳の誕生日でした。

 巫女とは古くから、女神フォルトゥナが自らの意思を地上に伝えるために、なくてはならない存在でした。癒しや結界を扱える稀有な力「法力」を持ち、それ故にその血を絶やしてはなりませんでした。


 がんじがらめの神殿の中、自由もなく、勉強とお祈りと結界を張る日々。女神が神託を下すことは稀にしかなく、勇者の現れない今、子を残すことが一番の使命でした。

 わたくしも生まれた時に決められた婚約者、クリオと結婚し、子を成すのだろうと思っていました。

 しかし、わたくしの誕生日、巫女叙任の儀式が終わると同時に神託が下りました。

 魔族の王が現れ、また勇者も現れる、と。


 それからは目まぐるしい日々でした。来たるべき日に備え、各所で魔獣の進入を阻む結界を強化したり、魔族の出現に備え、法力を扱う修行をしたり。そんな中、勇者の出現を心待にしていました。

 

―――そうして現れたの勇者様は、私より年下の可愛らしい顔立ちをしたお方でした。




「これはシュナ様……! 如何されましたか!」


 転移で突如現れたと四人の姿に、神官は慌てながら言葉を発する。

 魔族によって焼け野原と化したラダー村からの転移先は、王都の一角にあるわたくしの住まい、女神フォルトゥナを信仰するフォルトゥナ教の神殿だった。


「……すぐに陛下へ謁見の手配をお願いします。それと、急ぎこの二人に部屋と服の支度を」


 わたくしは俯き、泣いていると悟られないように嗚咽を押し殺し、神官に伝える。


「か、かしこまりました!」


 そんなわたくしの様子に気づいたのか気づかなかったのか、そう答えた神官は深々と礼をした後、くるりと踵を返し、急ぎ足で奥の間へと消えていった。


 頬に流れる涙は止まらない。


 おばあ様、ごめんなさい……


 今までわたくしを慈しみ育ててくれたジアナ。両親を幼い頃になくしたわたくしの唯一の肉親で、先代の巫女だった。

 ジアナの最後の顔が焼き付いて離れない。


「シュナ様……」


 心配そうなクリオの声が耳に届いた。その声にわたくしは、自分の立場を思い出す。いつまでも悲観に暮れて、ここで立ち止まってはいけない。おばあ様に怒られてしまうだろう。

 涙を拭い、深呼吸して気持ちを落ち着ける。


「クリオ、勇者様は?」


 気を取り直したわたくしは、まずは魔族から攻撃を受けたこの二人を癒さなくてはならないだろうと考えた。


「はい、酷いお怪我のようで……」

「僕は大丈夫。それよりミラが」


 そう言った勇者の視線の先に有るのは、転移の際に突如意識を失った、金髪の少女ミラ。クリオが咄嗟に受け止めたようだが、そこまで怪我が酷かったのだろうか。


 しかしこの少女、初めて出会ったときは青い瞳をしていると思ったのだが、あの時、瞳の色は変化していた。

 そう、あれは魔族の象徴たる色、深紅だ。


「勇者様、この娘は何者ですか?」

「ミラ? ミラは幼なじみだけど……」

「先程の瞳の色は……」


 私は意識をなくしたミラをクリオから受け取り、ゆっくりと床に寝かせた。そして怪我の程度を確認する。


「そうですね、金の髪と碧の瞳というのも気になりますが、それははともかくとして、瞳の色が赤へと変化していましたね」

「碧からそれに赤……赤は魔族の色。この少女は一体何者でしょう。魔族ということで……」

「ミラは魔族じゃない、人族だよ」


 勇者様は声を低く、わたくしの発言に被せてくる。


「ミラと僕はずっと一緒に育ってきた。ミラは魔族じゃない」

「その娘がわたくし達に害をなす存在ではないということですね、勇者様」


 幼なじみ―――きっとわたくしとクリオのような関係なのであろう。


「とにかく、癒してみます」

「シュナ様、転移を使われたばかりですが、お身体は大丈夫ですか?」


 心配そうに尋ねるクリオにわたくしは微笑みかけながら、首にかけてあったネックレスを取り出した。転移にはかなりの法力を要する。これがなかったら今頃わたくしも倒れていたかもしれない。


「こんなこともあろうかと、法力を貯めておいた宝珠を転移に使いました。もうこれは使い物にならないでしょうがわたくしの法力はまだ残っています」


 そうしてわたくしはミラに手をかざし、癒しの法力を使った。見えている箇所の擦り傷や切り傷塞がって行く。法術が効いているのだろう。


「怪我が治っていますね。魔族には癒しの法術が効かないと聞きました。この娘、魔族ではないのでしょう」

「………あたりまえだ、ミラは魔族じゃない」


 怒っているのか、そう言ったクリオに勇者様は敵意に満ちた眼差しを向けた。ギラギラと金の瞳が蠢き、それは畏怖の念を抱かせる。


「はい、勇者様」


 わたくしは今にも怒りが爆発しそうな勇者の様子に、これ以上何かを追及するのはは得策ではないと思い口を固く閉ざした。



 その後、勇者様の治癒を終えたわたくし達は謁見まで各自部屋で待機となった。


 わたくしは護衛の為に隣の部屋に待機しているクリオの元へと訪れる。クリオはわたくしの元婚約者。幼い頃から一緒に育ち、わたくしの護衛として仕えてくれていた。

 恋愛というものはまだわからないけれど、クリオはわたくしの理解者だった。


 勇者が現れると神託が下った日、クリオとわたくしの婚約は破棄された。

―――巫女は勇者と結ばれる。そう決まっていたからだ。わたくしも勇者という存在に憧れていたし、そう教えられて来た為に、反対はしなかった。

 しかし婚約破棄されてすぐ、クリオはわたくしの護衛の任を解かれ、国外にあるフォルトゥナ教の神殿に配属される事になった。もう一緒にいる意味がないからだ。

 当然わたくしは猛反対した。護衛はクリオがいなくなっても、別の者が配属される。それだったらクリオがいい。クリオ以外の者など、近寄らせたくはない。

 わたくしの苦労の末、その甲斐あって、再度クリオはわたくしの護衛に着任した。


 クリオはわたくしの護衛でなくてはならない。


「シュナ様、いかがされました?」

「いえ、今後の事を考えないといけないのですけれど……」

 

 ジアナの事を思いだし、わたくしはクリオの袖口をぎゅっと握った。泣かないように我慢をしていたのだが、わたくしは其ほど強くはない。


「おばあ様は、わたくしを恨んでいるでしょうか?」


 巫女の血筋は代を重ねる毎に少しずつ法術を扱う力、法力が失われてきていた。

 巫女の力は血が全て。

 女神がそう決めたのか否か、巫女から産まれて来る子供は全て女と決まっていた為、必然と外部からの婿を取らなければならなかった。それ故に段々と血が薄まり、力は失われていってしまっていたのだ。


 それなのに不思議と、わたくしは強い法力をもってして産まれてきた。

 当然、周囲に期待され、立派な巫女になるだろうと幼い頃からもてはやされた。しかし、蓋を開けてみればわたくしは出来が悪く、勉強も運動も不得意で、何かにつけていつも失敗ばかりしていた。

 周囲からは徐々に見放され、両親もいなくなり、失望された。

 そんな中わたくしに根気よく色々な事を教えてくれたのが、祖母であるジアナだった。


「まさか、そんな筈がありません。ジアナ様は最後までシュナ様の身を案じておりました。皆の身を守れた事はきっと本望でしょう」


 あの時転移の瞬間、ジアナの結界が割れ、魔族の漆黒の剣がジアナに向かって降り下ろされていた。きっとジアナの命はもうないだろう。

 わたくしの金の瞳から溢れる涙を、クリオは拭い取り、そっとわたくしの頭を大きな手の平で撫でる。


「クリオ、わたくしはおばあ様に恥じないような立派に巫女になってみせます。そして勇者様と共に必ずや魔族の王を打ち倒してみせます」

「はい、自分もお供し、全身全霊をかけてシュナ様をお守りいたします」


 クリオは膝をおり、わたくしの手の甲に口づける。

 突然の行為にわたくしの心臓はどくんと跳ね、顔面が火照り、真っ赤に染まった。


「く、クリオ?」

「これは私がジアナ様からシュナ様の事を頼まれましたゆえ、これから先何があってもお仕えしますという意思表示でございます」

「そう、それは嬉しいのですけれども……」


 クリオは狼狽えるわたくしを見上げながら、にこりと微笑む。その笑みは何故だか少し悲しげにも見えた。


 そうして暫くすると、謁見の準備が出来たとの知らせが入り、わたくしとクリオと勇者様は、ミラという少女を神殿に残して、王都にある王宮へと足を運んだのだった。

 勇者出現によって王宮が、王都がざわめく。

 夜も更け、深夜になろうとも、王宮の明かりは消えることはなかった。


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