莫迦だと自覚している少年は自分を嘲笑った
「まさか、体育館で銃をぶっ放すとはねぇ……」
鞄を持った拓也が康太の席へとそう言いながら、近づいた。それに対して、曖昧な返事をする康太の様子を不審に思った拓也は、
「どうかしたのか?」
と、尋ねた。
五秒ほどの間隔が空いて、康太は答える。
「いや……ただ、考えてるだけ……」
「ふーん……何を?」
連続的な問いかけに対して溜息を吐きそうになった康太であったが、出る前に息を止めた。
「この学校に来て、良かったのかなぁ……って」
「……一言、言ってもいいか?」
拓也のその尋ねかけに頷く康太。
「お前……この学校受かったのも奇跡だぞ?」
否定しない康太は鞄を持って、遠い眼をしながらその教室を出て行った。
その後を追いかける気にもなれない拓也だったが、自分も早く帰りたいので教室を出た。
「あいつ……やっぱりめんどくせぇ……」
そう呟き、康太の後を追いかける拓也。
その存在に気付かぬまま、康太は自らの思考を巡らせていた。
そうだ……俺は莫迦だ。だから、勉強しようと、勉強を頑張ろうと思って、入学式に臨み、登校してきた……
康太は中学生の頃の自分を思い出し、その眉をひそめた。
後を追ってきた拓也は康太に対して一言、謝罪の言葉を発した。
「ごめん……」
「別にいいよ。ホントの事だし。それに、俺は拓也の事は恨んでないし、有井の事も恨んでないよ……」
悲しい表情で告げる康太は下駄箱を通過して、学校の門まで辿り着いた。
「まだ……寒いな」
「……ああ」
意味もなく空を見上げる康太に倣って、拓也も青い空を仰ぎ見た。
雲は時の流れと共に漂う。
彼らはそのまま、家の帰路へと着くのだった。そして、自分の家へと着いた康太は八つ当たりをするように無造作に靴を脱いで、ベッドにその身を投げた。
枕にその顔を押し付けること五分間。
ベッドから起き上がった康太は机の棚にある一冊の大きな本を取り出した。それは正しく、中学校の卒業アルバムだった。
それを広げた康太は哀れみの目でそれを眺めた。
そのアルバムは戦後の教科書の墨塗りの様に所々が黒く塗りつぶされていた。そして、康太はそれをベッドへと投げ捨て、自分の部屋を出て行き、いつもの様に夕ご飯を作る準備に取り掛かった。
――“Time is money制度”なんて無ければ良かったんだ――
☆
今週の一週間の学校は殆どがLHRが占め、日に日に生徒同士の会話も増えていった。しかし、教室では明らかに複数のコミュニティに分かれており、未だに同じクラスだと言う雰囲気、統一性は無い。
そして、その次の週である今日から、事前に担任によって配られた時間割どおりに授業が進められることとなった。
「えーと……先週の金曜に配った時間割だが、あれは中間までの時間割で、中間の後からまた、時間割変わるからな」
と月曜日の朝のSHRで説明が補われた。
康太たちにとっての高校生活初の授業は数学であった。内容は殆ど、これからの授業の流れなどの説明ばかりであった。
その後の授業も数学と同様の説明ばかりで、先週のLHRと変わりないような流れだった。ただ、各先生との初対面と言うこともあってか、生徒たちは緊張感を走らせていた。
六時間授業。
これが来週には朝課外が始まるので、七時間になるという帰りのSHRでの話を聞きながら、生徒たちの何人かは溜息を吐くほどの進歩を見せていた。
そして、担任の顔が変わるのと同時に話の話題も変わる。
「時間割を見てもらっても分かるが、明日は訓練が授業に入っている。皆、いろいろな心持はあるだろうが、絶対に気を緩めないで欲しい。君達の命に関わるからだ。じゃあ、今日はこれで終わろう」
その担任の言葉と共に今日の学校も終わりを迎えた。
鞄をその手に持つ康太は明日、学校に行くのが正直、嫌だと思った。
そんな様子を察したのか拓也は、
「大丈夫だって! “あの時”とは全然、状況が違うだろ?」
「……うん。分かってる……けど、怖いものは怖い……」
そう言って、一緒に教室を出た二人に後ろから声を掛けたのは有井だった。
「なーにテンション下がってんのよっ! 楽しみじゃない? 銃握れるなんて!」
と、人差し指と親指を立てて、手を銃に見立てる有井は拓也のアイコンタクトにより、康太のあの事に気が付いた。
「ご、ごめん! わざとじゃないからねっ?」
「分かってるよ」
微笑んでみせる康太。
その表情を見て、二人は安心した。二人はオブラートに包むべき内容を知っていた。だからこそ、教室の雰囲気が和んでいった時に誰かが、口を滑らせたりする事を最も恐れていた。
そんな二人に気を遣わせていることを自覚している康太は迷惑を掛けたくないと思った。
二人だって、傷ついてるところはあるはずだ……ただ、集中的に狙われたのが俺だっただけであって……
☆
「これから、銃の訓練についての説明を行う。これが守れないものは銃を握らせないと思え!」
次の日の二時間目と三時間目の二時間で行われる銃の訓練の授業では学校の体育館の横にある室内の射撃場で行われていた。今日は一時間は説明だけらしく、その次の一時間は本物の銃を触ると言う。
自衛隊の教官のような威厳溢れる眉間にしわを寄せている顔は生徒たちの緊張をより一層、高めることとなった。
「まず、お前たちには銃の各部位の名称を全て覚えて貰う。今日は初めの授業だと言うことで特別に銃に触れてもらうが、その各部分を全て覚えるまで、銃には触らせない! いいな! 他の詳しい説明はおいおいしていくつもりだが、ルールは伝えておく。まず一つ。撃つ時以外、スライドは引くな! 二つ。目標に銃を向けるまで、トリガーに指を掛けるな! そして、一番守って欲しいことは――――指定しない限り、絶対に人に向けるな!」
先生の威圧に気をされて、気付かない者が多かったが、康太はその疑問にちゃんと気付いた。
……指定しない限り……? なら、人に銃を向けることがあるって事なのか……?
その疑問により、康太はその後の先生の言葉の全てが左から右へと流れていた。
そして、次の時間、先生に付いて行った生徒たちは自分たちのロッカーの場所へと案内され、指紋認証によってしか開かないそのロッカーに感心していた。
先生の指示に従って、次々と指紋認証によって、ロッカーを開け、銃を手にとって行く生徒たちの中、一人だけそれを躊躇していた。
その人物は康太だった。
息を呑みながら、指紋認証の部分へと指を押し当てた康太はゆっくりとロッカーを開けてその黒い物体をその目で確認した。
もう……見たくはなかった…………じゃあ、何で他の高校にしなかったんだろうな……
自分を嘲笑いながら、そっとその銃を手に取った康太は先生の声に気付いて、その眼を先生へと移した。
「速やかに銃をしまえ!」
その指示に駄々をこねるものなど一人もおらず、素直に銃をロッカーの中へと秘蔵していった。
「今度の授業……明後日までに今日の帰りのSHRに配ってもらうプリントを全て暗記して来い! 以上!」
そうして、銃の訓練の授業は終わり、康太は安堵の息を吐いた。
その後、六時限目が終わった後のSHRで担任によって配られたプリントには銃の各部位の名称がずらりと並んでいた。しかし、それのプリントの上には暗記と書かれており、リボルバーの各部位も覚えなければならない事を何人かの者たちは気付いた。
そして、マズル=銃口などの英語と日本語の両方も覚えなければならない部位もそのプリントには書かれていた。
そのプリントを眺めていた康太は思う。
……なんで、こんな勉強……しなきゃいけないんだろう……




