少年は今頃その事に気が付いた
「はーい。じゃあ、ホームルーム始めたいと思いますがぁ……挨拶をしたいところなんだが、号令する人がいないから、一先ず、出席番号順と行こうか。一番のえー……明間!」
教室の机の配列と友に書かれた名前を見ながら、一年五組の担任の先生が明間の名前を呼んだのだが、明間はそれに答えようとはしない。
「明間。起立、気を付け、礼。で頼む」
四十代前半で白髪を点々と生やした男性がそう言うと、それに従って、女子の明間は口を開いた。
「起立……気を付け、礼」
皆、小さな声で「お願いします」と口にした。
「えー……今日はロングホームルームの三時間で終わりです。慣れない事も多々、あると思いますが、慣れるので心配は無用ですよ」
と、出席簿を机の上に置いた一年五組の担任の先生は眉間にしわを寄せた。
「皆も知ってるとは思うが、クラス分けは入試の時のテストの成績順に良い方から一組に入れられている。言わば、この五組は莫迦の集まりだ。だが、俺の眼から見ると、そこまで莫迦ではないように思える!」
俺たちを慰めようとしているのだろうか……?
疑問に思う康太だったが、その疑問もすぐに薄れていった。
「えーっと、じゃあ、十分休みが終わったら、各自、自己紹介をしていこうと思っているので、考えておくようにね。以上!」
そう言って出席簿と共に出て行った担任を見送りながら、教室内は静まり返っていた。
誰も話すことの無い張り詰めた空気の教室内で最初に席を立つ勇気を持っている者は未だおらず、座ったまま、沈黙を守り続けていた。
すると、一人の生徒がトイレに行くためだろうか、立ち上がって教室を出て行き、それを気に何人かの生徒も重い腰を椅子から上げた。
「まっさか、私の出席番号が一番じゃないなんてねぇ……初めての経験よ」
康太の席に近づいてきた有井は同様に近づいてきた拓也と康太に話しかけた。
「そういや、そうだな……」
と思い出す素振りを見せる康太は有井とはこれで四年間、同じクラスと言うことになる。
拓也はその話を聞きながら、へぇーと思うのみだった。
そんな二人を見ながら、有井は呟く。
「何だか、トライアングルの予感……」
後ろへとその身を退かした有井に対して、康太は、
「変な妄想してんじゃねえよ」
と冷たい眼差しで見つめ、拓也も、
「はぁー……やれやれ」
と同様の眼差しで見つめた。
「そんなに見つめないでよー。照れるじゃなーい」
と顔を両手で覆った有井を見て、二人は、
こいつの頭は……終わってるな……
と再度、溜息を吐いて見せた。
そうして、十分と言う時は意外にも早く過ぎていくこととなり、拓也と有井はそれぞれの席へと戻っていった。
教室に舞い戻ってきた担任の先生は明間へと目配せをし、先の言葉を言わせ、挨拶を終えた。
「じゃあ、さっきも言ってたとおり、自己紹介からですね! じゃあ、明間と……渡部。立ってじゃんけんをしてくれるかい?」
そう言われた二人は立ち上がって、テンションの低いじゃんけんを実行した。勝ったのは明間。
「じゃあ、負けた渡辺の方から順に自己紹介をしていこうか? 名前と何か一言」
そう担任から言われた渡部は自らの名前と「一年間、よろしくお願いします」の言葉だけで席に着いた。
それからもその流れは変わることなく、続いていき、康太もその流れに則って自己紹介をした。
結局、最後まで流れは変わらなかった。
担任は意外にも自己紹介が早く終わったことに頭を抱えており、暫くたってから、机にあるプリントを配る行動へと移る。
そして、全てのプリントを配り終えた担任は、
「このプリントは全て、二週間後の二十七日までに提出してください」
クラスメイトによる返事は無い。
「では――――」
と、担任は言葉を続けて、係りやら何やらを決める流れになった。
まだ、クラスの雰囲気は固まったままで、和むことは無い。当たり前と言えば、当たり前の入学したての状況である。
それが和むには一ヶ月は要しそうな状態であり、そんなクラスの状態に担任は溜息を吐きたいくらいだったが、生徒の前では自重した。
「学級委員。やりたい人はいるかな?」
沈黙。
頭を悩ませる担任に対して、チャイムは時間通りに鳴り響いた。
「まだ、日も浅いし、来週中には学級委員、決めようか?」
沈黙。
「では、終わります。次の時間は学校の事の説明なので体育館に向かいます」
そう言って、教室を出て行った担任の先生は廊下で吐けに吐けなかった溜息を大きく吐いた。
「学級委員。やったらどう?」
有井はまたもや、康太の席にいる二人に向けていった。
「俺? 無理だよ」
と答える康太だったのだが、
「あんたには言ってないけど……絶対、無理だって分かってるし」
ああ……そうですか……
少しすねる康太の横で拓也は、
「学級委員……ねぇ……」
と遠くを見るように呟いた。
「何、感傷に浸ってんの?」
「いやぁ、その響き……なんか良いなぁって」
笑みを浮かべる拓也を見て、康太はその心中で思う。
俺の周りって……ろくな奴いないような……
今頃その事に気が付いた彼もその中に含まれることも知らずに。




