第16話 :【死線からの奪還と、共鳴する魂】
1. 旧市街地おとり部隊救出作戦
艦砲射撃と剣士たち、そしてネレウス王子の鮮やかな強行突破により、部隊はついに崩れかけた外壁を潜り抜け、旧市街地へと足を踏み入れた。
「ここからが本番だ! おとり部隊の生き残りを捜索せよ!」
ネレウス王子の指令のもと、隊員たちは大雨と煙に包まれた広大な廃墟群へ散った。
「おとり部隊!」
「おとり部隊! 返事をしてくれ!」
「ドラゴン部隊だ! おとり部隊、助けに来たぞ!」
索敵兵たちの切実な叫び声が、雨音を切り裂いて壊れた街並みにこだまする。
◇
――その頃、旧市街地の暗闇に沈む地下遺構の内部。
そこは息の詰まるような静寂と、死の空気に支配されていた。
加湿回路を破壊された防護服の限界が近づき、生存した七十八名のおとり部隊員たちは、傷だらけの身体を支え合いながら、暗闇の中で身を寄せ合っていた。
ドオオオン……ッ!
ドンッ!
地上の激しい艦砲射撃の重低音が、分厚い岩盤を揺らし、地下遺構の天井を微かに震わせて響き渡る。
「外で……砲撃の音がする……!?」
「頭上の天井が……持たねぇぞ……」
「光が見える……奴ら、入口のガレキを掘り起こしてやがる……!」
若い兵士が削れた刃を握りしめ、震える声で呟く。
おとり部隊の隊長――ガレスは血まみれの顔で力強く短剣を握り直し、暗闇の中で部下たちを見回した。
「怯むな……! 我らの役目は最後まで命の灯火を消さぬことだ!」
◇
「隊長! 前方百メートル、瓦礫の山に魔物が密集しています!」
大声を張り上げて捜索を続けていたドラゴン部隊の索敵兵が叫んだ。
旧市街地の深部、崩れかけた巨大な瓦礫の穴の周りに、無数の灰骸と三頭魔獣キマイラが蠢き、地下へと続く入口を執拗に破壊しようとしている光景が広がっていた。
「見つけたぞ……あそこが地下遺構の入口だッ!」
現場に到着したネレウス王子が、間髪容れずに鋭い指示を飛ばす。
「ドラゴン部隊を東西に分けよ! 敵を倒すのではなく、引きつけろ!」
部隊が東西に素早く展開し、間合いを保ちながら《真空波》や《飛斬》の遠距離斬撃を叩き込む。
徹底された引きはがし戦術に怒り狂った魔物どもは目の前のドラゴン部隊へとなだれ込み、入口から魔物の影が消え去った瞬間、救出班が一斉に雪崩れ込んだ!
「救出班、突入! ガレキを退かせッ!」
入口を塞いでいた瓦礫が除けられると、ルミナ率いる救護隊が一斉に薄暗い地下遺構へと足を踏み入れた。
長時間にわたり光の届かぬ地下に閉じ込められていた兵士たちを、いきなり地上の外気や光に晒すわけにはいかない。
救護隊はすぐさま地下空間の中で作業を開始し、乾ききった兵士たちへ清澄な水を入れた水筒と圧縮食料を手渡した。
「水だ……! 助かった……!」
水分を得て息を吹き返す七十八名の兵士たちのもとへ、ルミナと救護隊の治癒師たちが駆け寄り、初歩的な加湿魔法と傷口の緊急手当を手早く施していく。
「皆さん、よく耐えてくださいました……! 地上に上がる準備を整えますからね」
ルミナたちの手厚い応急処置により瞳の生気を取り戻した兵士たちは、手当てを終えた者から慎重に地上へと誘導されていった。
その中で、全身傷だらけのおとり部隊長・ガレスが、まだ覚束ない足取りでネレウス王子の前へと歩み寄り、敬礼を捧げた。
「ネレウス殿下……救援、心より感謝申し上げます。おとり部隊隊長ガレス、七十八名の生存を報告いたします」
「よくぞ……よくぞ耐え抜いてくれた、ガレス隊長」
ネレウス王子がガレスの肩へ力強く手を置くと、ガレス隊長は表情を引き締め、これまで地下で起きた重大な発見を静かに語り始めた。
「殿下……我らがこの地下遺構に逃げ込んだ際、最深部にて驚くべき歴史の痕跡を目にいたしました。そこには、数世紀前に滅んだとされるアストリア王国の国王と王妃の御遺体……そして『水晶の魔導箱』が遺されていたのです。我らが魔導士が封印を解いたところ、中から古代の日誌と記録文書が発見されました」
「なに……!? アストリア国王と王妃の……!?」
「はい。日誌にはさらに信じられない事実が記されておりました。当時、アストリア王国の生存者の一部は空中魔導船で『地底の世界』を目指して脱出したこと……そして、かつて我が海底王国からもアストリアへ向けた救援船が出されていたことが記録されていたのです」
その報告に、ネレウス王子は息をのみ、深く頷いた。
「そうか……だからこそ、我が王家に伝わる古い伝承とも一本に繋がるのだな。……案内を頼む」
ガレス隊長は頷き、王子を崩れかけた地下遺構の奥へとつながる隠し通路の入口へ案内した。
「こちらです、殿下。この先は、お二方、そして多くの民が眠る最深部へと続いております」
ネレウス王子は直ちに周囲の兵士たち、そして手当てを終えたルミナへ声をかけた。
「ドラゴン部隊、および救護隊! 隠し通路の入口前に集合せよ!」
指示を受けたルミナも胸の騒ぎを感じながら、隠し通路の前へと足を進めた。
隊員たちが集まる中、ネレウス王子は厳かな面持ちで古の歴史を語り始めた。
「数世紀前、この世界は二つの巨大な勢力に分かれていた。一つはアストリア王国を中心とした勢力、そしてもう一つは、隣のガルトラ大陸に君臨するバルザー軍事王国を中心とした勢力だ。当時、バルザーは魔物の大群を引き連れて我がアトランティスへ攻め込んできた。我が国を占領して戦略拠点とし、アストリアへの侵略を企んでいたのだ。
だが、アストリアのレオンハルト国王は即座に我が国へ膨大な援軍を差し向けてくださった。アトランティスとアストリアの合同軍は力を合わせ、激闘の末に敵を完全に撃退し、勝利を収めたのだ。レオンハルト国王は実に偉大な人物であり、我が国の復興のために多大な援助を差し伸べてくださった。我らが誇る海中魔導船の技術も、元はアストリアから供与されたものだ」
「海中魔導船が……地上の王国から?」
ルミナは思わず聞き返した。ネレウス王子は静かに頷く。
「ああ。我が国はアストリアから計り知れぬ恩恵を受けた歴史がある。これは、巨大隕石群が襲来するよりも、さらに昔の話だ」
ネレウス王子が静かに語る傍らで、ルミナはある異変に気づいた。
隠し通路から崩れ落ちたと思われる瓦礫の下から、ルミナが握る治癒の杖に引き寄せられるように、一本の古びた杖がかすかな光を帯びて姿を現したのだ。
「ガレキの下に……杖……?」
ルミナが思わず呟いた言葉を聞きつけ、ネレウス王子が優しく微笑みながら語りかけた。
「ルミナ。……王家に伝わる伝承によれば、かつてのアストリア王妃は類い稀なる温泉治癒師であり、動植物を愛する慈愛深い王妃――そなたと同じ『異世界からの転生者』であったとされているのだ」
「王妃様が……私と同じ転生者……!?」
ルミナが驚きに目を見開いたその時、瓦礫の中から現れた古の杖が、ルミナの持つ杖に応えるように淡い虹色の光を灯した。
二本の杖の間で穏やかな光の粒子がゆらめき、ルミナの胸の奥に、どこか懐かしい温もりがじんわりと流れ込んでくる。まるで時を超えて、名も知らぬ先人の心とそっと触れ合ったかのような静かな感触であった。
ルミナが胸に手を当ててその微光を見つめる中、ネレウス王子は静かに剣を抜き、地面に突き立てて頭を垂れた。
兵士たちも一斉に胸に拳を当て、短い黙祷を捧げた。
黙祷を捧げ終えたネレウス王子は、面を上げて決意を込めた声で宣言した。
「我が国にとってレオンハルト国王と王妃のお二人は特別な存在であった。そして、ここに眠るアストリアの民も同じだ。レオンハルト国王の遺志に従い、お二方の御遺体はもちろん、この地下に眠るすべてのアストリアの民も、戦いが終わり次第、我がアトランティス王家が責任を持って必ず手厚く埋葬の儀を執り行おう」
2. 還ってきた命と、全部隊の咆哮
追悼の時間が静かに終わるのを見届けた通信兵が、すぐさまネレウス王子の前へ駆け寄り、身を正してカリオス将軍からの伝令を伝えた。
「カリオス将軍より伝令! まもなく魔物の大群は超遠距離魔導砲の射程外へ逃れます。『対魔物自走砲』百五十門の配置完了次第、一斉攻撃を開始する! 命令があるまでドラゴン部隊はその場で待機せよ、とのことです!」
「全隊、砲術部隊の展開完了まで待機!」
ネレウス王子が短く応じたその時、おとり部隊長・ガレスが進み出た。
彼は拾い上げた欠けた短剣を胸に当て、力強く膝をついた。
「重傷者を除いた我々六十名は、ドラゴン部隊への合流を志願します。盾は使い捨てられるためにあるのではない。先人たちが残した『再生』の誓いとともに、前へ進みます!」
ガレスの瞳に宿る熱い覚悟を受け止め、ネレウス王子は誇らしげに頷いた。
「かたじけない、ガレス隊長。そなたたちの誓い、しかと受け取った。共に参ろう!」
ルミナもまた、あふれる涙をぬぐい、笑顔で力強く答えた。
「はい……! みんなで、生きて青い空を見ましょう!」
ルミナは治癒の杖を胸の前に構え、青金色の柔らかな光を解き放った。
「パラダイス・フォントッ!」
広範囲へと展開された青金色に輝く温かな温泉水流膜が旧市街地を優しく包み込み、同行する治癒師たちとともに、乾ききった身体を潤し、傷口を保護してその生命力をじっくりと安定させていった。
しばらく経った頃、沖合の海中大型魔導船から厳かな面持ちの御遺体回収班が現場へと到着した。
彼らは静かに深々と礼を捧げた後、アストリア王国のレオンハルト国王と王妃の御遺体にアトランティス王国の国旗を被せた。
そして保護のために再封印が施された『水晶の魔導箱』を慎重に担架へ載せ、十八名の重傷者たちとともに安全な船内へと大切に搬送していった。
御遺体を見送った直後、前線の荒野から、無数の車輪が大地を踏みしめる地鳴りのような轟音が響いてきた。
「全門、展開完了! 対魔物自走砲百五十門、目標捕捉ッ!」
カリオス将軍の咆哮とともに、百五十門の砲口が一斉に火を噴いた。
ズドドドドドドォオオオンッ!!
ヒュオオオオオッ――!!
超遠距離魔導砲の射程外へ逃れ、陣形を立て直そうとしていた魔物の大群へ、百五十門の砲口から放たれた集束魔導弾が空を切り裂いて一斉に降り注ぐ。
ドガガガガガァァンッ!!
敵陣は逃げ場のない砲撃の嵐に包まれ、爆煙と悲鳴の中へ吹き飛ばされていった。
「今だ! 三か国合同部隊、一斉突撃だああッ!」
本隊による圧倒的な砲撃の残煙と地響きの中、おとり部隊の生き残り六十名を加えたドラゴン部隊は旧市街地で待機を続けた。
その夜、部隊は旧市街地近くに臨時陣地を築き、来るべき『聖なる岩嶺』への突入の刻に向けて静かに牙を研いだ。




