第15話 :【蒼き海竜の逆襲と、出撃の蒼流】
1. 蒼き海竜の戯れと、群れの招集
その時、荒波立つ海面近くには、音もなく揺らめく蒼い影があった。クックをはじめとする、数十頭のリヴィアタンたちである。
彼らは最初から大軍で潜んでいたわけではない。波間の底から静かに首を覗かせ、陸上で繰り広げられる人間と魔物たちの激闘を、鋭い眼光で見つめていたのだ。
だが――魔導士隊の極大風・爆炎魔法と海中大型魔導船の砲撃によって吹き飛ばされた無数の魔物たちが、悲鳴とともに頭上から落っこちてきた!
ドシャァァンッ! ドシャバアッ!!
「……ッ!?」
海面を割って降ってきたのは、かつて浅瀬で仲間を殺した因縁の相手――戦蜥蜴リザードマンたちであった。
その瞬間、クックと仲間たちの野生の血が弾けた!
リヴィアタンには、シャチさながらに捕らえた獲物を空高く投げ飛ばして遊ぶ狩りの習性がある。クックを筆頭に数十頭の海竜たちが一斉に急浮上し、海で溺れるリザードマンたちへ飛びかかった!
かつて仲間を殺したリザードマンたちを、クックたちは巨大な顎でガツンと咥え上げ、大雨の空中へ豪快に放り投げた!
「ギャアアアアッ!?」
「ヒ、ヒギャアアアッ!!」
雨の降る空高くへ蹴り飛ばされ、悲鳴をあげるリザードマンども。すると、それを見た別の一頭のリヴィアタンが、面白半分に、別の魔物を噛み千切らぬ絶妙な力加減で空中へ豪快に放り投げた!
ドガンッ!!
空中高く放り投げられた魔物と、さっき放り投げられた魔物が、大雨の空中でバチーンッと派手に激突する!
「「「ギャアアアッ!?」」」
それを見たリヴィアタンたちは歓喜の咆哮を上げ、次々と海に落ちてくる魔物どもを咥えては放り投げ、空中で魔物同士をぶつけ合う「容赦なく豪快な遊び」を始めたのだ!
さらにクックは、前世でイルカだった頃のように鮮やかなスピンジャンプを描いて海面から高く跳び上がると、空中でパニックに陥る魔物へ肉迫した!
――バコンッ!! 《巨大尾撃》ッ!
超重量の尾びれが唸りを上げて叩きつけられ、魔物は弾丸のような速度で別の魔物群へ激しく叩き飛ばされていく!
海中大型魔導船のブリッジでは、耐圧窓に張り付いていた観測兵たちが目を見開いた!
「か、艦長! 海面に巨大な影……リヴィアタンの群れです! 落ちてきた敵を咥えて空へ投げ飛ばしています!」
「なにいっ!? なんというパワーだ……! 海へ落ちた魔物どもが完全に弄ばれているぞ!」
陸上で交替準備を進めていた三か国合同部隊の兵士たちも、肉眼でその信じがたい光景を目撃し、目を丸くした兵士たちから、やがて大歓声が上がった。
「おい、見ろッ! 海からリヴィアタンたちが跳ね上がったぞ!!」
「すげぇ……! 魔物を空中でぶつけ合って遊んでやがるッ!」
「リヴィアタンたちの遊びを手伝ってやろう!」
「海へ落ちる魔物をもっと増やしてやれ!」
魔導士たちの叫びに呼応するように、地上からの集中魔法がさらに熱を帯びる!
しかし、陸上からのローテーション戦術が進むにつれ、海岸から海へ落とされる魔物の数は数百、数千と膨れ上がっていった。
少し前、浅瀬で仲間五頭の命を奪った敵が、今度は数え切れぬ大群となって、次から次へと海へ押し寄せてくる。かつて狩られる側だった蒼き海竜の胸に、静かな怒りが満ちていく。
クックは大きく頭をもたげた。
「――グラオオオオオオオオンッ!!」
数十頭では対処しきれないほどの魔物が降り注ぐのを見たクックは、天を仰いで高らかな《海王の咆哮》を轟かせた! その重低音の振動は海を伝い、遥か遠方の深海へまで波及する。
呼応するように、海の底から無数の蒼い光が湧き上がってきた。クックの声に応え、離れた海域にいた仲間たちが次々と姿を現す。クックの群れだけではない。ほかの群れのリヴィアタンまでもが集結してきたのだ!
あっという間に海面を埋め尽くしたのは、百頭を超すリヴィアタンの大軍団! 失った仲間の記憶を胸に、蒼き海竜たちが、今、真の《海流支配》を発動する!
クックを中心に百頭を超す海竜が一丸となって巨大な大渦潮を発生させ、海へ叩き落とされたリザードマンたちの退路は完全に塞がれた。
超高圧の水流《超水圧砲》が海面を走り、敵の頑丈な盾を易々と貫通切断! さらに、海面でパニックに陥る魔物たちに向け、超重量の尾びれが唸りを上げる!
――バコンッ!! 《巨大尾撃》ッ!
一網打尽にされた魔物どもは冷たい海の中へと一気に沈められていき、海中大型魔導船の『マグマ溶岩炸裂砲弾』の援護も加わって、海側から背後を突かれる危険は大きく減った。
だが、海竜たちが戦えるのはあくまで海の中だけ。陸深くへ進軍する兵士たちの命運は、彼ら自身の足と剣に託されていた。
2. 待機の理由と、ネレウス王子の決断
嵐が吹き荒れる地上では、三か国合同部隊による輪番の死闘が続いていた。
第一波から始まった交代は、夜を徹して繰り返され、翌朝にはすでに第十二波を数えていた。半日以上にわたる戦いの末、兵士たちの盾は泥にまみれ、息は荒れ、それでもなお、彼らは陣形を崩さずにいた。
一方、レムリア海底王国の深海基地。アトランティス国王ポントス・エルダーが誇る第一王子――ネレウス王子率いるドラゴン部隊、及び待機中の予備戦力は、いまだ海流の静けさに包まれた基地内で待機を命じられていた。
一万名規模の大遠征軍の全兵士を一度に地上へ上陸させないのには、明確な戦術的理由があった。陸上に不慣れな兵士たちが一箇所に集中的に固まれば、上空のワイバーンや地表を埋める魔物どもにとって『格好の標的』となり、一網打尽にされる危険性が極めて高かったからである。
そのため、前線で交戦する部隊以外は、出撃命令が下るまで安全な海底基地で息を殺して控えていたのだ。
「前線は……どうなっているでしょうか、ネレウス隊長」
耐圧殻の壁に囲まれた待機室で、ルミナは防護服のグローブを固く握りしめ、ドラゴン部隊の指揮を執るネレウス王子を見上げた。
ネレウスは王族たる気品と凛とした強さを湛えた眼差しで静かに頷く。陸上で繰り広げられる惨烈な戦いの響きは分厚い海水に遮られて届かないが、隊長としての彼の緊張感は部屋全体に伝わっていた。
その時――海底基地の通信室、そして地上の前線指揮所にいるカリオス将軍のもとへ、前線で奮闘していた第二部隊からの緊急打電が飛び込んできた!
『――こちら第二部隊! 陸上偵察および戦況報告! 旧市街地の地下遺構周辺にて、魔物の密度が異常なほど跳ね上がっております! 奴ら、遺構の入口を執拗に攻撃しています!』
その報に、地上の泥にまみれながら指揮を執っていたカリオス将軍、そして深海司令部の将校たちは激震した。
絶叫とともに通信が絶たれ、全滅したと思われていたおとり部隊――彼らが最後に足を踏み入れた場所こそ、まさにその旧市街地の地下遺構であった。
「地下遺構でおとり部隊が持ちこたえている可能性がある! 直ちに救出部隊を向かわせるぞ!」
カリオス将軍が前線指揮所で叫んだ。だが、通信機越しに深海司令部の参謀が苦渋の声を張り上げる。
『しかし将軍! 今、前線の三か国合同部隊から兵を割いて救出に向かわせれば、せっかく押し上げてきた戦線が維持できず崩壊します! 戦線が押し戻されれば部隊全体が危険に晒され、海へ撤退するほかなくなります……! それは我々の敗北を意味するのです!』
陸上に不慣れな遠征軍にとって、戦線を維持して安全地帯を押し広げることこそが唯一の勝機であった。海中大型魔導船の『超遠距離魔導砲』や、前線への配置を進める『対魔物自走砲』百五十門という圧倒的火力も、すべてはその戦線を死守し、押し上げるために用意されたものなのだ。
「仲間を見殺しにして何が出撃かッ! 戦線は一歩も引かせん!」
カリオス将軍は通信機を強く握りしめ、前線の三か国合同部隊にはそのまま戦線の押し上げを命じ、海底基地で出撃を待つネレウス王子へ向けて力強い号令を打ちつけた!
「三か国合同部隊はそのまま砲撃とともに戦線を維持し、魔物を食い止め続けよ! 海底基地のドラゴン部隊へ緊急発令! ネレウス隊長、直ちに地上へ出撃せよ! 旧市街地へ急行しておとり部隊を救出した後、そのまま単独で『聖なる岩嶺』を目指すのだッ!」
ネレウス王子は腰の長剣を力強く握り直し、通信機へ向かって朗々と応じた。
「――ドラゴン部隊、了解! 仲間を一人たりとも見捨てはしない! 救出完了の後、我らが先行して『聖なる岩嶺』へ駆け登り、眠れる大気の司を目覚めさせてみせる!」
ネレウス王子の号令一閃、ルミナとドラゴン部隊の兵士たちの瞳に鋭い決意が宿る。海底基地の発進ハッチが一斉に開放され、防護服を身に纏った隊員たちが、ネレウス王子とルミナを先頭に、大雨の降る地上の旧市街地を目指して一気に海面へと駆け上がっていった!
3. 地上への出撃と、蒼流の進路啓開
海面を突き破り、激しい大雨と潮風が吹き荒れる地上へ躍り出た瞬間、ルミナたちの視界に鮮烈な光景が飛び込んできた。沖合の海面で、百頭を超す蒼き海竜――リヴィアタンたちが荒波を破って躍動し、空中で魔物どもをぶつけ合って豪快に弄んでいたのだ。
「ルミナ、見ろっ! リヴィアタンがジャンプした……!?」
水飛沫を上げて跳ね上がった一頭を指差し、隣を走る幼馴染のリオが驚愕の声を上げる。空中で見事な回転を描き、迫る魔物へ猛烈な尾撃を叩き込むその姿を、ルミナが見間違えるはずはなかった。
「クック……!?」
ルミナが息を呑んで呟くと、空中で旋回したクックと一瞬だけ視線が交差した。クックは歓喜に満ちた高らかな咆哮を上げ、まるで「陸のことは任せたぞ」と言わんばかりに力強く海原へと着水した。
「クックたちが、海をしっかり守ってくれてる……! 私たちも負けていられないよ!」
「ああ、行くぞッ!」
海竜たちの鼓舞を受け、ネレウス王子率いるドラゴン部隊は雨の降る荒野を踏みしめ、旧市街地を目指して一気に駆け出していった。
だが、旧市街地へと続く路には、血に飢えた魔物どもが黒い津波となって群がり、部隊の進路を塞ごうと蠢いていた。
「全艦、前方進路上の敵群へ艦砲射撃開始ッ!」
沖合から響くネレウス王子の通信に応え、海中大型魔導船の超遠距離魔導砲が火を噴いた!
ズドドドドドォォンッ!!
さらに接岸した海中小型魔導船群が一斉に旋回し、海岸沿いから旧市街地の外縁部に向けて密集した援護射撃を叩き込む!
ヒュオオオオオッ――!!
大小無数の砲弾が雨空を切り裂き、魔物の群れへ殺到する。
ドガガガガガァァンッ!!
放たれたのは、固化した溶岩で形成された外殻の内部に、超高熱の液体マグマを封入した『マグマ溶岩炸裂砲弾』だ。敵陣の頭上で時限炸裂した砲弾から降り注ぐ広範囲の高熱マグマの雨と凄まじい衝撃波が、路上の魔物どもを灼熱で焼き尽くし、爆煙と土砂の雨とともに敵群を豪快に吹き飛ばしていく!
「砲撃の隙を突け! 道を切り拓くぞッ!」
爆炎の残煙を突いて先陣を切ったのは、ドラゴン部隊に編成されたダガール兵の剣士たちであった!
泥を蹴って躍動するダガール剣士たちの刃が、砲撃をかいくぐった鬼面魔人の首筋を鋭く一閃。返り血を雨で洗い流しながら、《連撃斬》で迫る敵の脚部を次々と断ち切っていく。
そこへ蒼い闘気を纏った長剣を手に、ネレウス王子自身が疾風の如く踏み込んだ!
「ハァァッ! 《蒼流一閃》ッ!」
ネレウス王子の閃光のような一撃が、後方から迫る大型キマイラの巨躯を真っ二つに斬り割る! ネレウス王子は青いマントを翻し、前線で奮闘するダガール剣士たちへ爽やかに声をかけた。
「見事だ、ダガールの勇士たち! その剣、頼りにしているぞ!」
「殿下こそ! 我らも後れは取りません!」
互いの武を称え合い、絆を深めた剣士たちとネレウス王子は、後続のルミナたちが駆け抜けるための安全な進路を瞬く間にこじ開けていった。




