第38話『家族だと思ってます』
第38話『家族だと思ってます』
「あと二週間……?」
信吾の声は震えていた。
赤荻さんと久方さんは目を見合わせ、言葉を失う。
「山之内……お前、帰ったんじゃなかったのか」
赤荻さんの低い声が作業小屋に響く。
「いや、ちょっとここに資料を忘れちゃって……」
信吾は一拍置いて、真っ直ぐに赤荻さんを見据えた。
「それより、ゴンちゃんを……空に帰すって、どういうことですか」
自分の知らないところで決められていた未来。その期限が、たったの二週間。
胸の奥がざわめき、頭が追いつかない。
(ダメだ……急にいろいろ情報が入りすぎて頭がクラクラする……! “守護者”だとか、“旅立ちの義”だとか……どうなってるんだよ……)
混乱する信吾をなだめるように赤荻さんが言った。
「山之内が混乱するのも無理はないな。……本当はもっと早く伝えておけば良かった。ただ、これだけは分かってくれ。本来、真竜はごく一部の人間を除いて存在を知られてはならない。もちろん俺たち守護者のこともだ。だから、できるだけ大事にはしたくなかった」
確かに赤荻さんの言っていることも理解できた。
だが――。
(約半年、ゴンちゃんはぼく達と一緒に過ごしてきたんだぞ……? それを急に残り二週間でサヨナラって……そんなの、納得できるわけないじゃないか。)
信吾は深く息を吐き、何か吹っ切れたように言った。
「もちろん、赤荻さんの言いたいこともわかります。昨日の話を聞いて、守護者ってすごいことをしてるんだって思いました。部外者のぼくには話せないことがあるのも理解してます。でも――ぼくはゴンちゃんを“家族”だと思ってます。特別な存在だと思ってます。だから、もう隠し事は無しにしてもらえませんか?」
久方さんがなにか言いかけたが、赤荻さんは無言でそれを制した。
「……家族、か。……わかった」
赤荻さんは少し間を置き、改めて信吾を見据えた。
「何から聞きたい?」
「ありがとうございます……」
信吾の胸に少しだけ安堵が広がる。
「じゃあまず、“旅立ちの義”って何ですか?」
「あぁ。卵から孵った真竜は、基本的に半年が過ぎたら空に帰す。それが昔からの定めだ」
「それは……伝統だからですか?」
「あぁ、それもある。だが理由は他にもある。俺たちはあくまで“見守る者”にすぎん。そして――物理的な問題もある」
「物理的……?」
「そうだ。種によって例外はあるが、真竜は一年を過ぎると成長のスピードが跳ね上がる。山に収まらないほど巨大になってからでは、もう人の世界には留めておけない。だから身体が大きくなる前に空に返してやるのが正しい。……真竜自身のためにもな」
「……そうだったんですね」
信吾は納得の息を漏らし、しばし考え込んだ。
(そうか……ゴンちゃんのためでもあるんだ。ぼく達の気持ちだけじゃなくて、ゴンちゃんの未来のために決まってることなんだ……)
やがて、別の疑問を口にした。
「あと、さっき少し話に出てましたけど、桜小路さんも、守護者なんですか?」
赤荻さんは即座に首を振った。
「いや、彼女は守護者ではない」
「じゃあ……なんで赤荻さん達に協力してるんですか?」
信吾は不思議そうに首を傾げた。
「あぁ。彼女は生物愛にあふれた人間だからな。それに桜小路に隠し事をしようとしても無駄だからな。今はむしろ、その気持ちと行動力に助けられている」
赤荻さんは静かにそう言い切った。
(やっぱり桜小路さんって、ただ者じゃないんだな……。ゴンちゃんのことも、ずっと気にかけてくれたんだ)
信吾は恐る恐る続けた。
「ってことは……そのパターンだと、ぼく達が散歩中にあの公園で桜小路さんと会ったのって、やっぱり偶然ではなくて?」
「まぁ、そういうことになるな」
赤荻さんは当然だと言わんばかりに答える。
「やっぱり……。ここも必然だったんですね。でも、もう驚きはしません」
信吾は苦笑混じりにうなずいた。
赤荻さんは少し気まずそうに咳払いし、話題を変えるように問う。
「他にはあるか?」
「……ゴンちゃんはたまたまぼく達と一緒にいますけど、通常はどこで育つんですか?」
「あぁ、通常なら、この街の奥地にある山で仲間と一緒に育つ。俺たち守護者の目が届く範囲でな」
「じゃあ……ゴンちゃん以外にも真竜は存在するんですか?」
赤荻さんはしばし沈黙し、深くうなずいた。
「あぁ。確かに存在する。人知れず、山の奥で空へ帰るその日を待ちながら育っている。ただ、最近は環境の変化と真竜を狙うハンターのせいで数は減り続けてるがな。……だが、山之内、お前達にとっての真竜はたった一人の家族だけだろ?」
信吾は胸をぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
それでも、迷いなく答える。
「はい! ぼく達にとっては、真竜はゴンちゃんだけです」
その力強い言葉を聞き、赤荻さんはゆっくりと椅子に腰を下ろした。
そして重々しい声で告げる。
「山之内。お前には残酷かもしれん。だが、避けられないことなんだ。あの子は空の守り神として生まれ、俺たちはその手助けをしている。……そして、最後に寄り添えるのは俺たち守護者ではない。日々を共に過ごした“家族”のお前達だ」
信吾の目に熱いものが込み上げる。
「……つらいです。でも……わかりました。ぼくにできることを最後までやります」
赤荻さんはしばらく黙ったあと、静かに言葉を重ねる。
「……だからこそ、残りの二週間をどう過ごすかだ。お前が何を思い、どう見届けるか……それがあの子にとっても最後の宝になる」
——残された時間は、たった二週間。
だが信吾の胸の奥には、悲しみと同時に決意が芽生えていた。
「家族」として最後まで寄り添うこと。
それが、ゴンちゃんと自分達に許された唯一の選択肢なのだと。




