第39話『夜のピクニック (前編』)
第39話『夜のピクニック (前編)』
信吾は、夕方に赤荻さんと久方さんから聞いた話を、美沙に包み隠さず伝えた。
ゴンちゃんの旅立ちまで残り二週間しかないこと。その理由や、守護者たちの役目のこと。
話し終えると、美沙はしばらく黙っていたが、やがて静かにうなずいた。
「……そっか。やっぱり、そうなんだね」
その素直な受け止め方に、信吾は驚いた。
「美沙さん……なんでそんなにスッと受け入れられるんだよ?」
美沙は少しだけ笑みを浮かべ、視線を落とした。
「私ね、いつかこういう日が来るって思ってたんだ。ゴンちゃんはただの“飼い竜”なんかじゃない。……もっと大きな、特別な存在だって、ずっと感じてたから」
「なんだよ。飼い竜って」
軽く突っ込みを入れながらも、信吾の胸に熱いものがこみ上げる。
(……美沙さんは、ぼくなんかよりずっと冷静で、強い。ゴンちゃんのことを、ちゃんと考えてたんだ……)
「美沙さん……やっぱり、すごいね」
言葉が途切れ、込み上げる感情に喉が震える。気づけば視界がにじんでいた。
美沙は目を丸くし、それから慌てたように言う。
「ちょ、アンタが泣いたら……私まで泣いちゃうじゃん!」
そう言いながら、彼女の頬にも涙がつたった。二人は顔を見合わせ、声をあげるでも笑うでもなく、ただ静かに泣いた。
やがて落ち着いた頃、美沙がふっと顔を上げた。
「……ねぇ、じゃあさ。ピクニック行こうよ」
「ピクニック? 今から? 夜に?」
信吾はぽかんと目を瞬かせる。
「そうだよ。夜のピクニック!」
美沙は涙の跡を袖でぬぐいながら、いたずらっぽく笑った。
「いやいや……いくら夜とはいえ、外に出たら危ないこともあるだろ。事前の準備も全然してないし」
信吾は眉を寄せて、思わず苦笑いをこぼした。
「じゃあさ、久方さんも呼べばいいじゃん。守護者なんでしょ?」
美沙の顔に「名案でしょ!」とばかりに自信満々な笑みが広がる。
「久方さん? 守護者ってそういう見張りみたいな意味じゃないと思うなぁ」
信吾は目をぱちくりさせ、呆れ半分に返した。
「じゃあ、監視役ってことで!」
美沙は「それならいいでしょ」と言わんばかりの顔を見せる。
「えっ、いやでも……絶対来ないでしょ……。急にだし……」
信吾は口ごもりながら、胸の内で苦い思いを抱いた。
(いやー……久方さんとは、昨日とさっきの件で正直気まずいんだよなぁ……)
信吾が渋ると、美沙はじっと彼を見つめる。
「さっき言ったばっかでしょ。“楽しもう”って。だったら今からでも始めようよ。残り二週間しかないんだからさ」
その真剣な瞳に、信吾は観念したように息を吐いた。
「……わかったよ。久方さんはぼくが誘うよ」
「ありがとう。じゃあ、私は小屋にいるゴンちゃんのところに行ってくるね。すぐ戻ってくるから、その間に話つけてきて」
信吾は意を決して久方さんのもとへ向かった。事情を話すと、意外にもあっさりと首を縦に振ってくれた。
「……夜のピクニック、ですか。まあ、見張り役くらいってことなら引き受けますよ」
少し苦笑を浮かべるその姿に、信吾は逆に拍子抜けしてしまう。
「えっ……いいの? こっちが誘っておいて言うのも変だけど、なんで?」
思わず逆に問い返してしまう。
久方は少し肩をすくめて答えた。
「そうですね。せっかく信吾さん達が思い出を作ろうとしてるのに、それを邪魔するのは違うっていうか……。それに、私、ピクニックなんてあんまり行くことないから、正直ちょっと楽しそうだなって思って」
(……もしかしたら、久方さんも気にしてるのかもしれない。自分のせいでぼく達に迷惑がかかってるって。でも――美沙さんも言ってた通り、あと二週間しかないんだ。だったら遠慮なんかしてる場合じゃない)
信吾は小さくうなずいた。
こうして、夜のピクニックが始まろうとしていた。




