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第36話『守るための夜』

第36話『守るための夜』


深夜。

信吾は部屋に戻ると、ベッドの端に腰を下ろしていた美沙に向き合った。

信吾は言葉を選びながら、今夜起きたことを話しはじめる。


「……ゴンちゃんは、ただの生き物じゃなかった。真竜――守り神なんだって」


「えっ……守り神?」美沙は目を丸くする。

信吾は小さくうなずき、続けた。


「赤荻さんと久方さんは、その真竜を代々守ってきた“守護者”なんだ。ぼくらからゴンちゃんを奪おうとしてたんじゃなくて……ずっと見守っていたんだ」


美沙はしばらく呆然とし、やがて困ったように笑った。

「真竜? 守護者? なにそれ……全然わかんない」


信吾は苦笑いを浮かべる。

「……そうなるよね。ぼくも最初は同じだったから」


美沙はうつむいて考えこみ、それから顔を上げた。

「でも……そんなすごい存在でも、赤荻さんたちはゴンちゃんを守ってくれてたんだね」


信吾はその言葉に、静かにうなずいた。

「……まぁ、カートに発信機付けたり、ちょっとやり方は強引だけどね」


「えっ!? 発信機!?」美沙が大きな声をあげる。

「……それ、ほんとに守るためなの? ちょっと怖いんだけど」

思わぬ情報に、美沙は目を白黒させた。


* * *


そのとき、ベランダから「にゃあ」と柔らかい声が響いた。

カーテンを開けると、虎之介が器用に柵をよじ登り、部屋の窓辺に顔をのぞかせていた。


「虎之介!」ゴンちゃんが嬉しそうに飛び出す。


「ちょっと待って、窓閉まってるから……」美沙が慌てて窓を開けると、

ゴンちゃんは弾かれるようにベランダへ駆け出した。


尻尾をぶんぶん振り回し、体をすり寄せる。

虎之介もまんざらではない様子で、のんびりとゴロゴロ喉を鳴らした。

ゴンちゃんはその首筋に顔をうずめ、虎之介は前足で優しく抱え込む。


「ふふ、ほんと仲良しだね。……久しぶりの再会だからかな。さっきまで会いたくて暴れてたしね」

美沙が目を細めてつぶやいた。


部屋の空気が一気に和み、さっきまでの緊張が遠いものに思えた。


けれど信吾の胸の奥には、別のざわめきが消えずに残っていた。


(赤荻さんは、卵を輸送していたって言ってた。ってことは……普通は別の場所で育てるってこと? だとしたら、ゴンちゃん以外にも真竜は存在してる……?

それに、“育てて空に帰す”って……もし本当なら、ゴンちゃんもいつか飛び立ってしまうってことなのか? だとしたら……それはいつなんだ?)


疑問が次々と浮かび、まとまらない。

それでも、信吾は隣の美沙にぽつりと打ち明けた。


「……赤荻さんが言ってたんだけど、ゴンちゃんのこと、何回か連れ戻そうとしたんだって」


「えっ……?」美沙が驚いた声をあげる。


「でも、ゴンちゃんが拒否したらしい。……ぼくらと一緒にいたいって、自分で示したみたいなんだ」


美沙はしばらく黙り込み、それからゆっくりと微笑んだ。

「そうなんだ……。ゴンちゃんも、私たちのこと大切に思ってくれてるってことかな」


信吾はその言葉に胸が熱くなる。

ベランダでは、ゴンちゃんが虎之介にすり寄りながら、楽しそうに尻尾を振っていた。


「……虎之介、今日はありがとう。お前のおかげでなんか先に進めた気がするよ。あと、もう遅いし……よかったら、ここにいていいよ」


声をかけると、虎之介は「にゃあ」とひと声返し、当たり前のように部屋の中へ入ってきた。

そのまま床にごろりと横たわり、ゴンちゃんも嬉しそうに飛び乗る。

じゃれ合いながら転げ回る二人の姿は、本物の親友のなんだと思えた。


その光景に、美沙と信吾は自然と顔を見合わせ、ふっと笑い合う。


そのとき、美沙が時計を見て目を丸くした。

「ちょっと、信吾! もうこんな時間だよ。明日っていうか……今日、仕事で打ち合わせあるんでしょ?」


「うわぁ……もう早朝じゃん……。あとどれくらい寝れるかなぁ……」

信吾は絶望的な顔で頭を抱えた。

「遅刻だけは……絶対に避けないと……」


——こうして過ぎていく夜の静けさの中で、信吾の胸にはまだ拭えない疑問がいくつも残っていた。

赤荻たちの言葉の真意。真竜という存在の意味。そして、いつか訪れるかもしれない別れの時。


それでも、今はただ。

目の前で寄り添う小さな命たちの温もりを、守りたいと思った。

その願いだけは、夜明けが来ても変わらなかった。




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