第31話 前編『駐輪場の屋根、修理大作戦』第31話 後編『ゴンちゃん気分転換大作戦』
第31話 前編『駐輪場の屋根、修理大作戦』
ある日の午後。
マンションの駐輪場から、バキバキと嫌な音が響いた。
見に行った信吾は思わず青ざめる。
──強風で、屋根の一部が傾いてしまっていたのだ。
「これ、バイクの上に落ちたりしたら大惨事だろ……」
ちょうどそこへ住民の男性がやってきて、眉を吊り上げる。
「おい! これ危ねえじゃねえか! どうすんだよ!」
「す、すみません! すぐ赤荻さんに相談します!」
慌てて大家兼オーナーの赤荻さんのもとへ駆け込む。
事情を話すと、彼は黙って缶コーヒーを飲み干し、ただ一言。
「わかった……夜にやる」
「えっ、業者に頼んだほうが早くないですか?」
「いや、それだと間に合わない可能性がある。あのままじゃ危ねぇ」
迷っていた信吾は、やがて深くうなずいた。
「……分かりました。いつもゴンちゃんのことでお世話になってますし、ぼくも手伝います」
「そうか。助かる」
その夜。
住民が寝静まった深夜の駐輪場に、赤荻さんは大きな工具箱と材料を抱えて現れた。
深夜作業といっても、金属を叩くような大きな音は出さず、最低限の工具で静かに行うらしい。
信吾も軍手をはめ、息を整える。
脚立を立て、錆びたボルトを外し、揺れる屋根を押さえ込む。
信吾が必死に支えていると、赤荻さんの低い声が飛んだ。
「力抜くなよ、山之内!」
「はっ、はい!」
汗が額を伝う。
ふと、作業の合間に信吾は口を開いた。
「……赤荻さん、なんでそんなにDIY上手いんですか?」
赤荻さんは一瞬だけ動きを止め、少し照れくさそうに笑う。
「……昔な。孫のために色々作ってたんだ」
それ以上は語らず、すぐ作業に戻る。
だがその背中はどこか温かく、頼もしく見えた。
作業が大詰めに差し掛かったとき、不意に突風が吹き荒れる。
ギシィィ、と屋根が大きく揺れた。
「やべっ!」
信吾は咄嗟に支柱を押さえる。全身に伝わる重みに、膝が悲鳴を上げる。
「しっかり押さえろ!」
赤荻さんは冷静にロープを回し、手際よく固定していく。
信吾が歯を食いしばって耐える数十秒──。
ガシャン、と最後の金具がはまった瞬間。
屋根はピタリと動きを止めた。
信吾はその場にへたり込み、肩で息をする。
「……っぶな……マジで心臓止まるかと思った……」
赤荻さんはふう、と息を吐き、ポケットから缶コーヒーを二つ取り出した。
「ほら。よく持ちこたえたな」
「……ありがとうございます!」
作業を終えた二人は並んで腰を下ろし、静かな駐輪場を見上げた。
夜風が心地よく頬を撫でる。
「いやぁ……手伝えてよかったです。赤荻さん、やっぱりすごいですね」
信吾が息を整えながら言うと、赤荻さんは缶コーヒーを傾けて小さく笑った。
「……まあな。たまには若い者の手も借りねぇとな」
「……勉強になりました」
「言葉じゃねぇ、実感だ」
短いやりとりに、確かな重みがあった。
街灯に照らされた赤荻さんの横顔は、ほんの少し誇らしげに見えた。
* * *
部屋に戻ると、リビングの灯りがまだついていた。
「えっ……こんな時間まで?」
扉を開けると、美沙とゴンちゃんが待っていた。
ゴンちゃんはすぐに駆け寄り、足にすり寄ってくる。
「……起きてたのか?」
「ゴンちゃん、全然寝なくてさ。アンタのこと待ってるみたいだったから」
美沙が苦笑混じりに言うと、ゴンちゃんは「きゅ!」と鳴き、信吾を見上げる。
「……こんな時間まで待っててくれたのか。ありがとうな」
信吾はしゃがみ込み、ゴンちゃんの頭を撫でた。
その温もりに、心の奥がじんわりと和らいでいく。
今夜もまた、誰かに支えられて生きている。
そう感じながら、信吾は小さく微笑んだ。
…………
第31話 後編『ゴンちゃん気分転換大作戦』
昼下がり。
信吾に美沙がそっと切り出した。
「ねえ信吾。最近ゴンちゃん、元気ない気がするの。……虎之介のこと、気にしてるんじゃないかな」
「うん。ぼくもそう思ってた。最初はふらっと、何事もなかったみたいに来ると思ったんだけどね」
信吾の声には、心配の色が滲んでいた。
「でも、探そうにも虎之介って神出鬼没っていうか……探しようがないよね」
美沙もまた困ったように目を伏せる。
「せめて、ゴンちゃんの気が少しでも紛れるように、私たちで何かやってあげたいね」
「そうだね。でも外に連れ出すのはちょっと大ごとになって困るし……室内で遊べること、何かやってみようか」
信吾も苦笑しながら答えた。
――こうして始まった「ゴンちゃん気分転換大作戦」。
信吾と美沙は顔を見合わせ、何とかしてあげたいとばかりに知恵を絞った。
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最初はトランプ。
美沙と信吾が神経衰弱をしていると、ゴンちゃんも横から首を突っ込む。
絵柄を眺めて「ぐるる」と楽しそうに喉を鳴らしたかと思うと……
パクッ。
「あーーー! 食べた!」
「それ紙だから! 美味しくないから!」
ゴンちゃんは首を傾げ、しばらくもぐもぐしてから不満そうに「ふすー」と鼻を鳴らした。
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次はシャボン玉。
美沙がふーっと吹くと、丸い泡が部屋の中にふわふわ漂う。
ゴンちゃんは大はしゃぎで追いかけ、鼻先でつついたり、前足でぱちんと弾いたり。
ついには、口でぱくっと――
「ごくっ……」
次の瞬間、顔をしかめ「ぐわっ」と火花のような小さな炎が口端から漏れた。
「ちょっ、ゴンちゃん!? 火出るからやめてやめて!」
「わー! 部屋焦げるー!」
慌てる二人。信吾が水の入ったコップを差し出し、なんとか沈静化した。
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最後はかくれんぼ。
「じゃあ、私が隠れるね!」と美沙が押し入れに隠れると、ゴンちゃんは部屋中をくんくん探しまわる。
そして扉を見つけると――
「ぐるる!!」
勢いよく鼻先で開け、美沙を発見!
うれしさのあまり尾をぶんぶん振った瞬間――
ガシャーン! ドン! ガタタタッ!
部屋の本棚が揺れ、積んであった段ボールが崩れ落ちる。
「ゴンちゃんストップ! このままじゃ部屋が持たない!」
「か、片付けが大惨事になるよ……!」
慌てる二人をよそに、しゅんと座り込むゴンちゃん。尾の先がしおれて小さく揺れた。
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「……やっぱり、虎之介がいないと、ゴンちゃん寂しいのかもね」
「本当に。あいつ、今頃どこで何してるんだろう……」
信吾がぽつりと呟いた。
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夜。
人通りの途絶えた路地。オレンジ色の街灯の下で、虎之介は道路の隅にしゃがみ込み、長い尾をゆっくりと揺らしていた。
金色の瞳はただ一人の女性を追っている。
黒髪が肩に落ちる、落ち着いた足取り――久方さん。
虎之介は息を潜め、距離を保ちながら闇に溶け込むように歩みを進める。
街灯の影と影のあいだを抜けるたび、その瞳の光だけが獣のようにきらめいた。
虎之介は何を考え、どこへ導かれようとしているのか?




