第32話 『深夜の来訪者』
第32話 『深夜の来訪者』
夕方、信吾は仕事を終えて帰宅し、マンションのエントランスで久方さんとすれ違った。
信吾は、そのまま部屋に戻ろうかとも思ったが、胸の中に引っかかっていた疑問をぶつけてみようと口を開いた。
「久方さん、あの…ちょっと聞きたいことがあって」
「どうしました? そんな改まって」
「今日、改めて帰り道にあの公園を通ってみたんですが…この前、図書館に行く途中で滑り台に乗ったぼくとゴンちゃんを見てたって言ってましたよね? 公園と図書館の距離だと相当遠回りになりませんか? それに、この前、夜まで図書館で調べものしてたって言ってましたけど、その日って図書館は閉館日だったんですよね?」
久方さんは一瞬視線を逸らし、軽く微笑む。
「公園で見かけたのは、図書館に行く前にちょっと寄り道していたんです。気分転換に、外を歩きたくなったんです。それと、閉館日の件は…図書館に行ったら閉館日だったので、事前に借りていた本を持って近くの喫茶店で作業していました」
「言葉が足りなくすいませんでした」
少しはぐらかした答えに、信吾は眉をひそめたが、言葉は続かなかった。
(…なんだか久方さん、まだ隠してることがあるような気がする…)
信吾は部屋に戻り、翌日の仕事の準備を始めた。資料を整理し、パソコンを立ち上げ、明日の資料をチェックしている間も、あの説明の不自然さが頭をよぎったが、深く考えないようにして準備に集中した。
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その日の深夜。信吾たちの寝ている部屋の窓が、何度も「どんどん」と音を立てた。
「なんだ、こんな時間に…泥棒か?」
「えっ、何? 何なの…?」
美沙が寝ぼけた声で不安そうに呟く。
信吾は眉をひそめ、窓に近づいて外を覗いた。そこには虎之介がいた。
「虎之介?」
信吾は驚きと安堵が入り混じった表情で声を上げた。しばらく姿を見せなかった虎之介を前に、思わず感情があふれる。
「今まで何やってたんだ! ゴンちゃんがすごく心配してたんだぞ!」
虎之介は何かを咥えている。暗闇の中、物の輪郭がかすかに揺れているのが見えた。
信吾は声を張る。
「虎之介、それ…何を咥えてるんだ?」
虎之介は答えず、すぐにマンションのエントランスの方へ走っていった。
「ちょっと待て!」
信吾はカーディガンだけ羽織り、慌てて後を追いかける。
「私も行く。ゴンちゃんも虎之介に会いたがってるし」
美沙が布団から飛び出そうとする。
「いや、美沙さんはここでゴンちゃんを見てて」
「うん。わかった」
美沙は頷き、興奮して暴れそうになるゴンちゃんをそっと抱きしめ、落ち着かせた。
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信吾がエントランスに着くと、虎之介は古びたノートを咥えていた。
「今まで何やってたんだ。ゴンちゃんがすごく心配してたんだぞ」
信吾の声は責めるようでありながら、再会の安堵が滲んでいた。
虎之介は黙ったまま、ノートをそっと床に置いた。
「…あれ? このノート、確か久方さんの部屋にあったやつだ。まさかお前、これを手に入れるために今まで動いてたのか?」
虎之介は伏せたまま、何も言わない。
信吾がノートを手に取ると、中から挟まっていた写真が2、3枚落ちた。
その写真には、あの日姉が拾ってきた卵と思われるものが写っている。
「えっ…これって…」
信吾の声は思わず震えた。
背後から、静かで落ち着いた声がした。
「そのノート、探してたんです」
振り返ると、久方さんが立っていた。まっすぐにこちらを見据える視線に、信吾の胸に嫌な予感と緊張が一気に押し寄せた。




