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第28話 『ゴンちゃんの為に』

第28話 『ゴンちゃんの為に』


 その日の夜。

 茂夫の病院から帰ってきた信吾は、部屋に帰りつくやいなや、ソファに座ってスマホをいじっている美沙に声を弾ませた。


「やっぱり美沙さんが見た車って、どう考えても“悪の秘密結社”だと思うんだよ。その組織がゴンちゃんの卵を盗もうとしてて、そこを偶然通りかかった美沙さんが助けた――そんな感じ」


 言葉の端々から、子どもの頃に読んだ冒険小説やヒーロー漫画の熱が抜けていないことが伝わってくる。目の奥がきらきらと輝いていて、昼間の緊張感がまだ残っているのだろう。


 美沙は呆れたように眉を下げ、「ふぅ」とため息をついた。


「もう……男の子って本当にそういうの好きだよね。悪の秘密結社とか闇の組織とか」


「いや、でもさ!」信吾は身を乗り出す。


「それに、本当にただの旅行者の車って可能性だってあるでしょ」美沙は軽く手を振って、会話を切り上げようとする。


 けれど、信吾の頭の中ではイメージが膨らむばかりだった。まるで続きを勝手に描き足す小説家のように。


 そんな信吾を見て、美沙は少し肩をすくめてから、逆に問いかけた。


「……ねぇ、もし信吾が言うように本当に悪の組織みたいなのがゴンちゃんを狙ってたら、どうする?」


 信吾は一瞬考えてから、真剣な声で答える。

「それは……ぼくたちがゴンちゃんを守らなきゃいけないね」


「……だよね。それは私も同感」

 美沙は微笑んだ。茶化すような雰囲気は消え、言葉にはしっかりとした重みがあった。


 二人の視線は自然と床の上に向かう。

 ゴンちゃんは丸まって眠っており、あの頃より少し大きくなった体が上下にゆっくりと動いている。でも、その寝顔はあどけなく、まるで人間の子どものように無防備で愛おしかった。


「まぁでも、私があの時拾わなかったら、今ここにゴンちゃんはいなかったんだよね」

 美沙は小さな声でつぶやいた。言葉には、しみじみとした温かさがにじんでいる。


「うん」信吾もうなずく。


「運命って言ってたけど、やっぱりそういうのもあるのかもしれないね」美沙がぽつりと言った。


 二人の間に、しばしの沈黙が流れた。

 窓の外では、夏の夜風がカーテンをふわりと揺らし、街の灯りが遠く瞬いている。


 やがて美沙が膝を抱え、少し照れくさそうに言った。


「ねぇ、もし……ゴンちゃんが本当にどこか遠い場所から来たんだとして。ゴンちゃんを奪おうとする人がいたとして。私たちにできることって、きっと限られてるよね」


「……そうだね」信吾も視線を落とす。


「でもね」美沙は真っ直ぐに顔を上げ、信吾を見つめた。「私は、ゴンちゃんが大きくなるまで、ちゃんと見守りたい。どこから来たとか、どうしてここにいるとか――それも大事だけど、一番大事なのは今ここにいるゴンちゃんだと思うから」


 その言葉に、信吾の胸が熱くなった。

 自分も同じ気持ちだった。けれど美沙の口から聞くことで、ぐっと確かさが増す。


「……うん。ぼくもそう思う。ゴンちゃんが旅立つ日が来るとしても、それまでしっかり一緒にいてあげたいなぁ」


 小さな寝息が、二人の間の静けさを埋める。


 信吾は思い出したように笑って言った。

「……でもさ、ぼく、ちょっと思っちゃったんだよね。もしゴンちゃんが本当に“秘密結社”に狙われてたとしたら、ぼくたちって正義のヒーローなんじゃないかって」


「はいはい、もう。そういうのは漫画の中だけにして」美沙が笑う。


 二人はソファに腰を寄せ合い、眠るゴンちゃんをしばらく眺め続ける。


 ゴンちゃんがどこから来たのかは分からない。

 でも――ここで過ごす日々は確かにかけがえのない時間であり、二人とゴンちゃんを強く結びつけていた。




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