第27話 前編『結局何もわからん』第27話 後編『卵の記憶』
第27話 前編『結局何もわからん』
土曜日の朝。信吾は洗濯物を干し、台所で洗い物を片づけながら「洗濯物干すのって大変だよな」とつぶやいていた。美沙はゴンちゃんと朝ごはんを食べつつ、半分呆れた顔で「アンタが溜め込んでるからでしょ」と笑う。
そんな穏やかな時間の後、土曜の夜になって信吾の携帯が鳴った。画面には父・茂夫の名前。
「……もしもし」
『信吾か。明日、ゴンちゃんの検査の件で少し話がある。病院に来てくれるか』
「うん……何か分かった?」
『詳しいことは会ってから話そう』
ぶっきらぼうな声ではあるが、どこか言葉を選んでいるのが分かった。電話はそれで切れた。
*
「この前の検査なにか分かったのかな」
美沙は少し不安そうに言う。
「うーん、でも父さんがはっきり言わなかったってことは……」
「いい話なら隠さないよね」
ゴンちゃんは二人の心配をよそに、床で尻尾をぱたぱたと動かしながら丸くなって寝ていた。
*
翌日。信吾は美沙とゴンちゃんを連れて車を走らせ、町の動物病院へと向かった。
入り口で待っていた茂夫は、いつもの白衣姿で無表情のまま言った。
「今日は休みだから、そのまま診察室に入れ。……他に誰もいないからカートはそこに置いておけ」
信吾たちは受付前の椅子の横にゴンちゃんのカートを置き、診察室へと入った。
*
扉が閉まると、茂夫はゴンちゃんを見て小さく目を細めた。
「……しっかり成長してるな。順調に育っているようだ」
「いや、普通に食べて寝てるだけだよ」
「でも、抱っこするとずっしりしてきた」美沙が苦笑する。
茂夫は首をひねり、軽くため息をついた。
そして、机の上に資料を広げる。
「血液検査だが……やはり特殊すぎて、分からん。成分の比率も常識外れだし、そもそも基準と照らし合わせること自体が無理だった」
「そんなに……違うの?」信吾が眉をひそめる。
「犬や猫どれとも比べられない。標準的な生物の範囲ではない」
沈黙が落ちる。
「知り合いにも、それとなく聞いてみた。もちろん正体がバレないように遠回しにな」
「それで……どうだった?」美沙が身を乗り出す。
「相手にされんかった。むしろ“山之内さんが冗談言うなんて珍しいですね”と笑われた」
信吾と美沙は顔を見合わせ、思わず吹き出した。
「それはそうだよね。あの父さんがそんなこと言ったら冗談扱いされるよね」
「でも、こっち本気で言ってるんだけどね」
茂夫は肩をすくめ、苦笑を漏らした。
*
少し間を置いて、信吾が口を開く。
「……父さん。じゃあ、ぼくたち、どういう風にしていけばいいのかな?」
茂夫はゴンちゃんをじっと見てから、低い声で答えた。
「正直、俺も何かしてやりたい。だが方法が分からん。だからせめて――ケガや病気をしないように気をつけてやることくらいしか、できん」
「……そうだよね」
「もっと、何か分かると思ったんだけど」美沙が肩を落とす。
信吾もため息をつき、「やっぱり難しいか」とつぶやいた。
その空気をよそに、ゴンちゃんは診察台に置かれたレントゲン写真に興味津々。
鼻先を近づけて「きゅ!」と鳴き、しっぽを元気に振る。
「お前……自分の骨、そんなに面白いのかよ」
信吾が吹き出すと、美沙もつられて笑った。
「将来、こういうのを見ると毎回喜んじゃうタイプかもね」美沙が冗談を言うと、ゴンちゃんはさらに「きゅっ!」と鳴いた。
茂夫も口元だけでわずかに笑い、肩をすくめる。
「まあ……元気なら、それでいい」
三人の間に、ふっとあたたかい空気が流れる。
信吾は改めてゴンちゃんを見つめ、心の中で決意する。
――分からないことは多い。でも、こいつのために、自分たちにできることを一つずつやっていこう。
診察室には、ゴンちゃんの「きゅ」という楽しげな声が響いた。
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第27話 後編『卵の記憶』
検査の話が一通り終わった後、茂夫が真剣な顔をして言った。
「今日、わざわざお前たちを呼んだのは、聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
信吾が首をかしげる。
「あぁ。ゴンちゃんの卵を拾った時の話を、改めて詳しく聞かせてくれないか」
「どうしたの、急に?」美沙が目を丸くする。
「検査結果を分析してる時にふと思ったんだ。卵を見つけた時の状況が分かれば……ゴンちゃんの打開策が見つかるかもしれない」
茂夫はいつになく真剣な目をしていた。
「そうなんだ……。卵を拾ったのは美沙さんだよね?」信吾が振る。
「うん。帰り道の公園のベンチの下で見つけたの。最初は作り物かと思ったんだけど、拾ったらピトッて手に吸い付いたの。で、なんか運命かなって……」
「その説明、美沙さんから何回も聞いたけど……それで拾ってくるのは、やっぱり美沙さんらしいよね」
信吾が呆れ半分、感心半分でツッコむ。
「そうだったな。何かその時、おかしなことは無かったか?」茂夫が食い気味に聞く。
「おかしなこと……?」
美沙は少し考え込んで、首をひねった。
「特に変わったことは無かったような……。まぁ、ドラゴンの卵が落ちてるのが一番おかしいんだけどね」
信吾は心の中で思った。
(今日の父さん、ほんとによく喋るな……やっぱり生き物のことになると人が変わるよな)
「うーん……でも、そういえば――」
美沙がぽつりと口を開く。
「何か思い出したのか?」茂夫が身を乗り出す。
「公園の外に、ちょっと変な車が止まってたかも」
「変な車?」信吾が聞き返す。
「普通の人が乗るような車じゃなくて、なんか無骨な感じ。トラックほど大きくはないんだけど、妙に“輸送用”っぽい雰囲気で……」
美沙は思い出すように眉を寄せた。
「しかもナンバーがさ、この辺じゃまず見ないやつだったんだよね。だからその時は“旅行者かな”くらいに思ってスルーしちゃったんだけど。」「大きな卵に目がいってて気にしてなかったし」
その場の空気が、一瞬だけ固まった。
「……そうか。なるほど」茂夫は深くうなずく。
「それは大事な手がかりになるかもしれない」
「えっ? そんな大事なことだったの?」
美沙がぽかんとする。
「美沙さん……運命とか言ってたけど、なんかほんとに運命の可能性あるな」信吾が苦笑する。
「え、えっ、どういうこと? やっぱ私ってヒロイン枠……!?」
美沙がびっくりして言う。
「いや、違うと思う」
信吾が呆れて即ツッコミを入れた。
信吾と美沙が軽口を叩く中で、床の上のゴンちゃんが「きゅう」と鳴いてあくびをした。
帰り際、車に乗り込む時に茂夫が信吾の肩に手を置いた。
「……何かあったら、すぐ俺に連絡しろよ」
「うん。ありがとう」
信吾は小さくうなずいた。
謎はまだまだ解けない。
でも、確かに一歩だけ、大きな核心に近づいたような気がした。




