第21話『久方さんの秘密の一端がちらりと見える夜』
第21話『久方さんの秘密の一端がちらりと見える夜』
週末の夜、帰宅ラッシュも一段落した商店街は、蛍光灯の明かりがぽつぽつと続き、どこか気だるい匂いを漂わせていた。焼き鳥の煙が道端に溜まり、立ち飲み屋の暖簾からは笑い声がこぼれてくる。
信吾はスーパーの袋を片手に、足早にマンションへ向かって歩いていた。袋の中では、ゴンちゃん用の干し肉と、美沙の好きなプリンがゆらゆら揺れている。
「……早く帰って、顔見せてやらないとな」
つぶやくと、自然と歩幅が大きくなる。夜風は少しひんやりしていて、街路樹の葉が擦れ合う音が耳に優しい。
マンションのエントランスに着くと、静けさが一層濃くなった。自動ドアの奥、エレベーターのランプがゆっくりと階を示している。信吾が呼び出しボタンを押したとき、背後から足音が近づいてきた。
「こんばんは、信吾さん」
振り向くと、久方さんがそこにいた。細い肩にかかる黒髪がふわりと揺れ、落ち着いた笑みが夜の照明に溶け込む。
「こんばんは、久方さん。こんな時間に?」
「はい。図書館でちょっと資料を調べてまして、遅くなっちゃいました。その帰りなんです」
彼女の手には、少し大きめのトートバッグが提げられていた。布の口がわずかに開き、中には不思議な瓶や、小さな標本らしき影、そして古ぼけたノートの角が見え隠れしている。
信吾は何気ないふりをしながらも、目がそちらに吸い寄せられた。
「久方さん、それ……珍しいものが入ってますね?」
「ええ、ちょっとだけですけど、生き物のことを調べてまして」
「へぇ、どんな生き物なんですか?」
信吾がつい聞くと、久方さんは微笑みながらも慎重に答えた。
「普通のものじゃなくて……特別な生き物って言ったらいいのかな」
信吾は少し首を傾げて、思わず問い返した。
「特別な生き物? たとえば?」
「うーん、それは……言いにくいんですけど、そういう生き物を扱うことが多いんです」
「なるほど……やっぱり久方さん、生き物とか好きなんですね」
信吾が少し不思議そうに言う。
「好きっていうより、関わらざるを得ないことが多いんです」
久方が少しためらいながら答える。
「関わらざるを得ない?」
信吾が首をかしげると、久方さんはふっと視線を落とし、柔らかく笑った。
「まだ詳しくは話せないんですけど、大事なことなんです。信吾さんなら……いつか話せるかもしれません」
その言葉に、信吾は胸の中で何かがざわつくのを感じた。
エレベーターが静かに到着し、二人は乗り込む。金属製の扉が閉じ、わずかな振動と共に上昇が始まった。
久方さんはバッグを胸元で抱え、ふと口元に人差し指を当てた。
「でも、これは誰にも言わないでほしいんです。約束してもらえますか?」
彼女は信吾の目をじっと見つめ、真剣な様子で言う。
「もちろん、守ります」
信吾が戸惑いながらも返す。
久方さんの瞳が一瞬、深く光った。
やがて、エレベーターはふたりの階に到着。ドアが開く直前、久方さんはわずかな間を置き、さらりと言った。
「実はこれ、大学のゼミの課題なんです。まだ教授にも話すなって言われていて、後、普通の人が触らないテーマなんです」
信吾は不思議そうに眉をひそめて訊ねた。
「どんなテーマなんですか?」
信吾が興味と戸惑い混じりに聞く。
「言ってもあんまり信じてもらえないと思いますけど……ただ、信吾さんにも関係あるかもしれません」
久方が少し言葉を濁しながら言う。
「えっ。……ぼくに?」
信吾は驚きながら返す
「ええ。でも、私、明日も早いので、また別の機会にじっくり話しましょう」
そう言って軽く会釈し、足早に部屋へ入っていった。
信吾は久方さんを見送りながら、ふと呟いた。
「ぼくに関係するテーマなんだろ?」
「やっぱり、久方さんって、不思議な人だよな」
「そういえば今日って図書館、やってたっけ……?」
そして顔を上げ、夜空を見上げる。




