表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
29/70

第18話『唐突な質問なんだけど、ドラゴンに予防接種って必要だと思う?』

第18話『唐突な質問なんだけど、ドラゴンに予防接種って必要だと思う?』


 朝の通勤電車の中、信吾はいつものようにスマホでニュースを流し見しながら会社へ向かっていた。昨晩の美沙とゴンちゃんの外出は無事に終わったらしい。帰宅した美沙は「のんちゃん、元気出てたよ。ゴンちゃんが特に効いたみたい」と笑っていた。


 会社に着くと、デスクの向こうから「おはようございます」と少し掠れた声がした。顔を上げると、のん――野中香代がマスク姿で立っていた。


「野中さん、体調大丈夫ですか?」

信吾が心配そうに身を乗り出して聞く。

「うん、もう平気。昨日はありがとう、美沙さんとゴンちゃんが来てくれて」


 そう言って、のんは微笑んだ。いつもの柔らかな笑顔に戻っていて、信吾は少し安堵する。


「ゴンちゃん、すごくおとなしくてかわいかった」

のんが優しい声で言う。少し顔がほころんでいる

「ゴンちゃん、割と空気読むんですよ」

信吾が照れくさそうに笑いながら答える


「……ねえ、唐突な質問なんだけど、ドラゴンに予防接種って必要だと思う?」

のんが急にまっすぐな目で問いかける。空気がふっと変わる


 信吾は反射的に「え?」と声を漏らした。のんは真剣な表情で続けた。


「昨日、ふたりが帰った後にふと思ったの。」「私は体調崩したら薬があるし、病院もあるけど……ゴンちゃんの場合、薬があるのかも分からないし、あったとしても人間用じゃダメでしょ。手に入れるのも大変だろうし。だったら、予防のほうが大事なんじゃないかなって」

のんの声は静かだけど、芯のある響きだった


 信吾は一瞬、雷に打たれたような顔になった。


「……たしかに」

目を見開いたまま、ゆっくり頷く


 言われてみればその通りだ。ゴンちゃんは今でこそ元気だが、風邪ひとつ、寄生虫ひとつでどうなるか分からない。そもそもドラゴンという存在に、獣医はおろか研究者だって確固たる知識を持っていない。


「野中さん、すごい発想ですね……僕、全然考えたことなかった」

信吾が素直に驚いた表情で言う

「ううん、ただの思いつき。だけど、誰かが考え始めないと、ね」

のんが小さく笑い、窓の外を見る。その視線は、青空の向こうを見ているようだった


***


 仕事を終えて帰宅すると、美沙とゴンちゃんがソファでくつろいでいた。ゴンちゃんはクッションを枕にして横たわり、まるで猫のようにくつろいでいる。


「ただいま」

信吾がリュックを下ろしながら言う

「おかえりー。ねえ、今日さ、のんちゃん大丈夫だった?」

美沙が立ち上がり、エプロンのままキッチンから顔を出す


「うん、もう元気そうだったよ。そういえば、言われたんだよ。『ドラゴンに予防接種って必要だと思う?』って」


「……え、それめちゃくちゃ大事じゃない?」

美沙が目を見開いて素で反応する


「私もさ、前からちょっと考えてたの。ゴンちゃんって元気だけど、人間の薬使えないし、熱出してもどうしたらいいか分からないじゃん」

美沙が眉を寄せ、真剣な声で言う

「でしょ? 野中さんもそんな話してた」


 信吾はソファに腰を下ろし、ゴンちゃんの背を軽く撫でた。

「病院だって、行ける場所なんてあるかわからないし。薬の処方とか、完全に未知数だよな……」

信吾が額に手を当て、考え込むように言う

「この前、図書館の司書の権藤さんに会った時にドラゴンの代謝とかちょっと調べてくれてたけど、あくまで参考程度だしね」

美沙が隣で静かにうなずく


 ゴンちゃんは自分が話題にされているのが分かるのか、「きゅ」と小さく鳴いて体を丸めた。


「じゃあ、どうする? ワクチンっていっても……」

信吾が眉間にしわを寄せ、困ったように天井を見上げる〉

「……お父さんに相談してみたら?」

美沙がふと思いついたように言う


「え?」

信吾がきょとんとした顔をする


「うちのお父さん、動物病院やってるじゃん。普通の動物と同じとはいかなくても、代用できるワクチンのこととか、何か知ってるかも」

美沙が少し照れたように言う。けれど、どこか頼もしさがにじむ


 信吾は思い出した。あの無口で職人気質の父・山之内茂夫。寡黙で人見知り気味だが、動物に対してはまるで別人のように優しい男だ。そして、かつてゴンちゃんを初めて見たときに、「うん、爬虫類だな」とすんなり受け入れた変わり者。


「たしかに……あの人なら何か言ってくれるかもしれない」

信吾が頷き、口元に少し笑みを浮かべる


 美沙がにっこりと頷いた。


「明日、行ってみよっか。父さんとこ」

美沙が優しく言う。すぐにスマホを取り出しながら

「事情は私から電話してみるから」

その声には、家族に対する温かさと少しの緊張が混じっていた


 ゴンちゃんが「きゅ」と短く鳴いた。まるで、ゴンちゃんもそれに賛成しているようだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ