第13話 前編『ゴンちゃんも自分の部屋が欲しい』第13話 後編『桜小路さん、再び』
第13話 前編『ゴンちゃんも自分の部屋が欲しい』
前書き
少しずつ言葉にしない「わがまま」を見せてくれるようになったゴンちゃん。
今回は、そんな“はじめての主張”に、信吾と赤荻さんが動きます。
誰にも見つからないように進められる、深夜の小さな作戦。
そしてその先に――またひとつ、物語が動き出します。
ドラゴンにも、“ひとりになれる場所”は必要なのかもしれません。
とてもいい展開ですね!
では、第13話 後編『桜小路さん、再び』に合う前書きをこちらご提案します。
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第13話 後編『桜小路さん、再び』
前書き
穏やかな日常の中に、ふいに現れる非日常。
あの気品あふれるマダムが、再び信吾たちの前に姿を現します。
その目的は――ゴンちゃん? それとも……?
静かな夕暮れと共に、またひとつ、物語が転がり始めます。
再会は突然に。そして、そこには確かに“理由”があるのです。
第13話 前編『ゴンちゃんも自分の部屋が欲しい』
休日の昼下がり。
カーテン越しに柔らかい陽の光が差し込むリビングで、信吾はノートPCを開き、何やら真剣にタイピングしていた。横目にチラリと視線を向けると、ゴンちゃんがクッションを抱えて転がしている。ぽふ、ぽふ、とリズムよく、だが明らかに落ち着きがない。
「ん?どうした? なに、なんか不満?」
問いかけても返事はなく、ただ信吾の足元にドン、と座り込んで、じっと目を合わせてくる。
「……え、なんだよその圧……」
大きな黒い瞳がまっすぐこちらを見つめている。まるで「言わなくてもわかるでしょ」とでも言いたげな視線だ。
次の瞬間、ゴンちゃんは立ち上がり、自分のベッド代わりにしている毛布の端をくわえた。そしてズルズルと引きずりながら、別の部屋へ運び始める。
「お、おい……もしかして、“自分の部屋”欲しい感じ?」
「きゅ」とひと声。やたら真剣な目つきで頷いているようにも見える。
「まじか……いや、気持ちは分かるけどさ、この家に、空いてる部屋なんて……」
信吾は頭を抱えた。とはいえ、ゴンちゃんの表情を見るに、これは一時の気まぐれではなさそうだった。
小さな身体で、ずっと人に合わせてきた小さなドラゴンにも、自分だけの空間が必要なのかもしれない──。
* * *
その日の夕方。
信吾はマンション最上階、赤荻さんの部屋を訪れていた。DIYの神にしてこの建物のオーナー。無口でコワモテ、だが誰よりも手が早く、面倒見が良いという変わった人物だ。
「……というわけで、ゴンちゃんが“マイルーム欲しい病”でして……。何かいい手、ないですかね」
赤荻さんは黙って信吾の話を聞いていたが、やがて手にした缶コーヒーをぐびりと飲み干し、無言で立ち上がった。
「……屋上か、裏の倉庫。どっちか使っていい。人目にだけ気をつけろ」
「えっ、いいんですか? そんな簡単に」
「必要なもんは俺が見る。……坊のためならな」
さらりと、だが重みのある言葉だった。
信吾は思わず頭を下げる。
「……ありがとうございます。本当に感謝しかないです。ゴンちゃん、嬉しすぎてお尻振って喜びますよ、マジで」
「……振るのか」
「振りますね。新しいブランケットとか買った日なんか、それはもう、全身でスリスリして……」
「……ふっ」
赤荻さんの口元が、わずかに緩んだ気がした。
「で、どうします? 屋上、いけます?」
「夜中。誰もいない時間に運ぶ。手伝え」
「はい! 喜んで!」
* * *
数日後の深夜。
人目を避けるため、懐中電灯の灯りを頼りに、赤荻さんと信吾は屋上に“あるモノ”を設置していた。
見た目はシンプルな木製の小屋。だが中は断熱・防音・通気性まで完璧に整えられていた。天井には星型のライトが優しく光り、床には低反発のクッションマット。壁にはゴンちゃん専用のベッドとお気に入りの毛布、さらにはおやつ入れ付きのミニ棚まで。
「……なんだこのクオリティ……」
信吾は、しばし言葉を失った。
ゴンちゃんはというと、小屋に入った瞬間から大はしゃぎ。くるくる回って壁をスンスンし、床にゴロンと転がり、「きゅう……」と満足げな声を漏らした。
「完全に気に入ったな……良かったな、ゴンちゃん」
星空の下、そっと屋根の上で寝転ぶ姿を見ながら、信吾はしみじみと呟いた。
* * *
その夜、コンビニで夕食用の冷やしうどんと美沙の炭酸水を買い、帰宅途中の信吾は駐輪場で赤荻さんとばったり会った。
「今日は本当にありがとうございました、マジで……。あの小屋、もう秘密基地って感じで。ゴンちゃんもかなり気に入ってて、出てこなくなりました」
「……そうか」
いつも通りの素っ気ない返事。しかし、信吾には分かった。
その声の奥に、ほんの少しだけ、満足げな響きが混じっていることを。
赤荻さんは駐車場の自販機の前に立ち、缶コーヒーを一本購入する。いつものルーティン。そのまま立ち去るかと思いきや、不意に背を向けた信吾に声をかけた。
「……そうだ。桜小路が、お前と坊にまた会いたがってたぞ」
「――えっ?」
信吾は思わず立ち止まり、振り返った。
「え、それって……桜小路さんと知り合いなんですか?」
赤荻さんはしばらく黙っていた。街灯の光が、その表情の一部だけを照らす。
「……ちょっとな」
それだけ言い残し、夜道をスタスタと歩いていった。
「ちょっとって何!? 何なんだよ、あの人……!」
信吾が困惑しながらつぶやいたその時、ふと我に返った。
「……あ、そういえばゴンちゃんを小屋に置いてきちゃったな。もう寝ちゃってるかな……迎えに行かないと」
屋上を見上げながら、信吾は小さく息をついた。
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第13話 後編『桜小路さん、再び』
ちょっと早めに済ませた夕食の後片づけを終えて、信吾はリビングでひと息ついていた。
PCはすでに閉じられ、ゴンちゃんのいない部屋は、いつもより少しだけ静かだった。
「……ちゃんと遊んでるかな」
ゴンちゃんは屋上の小屋でひとりで遊んでいるはずだ。最初こそ落ち着かない様子だったけれど、今では毛布にくるまってぬくぬくとくつろぐ時間をすっかり気に入ったようだった。
その姿を思い浮かべるだけで、自然と頬がゆるむ。
そんな穏やかな時間の中――
ふと窓の外に目をやった瞬間、信吾の表情が固まった。
「……え?」
マンション前の駐車スペースに、黒光りする高級外車が静かに滑り込んできた。
こののどかな町にはまるで似つかわしくないその車体は、夕暮れの光を艶やかに反射している。
「なにあれ……間違えて来た?ってレベルじゃないよな……」
車のドアが開き、スーツ姿の運転手らしき男性が降りてきた。
そのすぐあとを、優雅な動作で車から降りてきたのは――
「……桜小路さん……!?」
そして、彼女のすぐそばには、真っ白な被毛を夕日色に染めた大型犬――ルネの姿があった。
「うそ、なんで桜小路さんがここに……!」
信吾はソファから勢いよく立ち上がり、キッチンにいた姉・美沙を呼びに行く。
「美沙さん! ちょっと、ちょっと来て! やばいって!」
「え? ゴンちゃん脱走した?」
「違う違う、そうじゃなくて! あのさ、桜小路さんが来てる! 今! ここに!」
美沙が怪訝な顔でリビングに来ると、信吾は窓の外を指差した。
美沙も思わず目を見開く。
「……ほんとだ……! えっ……」
夕焼けの中、駐車場に佇む桜小路さんとルネ。その前に、赤荻さんが現れた。
桜小路さんとルネは、まるで彼の登場を待っていたかのように静かに立っていた。
ふたりは短く、言葉を交わすと、赤荻さんがうなずき、玄関のドアを開けてマンションの中へと案内していった。
「え、まさか……赤荻さんに用事があって来たの? いやいや、でも……ゴンちゃんに会いに……? いや、まさか……」
動揺しながらも、信吾の頭にはいろいろな可能性がよぎる。
でも、赤荻さんからは桜小路さんが来るんなんて聞いてないし。
そんな思考の最中、不意にインターフォンが鳴った。
「……っ!」
信吾の心臓が跳ねた。
部屋の中の空気が、一瞬、ぴんと張り詰める。
震える手でモニターを覗くと、画面に映っていたのは――
桜小路さん。そしてルネ。
桜小路さんはまっすぐこちらを見つめ、ルネはどこか安心したように微笑んでいた。
「うわ……ほんとに来た……」
信吾の口元が思わず引きつる。
どうしよう。何か怒られるようなことしたっけ?
いや、悪いことはしてない……でも、どうしてわざわざ桜小路さんが――直接、ここに?
――なんでわざわざ直接本人が来るんだよ!
その疑問は消えないけれど、なぜか足は自然と玄関へと向かっていた。
もしかして、ゴンちゃんのことで何かあったのか。
あの時は好意的に見てくれたけど……気が変わったとか?
そんな不安を抱えながらも、信吾は小さく深呼吸をして、ドアノブに手をかける。
カチリと鍵を外すと、夕方の涼しい風とともに、どこか懐かしい香りがふわりと流れ込んできた。
「こんばんは、信吾くん。突然ごめんなさいね」
「よ、ようこそ……お久しぶりです、桜小路さん……ルネも……!」
少し裏返った声に、ルネがくすりと笑ったように見えた。
「ルネがゴンちゃんに会いたがってたみたいだったから赤荻さんに頼んだのよ。あと、あなたにも会いに来たの。」
“ゴンちゃん”。
その名を聞いた瞬間、信吾の胸にかすかな驚きが走る。
ああ、本当に会いに来たんだ。
――再会の扉は、思いがけず、ふわっと開いた。
次に何が起こるのかはわからないけれど……なんだか少し、面白くなってきたかもしれない。




