第12話 前編『気品溢れるマダムと穏やかなモフモフ』第12話 後編『桜小路さんってすごい人?らしい』
第12話 前編『気品溢れるマダムと穏やかなモフモフ』
前書き
のんびりした町に現れた、気品ただよう不思議なマダムとその愛犬ルネ。
信吾とゴンちゃんが、ひょんなきっかけからそのマダム・桜小路さんと出会います。
どこか非現実的な雰囲気をまといながらも、穏やかにゴンちゃんを受け入れるその姿に、信吾は少しだけ世界が広がったような気分に。
第12話 後編『桜小路さんってすごい人?らしい』
前書き
家に帰った信吾がその出来事を美沙に語りますが……桜小路さん、実はとんでもない人物だった!?
ゴンちゃんの世界は今日も静かに、でも着実に広がっていくようです。
第12話 前編『気品溢れるマダムと穏やかなモフモフ』
今日も天気は快晴。アスファルトの照り返しがじりじりと肌を焼く午後。
信吾は赤荻さん特製のカートを押しながら、近くの公園へ向かっていた。
日差し対策に日除けシート、冷却ジェル、扇風機つき。DIYの域を超えたゴンちゃん専用“近未来モビリティ”である。
「どうだ、快適か?」
中に座るゴンちゃんは、ひんやりシートの上で尻尾をふにゃふにゃと揺らしながら、“きゅう”と満足げに鳴いた。
そんな和やかな散歩タイムに、遠くからふわふわの白い影が近づいてくる。
「あれ……犬、か?」
白くて大きな、まるで雪のような被毛に覆われた美しい犬。その横を、絵画から抜け出したようなマダムが優雅に歩いていた。
日傘に大きな帽子、日差しを遮る長いスカーフ。上品で、どこか非現実的な雰囲気をまとっている。
信吾が目を見張っていると、マダムの方もこちらに気づいたらしく、微笑みながら声をかけてきた。
「まあ、こんにちは。今日は本当に暑いですね」
「あ、はい。えっと……こんにちは」
「そのカート、素敵ですわね。手作りかしら?」
「あ、はい。知り合いが……。えっと、これ……その……」
視線の先には、うっかり身を乗り出してしまったゴンちゃん。ひょこっと顔を出して、マダムと白い犬をじっと見つめている。
――しまった。
帽子をかぶせて隠していたはずが、少しずれてしまっていた。
(やばい、見られた……!)
信吾の心臓が跳ね上がる。正体がバレたらどうしよう。通報されたら? 強制退去? 捕獲?
だが――
「まぁ……なんて綺麗な目をしているのかしら。あなた、少し“違う世界の子”なのね」
そう言って、マダムは一歩近づく。そして、微笑を崩さぬまま、小さく頭を下げた。
「ご挨拶が遅れましたわ。私、桜小路と申します。この子はルネ。サモエドですの」
白い大型犬が、ふっと優雅に一礼……するように前足を揃えて座った。
だがその目は、じっとゴンちゃんを見据えていた。敵意ではない。だが――戸惑いと、ちょっぴりの警戒が読み取れる。
ゴンちゃんはというと、信吾の腕に手を置いて、なぜかぴしっと姿勢を正している。信吾に促されるでもなく、自然にそうした。
「……こ、こんにちは。山之内です。こっちは……その、ゴンちゃんっていいます」
「ゴンちゃん……ふふ。可愛らしい名前ですわね」
桜小路さんは特に驚いた様子もなく、ただ優雅に微笑み続けている。
信吾は恐る恐る訊いた。
「あの……驚かないんですか? 普通、もっと……」
マダムは軽やかに微笑んだまま、扇子でそっと口元を隠す。
「別に驚きませんわ。過去にね、いろいろな生き物たちと出会ってきましたもの。たとえば、夢にしか現れないフクロウ、目が合うと人の髪の色が変わるリス、1週間に1度だけ透明になるカメレオン……そんな子たちがいましたわ」
さらりと、まるで天気の話をするように。、
「だから、この子を見て“普通じゃない”と思ったところで、私の中では騒ぐほどのことではありませんの。こんなことで驚いたりはしませんわ」
そして、ふと表情を柔らかくしながら言った。
「見た目で騒ぎ立てるような品のない人たちとは違って、私は気にしませんわよ。人でも、動物でも――縁があって出会った存在は、皆、同じように大切」
その言葉に、信吾の肩の力がすっと抜けた。
「……ありがとうございます」
「お礼なんて。あなた方、うちの近くにお住まいかしら?」
「はい、すぐそこのマンションです」
「まぁ。では、これも何かのご縁。よろしければ今度うちのルネとも、もう少しゆっくり遊ばせてあげてくださいな」
ルネはまだ少し緊張しているのか、ゴンちゃんを観察するようにそっと鼻を近づけたが、吠えたりはしなかった。
ゴンちゃんも、きゅっと一声小さく鳴いて、それ以上近づこうとはしない。
この絶妙な距離感。まるで、探り合いながら礼儀を学んでいるようだった。
「それじゃあ、また公園で会えるといいですね」
「ええ、きっと。また涼しい夕方にでも」
優雅な別れの挨拶とともに、桜小路さんとルネは、ゆっくりと公園の奥へ歩いていった。
信吾とゴンちゃんはその背中をしばらく見送る。
「……すげえ人だったな……。でも、ゴン。なんか、友達できたっぽいぞ」
“きゅう”と鳴いて、ゴンちゃんはしっぽで信吾の腕をぽんと叩いた。
それは、たぶん――「なんか、いい出会いだったね」って意味だ。
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第12話 後編『桜小路さんってすごい人?らしい』
夕方。部屋に戻った信吾は、ソファに倒れ込むように座り、横でくつろぐゴンちゃんをチラリと見る。
「……いや~、今日は濃かったな」
ゴンちゃんはというと、クッションに顔をうずめたまま、しっぽでふにふにと返事している。
慣れない“社交界”に出たせいか、ややお疲れ気味らしい。
そこへ、ガチャリと玄関のドアが開く音。
「ただいま~。あっつ……!」
帰宅した美沙がコンビニ袋を抱えてリビングに入ってくる。
髪をアップに結い直しながら、信吾の横にどさっと座った。
「おかえり。……今日はさ、ちょっとすごい人と会ったんだよ」
「へぇ? どんな?」
「えっと……なんか、めちゃくちゃ上品なマダム? 名前は、桜小路さんって――」
言いかけた瞬間、美沙がびくっと反応した。
「え、待って、桜小路さん? ってあの、“桜小路”? え、マジで? ていうか、なんでこんな田舎に桜小路家の人がいるの……?」
「えっ、そんなリアクション取るような有名人なの?」
「うちの業界でも名前出るレベルだよ。元は確か、舞台系の出資家とか芸術支援で有名な一族で……でも本人も海外とか行って、いろんな文化財やら研究やらに関わっててさ。表に出ないだけで、実はすっごい人らしいよ?」
「マジで?」
「マジ。桜小路さんの家、うちの業界が言ってたけど、“すごい豪邸らしい”って話は聞いたことある。西洋のお城みたいな外観で、庭に噴水とバラ園があるとか。建築マニアの中でも、あの家だけは別格だって」
「……すご。そんな人が普通に散歩してるって……」
「まあ、見た目は普通に優雅なマダムだったけどね。でも雰囲気が……なんていうか、別格だった」
「へぇ……で?」
「そう。しかも、ゴンちゃんの顔も見て、驚くどころか“違う世界の子なのね”ってさらっと受け入れてくれて……。なんか、“夢にしか現れないフクロウ”とか“透明になるカメレオン”の話までされた」
「それ言われて、ちょっと信じた自分が悔しいけど……その人なら、あるかもって思っちゃうのが怖い」
「だよねぇ」
2人して天井を見上げ、しばし無言になる。
その間、ゴンちゃんはお腹を上にしてごろんと寝返り。ぽよんとしたお腹が揺れ、まるで「お二人とも、お疲れさま」と言っているかのようだった。
「……で、なに、友達になったの?」
「うん。ルネって名前のサモエドを飼ってるんだけど、また会おうって言ってくれた。あっちも、興味持ってくれてたら嬉しいな。」
「そっか……信吾さ、最近妙に人脈広げてるよね。しかもファンタジー寄りに」
「うちにファンタジー住んでるからな……」
2人が笑い合う中、ゴンちゃんも満面の笑みを浮べているような表情だった。
ゴンちゃんはしっぽをふにっと揺らしてみせた。
「おっと、もしかして明日もおでかけ希望ですか?」
「きゅ」
――どうやら、気品あるマダムとの新たな交流は、まだ始まったばかりのようだ。




