第11話 前編『ゴンちゃんの好きなおやつはウェルシュ・ケーキ?』第11話 後編『お掃除ロボットに乗りたい』
第11話 前編『ゴンちゃんの好きなおやつはウェルシュ・ケーキ?』
前書き
美沙の友達の瞳さんが、海外から帰国。おみやげに持ち帰ったのは、イギリス・ウェールズ発祥のちょっと珍しいお菓子。ゴンちゃんも興味津々だけど、今回はおやつだけじゃなく、思わぬルーツの話も飛び出して――?
「ドラゴン」という存在のちょっとした歴史にも触れる、静かで深いひととき。
第11話 後編『お掃除ロボットに乗りたい』
前書き
いつものように部屋を動き回るお掃除ロボット。
その上にちょこんと乗るのは、まさかの虎之介!?
目を輝かせるゴンちゃんもチャレンジするけれど、ちょっとだけハードルが高かったようで……。
ドラゴンだって「やってみたい」――その気持ちは本物です。
第11話 前編『ゴンちゃんの好きなおやつはウェルシュ・ケーキ?』
「ただいまー……って、おおー、いたいた。ゴンちゃん、ちょっと見ない間にまた大きくなった?」
土曜の昼過ぎ、久々に我が家に現れた瞳さんは、大きなキャリーバッグをコトンと床に置いて、笑顔で言った。
ゴンちゃんは最初ちょっと警戒してたけど、顔を見て思い出したのか、「きゅっ」と小さく鳴いて近寄ってきた。
「お、覚えてた? えらいぞー。はい、おみやげ!」
瞳さんがバッグから取り出したのは、小さな包み紙にくるまれた焼き菓子だった。
「うわー、美味しそう! これ、スコーン?」と美沙さん。
「……いや、それがちょっと違うんだよね。**“ウェルシュ・ケーキ”**ってやつ」
「ウェルシュ?」とぼくが聞き返すと、瞳さんは得意げにうなずいた。
「そう。スコーンはイングランドのティータイム文化の代表だけど、これはウェールズの伝統菓子。ドラゴンつながりでこっちにしてみた」
瞳さんはウェルシュ・ケーキをテーブルに並べ終えると、「それとね」と言いながら、鞄の中からくるくると丸められた布を取り出した。
「お土産もうひとつ。これはね、ウェールズで手に入れたやつ」
広げると、それは深い緑と白を背景に、赤いドラゴンが描かれた――ウェールズの国旗だった。
「おお……これ、かっこいいですね。ドラゴン、まんまだ」
「でしょ。イギリスの中でも、特にウェールズは“ドラゴンのふるさと”って言われてるの。あの赤いドラゴン、“イーグル=グリュッフ”って名前がついてるのよ。ワイバーンとは少し違うけど、見た目はそっくり」
「へぇ……じゃあ、ワイバーンの起源って、やっぱりこの辺なんですか?」
「うーん、それがね……“これが起源です”ってハッキリ言える話じゃないの。ギリシャ神話とか、ケルト神話とか、他の地域にも似たようなモンスターはいて。たぶん、いろんな文化が交じり合って、ああいう“竜の姿”になったんだと思う」
そこで、ふと瞳さんの表情がやわらいだ。
「……あ、そうだ。この旗ね、旅の途中で現地の市場で手に入れたんだけど――正直めっちゃ大変だったのよ」
瞳さんはそう言って、ちょっと照れくさそうに笑った。
「なんか、山奥の村に迷い込んじゃってさ。バスも電車も通ってなくて、結局、民家で泊めてもらう羽目になったんだよね。スマホも圏外だし、荷物も一部なくしちゃって」
「え、大丈夫だったんですか……?」と、ぼくは思わず身を乗り出した。
「うん。村の人がめっちゃ親切でね。スープごちそうしてくれたり、暖炉の前で一緒に歌ったりして……結果的に、いちばん思い出深い旅になったかも」
瞳さんはそのときの風景を思い出すように、窓の外をぼんやりと見つめた。
「たまに思うんだよね。ドラゴン伝承を追いかけてるつもりが、気づくと“人の優しさ”に触れてばっかりだなって。ドラゴンって、人を試す存在でもあるのかもね」
その言葉に、ゴンちゃんが小さく「きゅう」と鳴いた。
まるで「わかる」と言いたげに。
ぼくは、その瞳さんとゴンちゃんのやり取りを見て、思わずつぶやいた。
「……なんか、ほんとにすごいな、瞳さんって」
どこに行っても自然体で、どんな場所でも何かを見つけてくる。トラブルも、出会いも、物語に変えてしまう力がある。
「世界中を飛び回ってる感じ、しますよね。あ……なんか、ドラゴンみたいだ」
その言葉に、瞳さんは軽く眉を上げてから、ふっと笑った。
「だったら、今の私は“巣”に帰ってきたってとこかな」
そう言って、ゴンちゃんの頭をそっと撫でる。
その手つきは、まるで本当に――旅を終えて戻ってきた、空の住人のようだった。
そのときだった。ゴンちゃんが、お菓子の包みをちょこんとつついて「きゅっ」と鳴いた。
「もしかして……食べたい?」
包みを開けると、中にはしっとりした円盤状の焼き菓子。表面には砂糖がうっすらまぶされていて、シナモンとレーズンのやさしい香りがふわりと広がる。
「これ、紅茶と一緒に食べると最高なんだよね」と瞳さん。
ぼくたちが紅茶を入れる間に、ゴンちゃんは美沙さんの許可をもらって、そっとひと口。
「……きゅう!」
その瞬間、ゴンちゃんの羽がふわっと広がった。尻尾がゆるやかに揺れて、まるで“記憶をくすぐられた”ような反応だった。
「わかる……なんかこの味、郷愁って感じあるよね」と美沙さんが呟いた。
瞳さんは笑って言った。
「たぶんね、ゴンちゃんにとっても、“何か”に近いのかも。“遠くの空気”ってやつ」
「それって……もしかして、自分のルーツ?」
「かもしれないし、違うかもしれない。でも、“伝承の中の何か”が、今のゴンちゃんと響いたのは確かだね」
ゴンちゃんは、ゆっくりともう一口ウェルシュ・ケーキを食べて、しっぽをとんとん、と床に軽く打ち付けた。
まるで「気に入ったよ」と言ってるみたいだった。
ぼくはその様子を見ながら、ふと思った。
いつかゴンちゃんが、自分のルーツを本当に知る日が来たら――そのとき、この味を思い出すのかもしれない。
第11話 後編『お掃除ロボットに乗りたい』
ある日の午後。
信吾がリモートでの仕事の合間にキッチンでコーヒーを淹れていると、リビングの方から「ウィーン……」という低い電子音が聞こえてきた。
掃除ロボット。週に数回、予約タイマーで自動的に起動するように設定してある。
それだけなら、特に珍しくもない日常の風景――だったはずが。
「……は?」
戻ってきた信吾が目にしたのは、ありえない光景だった。
掃除ロボットの上に、虎之介がちょこんと乗っていたのだ。
器用に四肢をたたみ、まるで古代の神獣かのような姿勢で、平然と乗っかっている。
「おまえ……いつの間に」
「ってか……そんな機動力あるんかい……」
しかも、掃除ロボットは虎之介の重さにびくともせず、じりじりと前進を続けていた。家具の脚を避け、じわりと方向転換して、滑らかに進む。
「いや、むしろ虎之介のための乗り物に見えてきた……」
信吾が感心して見守るなか――
ゴンちゃんが現れた。
寝起きで目をぱちぱちさせながら、虎之介が乗っている様子をじっと見つめる。そして次の瞬間。
「きゅ!」
と勢いよく鳴いて、掃除ロボットに走り寄った。
その目はきらきらと輝き、まさに「ぼくも乗りたい!」の意志に満ちている。
「いや、待て待て。ゴンちゃん、それはおまえサイズじゃ――」
がたん。
言い終える前に、ゴンちゃんは前足を掃除ロボットにかけ、次いで後ろ足をぐっと踏ん張って、本体の上に“よいしょ”と乗ろうとする。
……その瞬間。
「ぴー!」
「ブッ……ガガッ!」
警告音とともに、掃除ロボットが悲鳴のような音をあげ、半回転して停止した。
「……だよなぁ」
信吾はタオルを手に、ため息をつきながら駆け寄った。
虎之介はすでに飛び降りて、床の上で毛づくろい中。一方のゴンちゃんは、まだ掃除ロボットの上でバランスをとろうと足をばたつかせていたが――
「ぐるるっ……ごとっ」
次の瞬間、傾いた本体ごと横転。
ゴンちゃんは見事にくるくると宙を舞い、ソファの上に“ぼふっ”と着地した。
「さすが運動神経はいいな……でももうやめとけ、マジで」
ゴンちゃんはソファの上でしばらくぼう然としていたが、やがてしょんぼりとしっぽを巻いて、寝そべってしまった。
「……“乗れなかった”って顔してる」
信吾がぽつりとつぶやくと、ゴンちゃんは一度だけこちらをちらりと見て、ふてくされたように“ぷいっ”と顔をそらした。
*
夜、仕事を終えてリビングに戻ると、美沙が帰宅していた。
「ただいまー……って、あれ? 掃除ロボ止まってる? タイマー設定してなかった?」
「いや、してたんだけど……今日はちょっとアクシデントがあって」
「……まさか」
信吾が事情を話すと、美沙は声を殺して笑いながら、ゴンちゃんをそっとなでた。
「そりゃ無理だよ、ゴンちゃん。虎之介とじゃ重さが違うし……たぶんゴンちゃん専用のお掃除ロボ作らないと無理だね」
「それはそれで怖いけどな。」
ゴンちゃんはというと、美沙のひざの上でまるくなりながら、どこか悔しそうな顔をしていた。
いつかまた乗れる日を夢見ているのかもしれない。
でも――と信吾は思った。
「乗れる」かどうかより、「乗ってみよう」と思えるのがすごい。
掃除ロボットだって、ドラゴンにとっては未知の冒険なのだ。
「……チャレンジ精神だけはほんとすごいよ、おまえ」
ゴンちゃんはその言葉に応えるように、“ふわぁ”とひとつあくびをして、またぐるりとしっぽを巻いた。




