ライラの出発の日
僕はライラ。
僕の父さんは、魔族の国の王。
そして、魔王。
人類と魔族が争う前は、人類の人口が1億2千人弱。それに比べ、魔族は1200万人ほどだった。
人類の巨大な大陸から離れた、海の上の小さな島国。そこに住む少数民族、それが僕達魔族だ。
人類と変わらない見た目の僕達魔族は、繁殖力が低く、狭い島国でも十分幸せに暮らしていた。
この閉鎖的で、なのにお人好しで、争いを好まない魔族を、人類が植民地や奴隷にと思うのはもはや必然なのかもしれない。
それでも、人類と魔族がここ1500年ほど大きな争いをしていなかったのは、名前からも分かる通り、僕達魔族には“魔力”があり、人類にはない力が使えたからだ。
魔力を使え、体も丈夫な魔族を奴隷にしたかったのに、人類にはそれができる“力”がなかった。
1500年より前に、多くの人類が島へ戦争を仕掛けてきたけど、島に着く前に船を沈められたり、1万の軍を4人で鎮圧されるなどを続けられた人類達は、仲良くしたほうが得だと表向きだけでも和平を結ぶことにした。
なのに今年、たった半年で人類の国と人々の命が無くなる争いが起こった。
殺戮と言っていいそれを、ほとんど一人で行ったのが僕の父だ。
父さんの魔力は、歴代でも五本の指に入るほどだった。
王に相応しい魔力と、それを使いこなせるだけの強さがあった。
でも、けして“魔王”ではなかった。
僕達魔族は、魔族の王を魔王とよんだことはなかった。
僕達は、魔族だけど“人”だ。
魔力があるだけの人間なのだ。
魔力や細かい体の構造を除けば、人類と同種と言える。その証拠に、魔族と人類の間に子供ができるし、その子供も繁殖能力などに異変は起きない。
なのに、父さんが自分のことを魔王だと言い出したのは……
父さんを魔王にしたのは、たしかに人類の奴らだ。
憎くないわけがない。
僕だって、殺してやりたい。
だって、僕はあの日までずっとすごく幸せだったから。
でも、僕がやらないといけない事は、復讐じゃないことぐらい…わかる。
父さんによって殺された、本当になんの罪も無かった人達だって、たしかにすごい数いるし、何より、守らなければならない魔族の人達がいる。
王だった父さんが独断で始めてしまった人類との戦争…
いや、一方的な殺戮のせいで、魔族の人達の平和な生活を脅かすわけにはいかない。
ただでさえ、父さんの側近の人たち3人は…帰らぬ人となってしまった。
父さん達が、心から信頼し、愛していた人達。
まだ、生きていないといけなかった、なんの罪もない優しい人達。
(僕の、大好きだった人達。)
人類と違い、この戦いで魔族側の犠牲者はこの3人だけ…
でも、とても“だけ”なんて思えなかった。
涙は、もうでない。
そのことに心からホッとした僕は、まっすぐ前を見る。
目の前には、大きな海が広がっているだけで、この場所からは人類の最後の国を見ることはできない。
(きっとこの戦いのせいで、僕たちのような悲しみが刻まれた人達がいる。)
「ライラっち。」
優しく呼ばれ振り返る。
僕、ライラを“ライラっち”と呼ぶのは、世界で一人だけ。
父さんの最後の側近で、父さんの親友であるララさんだけだ。
僕が、今唯一頼れる人。
僕にとって兄のようなこの人を、本当は幸せにしないといけないのに、幸せになってほしいのに、僕は、きっとできない。
「こっちは準備できたよ。」
準備とは、この島を人類から隠す準備だ。
今僕がいるこの島は、生まれ育った魔族の島ではない。
魔族の人達には全員、生まれ育った島を捨ててもらった。
人類の国は、ほとんど父さんが海へ沈めたけど、実は母さんの故郷だけ、丸焼きにしたあとごっそりそばに持ってきて自国の領土にしていた。
それが、今僕達がいる島になった元国だ。
ここへ、魔族はペット等含め全員移動してもらい、農作物や自然に生息していた生物もできるだけ皆の力で一気に持ってきた。
引っ越しが終わり、焼け野原だった元国が、僕たちの故郷となんの代わりもないほどきれいなものになるのを見届け、ララさんが選んだ魔族の人達でバリアを張ってもらう。
魔力は、基本人類の目から見えない。
ただ、魔力を光らせる事はできる。
他にも、魔力を使ったバリアで光を反射させられるので、人類の人達には光の屈折で何も見えないようにできたり、逆に強そうな光を見せびらかしてオーラ的なものを見せたりできる。
同じ魔族の人達には、魔力量関係なく見えている。だから、僕達側からだけ、魔族か人類かは丸わかりだ。
今、魔族の新たな国に張られたこのバリアは、光も反射させられるもの。
光の屈折で、人類の人たちには島なんかあるように見えない。
これが、この国を守るための準備だ。
もうきっと、魔族と人類はわかり合えない。
悲しみの連鎖で、人類から新たな魔王が生まれないようにするためには、人類側に“魔族は滅んだ”ことにしたほうがいい。
いや、滅んだことにしないと、人類だけでなく、魔族にとっても本当の平和など訪れない。
僕がやらなければならないことは、復讐じゃない。
二代目魔王として、人類に派手に殺され、この戦いが“人類の勝利”として終わったと印象付ける事だ。
(そのために、まずこれを成功させる。)
僕は空へ浮かび、島が本当に見えないか確認する。魔力以外見えていないので、成功だ。
安心して合図を送ると、それを見たララさんが合図してくれたようで、ゆっくりと島自体が動き始めた。
この場所では、いくら見えていなくても“元魔族の島”と近すぎるから、島自体も動くようにしてあった。
今日、人類の兵達が魔族の島へ来ることはわかっている。
僕達の故郷は、その人達がくる舞台としてのダミーにする事を決めていた。
「ライラっち!」
動いていく新しい国で、ララさんが僕を呼ぶ。
“おいで”ではない。
一緒に行くと言ってくれているのだ。
ララさんは、とても強いしキレイでかっこいいけど、魔力はほとんどないから、僕の様に浮くことはできない。
僕が連れて行かなければ、この新しい島で幸せに生きていける。
「おいライラっち!聞こえとるやろ!泳いでそっち行くぞ!?」
ララさんは、僕と同じ魔族と人類のハーフだ。ララさんのお母さんが、人類の西の方にあった国の人で、魔族の国にはない“方言”で話す。
その方言がかっこよくて、優しくて、大好きで、
僕は、頑張って彼を拒む言葉を探した。
「ララさんも来るの?僕は、人類の国へ行くよ?」
島にはバリアが張ってあるから、ララさんの顔は見えないのに、笑ったのがわかってしまった。
「そんなつれんこと言うなよ。最後まで一緒やって約束したやんか。」
ララさんは、美人だ。
女の人に見えるとかではないけど、黒く美しかった長い髪をざっくり切ってしまった今でも、とてもきれいな人だ。
前髪だけ長く、左側に流れるようにまとまっている。
昔はヤンチャだったと皆に言われて、赤くなりながら怒るような可愛らしい元ヤンキ―系セクシー美人だ。
目も僕と同じ色なのにララさんの方がきれいな気がする。
僕の、憧れの人だった。
「その命令は、もう無効だよ。だって、父さんは死んだんだから。」
僕の世話をみるよう、ララさんに命令していた父さんは今日、残りのすべての魔力を“魔石”に変えて、母さんとの思い出たちを抱きしめ海へ沈んだ。
死んだら、母さんと海へとずっと言っていたので、僕がさっき沈めてきた。
絶対、誰にも見つからないように。
だからもう、ララさんは自由だ。
なのに、ララさんはまっすぐ僕を見ている。
僕の方からはララさんの姿は見えないのに、ララさんの魔力がわかってしまう僕は、ララさんがずっと見てくれているのがわかってしまっていた。
「俺は、ライラっちと約束したつもりや。」
そう言いながら、本当にララさんが海に入りそうになったので、慌てて浮かせてしまった。
浮いたままバリアから出てきたララさんは、笑ってくれる。
自分だって辛いのに、悲しいのに、僕が子供だから笑ってくれる。
「俺らララコンビやろ?」
“ララ”と“ライラ”で、名前が似ている。
たったこれだけで、本当の弟のように俺を大切にしてくれたララさん。
本当は一緒に来てはいけないのに、どうしても、本心では怖いと思っている弱虫な僕は、強く拒否できなかった。
「ライラっち、今日から俺とライラっちは、本物の家族や。」
もうでないはずの涙が出そうになって、僕は必死にそれを止めた。
僕は、泣いていい立場じゃない。
でも、それに必死過ぎて頭が回らないし、何も話せなくなってしまった。
本当は、否定しなきゃ駄目なのに、わかってるのに……。
「今日からは、俺が家長な!」
わざとおどけてくれるララさんのために、せめて泣くもんかと唇を噛んだ。
涙は出てこなくて、やっぱり安心した。
(神様。信じていないけど、もしいるのなら…ララさんだけは、せめて安らかな最後を。)
僕は、地獄でいいから。
僕達以外の魔力を感知できなくなるほど新しい国が遠ざかったあと、思ったより早く人類の船が見えた。
人類は、魔王が死んでいることも、もう二代目があとを継いだことも知らない。
それを利用して、今日から“休戦状態”にするためには、どうしても人類の目の前で“”魔王の手によって、魔族が滅ぼされる“”のを見せておく必要があった。
ついでに、恐怖も刻まれてほしい。
僕は、自分とララさんの周りにバリアをはり、人類の動向を観察した。
誰も残っていないはずの魔族の島に、僕が力を流したこの瞬間から人であふれかえる。
人に見える砂人形を、僕の力で動かしてるだけだけど、人類には本物との違いはわからないほどだ。
今から、きっとこの偽の魔族達は人類によって殺される。その映像を、映像記録機に残し、後で全魔族に見てもらう気だ。
いつまでも、人類の怖さを忘れないように。
本当は、もっと怖がってもいいはずの人類は、逆に恐怖を捨てているかのように島へと上陸してくる。
今まで、船を沈められずに上陸出来たことなんて無かったのだから、自分達がおびき寄せられ、わざと泳がされてると気がついてる人達だっているはずだけど。
降伏することを許さなかった魔王に、結局人類は選択肢を持つなんてことができなかった。
薬を打たれてる人、家族を人質に取られてる人、本当に魔族が憎い人、さまざまだろう。
本当に戦わなくちゃいけない戦犯共は、自分の立場は人より上だと、逆にあがいて最後の国に籠もっている。
せめてそいつ等へ、怯えながら生きながらえるという恐怖を与えてもらうため、この人類達にはしっかりと恐怖と絶望を与え、覚えて帰ってもらわなければならない。
「ライラっち、少しだけ目と耳を」
優しいララさんの言葉を遮る。
「僕も、ちゃんと見ておかないと。母さんが言っていた、人類の怖さを。」
すごく顔をしかめたけど、僕を帰らせなかったララさんは、その30分後、帰らせなかったことをかなり後悔し、元ヤンの元が取れてしまった。
人形達の性格は、魔族の人たちそのままだから、きっとすごく辛かったと思う。
でも、僕はちゃんと見れてよかった。
この、目の前でおこなわれている地上の地獄が、大切な魔族の人たちヘけして訪れることがないよう、しっかり自分の役目を果たそうと心から思えたから。
『憎っくき人類共!!!』
突如現れた、漆黒の甲冑。
人類達が全員一斉に注目したのに、誰一人動けないほど激昂している魔王は、もちろんララさんだ。
あまりの迫力に、父さんより魔王っぽいなと思ってしまった。
魔王の甲冑は、僕とララさんがここの砂で適当に作り、魔力を込めたものだ。
だから、僕の魔力は通りやすい。自由に飛ばすことも、怖いオーラ的なものを付け足すのも造作もないことだ。
魔王が、魔族達の命を吸い取っているように見せるため、人形達からワザと見える光付きの力をララさんの手に集めていく。
今まで生きていたと思っていたモノたちが、あっという間に砂になり、崩れていく様子を見て、人類は誰一人一言も発せられなかった。
ボイスチェンジする機械で、声が驚くほど低くなっているララさんが叫ぶ。
『魔族が滅びて安心している人類共よ!!』
誰一人、安心していなくて安心した。
同族を容赦なく砂に返し、力を強くした魔王に、恐怖をなくしていた人達も、恐怖を取り戻していく。
自暴自棄だった人達も、震えを取り戻していくのがわかった。
『俺の力を全て託す息子が、全人類を無に返すだろう!!!』
魔王に、息子がいる。
その驚愕の事実に、人類達の明らかな絶望が浮かぶ。
それを見て、ララさんはめちゃくちゃ嬉しそうに笑った。
人類には、さぞ魔王らしく見えているだろう。
実際の魔王であった父さんは、人類を滅亡させることを、もう仕事や作業的な感じでやっていたところがあったから、人類の想像の魔王は絶対にララさんが近いはずだ。
『15年やろう。せいぜい、仮初の幸せを感じているがいい。』
そう、この15年だけでも、しっかり怯えてくれ。しっかりと、二代目魔王がいることを刻み込んでくれ。
今、4才の僕が人類に殺されたって、人類はすぐ忘れてしまう。
流石に、そんなもったいないことに命を使う気はない。
『救いの勇者でも、現れることを祈っているがいい!!!!』
いい終えたララさんが、笑いながら派手に発光して、爆破する。
もちろん、ララさん本人を爆破させたりしない。
派手な光で人類の視力を一時的に奪い、その隙にダミーの甲冑とララさんを入れ替え、爆破させた。
僕の隣に来たララさんは、兜を脱いだ。
汗をかいても、美人は美人のままなのがすごい。
「すごいなライラっち。よ―やった。」
笑顔で褒めてくれるララさんを見て、ホッと息が出る。
自分が呼吸していたことを思い出した。
「ありがとう。今日からよろしくね、ララさん。」
道連れにすると言っているのに、ララさんは嬉しそうに笑った。
「おう。俺は死ぬまで、ライラっちの味方や。」
そんなことを本心から言ってくれるこの人のためにも、さっきの爆発より派手に、より多くの人類の前で殺されなくてはいけない。
ララ家長と僕は、長い間唖然としていた人類が帰るまで、さっきの映像を国の仲間たちへ送ったり、隠していたカバンの貴重品等を確認していた。それでも余った時間は、生えていたオオバコで戦ったりして時間を潰した。
人類達が帰って行ったのは、結局夕方になってからだった。
人類の船についていった、僕の魔力で通信機の役割をしている砂の鳥から、船の中で国にいる弱虫な権力者たちに、今日起こった出来事を報告しているのを、魔石を通して聞き、今日のミッションであった、
魔王が死んだと思わせ、休戦状態に持ち込むこと。
魔族が魔王によって滅ぼされたと思わせること。
二代目魔王が15年後現れることを伝えさせることを、全てクリアしていくことを確認した。
ララ家長と僕も、魔力のバリアに包まれて浮きながら人類の国へと向かう。
父さんが沈められなかった、最北の地へ。
「忘れ物は、ない?」
「ないよ。ライラっちがおれば、なんもいらん。」
もう、我慢しなくても涙は出てこなかった。
「あれだね、ララさん。」
「……そ―やな。」
人類の国を見るのは初めてだった。
思っていたよりずっと自然が多く、寒いこの地で、僕は勇者を探す。
悪い魔王から世界を救うのは、いつだって勇者だと決まっているのだから。
家長さん達とゲームで盛り上がった、あの幸せな日々は、新しい魔族の国へと置いてきた。
(あのゲームの名前は、何だっけ。)
4才の僕では、全てやりきることができなかったあのRPGの名前は、もう思い出せなかった。
でも、勇者が救ってくれる。それだけわかっていればよかった。
15年。
これは、僕の見た目や力を、魔王に近づけるのに必要だと思った時間だった。
それと同時進行で、勇者を見つける気だ。
僕を殺せる人類は、力量的にいない。
そんな僕を殺す勇者だ。ただ強いだけじゃない、ヒーローの様な人がいい。
(魔族も、人類も………僕も救ってくれる、かっこいいヒーローの様な人が。)
この日から4年後の春。
僕は、ちゃんと奇跡的にヒーローと出会うことができた。
人類の国で生活して、四年もかかったけど、僕の目の前にいるこの子を、僕はずっと待っていたのだ。
「ねぇ、名前………なんて言うの?」
「…………ニケだけど。」
まだ幼い彼だけど、彼こそが僕の勇者だと確信した。
僕は、本当に久しぶりに嬉し涙を流した。
本当に、嬉しかった。
「ねぇ、ニケ。」
僕は、初めて会った君にひどいことを言おうとしている。
でも、許してほしい。
「僕を、救ってくれる?」
(僕の勇者。どうか、魔王を殺して、僕を救って。)
まだ4才のニケに、ひどいことを頼んでいるのはわかってる。
でも、君がいい。
魔王である僕がひどいやつなのは、もうしょうがないから。
「僕が、君を勇者にするよ。」
僕の勇者。
君を世界一の勇者にして、世界の平和と、君の幸せに満ちたハッピーエンドを約束するよ。
ケイ (25歳) 職業 魔族の王
ライラの父であり、妻を人類に殺されたことで復讐心に取り憑かれ、魔王として人類のほとんどを滅亡させる。
好きなモノ ( 妻 息子 友達 ゲーム 妻の手料理)
嫌いなモノ (妻を殺した奴ら 何もできなかった自分 ゴーヤ グレープフルーツ)




