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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第六章 揺るがない心
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複雑な関係(2)

 どんな時でも月日は着々と進んで行く。

 今ではユイの腹の膨らみも目立ち始めた。

 新堂はシャーバンからの指摘を境に、ユイを茶化す事をやめた。お陰でユイのストレスは大幅に減り、心機能も今のところ安定している。


 そんな穏やかな日々の最中、フォルディス家に衝撃が走る出来事が起きた。

 それは、いつもの休日同様にラドゥとシャーバンが仲良く庭で遊んでいた時の事だ。


「おいラドゥ、お前ホントに太ったぜ?ダイエットしろよ!」

「え~太ってないよ。子供はこのくらいぽっちゃりがカワイイってさ」

「誰が言ったの?」

「何かのドラマで誰かが言ってた」

「何だよそれ!しかもドラマ?説得力ゼロじゃんか!」

「大丈夫。ユイが元気になったら、シゴキまくってもらうから!」

「そうやって先延ばしにするの、悪い癖だぞ?」


 二人は今、当たっても痛くない硬さのボールを投げ合っている。


 言い終えると同時に、そのボールを勢い良くラドゥにぶつけるシャーバン。

「いってっ!今のわざとだろ!」

「ああそうさ。鈍いヤツが悪い!」

「言ったな?お返しだー!」

 投げ合いはエスカレートして、ぶつけ合いに変わる。

 こうなる事を想定して、柔らかめのボールを与えているのだ。


「あ~っ、どこ投げてんだよ、木の上に引っかかったじゃないか!ラドゥのバカ」

「ゴメン、コントロール狂った。ボク取るよ」

「大丈夫か?その体重で木に登って!」

「バカにするなよ?そんなに重くないって証明してやる!」


 そうして木によじ登り、どうにかボールの所まで到達した。


――ふう…何とか登れた。確かに体が重いや。やっぱ太ったのかなぁ――

 こう思いながらも、口では別の事を言う。

「ほ~らどうだ、ちゃんと登れたぞ?さっき言った言葉、撤回しろシャーバン!」


 ラドゥが自信たっぷりに言い放った時、手元の枝がミシッと音を立てた。

「…ん?何だ、今の音」

 次の瞬間、ラドゥの重みでしなっていた木の枝が折れた。

「うわぁぁーっ!!」

「ラドゥ!」


 そのまま地面に落下し、しばらくは衝撃で声も出せなかったラドゥだが、左足に激痛を感じて泣き出す。

「あ~ん、痛い、痛いよぉ!うえ~ん!」

「ラドゥ、大丈夫か?どこかケガしたの?!」


 シャーバンは屋敷の方を振り返る。結構距離があり、誰も見ていた様子はなく周囲に人の気配もない。

 すぐにヴァシルにテレパシーで助けを呼ぶ。

――ヴァシ兄!今どこにいる?ラドゥがケガした、すぐに来て!――


 その一報を受け取ったヴァシルは、部屋でユイと新堂の間に割って入って寛いでいた。

「…え、ラドゥがケガだって?!大変だっ」

 寝転がってコミックを読んでいたヴァシルは飛び起きた。

「え、ラドゥがケガ?どういう事なの、ヴァシル!」ユイがすぐに反応する。

「庭の木から落ちたみたい。どうしようっ、ユイ!」


 血相を変えて訴えるヴァシルを前に、ユイの表情が見る見る曇って行く。

――もし頭でも打っていたら大変だわ!――


 沈黙を保っていた新堂が、そんなユイの背に手を当てる。

「ユイ、深呼吸だ。深く吸え」

「っ、先生、ラドゥがケガしたって…!」

「俺が見に行ってやる。だからそんなに心配するな」

「ありがとう、私も行く!」

「おまえはここで大人しくしてろ。ヴァシル、場所は…って、待て。何で分かった?」

「説明してる暇ないよ!ラドゥ辛そうだ、早く!」


 ヴァシルに促され、新堂は愛用のドクターズバッグを手に部屋を飛び出した。


「ラドゥ、大丈夫かしら…」

 残されたユイは窓辺に寄って様子を窺う。ここからでは何も見えない。

 心なしか息苦しさを覚えて、左胸に手を持って行く。そして左手を右手で握り込み、エメラルドに願った。

「あの子を守って、お願い…っ」



 庭に躍り出たヴァシルと新堂は、一直線に双子達の元に走る。


 息を切らしながら付いて来る新堂をチラリと見やり、ヴァシルは思う。

――ユイの事じゃなくても、やってくれるんだ。しかもこんなに必死になって…案外いいヤツかも?――


「あれだな」

 複数の木が生い茂るエリアまでやって来ると、新堂は登っていたらしい木を特定して、どの位置から落下したのかを推測する。


「ラドゥ!大丈夫か?ドクターも来てくれたよ!」

「ヴァシ兄!良かった、部屋にいたんだね」

 シャーバンがホッとした顔で呟く声は、ラドゥの泣き叫ぶ声によってかき消される。


 一見した新堂は思う。

――随分痛がってるな。折れてるかもしれない――


「もう大丈夫だ、診せてみろ」

「うわぁ~ん!」

 倒れ込んだラドゥの左足を慎重に持ち上げる。

 さらに大きくなった泣き声と触診から、骨折は免れないと判断する。

「痛みが酷いようだから、ここで鎮痛剤を打つ。ヴァシル、先に戻って冷やすものを用意しておいてくれ」


「分かった!行こうシャーバン!」

「う、うん…ラドゥ、頑張れ!」

 突然一転してしまった光景に、シャーバンは青い顔で呆然とするばかりだったが、ヴァシルの呼びかけに応じて走り出した。


 処置をし終えて声を掛ける。

「少しはマシになるはずだ。それから運ぶ。ああ…枝が折れたんだな」

 側に落ちていた、折れたやや太めの枝が目に入った。

「うん…ボクやっぱ太った。認めたくなかったんだ」

「はは!まるでユイの主張を聞いてるようだな」

「…ユイの?」

「ああ。本当に親子なんだな」


――どこかで認めたくなかった自分がいる。…何てな、今さらだよな――


 会話ができるようになると、手首の脈を取っていた新堂が頷く。

「そろそろいいだろう。抱き上げるぞ、痛むだろうが我慢してくれ」

「う、うん…ああっ、痛い!え~ん!」新堂の首にしがみ付いて再び泣き出すラドゥ。

 あやしながら、ゆっくりとした足取りで屋敷に戻った。


「ラドゥ!大丈夫!?先生、ラドゥは!」

 待ち構えていたユイに出迎えられて屋内に入る。

「左足を骨折している。画像診断なしでは正確な事は言えないが、恐らく整復が必要だろうな」

「それじゃ、すぐに病院の手配をするわ」

「先生、冷やすもの用意したよ!」

「ああ、ありがとう。早速使おう」


 ヴァシルと新堂のやり取りを聞いていたユイは、その微妙な変化に気づく。

――良かった、ヴァシル、少しは先生を受け入れてくれたみたい。こう言っては何だけど、ラドゥのお陰だわ――

 新堂が淡々と応急処置をして行くのを見守りながら、ユイは携帯電話を手にヴァシルに問いかける。

「ラウルに連絡取りたいんだけど、今仕事中かしら」

「え~っと待って…、…」


 こんなユイとヴァシルの会話に不審感を持ったのは新堂だ。

――なぜ子供に聞く?さっきもなぜかケガをしたと分かった…あの子供、何かあるのか?――

 ヴァシルに疑惑の目が向く。


「あ、大丈夫みたい」

 ヴァシルがそう答えた直後、ユイの携帯が鳴った。

「もしもしラウル?ああ聞いた?ラドゥが足を骨折したの。新堂先生が診てくれて…うん、これから病院に行くわ。じゃ急ぐからまた後で」

 手短にそれだけ伝えて電話を終える。


 新堂の視線を感じてユイが問う。「先生?どうかした?」

「あ…いや、後でいいよ」

「私の体調なら大丈夫よ。さっきはちょっとヤバかったけど…」

「ヤバかった?何がだ」

「それも後でいいわ。車を玄関に回したから、すぐに行ける」

「おまえも来い」

「もちろんよ」


 新堂はユイを一瞥してから、再びラドゥを抱き上げた。

「もう泣き叫ばないんだな。偉いじゃないか?」

「誰が泣き叫んでたって?ヤダなぁ、先生!」

「どうやら鎮痛剤とアイシングが効いているようだ」ラドゥの言葉をスルーして新堂が呟く。


「ねえユイ、ボク偉いでしょ!もう泣かないよ」

「ラドゥ、もう、って事は、さっきは泣いたのね?」

「あっ…。えへへ、ちょっとだよ?ちょっと」

 可愛らしい言い訳に、ユイは堪らずラドゥに頬ずりする。

――大した事なくて本当に良かった…――


 共に後部席に乗り込んだユイは、改めて新堂に頭を下げた。

「新堂先生、本当にありがとう。先生がいてくれて良かった。私ったら気が動転しちゃって…」

「いいさ。お役に立てて光栄だよ」

「先生ってホントにスーパードクターだったんだね!だってあんなに痛かったのに、今は平気だよ?」

 座席に足を伸ばして座るラドゥが、上半身を捻って寄りかかっていたユイを振り返る。


「ラドゥ、ちゃんと前見て。大人しくしてなさい」

「平気そうで何より。ま、あれだけ泣きわめく元気があれば、大抵は大丈夫さ」

「そうかしらね…」

 泣きわめく姿を見ていないユイはピンと来ないが、元気そうなラドゥを見て心から安堵した。



 その後仕事先から向かったラウルと病院で合流し、治療を終えたラドゥを連れて帰宅する。


 ラドゥの自室にて、処置室で行われた徒手整復という治療の話題で持ち切りだ。

「さすがの腕だ。目の前でああもあっさり修復してしまうとは」

――普通がどうか知らないが、きっと優秀なのだろう――

「ね~。痛いぞ?なんて脅しておきながら、ラドゥがポカンとしてる間に終わっちゃうんだもの」

 処置の様子を見学させる医者はあまりいない。

 そんな流れになったのには理由がある。


――ここで済ませても良かったんだが。病院に行ったのはユイのため。…だとは、言わないでおこう――

 ついでに、というもっともらしい誘導により、ユイはすんなりと検査を受けていた。


「そうなんだ。ボク、痛いのか~どうしよ~って考えてたら終わってた!」

 3兄弟一の楽天家は、相変わらずのマイペースぶりである。

「一応、外科が専門ですから。命に別条がなくて良かったです」

「礼を言う、新堂。フォルディス家のホームドクターでもないのに、また世話になった」

――一々嫌味な言い方だな!――

「いえいえ。お気になさらず。一緒にユイさんの検診もできましたし」

「問題はなかったのだろう?」


「…ええ。差し当たっては」やや迷いながらも新堂は答える。

 そして案の定ラウルから突っ込まれる。「差し当たってとは?」

「気にするほどではないんですが、胎児の発育が若干遅れているようでして」

 新堂としてはこれが気がかりなのだ。


「私があんまり食べてないからかしら…この子達の時はペロリと3人分は食べてたもの」つわりはないが食欲もあまりないユイが、困惑気味に語る。

――ゴメンね、サラ…――


 そのユイの腹に注目が集まって、シャーバンがそっと手を伸ばす。

「早く会いたいな~、早くオレを兄貴にしてよ。ねえユイ、もっと食べなきゃ!食べれないなら先生にまた点滴してもらおう、ね、先生?」

「そうだな。まさか断らないよな?ユイ!…ふふ、シャーバン君はいつも鋭い指摘をしてくる」


 微妙な顔のユイを見ながら、肩を竦めて新堂が言った。


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