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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第六章 揺るがない心
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複雑な関係(1)

 茂みに隠れた3対の瞳が、前方を凝視している。一つはラウルと瓜二つのエメラルドグリーン。そして後の二つはブルーグリーンだ。


「なあ?やっぱり変だろ。あんなユイの顔、オレ初めて見たし」

 視線の先には、庭の木陰に腰を下ろして仲睦まじく会話に耽るユイと新堂がいる。

「そぉ?ただ楽しくて笑ってるだけじゃない?」

「ラドゥは子供だからまだ分かんないんだよ!な、シャーバン、お前はどう思う?オレの言ってる事分かるだろ?」

 ヴァシルの真剣な眼差しがシャーバンを射抜く。


「…」

――ダーとそっくりなその目で迫られると、迫力あるんだよなぁ。でもどうって言われても?別に~!――


 返って来ない答えに、ヴァシルがため息をついた。

「あ~、お前達に聞いてもムダだった、付き合わせて悪かったな!」

「あっそ?んじゃ、ボク一抜けた~っと!」真っ先にラドゥが飛び出して行った。

 その後ろ姿を目で追いながらヴァシルが言う。

「お前も行っていいぜ」


 シャーバンはその場を動かず、改めて兄貴と向かい合う。

「なあヴァシ兄。何でコソコソ見てるの?二人の心読めば済むハナシじゃん!」

「分かってないなぁ。読んでも分かんないから困ってんだろ?大体な、オレが顔出したらダメなんだよ。ドクターと二人きりの時じゃないと、ユイはああいう顔しないんだ」

「ふう~ん」


 シャーバンにはあまり響いていないが、構わずヴァシルは続ける。

「ダーといる時、あんな顔してるの見た事ない。それってどういう事なんだ?」

「あの人が昔の恋人とか?ユイにだって恋人くらいいたでしょ」

「オレも思った。でもユイの中であの人はいつもドクターで、全然恋人って感じじゃないんだ。それにあの男なんて、いつ探っても小難しい事ば~っか考えてて意味不明!もうお手上げだよ」

 肩を竦めて言い放つその姿は大人顔負けだ。


「なら違うんじゃない?」

「だったら何であんなふうに笑い合ってる?」

「いい感じではあるね」シャーバンは再びユイと新堂に目を向ける。

「だろ~?もしかしてユイ、あのドクターの事好きになりかけてるんじゃ…」

 ヴァシルは一人うろたえる。


――もしそうなったら、ダーと別れるの?日本に一緒に行っちゃうかもしれない。ヤダよ、そんなの!何でダーは何も言わないんだろう。まさか気づいてない?!――


 これは大いにあり得る話である。ヴァシルの耳打ちによって、ラウルが初めて知る事実は多々あるのだから。

 結論から言うとヴァシルの心配事は杞憂なのだが、女心は大人の男でも理解するのは難しい。あれだけ感情の起伏が表に出る、ユイのような女のものであっても。


 遠巻きに二人を眺めながらの議論は進む。


「ごちゃごちゃ考えてないで本人に聞けば?ユイはちゃんと答えてくれるよ」シャーバンが胸を張って言う。

――オレは自信を持って言える。ユイはウソはつかないって!――


 ところがこう返された。「もう聞いた」

「は?そうなの!で、ユイ何て?」

「あの人と恋人同士になった事はないってさ」

「ならそうなんじゃない」

「オレは納得行かない!それに、なった事はなくてもさ、これからどうなるか分かんないだろ?」


「ダンに聞いたら?アイツなら付き合い長いし、何か知ってるかもよ」

「ダメだ。あれは使えない」

「もう聞いたんだね…」


 ダンの頭の中にはいつだってラウルしかいない。読むだけムダである。

 こんな調子で袋小路に陥った議論は、立ち上がった二人を合図に終了となった。



 悩みを抱えたヴァシルは、今日も寄り道せずに学校から直帰だ。


「ヴァシル、お帰りなさい。少しはお友達と遊んで来ていいのよ?私は大丈夫だから」

 遊び相手が複数の女子である事を知ったユイは、少しは、と強調する。

「いいの!気にしないで。そんな事よりユイ、ドクターは?」

「新堂先生なら部屋にいるわ。お仕事の依頼が結構来るんだって。断るの大変みたい」

 申し訳なさそうに話すユイを見て、ヴァシルの疑惑がさらに増す。

「ユイも元気なんだし、依頼受ければいいのに!」

――そんでもって少しでもユイから離れてろ!いくら何でもベッタリくっ付きすぎだろ?――


「他の依頼はダメよ。ラウルがご機嫌を損ねるわ」

「ああ…そうかぁ」

 父ラウルが中途半端を嫌うのは有名な話だ。あれもこれも手を出すのは美しくない行為だと。


――だけど不思議だ。何でダーは新堂に任せきりなの?これじゃどんどん親密になっちゃうよ?ホントに分かってないのか?――

 チビっ子恋愛評論家は大いに頭を悩ませる。


 何も知らないユイは、ヴァシルが純粋に新堂を気にかけていると取る。

「ヴァシル、ありがとう、そんなに先生の心配してくれるなんて、優しいのね」

「べっ、別にアイツの心配なんてしてないっ!」

「アイツ?」

「あっ!ううん、アツイって言ったの!あ~暑い暑い!今日は暑いね、じゃあ宿題やって来るね!」


 慌てて出て行ったヴァシルを見送り、ユイが呟く。

「変なの。もう夏は過ぎたわよ?」



 その晩、寝室での夫婦の時間となり、一頻り戯れた後に会話が始まる。


「ラウル、起きてる?」

「ああ。今夜もおまえは絶好調だったな…」若干疲れた顔のラウルが言う。

「ヤダ、ラウルったら!まだやり足りないっていうなら付き合うけど?」

 妊娠や病の事があり、受け入れる側になれないユイだからこその発言である。

「いや、大丈夫だ」


 現在ベッドでの主導権を握るのはユイで、ラウルは一方的に悶えさせられているという訳だ。

 この未だかつてない状況に、ラウルとしては複雑な心境になる。

 ことさらユイの勝ち誇った顔が疎ましい。

――病が治ったら、覚悟しろ?ユイ!――

 やはり負けず嫌いのラウルであった。


「だったら、少し話してもいい?」

「ああ。何か心配事か?体調は良さそうだが」今しがた散々してやられたラウルは、確信を持っていう。


「私の事じゃないの。ヴァシル、最近何だか変なの。気づいた?」

「いや。どんなふうに変なのだ?」

「やけに私に執着するし、ほら、お友達…ガールフレンド?と遊ばなくなって。それはまあいいんだけど!新堂先生へのアタリが強い気がして」

「おまえの事が心配なだけでは?」


――私も新堂を受け入れられなかった時期がある。ヴァシルの気持ちは分かる――

 ラウルはしみじみ思う。

 その理由は決して恋のライバルなどではなく、単に性格的な問題である。


「先生の何が気に入らないのかしら。双子達は全然そんな事ないのに。あの子だけよ?」

「思春期、なのでは?」

「それってつまり、大好きな母親が別の男に取られる~とか思ってるって事?」

 ラウルが肩を竦めて苦笑する。

「おまえ達の仲の良さは、私も見ていて時々嫉妬するくらいだったからな」

「え~っ、ウソでしょ?仲良くなんてないわよ。昔っからあの先生超イジワルで、むしろキライ!ラウルと正反対だわ」鼻息荒くユイが言い放つ。


「正反対か。ならば新堂が言い寄っても可能性はなかった訳だな、可哀そうな男だ」

「言い寄ってくる訳ないって!あの人の恋人は仕事。今も昔も仕事一筋みたいよ!」


 ユイは気づいていないが、ラウルは気づいている。新堂がユイに気があった事を。

 一度は身を引く決意を固めたラウルだが、ユイはラウルを選んだ。ラウルは勝利したのだ。今さら何がやって来ても何の脅威にもなりはしない。


・・・


 ヴァシルは今日も悶々とした気持ちで一日を過ごす。


 帰りのホームルームが終わり、立ち上がったヴァシルをガールフレンドの一人が呼び止めた。

「ねえヴァシル君、今日こそは遊びましょうよ?面白い映画見つけたの!ウチで一緒にどう…」

 最後まで言い終える前にヴァシルは答える。「ごめん、忙しいからまた今度ね!」


 一分でもムダにしたくない。今すぐに帰らなければとヴァシルは焦る。

――ああクソ、テレポーテーションもできたら良かったのに!――


 こうして誘いをあっさり断り、迎えの車に飛び乗る。


「おかえりなさいませヴァシル様、この後はご帰宅でよろしいのですよね?」

「ああ。急げ」

 ドアを開けて待つ警護担当の問いに、子供ながらに威厳のある口調で言いつけると、運転手が答えた。

「かしこまりました」

「今日家で何か変わった事なかった?」

 車が走り出し、警護担当の部下に問いかける。


 これはいつもの光景だ。ユイの事が気になるあまり、いつからかこんな日課ができていた。

「特にございません。ユイ様もお変わりございません」

 ヴァシルの関心がユイにある事を把握しているため、聞かれずとも様子を伝える。


「そう。…なあ」

「はい」

「お前はオレが生まれる前からフォルディス家にいるんだろ?」

「はい」

「あの新堂ってドクターの事、知ってた?」

「ええ。あの方は過去2度ほどこちらに来られていますので」

「それってユイのためにだろ」


「はい!ドクターがいなければ、ユイ様は今生きては…失礼しました」

 感情が入って余計な事まで語ってしまった事に気づき、すぐに口を閉ざす。

 2度の危機的状況を乗り越えられたのが新堂のお陰だという事は、屋敷中の者が知っている。あの時、誰もがユイの命を助けてくれとあの男に祈ったのだから。


「そんなに腕の立つ医者には、見えないけどなぁ」

「…」

 ボスの息子相手にあからさまに否定もできず、男は一旦黙り込むも新堂の擁護に回る。

「でもほら!ドクターが付いていてくださると安心ですよね!ダンも自分の仕事ができると喜んでいますし」

 ダンは妊娠中のユイにベッタリと張り付いていたから、これまで自分の仕事がおざなりになっていた。


「ダンの事はいいんだよ!付いててくれるのは…確かに安心だよ?ユイに何かあったら困るし」

「でしょ?」

「けど!…それがまた困るんだよっ!」

 男はボス・ジュニアの主張の意味が分からず首を傾げる。


「いいよ、お前には分からないよ、どうせ」

――誰にも分からないよ!どうすればいいんだっ!――


 ヴァシルの悩みは膨らみ続けるのだった。


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