守るべきもの(4)
Y・Aセキュリティの警備担当達はすでに現地入りし、スタンバイしている。
今回ユイは始めて現場に赴くが、単独行動のためいつもの仕事スタイルと何ら変わらない。手慣れた様子で、あらかじめ絞っていたポイントまで移動する。
「思った通り、今日は人出が多いわね…」ユイは隈なく周辺を観察する。
海外要人を一目見ようと集まった一般人が、街道や道沿いの建物にひしめいている。
「イーグルは間違いなくこの人混みに紛れてる。つまり探しようがないって事!」
こんなセリフを吐きつつも、ある程度の予測はついている。
――私がスナイパーなら、狙うのはあそこしかない――
その位置の対角線上の建物の屋上にて、組み立てたライフル銃のスコープ越しに敵を探す。そして自嘲気味に言い放ったユイだが、思わぬ事が起こる。
「無理無理!どうせ変装してるって!私の知ってる顔のはず…な、あれ?もしかしてアイツ?」
スコープに映し出された一人の男の顔に見覚えがあった。
向こうはこちらに気づいている様子はなく、余裕の表情で煙草を吹かしている。
「あの憎らしい態度はイーグルに間違いないわ。アイツ、今回は変装してないのね」
しばらく観察を続けていると、向こうもスコープ越しに周囲を見回し始めた。
「…ん?どうしたのかしら」
男はある方向を見た後、顔色を変えたのだ。
「あっちに何かいるの?ああん!ここからじゃ、あの建物が邪魔で見えないわ」
残念ながらユイの位置からでは、男の驚異の理由は分からない。
そうこうするうちに、要人が到着する時刻となった。周辺の警備がいよいよ物々しくなり、イヤホンからは、部下達からの異常なしの報告が引っ切り無しに届く。
「さあイーグル、やってみなさい?そっちが殺る前にアンタを仕留めてあげるわ!」
ユイが直前に部下達に指示を出す。「敵は南西の方角よ!警備厳重に!」
指示を受けてすぐに、現場にいる一部のガードマン達、つまりY・Aセキュリティの者だけが一斉にその方角を気にし始める。
「バカッ。あからさますぎ!敵にバレバレじゃない?直前に教えて正解ね」
案の定イーグルは、彼等の動向を受けて自分の位置が特定された事に気づいた。
それでも気にした様子もなく、そのまま狙撃の体勢に入っている。
「強行突破する気ね。そうこなくっちゃ!この勝負、貰ったわ」
ユイは狙いを定めているイーグルのライフルスコープに照準を合わせた。それはあまりに小さな的だ。些細な事にも影響を受けて弾道は反れてしまう。
神経を集中させ、そして一息にトリガーを引いた。
スコープの先では、イーグルが銃から手を離して飛び退いたのが見えた。
「残念、外したみたい。もう一発…」
立て続けに撃ち放った弾は、イーグルの左頬を掠めて壁にめり込んだ。
「くっ!腕が落ちたわ…」
悔しさのあまり手元がブレて敵を見失う。
その一瞬の隙に、イーグルの姿は見えなくなっていた。
「逃げられたじゃない、んもうっ!」
窮屈な服装がさらにイラ立ちを募らせる。ユイは胸元のジッパーを際どいところまで下ろして、長い髪を振り乱した。
豊満なバストであれば、かなりセクシーなシーンとなるであろう。
「何よ!悪かったわね、貧乳でっ…って誰もいないのに何言ってるの、私?」
嘆いたユイの左手で、リングが意味ありげに光った事に気づく余裕はない。
イヤホン越しに部下達の報告が続いている。
護衛対象の要人は無事に屋内に入って行った。予定では会議終了まで出て来ない。
ユイは部下達に向けて告げる。「皆、脅威は去ったけど、まだまだ油断しないで」
『ユイ様、もしや仕留めたのですか!』
「いいえ。また狙って来る可能性がある。最後まで気を引き締めて」
『了解!』
音声をオフにして、大きくため息を吐く。
「さ、私も移動しないと…」
胸元のジッパーを戻し、手早く片付けて裏口から建物を出る。
「こんな事もあろうかと、もう一か所目星付けておいたのよ。さすが私!」
裏路地を早足に進み、もう一つのポイントに向かう。
自画自賛して気持ちを奮い立たせながら、歩みを進める。
内心ユイは焦っていた。
ふと目の端に動く気配を感じて目線を上げてみれば、少し先のビルの屋上に黒い人影が見えた。
「あんなところにも野次馬?それもあんな気取った格好で!どこの金持ちよ…って、あの金髪はラウル?ウソでしょ…」ユイは驚きながらも理由を考える。
そして気づいた。イーグルが顔色を変えた先にいたのが、ラウルだったのだと。
「どういう事…?ラウルがイーグルと顔見知り?」
その姿はすぐに見えなくなった。
ユイはすぐさま携帯を取り出し、ラウルの番号を呼び出す。
すぐに声がした。『ハロー』
「ラウル?今どこにいる?」
『仕事先だ。私の方の仕事は済んだ。おまえの方は順調か?』
「あんまり…。あ、ねえ?」
『どうした』
――言いたい…ラウルの仕事って、イーグルと関係があるんでしょ?って。今、こんなに近くにいるって…――
だがユイは考えを改めた。
「…いいえ。部下から報告が入ってるから切るわね。また後で」
『ああ、後で』
結局何も聞かずに電話を終わらせた。
今や全てにおいてラウルを信じているユイは、決して疑ったりはしない。
「ラウルは私のために動いてくれた…そう取っていいのよね?でも、こればっかりは余計なお世話だなぁ!」
こう憤りつつも首を傾げる。
――でも変よね。イーグルが驚愕の表情になったのは、ラウルの姿を確認したからだとして、狙ってる敵にわざわざ姿をさらす?――
相手は凄腕のスナイパー。余程射撃の腕に自信があるのだろう、そう思い至りユイはハッとする。
「超能力で確実に殺せるから、か…本当に怖いモノなしね!」
日々射撃の鍛錬に励む必要もなく、苦労せずして才能が手に入る。
それなのに本人はそれを鼻にかけるでもなく、どこまでも自然、逆に言えばそれが当然と考えている。
その姿は堂々たるもので、だからこそ神と呼ばれるまでになったのだ。
「だけどアイツは死んでない。向こうから弾が撃ち込まれた形跡もない…どうして?あれは本当にただの威嚇だったっていうの?なら、イーグルを始末しようとしてたんじゃないって事?」
威嚇されながらも、イーグルはターゲットを狙っていた。増々ラウルの行動意図が読めない。
しばらくして、例の建物からラウルと数名の部下の姿が現れた。
反射的に物陰に身を隠したユイだが、ひと際勘の鋭いエスパー相手に、そんな行為は無意味だ。
ユイは笑顔でラウルの前に出て行った。
「残念だわ~。本当なら、このまま密かにあなたを尾行するのに!」
「…ユイ?」
――驚いた、こんなに近くにいたとは――さすがのラウルも今回は驚きを隠せない。
「そんなに驚かないでよ。こっちのセリフよ?」
「私は何も言っていないが?」
「顔に書いてあるわ、どうしてここにいるってね」
――これぞコールド・リーディング!ラウル相手に出来る日が来るとは?――
そのままユイは続ける。
「まさかあなたも野次馬の一人だったとはね。ああでも、そうすると視察は間違ってないか」
「ユイ様!野次馬などと…あまりに侮辱的な言葉では?我々の目的は断じて…っ!」
「ダン。黙っていろ」
悔しそうに引き下がったダンには目もくれず、ユイはラウルを見据える。
「あなたがミスター・イーグルと知り合いだったなんて驚いたわ」
「知り合いなどではない」
「ふう~ん。向こうはラウルの事恐れてたみたいだったけど?」
「見られていたのか…。そして見抜いた、さすがはユイ・アサギリだ」ラウルは不意に笑った。
「今のは何の笑い?」
「ユイ、ここでは何だから、車に」
側に控えていたピカピカの黒塗りセダンを示してラウルが言う。
裏路地とは言え人目はある。いかにもカタギではなさそうな面々と対峙する黒尽くめ女は、かなり目立つ。
「そうね」
ユイはすぐに応じて、誘導された後部席に収まった。
二人の乗車を確認するや、車は速やかに発進した。
車内でも穏やかでない空気は継続中だ。
「どこに向かう気?私まだ任務中なの。そんなに時間は取れないわよ?」
「問題ない。おまえの仕事はもう終わっている」
「なぜ分かるの?私がイーグルを仕留め損ねたところも見てたんでしょ」
「仕留め損ねはしたが、おまえの弾は的確な位置に到達していた。さすがの腕だ」
「それはどうも!で?あの程度でヤツが怖気づいて逃げ出すとでも?」
ラウルは一呼吸おいてから口を開いた。
「では聞くが、今回のおまえの仕事は何だ?Y・Aセキュリティ相談役、ユイ・アサギリの仕事は」
「私に限定して言えば、イーグルを仕留める事よ」
「それは誰からの依頼だ?」
「依頼…されてはないけど!脅威は排除するのが一番でしょ、マフィアのボスさん?」
こう問われてもラウルは頷けない。自分にとって脅威となるものなど存在した事がないからだ。
ただ肩を竦めるだけにして話を進めるラウル。
「だがあの男はもう狙って来ない。つまり脅威ではないという事だ。…まあ、この国とユイ・アサギリに限ってだが」
「断言するのね。それは予知能力ってヤツかしら?」
「違う」
――そういう契約だからだ――
この時点でラウルの疑惑はすっかり解消していた。ユイが放ったイーグル狙撃時の殺気を感じ取った時に。
そして今、脅威は排除すると語ったユイの強い意志によって。
――ユイのあの男に向ける殺意は、私に銃口を向けた時とは別次元だ。これがユイ・アサギリの本来の殺気か――
「ユイ、どうか怒らないでくれ。おまえの邪魔をするつもりはなかった。私の単なる我がままだ」
「…我がまま?」
突如軟化したラウルの態度に、ユイは首を傾げる。
「私はどうかしているな…。未だにおまえの事となると、周りが見えなくなる」
「どういう意味?心配のあまり、先回りしてイーグルを追い返そうとしたとか!」
「なかなか鋭い。だが、心配、というのは少し違う」
小さなため息の後、ラウルは黙り込んだ。
「ラウル、どう違うのか教えて」
「おまえに近づく男は全て排除したい」
「…。え?」
「それは私にとって脅威と言えるか…。さっきおまえが言った言葉が、今分かった」
「えっ?」もう聞き返すしかない。
――それってつまり、イーグルに嫉妬したって事?!あり得ないんだけどっ、もしかしてラウルってヤンデレだったの?子供3人いるのに?――
少し考えて、ユイはこう結論付けた。
――…でも、私のスナイパーとしての腕が軽視されてた訳じゃない。ならいいや――
聞き返しておきながら自己完結するユイであった。
「ユイ。一つだけ聞いても?」
「何?」
「なぜあの男の事を私に話さなかったのだ」
「え~?別に理由なんてないわ。第一、先方からイーグルの事を知らされた訳じゃないしさ~。それをあえて言うなんて?」
「それでも、おまえにとって脅威、なのだろう?」
「まあ、そうね」
「部下達に内密にするのは分かる。だが私は別だろう?ヴァシルは早くに気づいて心配していた」
「…それは、」返す言葉がない。
――全く、何で心が読めるなんて厄介な能力持ってるのよ!ある意味ラウルより厄介だわ、ヴァシル!――
ユイはもうため息しか出ない。
「息子を心配させるのは、避けるべきでは?」
本当は自分を、と言いたいところだが、ここは息子を利用するズルい父ラウル。
「もちろんです…。ああ!エスパーなんてキライっ」
「…済まない」
シュンとしてしまったラウルを見て、ユイが慌てる。
「ヤダっ、ラウルの事責めてるんじゃないからね?」
必死になるユイは気づいていないが、ラウルはエスパーが嫌いと言われてショックを受けているだけである。申し訳ないという気持ちなどサラサラない。
「分かった、これからは全部話すわ。だって、ラウルに秘密にしてる事なんてないもの。それこそ、あの潜入がバレた時からね」
「そもそも秘密にする事自体が不可能だ」
「ごもっとも!」
二人はようやく心から笑い合った。
「それでどうする?」
「何が?」
「これから現場に戻るか?」
「いいえ。ラウルはもう視察、終わったんでしょ」
「ああ。これから屋敷に帰るところだ」
「じゃあ一緒に帰りましょ。部下達に伝えなきゃね。任務終了って!」
頷いたラウルはふと下を見る。
二人の座る位置にはあからさまに隙間が開いている。
――…気に入らないな――
ユイが無線で部下達と話している隙に、そこに手を置いて距離を詰める。
話し終えたユイが気づいて顔を向けると、ラウルは透かさずその唇を奪った。
「っ!…不意打ちがお上手ね、フォルディス様は?」
「ユイの活躍する姿を思い出して、興奮してしまったのだ」
――って事は何?組み手の稽古中にされたヤツも私に興奮したとか?もぉ~っ!――
勝手に盛り上がりつつも、次の瞬間に肩を落とすユイ。
「あんなの活躍だなんて言えないわ。腕も全然落ちたし…まだまだ現役、な~んて思ってたけどダメね」
「そんな事はない。あんな事ができる人間はエスパー以外にいないはずだ」
「…それってつまり自分って事?」
「そうだな」含みのある笑みを浮かべてラウルが頷く。
「負けず嫌いなんだから~っ」
「私の妻は最強だ。子供達にも見せたかった。…いや、それはやめておこう」
「どうして?」
「そのスタイルは目の毒だよ…」
そう言うと、胸元のジッパーに手を伸ばすラウル。
「ダメよ、帰ってからね?」
「帰ってからならいいのか?本当だな?」
――今夜こそは…――
ラウルの懇願する姿はひと際新鮮で、ユイは一人悶える。
――いや~んっ、たまんないっ!――
そしてこの日の夜は、久々にラウルの願いが叶えられた。




