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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第五章 築き上げる覚悟
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幸せのカタチ(2)

 フォルディス家の天使が、豪勢なベビーベッドでご満悦の表情で眠っている。


 夜の寝室で、ようやく大人しくなったヴァシルを眺めながらユイが小声で語る。

「ねえラウル、最近ダンさん、変わったと思わない?」

 意味深な瞳を向けて言うユイだが、ラウルは深く考えずにサラリと答える。

「ダンが?特に感じないが」


 この返答をスルーして再びヴァシルに視線を落としてから、ユイは続ける。

「あの人もそろそろ、本気で自分の将来考えないと。ね~!」


 そう言って振り返ったユイと目が合った瞬間、ようやくラウルが気づいた。

「…ユイ。何か企んでいるな?」

「ヤダっ、企んでるだなんて?ま、間違ってないけど~」

「大体の事は知っているが」


 思わぬセリフを受けてユイが声を張る。「えっ、知ってたの?!だってさっきは…」

「ユイ、声が」

 ハッとしたユイだが遅かった。


 室内に響き渡ったこの声に反応し、ヴァシルがパチリと目を開いていた。

「うーうー、…うぁ、わぁあ、うぎゃー!!!」

「きゃ~、ゴメンなさいっ、起こしちゃった」


 慌てて抱き上げてあやすが、なぜか泣き止まず。

 ユイは次第にイラ立ってくる。「もう!何が気に入らないのよっ」

「私が代わろう」


 ラウルにヴァシルを預けると、ユイはその場に座り込んだ。

 座り込んだユイの頭に、ヴァシルの手が乗った。「よしよし…」

 その感触に顔を上げるユイ。

「ヴァシルがおまえをあやしている」

「ラウルっ!」


 楽しそうに笑うラウル。

 いつの間にかヴァシルは泣き止み、父と共に笑っていた。


「は~ぁ…この二人の笑顔見るだけで癒されるんだから、ホント単純だわ、私!」

 ユイは座り込んだまま二人を見上げて苦笑した。

「癒される、とは、こういう感情なのだな」

「そうよ。この子はきっと、フォルディス家の全ての人を癒す存在になる」

「ああ。私もそう思う」



 その後ヴァシルの癒し効果からか、ダンとメイドが夫婦になるまでに、そう時間はかからなかった。


「ユイ様のお陰です、本当にありがとうございました。相談して良かったです」

 頬を染めてメイドが語る。

「そう言ってもらえて良かった。でもある意味、キューピッドはヴァシルだったわね」

「そうですね…子育ての予行演習までさせてもらえて…なんて、ヤダ私ったら!」

 恥ずかしそうに俯くメイドに、ユイは肩を当てて冷やかす。

「ダンももういい年だから、早くしないとね~」


「そうなんです!あの、それでユイ様?その、早く身籠るコツとかあったら教えてほしいのですが…」

 思わぬ発言にユイは一瞬目を見開いた。そして頭をかきながら答える。

「いや~、それは…ラウルに聞いた方がいいかも」

「だっ、旦那様にそんな事聞けませんっ!」

「ま、やる。毎晩やる。それに尽きるんじゃない?」


 その件について最も理解しているのはこのメイドだ。何せユイのげっそりした顔を毎朝見て来たのだから!


「大丈夫よ、フォルディス家の男は性欲旺盛だから?」

「っ!そんなユイ様ったら…」

「あなたも覚悟した方がいいかもね。あはははっ!」

 既婚者子持ちのユイにはすでに恥も外聞もない。この屋敷に来た当初の初心な小娘とは違う。


 ラウルのお陰で身も心も成長したのだ。まだまだ子供な部分も多々あるが…。


・・・


 初孫の誕生に、ミサコが黙っているはずがない。


 押しかけられる前に、先手を打ってイタリアに会わせに行く計画をラウルから提案されて、ユイは歓喜の声を上げる。

「賛成!私もヴァシルをお母さんに会わせたい!」

「ではすぐに手配しよう」


 フォルディス家以外の人間に、エスパーであるヴァシルを会わせるのはかなり難しい。感情に任せて力を奮う赤ん坊を止める術はないからだ。


「絶対にお母さん達にバレないようにしないとね…」

「心配ない。私がその都度抑え込む」

「でもラウル、そうするとヴァシルがストレスを感じてしまうんじゃ…」

「いや。抑え込むのは動き出した物の方だ」


 ああなるほど、とユイは納得する。

 今でこそこんな力に慣れて来たが、当初はリングが浮き上がっただけで悲鳴騒ぎだった。ミサコが知れば卒倒ものである。


「あ~あ。こんな事で気を遣わなきゃならないなんて!」

「…済まない、ユイ。この家では普通の生活は望めないのだ」

「ヤダ!ラウルったら謝らないで?それを選んだのは私なんだから」


 あらゆる意味で、一般的な家庭のように親に気軽に子の世話を頼む事ができない。

 財力豊富なこの家にあってはその必要はないが、自由に孫に会えないのは不満に思われるはずだ。

――今回ばかりは、お互いマフィアの妻って立場が有り難いわ…――


 現在ダンは新婚旅行に出かけているため、今回の旅の手配は別の部下がこなす。


「ボス。全て整いました」

「ご苦労」

「あ、ねえ?いつもダンさんが用意してくれてる手土産だけど、今回は私が準備してあるからいらないわ」

「あ…はい、了解しましたユイ様」

――ヤッベー、土産モンの準備なんて忘れてたぜ…助かりました、ユイ様!――


 ダン程のきめ細やかなサポートは、誰にでもできる訳ではない。それもこれも、ラウルへの愛ゆえ、である。



 その後まもなく、二人はヴァシルを連れてイタリアへと向かった。


「ダンさん今頃、思いっきり鼻の下伸ばして羽伸ばして、満喫してるだろうな~」

「あの男にようやく春が来たのだ。存分に伸ばしてくれればいい」

「うふふっ、想像しただけで笑えるっ」

「ユイ」

 ラウルに軽くたしなめられ、肩を竦めるユイ。「…ごめんなさい、つい」


 ダン弄りは今や、ユイにとってなくてはならない醍醐味の一つとなっている。


「まさかヴァシルが恋のキューピッド役をしていたとは驚いたよ」

「あら?ラウル、知ってたんじゃなかった?」

「ユイの専属メイドが、私の部下の一人といい仲だという話が耳に入っていただけだ」

「それがダンさんだって知らなかったの?」

「おまえの企みがなければ」

――あの女っ気のないダンだとは、思いもしなかった――

「だから企みって!」


 イタリア行きのプライベートジェット内で、ご機嫌な様子のヴァシルがユイの頬をペチペチと叩く。


「んっ、何よヴァシル」

「よくやった、と言っている」

「だから、キューピッドは君でしょうが!」

 ユイがヴァシルの柔らかなホッペをムニムニと摘まむ。「むぐむぐっ…ぷはっ!」

「カワイ~!!」

「息子で遊ぶな、ユイ」

「だ~って、ほらラウルもやってみてよ、この触り心地、もう病みつきっ」


――私はおまえの胸のやや弾力のある柔らかさの方が好みだ――

 心の中だけで呟くラウル。

 ユイの胸は贅肉だけでなく筋肉だ。つまりその分、張りがあるという事。

 最近またもご無沙汰になってしまった夜の情事。誘い時を狙っているラウルであった。


 そうこうするうちに目的地に到着、ヘリに乗り換えてコルレオーネ邸を目指す。


 その先では、待ち構えていたミサコが満面の笑みで3人を出迎えた。

「ユイ!フォルディス様!お待ちしていましたわっ」

「お母さん!ゴメンね、来るの遅くなって」

「元気そうね、ユイ。この子が私のお孫ちゃんか~、フォルディス様似ね!抱かせて抱かせてっ」


 ユイの腕に抱かれていたヴァシルがミサコに移る。


 小さなエメラルドグリーンの瞳に映った初対面の人間を前に、一瞬表情を硬くしたヴァシルだったが、ミサコの雰囲気がユイに似ていたからかすぐに打ち解けた。

「あー!あー、あうっ!」

 ヴァシルはひたすらミサコを見つめ、小さな手をその頬に伸ばし何やら言っている。


 楽し気な息子を見てユイが息を吐く。

「良かった…第一関門突破ね。ねえ、何て言ってるの?」ユイは隣りに立つラウルを見上げる。

「ユイが老けた、と」

「ぶーっ!」

 ユイの上げたおかしな悲鳴を受けて、ヴァシルが真似をする。

「ぶー、ぶー!」


 それを見てラウルが堪え切れずに笑いを零した。

――これは傑作だ――


 愛嬌のある孫にミサコが一言。「まあ…。見た目はフォルディス様なのにねぇ」

「腹の中にいた頃から、ヴァシルはやんちゃだった」ラウルが続く。

「これは育児が大変かもね!覚悟して、ユイ!」

「ミサコも大変だったのか?」

「え?ユイを育てるのにって事かしら」


 こんな会話を聞きながら、ユイは堪らず背を向けて呟く。

「二人して、なんて話してんのよっ!って、私が取り乱してどうするの?ここは余裕の態度で臨まなきゃ」

 振り返ってみれば、ミサコの主張はさらに膨らんでいる。

「ああ…先が思いやられるっ」絶好調の母を前にユイは成す術無しである。


「そりゃもう!だってあの子、特殊な血だっていうのにケガばかりして!私も心臓が悪かったから、思うようにできなくて」

「立派に育ててくれて礼を言う」

「あらぁ!フォルディス様ったら…私もう泣きそうだわ」そう言ってラウルにしなだれかかるミサコ。


 堪り兼ねてユイが口を挟んだ。「お母さんっ!いい加減にして?それとラウルに近づきすぎ、少し離れてっ、何回言ったら分かるのよ」

「何よ、少しくらいいいでしょ。義理の息子なんだし?」


 膨れっ面の今のユイは、どこから見ても母親には見えない。


「あなた変わらないわね~。フォルディス様、子供が二人になったみたいで大変でしょ」

「そんな事はない。ユイは良くやっている」

「ああラウル…っ、もっと言って」ユイもラウルに縋りつく。

 その手が優しくユイの頭に乗った。


 それを見て呆れ顔のミサコ。

「ほ~ら言わない事じゃない!誰が子供か分からないわ。さ、もうほっといて、中に入りましょ、ヴァシルっ」


 その後コルレオーネも加わって、盛大にもてなされた3人。

 ラウルの読心術で、ヴァシルが何を欲しているかすぐに分かるため、今のところ機嫌が悪くなる事はない。


「大人しいいい子ね~ヴァシルは。ちゃんとフォルディス様にも似てるじゃない?」

「フンだ!どうせ私は騒がしいですっ」

 頬を膨らませたユイを見てラウルが言う。「ヴァシルよりもユイの機嫌を取る必要がありそうだ」

「ラウルまでそんな事言って!ヒドイっ」


 だが母の心は息子に伝わるもの。敏感に察知したヴァシルの表情が次第に険しくなる。

「うっ、うっ…」


 すぐに察したラウル。「ユイ、マズいかもしれない」

「え!?何で?どうしようっ、ねえお母さん、オシメ替えたいから部屋貸して!」

「ここでいいわよ。ねえあなた?」コルレオーネに同意を求めるミサコ。

 答えを言わせる前にユイが遮る。「ダメ!ちょっと色々あるからっ」

「何よ、いろいろって?」


 そうこうするうちに、ヴァシルの目に涙が溢れて来る。カタカタと室内のあらゆる物が震え出す。


「あら。地震かしら?」

 ミサコの指摘にコルレオーネが同意する。

「最近多いんだよ。火山活動が活発なんだろう。確か日本も地震が多い国だったな」

「そ、そうそう!怖いわよね~、地震!だからその…」ユイも話を合わせる。

 そんな中、ラウルは会話には加わらず意識を集中している。この程度の震えで済んでいるのはラウルの力なのだ。


 やがてヴァシルは堰を切ったように泣き出した。


「きゃ~!!泣かないで、お願いだからっ」

「そんなに慌てて。赤ん坊は泣くのが仕事よ?そんなんで本当に大丈夫なの、ユイ」

 事情を知らないミサコは当然の反応だ。

――何も知らずに暢気でいいわね!だけどどうして急に泣き出したの?――

 困り果ててラウルに目を向ける。


 ラウルは答えた。「ユイが怒っているから、感情が伝染したのだ」

「…え」指摘されてハッとなる。

 確かに自分はいつからか冷静さを欠いていた。母親の前では皆、子供に戻ってしまうものだ。

「ゴメンね、ヴァシル…」

 ユイは心からの謝罪を込めてヴァシルを抱きしめた。


 するとヴァシルがユイの腕の中で暴れ出す。「うっ、うっ…バー、バー!」

「バー?何?」意味が分からずユイは首を傾げる。

「あら、もしかして私を呼んだの?そう、ばーばよ、ヴァシル!こっちに来たいのね、いらっしゃい」

 身軽な様子でユイの側に移動したミサコは、ヴァシルを奪ってリズミカルに揺らす。


 打って変わってキャッキャと笑い出した息子に、ユイは落ち込む。

――お母さんまであの子の言う事が分かるの…。私には分からないのに!――


 またも感情が高ぶりそうになり、それを察したラウルがユイに寄り添う。あえて声はかけずに。

「また同じ事するとこだった…ラウル、ありがと」ユイは肩から力を抜いた。

 ユイに余裕の態度を貫くのは無理があるようだ。


「ねえ?オシメは大丈夫そうよ。やっぱりママの怒った顔が怖かったのねぇ」

 こんな事を言ったミサコに、コルレオーネが指摘する。

「ミサコ、お前がそうやって焚きつけるからだぞ」

 ようやくユイに味方が現れた。

「あらあなた、私は事実を言ってるだけよ?抱っこさせてもらえないからって、嫌ね~」


――あの男が抱けば間違いなく号泣だ。ミサコ、絶対に渡すな――

 ラウルは心の中で強く訴える。


 だがしかし。

「別にいいわよ、パパも抱っこしてあげて!」ユイはあっさり言った。

「いいのかい?」

 自ら自爆しようとするユイを二度見するラウル。


 その後この部屋だけが大地震に見舞われたのは言うまでもない。


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