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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第五章 築き上げる覚悟
70/99

発覚(1)

 活気溢れるフォルディス家。今夜も新婚夫婦の夜は熱い。


「んっ、んっ…、あ、ラウル!激し過ぎっ、まっ…待って」

「ユイ、ああユイ…おまえだけを愛している」

「私もよ」


 一頻り愛し合って、広々としたベッドに横たわる二人。とても静かな夜だ。


「…ふっ」唐突にラウルが笑った。

「何?どうしたの、思い出し笑いなんて珍しい」

「…ああ。あの夜の事を思い出した」

「あの夜って?」


 そしてラウルが語ったのは、まだユイが潜入していた頃の、一番最初にベッドインした夜の一幕だった。


「…ちょっと待って。それどういう事?」

「おまえを狙わせていた事は謝る。だが私は初めから疑ってはいなかったぞ?」

「そうじゃなくて!あの時、見られてたの?…あんな姿をっ!嘘でしょ…」

「私は逆に燃えた。あんな気持ちも初めてだったな。おまえといると、いつも新しい感情と出会う」

 ラウルはユイの怒りなど意に介さず、そっと抱き寄せて額にキスを落とす。


「んっ、ちょっとラウル!まだ話済んでないっ!」

 強い力で体を押されて、二人の間に距離ができる。軽く首を傾げてラウルが微笑む。

「照れているのか?全く…可愛いな、私の妻は。堪らないよ…」

 手を取られて指が絡められる。そのまま今度は手の甲に口づけるラウル。

「っ!だから…そうじゃない!!!」


 ユイがそう叫んだ時、ナイトテーブルに置かれていたワイングラスが弾けるようにして割れた。


「…きゃっ、ビックリした」

「…」

 ラウルも粉々に割れたグラスに目を向ける。そしてユイに視線を戻す。


 ラウルと目が合ったユイは、控えめに尋ねる。

「…ラウル、怒ったの?グラス割るくらい…。でも!私の方がもっともっと…っ」

「今のは私ではない。私には微塵も怒りの感情はなかった」

「何よっ、そうです!怒ってるのはいつだって私だけ!嫌味?」


 全てが元に戻っても、パーティでラウルを庇って撃たれた時以来、ユイは面と向かったお叱りは受けていない。

 ラウルの機嫌が悪くなる事は多々あるが、常に怒りを向ける対象はユイではない。


 それはまるで人間の器を見せつけられているようにも思える。

――どうせ私はまだまだ未熟よっ――


 またも怒りが込み上げてユイが拳を握った時、もう一つのグラスが音を立てた。ひびが入ったのだ。


「…ユイ、おまえがやっているのか」

「え?何言ってるの…、私なはずないじゃない…」

 そう答えつつも、先程からの事象は自分の感情と連動している。

「私、エスパーになった?結婚したから、とか?」

「あるいはリングの力か…」

「リングは前からしてるわ。どうして今になって?」


 二人は同時にユイの手元を見つめる。そこには変わらずエメラルドのリングが光っている。

「なら外してみよう…っ、んもう、やっぱ抜けないっ」

「手を出して」


 苦戦するユイに代わってラウルがリングに指をかける。

 そして何の事もなく抜き取った。

「取れたよ」

「…ありがと。フォルディス家の人だけが外せるなんて、やっぱりおかしいよね~」

「フォルディス家の、と言ったが、私の他にも外した者が?」

「あっ…え?だから!ラウルがって意味だけど?」

「そうか…」


――危な~い!ルカ叔父様に外された事は内緒だった――


 ユイが内心ドキドキしているところに、リングが浮き上がったからさあ大変!思わず変な声を上げてしまう。

「ひゃあっ、お化けっ!」

「先に言っておくが、私は何もしていない」

「怖い怖いっ!ラウル~…っ」


 そのままリングは元の場所にスポリと収まった。

「その場所から離れるつもりはないようだ」

「超常現象っ!こんなのに慣れるなんて無理っ!」



 結局リングを外して生活してみるという選択肢が消えて、エスパー騒動は未解決のままだ。その後、怒りでコップが割れるのか何度も試したユイだが、どうしたって何も起こらない。ましてや物が動いたりもしない。


「う~ん、やっぱあれ、ラウルがやってたんじゃないの?私ができる訳ないもん。全く夜の監視の件といい勝手なんだから!」

 ラウルの口調は常に冷静で必死さがない。それは説得力に欠けるともいう。

 そんな理由で、ユイは勝手にこんな結論に達してしまう。


 それからしばらくは何も起こらず、ユージーンの依頼の件で忙しく動き回る日々が続き、ラウルとの距離は微妙に開いたまま、この事も忘れられた。



「いい?ガードって言っても、ただターゲットに付いてるだけじゃダメよ。自分が狙う側だったらどうするか考えて」

 ユイのアドバイスは常に的確だ。

「一部分じゃなく全体を見て。何が起きても冷静に柔軟に行動する事」


 常日頃ユイに奇襲をかけられ続けている部下達は、突発事案への対応力はピカ一だ。

 力を使わずに戦う術も身に着け、持久力もかなり上がった。元々体力自慢の者達、今やほぼ敵なしと言える。

 そして今回の初任務を鮮やかに遂行し、依頼内容になかった犯人を仕留めるまでをやってのけたのだった。



 報告を聞き終えると、ユージーンは腰掛けたソファに体を仰け反らせた。

 ここはラウル・フォルディス邸の客間だ。


「ま~ま~、取引先の社長は大満足なんだし、いいじゃない!」

「でも、殺せって依頼じゃなかったのに…!」

 ユイが納得行かない理由は、部下が犯人を射殺してしまった事だ。

 殺し屋のはずのユイが、なぜ犯人の死にここまでこだわるのか、ユージーンには理解できない。

――ホント、ルカ兄じゃないけど、謎、だな…――


「じゃ、これ約束の報酬ね。この分じゃ、また依頼が来るかも。その時は持って来てもいいよね?」笑みを交えて尋ねるユージーン。

「はい!あ…でもラウルが」

「ラウルの事は置いといて。ユイちゃんはやりたいんでしょ?だったらやった方がいい。我慢は体に悪いよ?」


 この場にラウルはいない。最近は単独で叔父達に会っても昔ほど怒る事はない。

 ただし面会場所はこの屋敷のみ、という条件付きだ。


 こんな許可を与えられながらも、ユイはまだラウルを許していない。過去に夜の情事を監視させていた件は未解決である。

――あっちだって勝手なんだし、私だって自由にやっていいよね?――


「ありがとう…。ユージ叔父様は、私の気持ち良く分かるんですね。あ、当然か、読んでるんだから?」

「そ~ゆ~コト!」

 フレンドリーに肩を組まれて返され、ユイは微笑む。

――ラウルは全然分かってくれないのに!心、少しは読めるんじゃなかった?――


 もちろんそれは超能力とは別のコールド・リーディングの方である。


「だけどユイちゃんて、本当にそのまんまだね~。こういう人って少ないよ?」

「そのまんまって?」

「見たまんま。美しいって事!」

――身も心も…。嘘偽りがない――

 言葉にはせずにユージーンは心で言った。


「またまたっ、お上手ですね~。その手には乗りませんよ?」

「ちょっとちょっと、その手ってどの手よ?何もしないよ、爺さんを困らせるなって」

「どこがお爺さんですか?まだまだ現役じゃないですか!」

「いい事言うじゃない!そうなの。分かる~?」


 楽し気な会話が廊下まで響いている。


「おお…ちょっと待った。何だか嫌な予感がっ」不意にユージーンが両手を体に巻き付けて言った。

「どうかしました?」


 その直後、勢い良くドアが開く。

「それはこちらのセリフだ!」


「ラウル?どうしたの、そんなに慌てて」

 珍しく息を切らせてやって来たラウル。ユージーンを睨みつけて言い放つ。

「嫌な予感がしたので来てみれば…。いつまでいるつもりだ?報酬の受け渡しはもう終わったのだろう、用が済んだなら早々に帰れ」

「ちょっとラウル!そういう言い方しないで。私の上顧客様に対して!」


「…今何と?」

「だってお得意様も同然でしょ」

 二人の間には、いつもとは別の不穏な空気が流れている。


――何だ何だ、マジでケンカ中だったのか?だったらこれ以上の滞在は危険だな――

 この二人の夫婦ゲンカは特殊だ。ラウルの怒りの矛先は決してユイには向かない。それ以外の人間に被害が及ぶという事である。今の場合はユージーンだ。


 真顔になってユージーンが口を開く。

「そうそう、真面目にビジネスの話してただけ。これを期に新規事業でも始めたら、ってね」

「それよ!そうよ叔父様、ナイスアイディア!ここに警備会社を作ればいいのよ!」

 ユージーンのさり気ない一言でユイは閃いた。


 大々的に始めてしまえばいいのだと。成功すればフォルディス家はマフィアから脱退できるかもしれない。



 ユージーンが帰った後、ユイは早速ラウルと話し合いを開始した。


 待ちに待ったユイからの誘いに、ラウルは純粋に喜ぶ。

 ユイが超能力紛いの力を発揮したあの夜以来、二人の間には見えない壁が存在している。具体的にはユイが壁を作っているのだが。


 当然夜の情事もユイに断られ続けているラウルは、密かに期待する。

――これでやっとユイの機嫌が直るか…何が気に障ったのか全く分からないが――


 上の空のラウルに対し、ユイの交渉は進む。

「私は前面には出ないから。監修役って事で。現場で活躍するのはあくまで部下達。これならどう?」

 この提案にラウルはしばし沈黙する。

――ユイに危険が及ばないなら文句はない。だが…――


「手が空いてる人達を有効活用するのよ。彼等だって世の中の役に立てれば、悪い気はしないと思うけどなぁ」

「そういう思考をそもそも持たない連中だ」

 正義感など皆無、世のため人のためという言葉は彼等の辞書にはない。もちろんラウルにも。


「そうだったわね…。じゃあさ!活躍した分だけ報酬を与える事にして、競い合ってもらうとかは?やる気になってくれるんじゃない?」

「どれだけ活躍したかは誰が判定するのだ?ターゲットか?」

「まさか!私に決まってるでしょ」

「それは現場に出向くという事になるが」

「ならないわ。ガードに当たる人達にはカメラを付けてもらう。リアルタイムで私にその映像が送られるって訳」


 現場にもいない第三者がその場の活躍を評価するなど、通常なら間違いなくブーイングが起こる。

 だがユイは、このフォルディス家で絶大な人気を集めるカリスマ的存在だ。


「ふ…っ、ユイにしかできない事だな!」

「ラウルにもできるでしょ。ボスの命令は絶対だもの」

「いや…。命令と自主性は別の話だ。私には判断し兼ねる」

 そもそも面倒だとラウルは思う。

 ユイにとっては楽しい時間でも、ラウルには違うのだ。


――アクションシーンの監督みたいで楽しそう!――


 嬉々として語るユイを見ていて、反対する気持ちが失せた。乗り気ではないが、ここで却下すればさらなる溝ができ兼ねない。

「おまえの好きにやってみるといい。部下は好きに使ってくれ。その代わり、必要があればすぐに呼び戻すぞ?」

「分かったわ。そっちのお仕事に支障が出ない程度にやります!」

 どうにか許可が下り、ユイはこれから始まる新しい事に心躍らせる。


 それは当然表情にも表れていて、ラウルは期待して尋ねる。

「それでユイ、機嫌は直してくれたか?」

「…」

 突如沈黙したユイに、時期尚早だったかとラウルが後悔しかけた。


「…それって、なぜ私が怒ってるか気づいたって事?」

「いや」

 首を横に振るラウルを見て、ユイは大きくため息を吐く。

――やっぱりか!この分じゃ、一生気づかないわね。ああ、教えても理解できないかもしれない?――


 いつまでこんな態度を取るつもりか、自分でも分からなくなる。けれど、どうしてもこんな気持ちで体を重ねる気にはなれない。

「悪いけど、今夜もなしでお願い」


 ユイの一言に、ラウルは寂しげながら静かに頷いた。



 不安定な心的状況にあるユイは、警備事業を始めたのを良い事に、部下達への指導をさらにエスカレートさせる。


「ユイ様。最近、イライラされておられるようですが。あまりあの者達に当たらないようお願いしますぞ?」

「あらダン。当たるだなんて失礼ね!あれは日本じゃシゴキって言うの!勉強不足なんじゃない?」

 ダンとの言い合いもいつにも増してヒートアップする。

「シゴキと暴力は紙一重、やり過ぎだと言っているのです!一体何がお気に召さないのですか」


「バカダン!アンタも気に入らないのよ、皆気に入らない!ベッドシーン覗くなんて悪趣味でしょ?」

――ああ…ついに言っちゃった。でもちょっとスッキリしたな――


 ユイが叫んだと同時に、庭に停められたセダンのフロントガラスにひびが入った。


「んなっ…今、何が?!」ダンは慌てて周囲を見回す。

 それはもちろんラウルの姿を探しているのだ。こんな事ができるのはラウルだけなのだから。

「…できた。またできた、なんで?」

「ユイ様、もしやあなたが?!どういう事ですかっ!」

「そんなのこっちが聞きたいわよ。その前に、さっきの聞こえたでしょ?何か言い訳してみてよ」


 ユイの主張を思い返し、ダンは焦る。

――なぜ今になってそんな昔の話を…!あれだけはバレないようにと注意していたのに?一体どこから漏れたのだ!――


 これをバラしたのは他ならぬラウルである。本人はユイの怒りの理由さえ分かっていないのだが。


 エスパー騒ぎで有耶無耶になってしばらく経つ。わざわざ蒸し返すもの大人げないと黙ってはいるが、ユイの中でモヤモヤは消えず、むしろ増幅中だ。

 目の前のダンにも見られていたと思うと、恥ずかしさでいっぱいになる。だがそれも通り越して怒り爆発である。

「言いなさいよ!」


――ええい、もう知るか!――


 開き直ったダンは、若干上から目線で言い放った。

「目的は覗きなどではありません。疑惑の渦中にある人物を監視するのは基本。例えどんな時でも!そんな事は、警備事業を始めたあなたなら良くお分かりのはず。部下達にそう指導しているのではないのですか?」


「…」言い返せないユイ。

 ダンの言い分はもっともだ。自分が同じ立場でもそうしただろう。

――やっぱり私は未熟だ。目の前の事しか見えてない。あの人達を指導する前に、自分が学べって話か…――


「何か反論はないのですか?」

「ないわよ!用が済んだなら今すぐ消えて!」

「はっ。失礼いたします」


 一人になったユイは、力尽きたようにその場に座り込んだ。

「何か疲れた…。怒るのって体力いるのね」

 自分はそんなに怒り狂っていたのだろうか。これほどぐったりするくらいに!


 まるでもう一人の何かに、体力を吸い取られているように感じる。

「…このリングが私の力を奪ってるとか。な~んてね、それじゃお守りじゃなくて呪いのリングじゃない!バカバカしい…。ああでも、新堂先生なら言うかも?ヴァンパイアだとか魔法使いだとか騒いでたし!」


 見た目の割りにお茶目なところのある新堂。そんな姿を思い出して、少しだけユイの心が和んだ。


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