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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第五章 築き上げる覚悟
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ウェディング・ハイ(2)

 ラウルが仕事をしている間、ユイは暇を持て余す部下達を相手に、土産話に花を咲かせる。

 力業担当のドンパチ要員は、久しく活躍の場を与えらていない。


「それでね、ラウルったら袴、超~似合っちゃって!!もうステキすぎて釘付け!いつも釘付けだけど、それ以上に?」

「おお!ハカマ、知ってます!さすがは我らがボス、何でも着こなしてしまわれるのですねぇ」

「それでユイ様は、おキモノをお召しになられたのですか?」

「うん。お母さんがわざわざ来てくれて。着付けやってくれたの」


 結婚式で別れた後、すぐにミサコと日本で合流。和装での写真撮影もミサコが提案した事だった。


 その後ルーマニアまで押しかけて来そうな勢いだったが、いずれまた招待するという事で、丁重にラウルから断った。

 例え母娘でも、今や二人ともマフィア一家の一員。旅先はともかくとして、易々と顔を合わせる事はできない。


「ユイ様のお母様は凄いですね、そんなのできちゃうんですか?あ~ダンのヤツ、いいよなぁ。俺も行きたかった」

 今ちょうど、ダンの袴姿の写真を見ているところだ。ユイが強引に着替えさせて撮ったものだった。

「ゴメンね…。あ、ほら、こっちの写真も見て見て!」


 部下達の日本について学ぼうとする姿勢に感銘を受けたユイは、申し訳なさが募る。

――そのうち皆で慰安旅行的なの、できたらいいなぁ。今度ラウルにおねだりしてみよっと!――



 部屋に戻ると、ユイ付のメイドが花瓶の花を入れ替えているところだった。


「ユイ様、お帰りなさいませ。早かったですね」

「お仕事中にあんまり皆を引き留めちゃうと悪いから。本当はもっとお喋りしたかったけど…そうだ、あなたの事引き留めちゃおうかな!」

「是非っ!私もお写真、拝見したいですっ」メイドは待ってましたとばかりに話に飛びついた。


 同年代の二人は話も合う。メイドが立場を忘れる事はないが、ユイはすでに友人同士の感覚だ。


「ずっと気になっていたんですけど、ご旅行から戻られてから、ずっと胸元で光ってるそのネックレス、ステキですね」メイドがユイの胸元を食い入るように見て言う。

 そこには、金の細いチェーンに通された、透き通ったコバルトグリーンの小さな雫型の宝石が光っている。

 天辺に小粒のダイヤが十字型に4石添えられたシンプルなデザインだが、目を惹く一品だ。


「ああこれ?うん、たまたま入ったジュエリーショップでね。ただ見てただけだったんだけど…」

 ユイはあの時の事を思い起こす。


 それは日本に到着したその日、まずは中心部に案内をと、ユイが銀座の街にラウルを連れて行った時の事だ。


「ラウルは日本に来た事あるんだっけ」

「ああ。以前に一度だけ。あの時は仕事が済んですぐに帰ってしまったから、ほとんど覚えていない」

「私も久々だからなぁ。しかし凄い人ね、相変わらずだわ!」

 人混みも凄いがビル群も凄い。ルーマニアとは別世界である。


――私はルーマニアの方が好きだな~――

 そんな事を思いながらラウルに尋ねる。「で、来てみた感想は?」


「おまえには悪いが、賑やかなのは、あまり好きではないかな」

「悪くない!私も同じ事思ってた!良かった、ふふっ」

 意見が一致した事が嬉しくて、ラウルにの腕にさらに絡みつくユイ。

「ねえ、だったら早く次のところに行きましょ。静かでいいとこ、いっぱいあるんだから!」

「そうだな。だがせっかくだから、もう少し…」ラウルが大通りに面した店を見渡して言葉を途切れさせる。


――ああ、お買物したいのね。ここなら大抵の高級なシロモノが揃ってるから、ラウルのお気に召すのもあるかも――

「そうね、見に行こう!」


 こうして黒服数名を従えて、二人はとあるジュエリーショップへと入った。


「うわ~高そっ、こんなお店初めて入るわ…」

 ブランドショップが軒を連ねる銀座。通りから眺めるだけの存在だった場所に、今ユイはいる。

 だがしかし。横にいるラウルにとってはごく普通の店である。店員と何やら会話している。さすがは銀座、店員の英語は完璧だ。


――でも何で宝石店?腕時計とか靴とか、もっと違うお店に入ると思ったのに…――


 側にいると何か勧められそうで、ユイはあえて離れた位置で適当に展示品を眺めていた。その中に、一際目を惹く物を発見して立ち止まる。

「ん?これステキ!キレイな色~。何て言う宝石なんだろう…」

 小さな割りにとても存在感がある。それは値段の方も、である。

「うゲッ、90万?!ウソでしょ…こんなサイズで?」


 思わず変な声が出てしまったユイの背後に、ラウルがやって来た。


「ユイ。何か気になるものがあったのか?」

「あっ、ラウル!ううん、別に!」

 慌ててラウルを振り返り品物を背に隠すも、ユイの頭の上からあっさり見下ろされている。

「それか。なかなか美しい色だな」


――ユイはこういうのが好みなのか。ようやく知る事ができた。…だがこれでは小さすぎるな――


 こう返されてはもう誤魔化せない。ユイは諦めて再び品物に目を向ける。

「でしょ。何か異彩を放ってて、思わず目が行ったの」


 透かさず店員が寄って来た。

「お客様、お目が高いですね!これは希少石パライバトルマリンの中でも、さらに希少なものなんです」

「希少なのか?」ラウルが問う。

「はい!これ、実は原石から切り出し、加工まで私が立ち会ってるんです」

「お前はバイヤーもしているのだったな」

 ラウルの指摘に店員が頷く。


――さっきそういう話してたのか…もしかしてラウル、次は宝石商にでもなるつもり?なぁんちゃって!――


 ユイの勝手な妄想をよそに、店員の会話は続く。

「原石が小さかったのでこんなサイズになってしまったんですが、この色味をこれだけ残せたのは奇跡なんですよ。そちらのもう一つが、同じ石から切り出した物です」

 隣りに飾られていたネックレスを示して店員が言う。


「へえ~、確かに同じような色だけど、こっちの方がちょっと薄いみたい」

「はい。ですのでお値段がこのように変わります」

「はぁ…」

 安いと言っても70万円。もはやユイには無縁の世界である。


「試着は可能か?」

「もちろんです。きっと奥様の白い肌にとても映えると思いますよ。僕も是非見てみたいです!」

 断るに断れず、試着だけならとユイが長い髪を上に持ち上げる。手慣れた様子で装着するや、店員が鏡を持って来てユイを映す。

「思った通り、とても良くお似合いです!ねえご主人?」


「ああ。本当に。ではこちらを貰おう」

「お買い上げありがとうございます!」

「ええ?!ちょ、ちょっと?何を言って…」勝手に進んで行く会話にユイは付いて行けない。

――待ってよ~、ただ見てただけなのにっ!――


「おまえはいつも謙虚だから、なかなかこういう機会がなかった。旅行なのだし、いいではないか?」

「うん…でも、ちょっと高いん…」

「記念の品にしては安すぎるから、ちょっとした普段使いにでもしてくれ」

――うぐっ!これ安いかぁ?ああ…デッカいダイヤとか見てなくて良かった…――



 とまあ、こんな感じで購入した次第である。

 話は戻って、メイドが羨まし気に吐息を漏らす。


「そういうのが似合ってしまうユイ様も素敵です…」

「ヤダ!あなたにだって似合うわ。着けてみて」

「ダメですっ、旦那様がユイ様のために買われた物を私なんかが!いけませんっ」

 ネックレスを外そうとしたユイだが、猛反対を受けて手が止まる。

「別にそこまで…だって普段使いにって買ってくれた訳だし?」

――値段は全っ然、普段使い用なんかじゃないけどっ!――


「いいんです。私にはこれで十分です」

 そう言ってメイドが取り出したのは、ユイが土産にと買って来た和柄のハンカチだ。

「いやいや!全然違うでしょ!」


 自分以上に謙虚なメイドに、脱帽するユイであった。



 こんな生活を始めてから、ユイは自分を着飾る機会に恵まれている。元々ピアスの穴は両耳に開いていたが、宝石とは無縁だった。

 それが今や左手のエメラルドを筆頭に、胸元のパライバトルマリンだ。


 さらにはいつ用意したのか、ドレッサーに置いてあるジュエリーケースには、どれも小振りながら見事な宝石の付いたピアスが収納されている。

 これはもちろん、ユイの好みが何となく分かったラウルが選定して購入した品である。


 特に目に付く3点を、ユイは順に眺めて行く。まずはアレキサンドライトに二石のダイヤが縦に並んで揺れるタイプ。

 そしてピンクオレンジのパパラチアサファイアは雫型で、これもトップにダイヤ一石、まさにユイが選んだネックレスと似通ったデザインだ。

 最後に、ネックレスと同じ石のパライバトルマリンが、花型をかたどったダイヤの中心で光るもの。


 どれも乙女心をくすぐるデザインでありながら、日常動作を邪魔しないサイズで、完璧なチョイスだ。


「どれも絶対高いヤツだ、これっ!ピアスって失くすのよね…とてもじゃないけど着けられない!」

 そう思って手を出した事はない。


 ラウルも特に何も言って来ないので、この件は今のところ問題にはなっていない。


・・・


 ようやく、力を持て余した若手部下達の活躍の時が訪れようとしていた。ユイとラウルが共に仕事をするという夢への第一歩でもある。

 それは、ユージーンの持って来た一件の依頼から始まった。


 フォルディス家の居間にて、ユージーンが寛いだ様子で二人に語る。


「実はさ、ウチと取引してる会社のお偉いさんが、どこかから脅迫されてて」

「それをなぜ私に?相談されても困るのだが」

「まあまあ!本音言うと、ラウルじゃなくてユイちゃんに相談なの!」

 結婚式以来、こうして時々顔を出すようになったユージーン。


 ルーカスは気が引けるのか単独では来ないが、ユージーンと連れ立って何度か来ている。それもご機嫌の様子で!どうやらまだ彼のウェディング・ハイは継続中のようだ。

 そんなノリに、当然周囲の者はついて行くのが大変である。


 そしてラウルにとっては、いつでもハイなユージーンの扱いも非常に苦手だ。

 さらに訪問の目的がユイへの相談となれば、今すぐに消えてもらいたいと思う。

「そんな話をされても、ユイも困るだろう。なあユイ?…」

 同意を求めようと声を掛けるも、ユイは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせているではないか。


――…じっとしていられる性格でないのは知っている。だからこそ、こういう話を持って来るな!――


「それでユージ叔父様、助けてあげたいって話ね?」

「ま、そうなるかなぁ。疑われるのは癪だしね」

「マフィアだからって疑われてるのね、心外だわっ」

「話分かるじゃない!やっぱユイちゃんに相談して良かったよ」


――私は全く良くない!…全く、余計な仕事を増やしてくれる――

 ラウルは組んだ足を組み直し、そっぽを向いた。


「ちょっとラウルったら、あからさま…っ。大丈夫、あなたの仕事の邪魔はしないから。部下をほんの少し貸してもらえれば?」

「ユイちゃん、部下なら俺の使ってよ。いくらでも」

「ダメなの。こっちには精鋭部隊が揃ってるから!」

 こんなコメントに、ラウルの機嫌が一瞬で上向く。

――当然だ。ここにいる者達は、お前の所の使えない部下とは訳が違うのだ――


 ユイとしては、自分が手塩にかけて鍛え上げた者達という意味なのだが。


「ね?ラウル、それで手を打ってくれない?私も決して危ない事はしないし」

「ね、ラウル!いいでしょっ」ユージーンがふざけて甲高い声を出して続ける。

「そうやってふざけるなと言っているだろう!」

 ラウルの叫び声に反応するように、テーブルのティーセットが震え出して音を鳴らす。


「おっと…。そんなに怒るなって、悪かったよ。ユイちゃんもさ、ずっと家に籠もってちゃつまんないだろ?せっかくの特技も生かさないと意味がない」

「ユイの特技は何だと?」

 ユージーンが口を開く前にユイが答えた。

「ガード関係よ。叔父様、私がボディガード業してたの知ってたのね。光栄だわ」


――なぜおまえが答える?ここでユージーンが一言でも殺し屋の話をすれば、痛めつけてやれたものを!――

 ラウルがこう考える一方、ユージーンはこうだ。

――ボディガード?犯人探して暗殺してくれって話だったんだが…ま、いっか――


「じゃ、交渉成立って事でいい?報酬はどうしようか。ユイちゃんの言い値でいいよ」

「10万」

 勝手に答えたラウルに驚くユイ。「ちょっとラウル…!」

「USドルで10万だ。不服なら断ればい」

「そんなにいらないってば!」

「いいよ、それで。ただし成功報酬だ」

「当然だな」


 そのまま勝手に交渉が進められてしまった。


「ユイ。私は手伝ってやれない。本当に大丈夫か?」

「そっちは問題ないけど、報酬が…」

「私の部下は安くはない、という事だな」どこか勝ち誇った顔で言い放つラウル。

「それならラウルの部下は使わない!」ユイも対抗する。

「ならば、この話は白紙だ」

「何でそうなるの?」

「おまえ一人がやるという事は、危険も全ておまえに降りかかるという事だ。許可はできない」


 突如始まった夫婦ゲンカにユージーンが一言。

「あの~。それでどうするの?俺もそんなに暇じゃないんだけど!」

 これには二人同時に答えた。

「お前は黙っていろ」

「ちょっと黙ってて!」


「息ピッタリ!妬けるね~」


 結局ユイが折れて、日本円にして一千万強もの額で引き受ける事と相成った。


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