ウェディング・ハイ(1)
幾度もの困難を乗り越え、ついにラウルとユイは結婚を果たした。
「いやぁ~、ユイ様のウェディングドレス姿、堪んなかったなぁ」
「俺達の女神様だよな!」
「俺は何と言っても、ボスのあんな幸せそうな顔に感動したぜ…」
式が終わってひと月が経っても、部下達の話題はこれで持ち切りだ。
二人は現在ハネムーンに出かけており不在。ダンもボディガード兼世話役と称して付いて行ってしまったため、屋敷内はだらけ切っている。
「ボス達、どこに行ったって?」
「日本だとさ。ユイ様の出身国だろ。いいなぁ。俺も一度でいいから行ってみたいぜ!」
「あのお二人に、キモノって衣裳はさぞお似合いだろうなぁ」
「何だ、キモノって」
「何だよお前、知らないのか?ダメだな~勉強が足らんぞ!」
こんな訳の分からない言い分で殴られても、いつもとは違い暴動に発展する事はない。
今部下達の間では、日本語やら日本文化を学びたいという者が増え、ちょっとした日本ブームが到来している。
厳つい男共が競い合って学ぶ姿は、何にせよ微笑ましい。
そんな流れで、部下達は旅行から戻った二人を日本語で出迎えた。
「おかえりなさいませ!ボス、ユイさま!」
「…お前達?」片言の日本語が聞こえて来て、ラウルが目を瞬く。
「皆、ただいま!なになに、日本語覚えてくれたの?嬉しいんだけどっ!!お土産た~っくさんあるからね!」
ここがマフィア一家だとは思えないほのぼのとした光景が広がって、ダンが大きなため息を吐いたのは言うまでもない。
「あいつ等、ボスが不在だったのをいい事に…これからその、たるんだ顔が締まるまでぶちのめしてくれる!」一人荷物を運び出しながら、ダンはブツクサと言う。
こんな言葉をユイは聞き逃さない。
ダンの前に仁王立ちして問いただす。「ちょっとダンさん?今、聞き捨てならない事言わなかった?」
「そんな事よりユイ様。ダンと、呼び捨てでお呼びくださいと何度申し上げれば?」
「クセなの!そのうちって言ったでしょ?何度言えば、はこっちのセリフよ」
二人は旅行中もこの口論を数え切れない程繰り返している。
「ユイ。ダンと戯れるのはそれくらいにして、早く来い」
「はぁ~い、ダーリン!」
荷物に埋もれるダンに舌を出して、ユイは小走りにラウルの元へ向かった。
そんなユイの胸元で、小振りなコバルトグリーンの宝石が光る。出発の時にはなかった物だ。
「…あれがボスの妻の姿とは…やはり思えん!それにしても何なのだ、この負けた感満載の自分は?」
ダンの方など誰も見向きもしない。皆ボスとユイの姿にうっとりとなっている。
段々イラ立ちが募って、ダンがついに爆発した。
「貴様らぁ!何ボ~っとしてる、さっさと運ぶの手伝え、このバカ共めが!」
この罵声に部下達が血相変えて駆け付け、山のようにあった荷物はあっという間に一つ残らず消えた。
自室にて一息ついた二人。
「あ~楽しかった!新堂先生に会えなかったのは残念だったけど」
「忙しい男だから、いないだろうと思っていたよ」
「事前に伝えとけば良かった…」
――せっかく日本に行ったんだから、会いたかったなぁ――
会う時は自分がケガをした時。新堂は最後にこう言っていた。もう会う気はないという意味だと分かっていても、その願望は捨て切れない。
「会ってどうするつもりだったのだ?」
唐突にこんな事を聞かれて、ユイは慌てる。
「どうって、別にどうもしないわよ?散々お世話になったし、無事に夫婦になれた事を報告したいなって…思っただけで」
「報告の必要が?」
「向こうは迷惑だろうけど!私がしたかったの!…ああ、ラウルは会いたくないか」
「別に何とも思っていない。そんなに会いたいならば、またここに呼びつければいい」
「ダメよ、私が酷いケガしないと来ないわ」
会ってどうする、この言葉を改めて考える。この新婚のラブラブっぷりを見せつければ、確実に新堂は嫌な顔をするに違いない。
そして結論に達する。「呼ばなくていいわ。疲れたから少し休もうかな」
「ああ。長旅だったからな。機内で何かしていたが、何をしていた?」
「うん、ルーマニア語の勉強。未だに自己紹介くらいしかできないから。ほら、ラウルが今回、結構日本語覚えてくれたでしょ、だから嬉しくって…」
「おまえが記憶を失くしていた時、少しだけ勉強したのだ」
予想外の事を知ってユイは目を瞬く。あの頃の事は全く覚えていないのだ。
「そうなの?!」
「母国語ならば理解し合えるかと思ったのだが…」
「…何かゴメン」
「いや。ユイのせいではない。気にしなくていい。だから、今回一から覚えたという訳ではないのだ」
「そうだったのね」
「さっきの部下達の日本語には驚いたが!」
「私もよっ!嬉しくて涙出そう…反応遅いわね、ふふ」
本気で涙を溢れさせているユイに寄り添い、ラウルが優しく背中を擦る。
「皆、おまえを心から受け入れている。今なら、あの時のユイの気持ちが少し分かる気がする」
「あの時って?」ユイが顔を上げてラウルを見た。
――きっとこれを、目に入れても痛くないくらいに可愛いというのだろう――
上目遣いのユイが可愛すぎて、ラウルの目尻が無意識に下がる。
「部下の中に裏切り者が現れた時だ。おまえを撃とうとした男を私が射殺した」
「ああ…あの時ね」
「なぜもっと部下を信じてやらないのかと。ユイはあの時からすでに、こんなにも私の部下達を受け入れてくれていたのだな」
ラウルがしみじみと言ってユイを抱き寄せる。「ありがとう、ユイ」
「…そんな改まって言われる事じゃないわよ」
「ダンを含め、私の元にいる大勢の部下達は決して当たり前の存在などではないと、おまえに教えられた」
――命令ではなく、一人一人が自分の意思で行動している。私を慕って付いて来てくれる、貴重な存在だという事を――
感謝するという事を、ラウルは覚えた。だからこそ、あの時のユイの気持ちが分かったのだ。
「ラウルは、間違いなくナンバーワンの指導者ね。やっぱりただのマフィアで終わってほしくないな~」
「同じような事を言う!」
「え、誰と?」
「…とある実業家、かな」あえてカールトンの名は出さず。
それを出せばエリザベスの事も話さなければならなくなる。
――隠す事でもないが。新たな恋をしようとしたと知れば、良くは思わないだろう――
今はこのくらいの配慮はできるようになった。
「えっ、それってすでに、どこかからスカウトされてたって事!?」
「まあね」
「きゃ~っ、凄いじゃない!さすがだわ、ダーリン!」涙はすっかり乾いて、今度は興奮しまくるユイ。
そんなコロコロと変わる表情を、ラウルは楽しそうに眺める。
「やはりユイを見ていると飽きない。おまえは、心のままに生きればいい。私の隣りで」
――私の相手はおまえしかいない。そして、おまえの相手は私しかいない――
ユイといるだけで、退屈や虚しさはたちまち吹き飛ぶ。何の変哲もない世界が、見る見る楽しい幸せな場所に早変わりするのだ。
長きに渡った親族間のいざこざまでも収めてしまったユイは、ラウルにとっては女神同然である。
お陰で結婚式にも親族全員の出席が叶い、二人を祝福した。
シンプルな式を希望していたユイだったが、その要望は通るはずもない。ルーマニア一と言っても過言ではない財力を持つフォルディス家の婚儀である。一転乗り気になったルーカスの意向もあって、贅を尽くしたものと相成った。
そんな訳で、式の準備段階ではユイの困惑振りが何度も見られた。例えばこんな具合だ。
「あっ、これ素敵!待って、こっちもいいかも…あ~ん、全部素敵で選べない!」
ユイが披露宴で着るドレスを選んでいた時の事だ。フォルディス家御用達の店内で、あまりに魅力的すぎる衣裳達を前に悩みまくる。
「どれもとてもお似合いでございます」満面の笑みで店主が言う。
「同意見だ。ユイ、無理に選ぶ事はない。全部着るといい」
「はい?ああ、試着は自由よね!」
「いや、そうではない。店主、ここのフロアのドレス全ていただこう」
ラウルの発言に、店主の男は喜びと驚きと委縮の入り混じった表情で声を張る。
「…は、は、はい!毎度ありがとうございます!」
言葉を失い呆けていたユイだったが、正気に戻って慌てて拒絶する。
「待って待って!ラウル、それはやり過ぎだから!」
「何がだ?」
程度というものを何一つ分かっていない、生まれてこの方富裕層の36歳。
「だからっ、当日そんなに時間もないし、そんなに着替えてばかりいたら私、休む暇ないでしょ?あの、これと…これでいいや、2着でお願いします!」
――相変わらず謙虚だな…――
不思議そうにユイを見つめるラウルに、店主の遠慮がちな声が掛かる。
「あのぉ、フォルディス様、それでよろしいですか?」
「…ああ。彼女の要望通りで頼む」
「かしこまりました」
――危ない危ない…何とか凌げた。んもう!何でダンは来ない訳?――
いたとしても、この件に関してダンは何の力にもなれなかっただろうが。
その後行われた挙式は、厳かに親族のみが参列した。
この挙式に関して、一人納得の行かない人物がいる。
「何だよ、いいとこ持って行きやがって、ルカ兄のヤツ!俺だってユイちゃんとバージンロード歩きたかったぜ?」
ユイのたっての希望で、ラウルの父と良く似ているルーカスがバージンロードを歩く事となったのだ。
「本当にいいのか?」ラウルは何度もユイに確認した。
花嫁側の親族でないどころか、相手はユイを一度殺そうとした人物である。今後も何か企てるかもしれない。
そんな男をわざわざ選ぶなど、ラウルでなくとも理解し難い事だ。
だがユイはきっぱりと言い切る。
「いいの。他に適任の人なんていないわ。コルレオーネを呼べない限りね」
「それは無理だと伝えたはずだ」
「だったらお願い、ね?いいでしょラウル!私、ルカ叔父様と歩きたいの」
「そこまで言うなら分かった。だが向こうが拒否すれば諦めろ?」
「はい、もちろん」
――当然あの男は断るだろう。堂々とユイの隣りに並ぶ権利などないのだ――
こう考えるラウルだが、その願いも虚しく二つ返事で承諾された。
「いやぁ、光栄だな!まさかこんな日が来るとは?」
娘のいないルーカスにとっては、思いがけない経験である。
長年の恨みつらみなどどこへやら。この日ばかりは憎き甥も、可愛い甥っ子に早変わりだ。花婿のラウルに匹敵するくらいウェディング・ハイになるルーカスであった。
そんなルーカスの未だかつてない好印象振りには、親族一同も唖然とするばかりだったが、そんな中でラウルとダンは気づいた。
――ああなるほど…今分かった。ユイはこれを狙っていたのだな――
――ユイ様、何というお心遣い!これでルーカス様のお立場も守られ、全て丸く収まったではないですか!――
フォルディス家の年長者としては、本家の盛大な催しには積極的に関わりたい。
だがしかし、これまでのいざこざを考えれば無理な話だ。
それを覆したのがユイだったのだ。
「全く!俺の方が若いぜ?ルカ兄とユイじゃ、親子じゃなくて爺さんと孫だろ!」
「妬くな妬くなユージ。ユイは俺の方が貫禄があって父親らしいって判断したんだから、しょうがないだろ?」ここぞとばかりに自慢げになるルーカス。
「あ~はいはい、どうせ俺には貫禄なんてありまへ~ん!」
挙式を終えたユイがユージーンを懸命に宥めたのは言うまでもない。
続いて行われた披露宴会場は、丸ごと一棟貸切った古城だ。挙式とは一転、様々な分野の業界から招待客が詰めかけ、それは盛大で華やかなものとなった。
「それにしても。随分派手にやってくれるわよね」
「さすがはルーマニア一のマフィア一家。景気が良くて結構じゃないか?」
「しかしマフィアの割りに警備が手薄すぎないか?もっと物々しいの想像してたよ!」
「そう油断させるのが手なんだよ。くれぐれも目立たないようにしてくれ?マフィアのごたごたに巻き込まれるのはご免だからな!」
客達がこんな話題で盛り上がる。
それもそのはず、監視カメラの類は一切なく、警備の人員もそれ程多くはない。これを見れば警備が杜撰と取られても仕方がない。
フォルディス家の特殊な能力についての多くは噂話であり、その実態を知る者はない。
そしてこの会場にはその家の面々が勢揃いしている。良からぬ企てをしようものならすぐに明るみに出る。何か起これば、すぐに彼等の能力でねじ伏せられるのだ。
こんな一家の結婚披露宴は、マフィア界だけでなく世間でも注目の的であった。
何せ新郎のラウル・フォルディスはあの通りの超絶イケメン。マフィアと侮るなかれ、隠れファンは相当数に及ぶと思われる。そんな彼のお相手を一目見ようと、怖いもの見たさで集まった一般のギャラリー達。遠巻きに眺めては撮影などをして歓声を上げ、場を盛り上げたのだった。
結論としてこの催しは大成功に終わり、ユイが密かに携行していたコルトの出番もなかった。
――何もない事が何よりだけど。何だったら刺客でも現れて、ラウルと叔父様達の超能力で叩きのめすシーンとか、見たかったなぁ~――
そうなると増々コルトの出番はなくなるのだが。
これから先も、このフォルディス家で相棒の活躍は見られそうもない。
こうして盛大な祝福を受け、ラウルとユイは晴れて夫婦となった。続くラブラブなハネムーンを経て、フォルディス家のマフィアとしての日常は続いて行く。
この家はボスは元より、腹心ダンがいないと締まらない。ダンあってこそのフォルディス家である事を、今やラウルも認識している。
ハネムーンでひと月も留守にしていたため、案の定ボスの仕事は山積だ。
「分かってはいたが…。あのままパラダイスに留まりたかった」
「ラウル様。お楽しみの後はお仕事です。共に頑張りましょう!」
「お前はやけに生き生きしているな」
「はいっ!絶好調です!」
旅行の時とは段違いに溌剌とした表情の側近に面食らうラウル。
「やはり旅行がつまらなかったのだろう?だから付いて来なくていいと言ったのだ」
「つまらないなどと滅相もない!お言葉ですが、自分が行ったメリットも存分にあったかと」
些末な雑事は全てダンが担っていた。ダンは日本語も分かるため、チケットを取ったり店側と交渉したりと、大いに役に立った。
「…まあ、色々と助かった。だがお前がここに残っていれば、この書類の山はなかった」
「残念ながらそれは違います。最終的なご判断はボスの役目。私はあくまで補佐です。案件の把握分析はできても、決断はできません」
当然、ボスにしかできない仕事だけが溜まっているのだ。幸せに浸りきっていた者にはつらい現実である。
「分かった分かった、やればいいのだろう、やれば!」
「何とまた、そんな投げやりな…」
――まるでユイ様ではないか?こんなにも影響を及ぼしているのか…ああ、ラウル様が毒されて行く!――
おかしな妄想を繰り広げ、心で嘆くダン。
「何か文句でも?」
ラウルに睨まれたダンは、ふと思い直す。
――いや待て、むしろこれは感情表現が豊かになった証拠ではないか?――
「…いえ、むしろとても共感が持てます。自分は嬉しく思いますぞっ!」
一転して涙目になったダンに、訳が分からず困惑するラウル。
「小言を言われると思えば、共感とは…?いつにも増して理解に苦しむ」
ダンの心、未だ分からずのラウルであった。




