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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
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雪解け(1)

 今日も、ルーカス・フォルディス邸では古希を迎えた男が破顔する。その先にいるのは溺愛する孫だ。


「ミハイ、本当にお前は賢くていい子だ。生まれて来てくれてありがとう」

「ルカじい、それもう聞き飽きたって。いい加減にしてくれよ、いい子って!僕もうすぐ16だよ?」

 濃い金の髪を刈り込んだグレーの瞳の整った顔立ちの少年が、嫌そうに抱擁から逃れて行く。


――長男夫婦の間に出来た息子に、自分と同じ透視能力があると分かった日の喜びは今も忘れない――

 ただその容姿がどういう訳か、甥のラウルに良く似ていた事は面白くない。

 念願だったフォルディス家トップの座を、横から何の苦労もなくかっ攫って行った甥。どれだけ年月が過ぎても憎いものは憎い。


「そんなに褒めたってダメだよ。僕は悪の道には進まない。今時流行らないって!マフィアなんて?」

「そんな事を言わないでくれ。私の長年の願いが叶おうとしているんだ。財も権力も握れる、そんな将来を約束されているんだぞ?」

 どんなに説得してもミハイは首を縦に振らない。


 それでもルーカスの目指す道が変わる事はない。


 6人兄弟の次男ルーカス・フォルディスは、最も権力を好むマフィア的人物だったのだが、様々な問題によりチャンスを奪われてきた。

 そしてそんな兄を慕うのが四男ユージーン・フォルディスだ。彼は元々権力には興味がなく自由を好む人物だが、ルーカスをとても慕っている。

 二人は仲が良く、幼い頃からいつも行動を共にしていた。


 それは数十年経た今も続く。


「ルカ兄、いい加減諦めろよ。ラウルも一人前にやってるんだし?もう認めてやれって」

 ユージーンは事ある毎にこんな言葉を掛ける。

「それは認める。だがそれとこれとは別問題だ。必ずやフォルディス家を奪い返す。今までとは違う。こっちにはミハイがいるんだぞ?これは天から与えられた最後のチャンスに違いない」

「ま~たこれだよ…!」


 話の展開も変わらない。孫が出来てからのルーカスはいつもこうなのだ。


「それよりユージ。お前のとこの娘達は留学先からいつ戻るんだ?もういい年だろう」

「ああ。きっと異国の地で男見つけて来て、私、あっちに住む事にしたわ~なんて言って来るんだろ。好きにさせるさ」

「娘が欲しいと思った事があるが、やはり持つべきは息子だな!」

「へ~へ~、そうですよ、兄貴!」


 二人は昔からルカ兄、ユージと呼び合う。心は少年の頃のままでも、いつしか向かう先が分かれてしまった。


 そんな折、ついにラウルに婚約者が現れた。ルーカスは真っ先にこの情報を入手。フォルディス家にはルーカスの元部下も複数残っているので、情報は筒抜けだ。

 ラウル側はもちろんこれを把握している。

 しかしながら、現在は大っぴらに敵対している訳でもなく、あえて波風を立てないための配慮として目をつぶっているのだ。


 ラウル達の挨拶回りを経て、ユージーンの説得はさらに強まる。


「いよいよ潮時って事だろ。ラウルのフィアンセって娘、なかなかいい感じだったじゃないか。ルカ兄も会っただろ?」

「ああ。想定外に」

「だったらさ…」

「どうであれ、私の気持ちは変わらん」

「ならどうする気だよ。いつものように邪魔者は消すか?ラウル相手にどうやって!今回ばかりは、冗談抜きで自分が消されるぞ」


 ルーカスは、ラウルがユイを連れて挨拶に来た日の事を思い起こす。

 ラウルの婚約者に対する執着振りは、半端ではなかった。ほんの少しでも触れようものなら、物凄い勢いで払い除ける程に!


「相手の娘は、ユイ・アサギリだ」ルーカスが言う。

「ユイ・アサギリ?誰だそれ。有名人なの?」

「ああ。その筋では。殺し屋の世界でも世代交代は甚だしい。若手の女殺し屋、スナイパーだそうだ」

 ルーカスはユイとの顔合わせ後、すぐに素性を調べさせていた。

「あの娘が殺し屋?間違いだろ!さすがに?」

 色白で小柄な初々しいその姿を思い浮かべる。どう見てもそんな人物には思えない。


「私だって半信半疑さ。だが闇サイトを検索してみろ、黒い過去がこれでもかと出て来る。あの若さでね!」

「検索ねぇ。使いこなすね~ルカ兄!俺、そっち系はパ~ス」

「ゴルフばっかりやってないで、そっちの勉強したらどうだ?そんなんじゃこの先、時代に付いて行けないぞ?」

「ゴルフに失礼じゃない?それ」


 機嫌を損ねたユージーンを受け流し、ルーカスが続ける。

「もし情報が確かなら、二人の間に誕生する子は、より強力な能力を持つ可能性が高い。のんびりしてはいられない、早く手を打たねば!」

「願ったり叶ったりじゃない。近年フォルディス家の能力も薄れて来たみたいだし?ここらで強力な子孫を作っておかないとな」


「おお。そういう見方もあるな」

「おいおい、真っ先にそう考えるだろ、普通は!」

 ルーカスは険しい表情を崩さない。


「…なあ。頼むからもう張り合うような真似はよしてくれよ。俺は穏やかな余生を送りたいんだ」

「好きに送るといい。お前を巻き込みはしない」

「何言ってんだよ、ルカ兄と一緒に、穏やかに生きたいって言ってんだろうが!」

「その要望には応えられん。済まんな」


 ユージーンのこれ見よがしの大きなため息が、室内に響き渡った。



 やがてルーカスは、早々に今後の計画を立て始める。まずはユイをラウルから引き離し、単独で呼び出す必要がある。


――呼び出すのは容易いだろう。彼女は私に好意を抱いていた。何も知らないフォルディス家について、年長者に聞きたい事は山ほどあるはず――


 すぐにフォルディス家にいる部下に、ユイの個人携帯の番号を入手させた。


・・・


 この日、ラウルとダンは揃って国外で開かれる会合に出ていた。


 昼過ぎに、ユイの携帯電話が鳴り出す。

「誰かしら。知らない番号だわ…」


 小首を傾げながら電話に出ると、ダンディな低音が耳に届いた。


『ユイさんだね。ルーカス・フォルディスだ。先日は来てくれてありがとう』

「ええっ、お、おじ、叔父様?!どうして番号を…」

『驚かせてしまって申し訳ない。そっちの家に掛けると大ごとになるからね。ほら、私とラウルは仲が悪いだろう?』

 明け透けにこんな話題を振られて、ユイは答えに困る。


『…済まない、また困らせたようだね。先日はあまり話せなかったから、もう一度会いたいと思ったのだが…迷惑だったね、いいんだ。それでは失礼…』

 電話が切られようとした時、ユイは慌てて言う。

「あっ、待ってください!迷惑なんかじゃないです。私ももっとルーカス叔父様とお話したかったので」


『それは嬉しい。だがきっとラウルが反対するだろう』

「…」図星を指されてまたも答えに詰まる。

 ラウルにもダンにも、ルーカスには決して関わるなと強く言われているのだ。


――でもそれって、単に嫌いだからって話でしょ?大体、ラウルみたいに強力な力を持ってないなら平気よ――

 透視されたくらいで自分は負けないと強気なユイは思う。

「あの、実は今日、ラウルは不在で。もしお時間があればお会いしたいです、色々聞きたい事もあるし…」

 二人の仲違いを何とかできるかもしれないと、厚かましい事まで考えてしまう。


 一方したり顔のルーカスは、ラウル達が不在である事など把握済みだ。だからこそこの日を選んだのだ。

『時間ならあるよ。良かったら今から家に来ないか。そっちにいる私と仲のいい部下に車を回させよう』

「ありがとうございます、喜んで!」


 こうしてユイは言いつけを破ってルーカスに会う事となった。

 ちょっぴりお洒落をして母から贈られたルージュを引く。


「私ったら浮かれすぎ?ゴメン、ラウル…。でもこれで将来が少しでも明るくなれば、きっと喜んでくれるよね!」

 そんな言い訳紛いの事を口にしながら玄関を抜ける。その姿が、先日設置したばかりの防犯カメラにバッチリ映っている事などすっかり忘れて!


 見覚えのある黒服の部下に誘導されて車に乗り込む。


「どうぞお乗りください。自分がご案内します」

「ありがと。あなた、ルーカス叔父様と親しいの?」

「はい。昔、良くしていただきまして」

「どうして今はこっちに?」

「自分よりもラウル様をお支えするようにと、ルーカス様が」


 何ら疑う事もなく、ユイは部下の話に聞き入る。

――やっぱいい人っ!嫌われてるなんて思い違いよ、ラウル――

 いつもは疑ってかかるユイだが、ラウルの親族の事となるとその思考は鈍る。日頃の警戒心はゼロだ。


 その後車内で暢気な会話を交わしながら、ルーカス邸に到着する。


「それでは自分はこれで失礼します。帰りはルーカス様が送ってくださるでしょう」

「ご苦労様。気をつけて帰ってね」


 一礼した部下は後ろめたさを感じながらも、それを悟られぬよう胸を張る。

――自分はあなたに恨みはない、これは命令。どうか悪く思わないでください…――

 これが最後かもしれないユイの後ろ姿を見届けながら、心で呟く。


 この男も、日頃ユイに射撃やら護身術の稽古をつけてもらっている一人なのだ。


 男は、玄関先に現れたルーカスに視線で合図を送られ、再び一礼するとすぐにその場を離れた。


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