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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
64/99

好奇の的(3)

 次に向かった下の叔父、ユージーン邸もまた立派な邸宅だ。


「広いお庭!どこまでが敷地?」

「ユージーンはゴルフが趣味で、庭にゴルフ場を作るのが夢だったのだ。見渡せる限りは私有地だ」

 長兄の死後、ユージーンは財産分与の折に、金ではなくこの広大な土地を希望した。

「庭がゴルフ場…でもマフィアなんでしょ?」

「ああ。あくまで趣味の範囲でしか使わないそうだ」

「もったいな~い!」


 やって来たラウルを見て、門前の黒服に緊張が走った。


 張り詰めた空気が流れる中、穏やかながら威厳のある口調でラウルが尋ねる。

「時間は伝えていなかったが、今日伺うと言っておいたはずだ。ユージーンはいるか?」

「ボスはただいまコースに出ております」


――訪問すると言ってあるのにこの身勝手さ…相変わらずだな――

 イラ立ち気味に庭を見渡すが、目視できる範囲に人影は見当たらない。


 ラウルに睨まれた黒服は、一層かしこまって言う。

「少々お待ちください!すぐに確認を取りますっ」

「ああそうしてくれ」

――当然だ。そんな事は私を目にした瞬間にやれ!――

 ユイを自分の元に引き寄せながら、ラウルは使えない黒服を心で罵る。


 だが不安そうなユイに声を掛ける事も忘れない。

「問題ない。顔を見たらすぐに帰ろう」

「やっぱり会う気、ないんじゃない…?」ラウルを見上げてユイが言う。

「私にはね。きっとユイには会いたいと思っているはずだよ」

「私に?」


 安心させるべく言った言葉だが、失敗だったとラウルは思う。

――叔父達の関心が自分にあると知れば、増々緊張させてしまうではないか――


「ダン。ユージーンの現在地は分かるか?」

「はっ…。恐らく西側の林の手前辺りかと」

「え、何で分かるのダンさん!」

「コースの構造と予知能力を応用して割り出しました」

 普段全く良い所を見せられないダンだが、このように役に立つ事もある。


「凄~い!見直しちゃった」

「それほどでも」

 ダンが幾分頬を赤らめて照れた時、黒服が告げる。

「あと1時間ほどお待ちいただきたいとの事です」

「もういい。こちらから出向く」

「はい?あのっ、ちょっとお待ちを!」


 黒服を振り切ってコースに足を踏み入れたラウル。ふと思い立って振り返る。

「日差しが強い。距離もあるし徒歩はやめよう。車を回せ」

「はっ」

 待ち構えていたダンは即座に動く。その様子を、ラウルは勝ち誇ったように眺める。

――見たか?通常はこう動くのだ、もっと学習しろ!――

 ポカンとする黒服に心の中だけで言い放った。


「ありがとラウル。今日はこんなヒール履いてるから、あんまり歩けないな~って思ってたとこ」ユイは肩を竦めて笑う。

「おまえに負担を掛けたりはしない」

 こんな気遣いが嬉しくて、ユイは堪らずラウルの腕に絡みつく。

――キャッ、叔父様の前でこんなイチャイチャしたらダメよ?今だけ今だけっ――


 程なくして、コース用の小型の移動車を運転してダンが戻って来た。

「お乗りください」

「さあユイ」

「ありがとう」

 ラウルがユイを先に乗せて自分も乗り込むと、護衛のため付いて来ていた部下がドアを閉めた。


 進んで行くと、ダンの指摘通りの場所に人の集まりを発見する。


「いたみたいよ。それで…どの人が叔父様?」

「あの真ん中で素振りをしている、痩せ型で気取った男だ」

「あのオールバックの人?…。ヤバい、イケメンっ」

 顔が認識できる所まで来て、ユイは口元に両手を当て日本語で囁く。


 さすがはラウルの叔父、60半ばを過ぎたにも関わらず色男だ。

 元々の髪の色素は濃い目だが、白髪が交じって程よく柔らかな色合いとなっている。瞳の色も深く、容姿はラウルとは異なるもののミステリアスな雰囲気は良く似ていた。


――若い頃はモテただろうなぁ…って、今だって年齢不詳に若いけど!もしやあの人こそ不死身のヴァンパイアとか?きゃっ、それっぽ~い!――

 ユイは心で一人はしゃぎまくる。


「…ん?おや、ラウルじゃないか」ユージーンがこちらに気づいて顔を向ける。

「お楽しみのところ悪いが、時間がないのでこちらから出向いた。今、少しだけいいか?」

 叔母の時もそうだったが、誰に対してもラウルの口調は変わらない。

「ははっ!相変わらずこっちの要望は無視か。まあいい。お前達、しばし休憩だ、散れ」

 その一言で、護衛を残し周囲の取り巻きはあっという間に四方に消えた。


「さて。そちらが噂の婚約者か。なかなかに美しい!随分お若そうだが、本当にこんな家に入るおつもりが?…ああ、ルーマニア語は通じないか」

 そう言って英語に切り替えてユージーンが言い直す。

「済みません、勉強不足で…。まだまだ未熟ですが、私は彼を精一杯支えて行くつもりです」

「これは健気な事だ!」表情を崩してユージーンが言った。


 その手が自然な流れでユイの肩に乗る。そのまま動きを止めたその顔から、笑みが消えた。


――来た~…今心読まれてるよね?ああ、どうしよう、何も考えるな、じゃないか…ええと!ゴルフやりたいですっ、て違うか…。ダメだ、ラウル助けて~っ――


 ユイの視線を受けて、ラウルがユージーンの手を払う。


「妬くな妬くな、この程度で?そんな事じゃ兄貴とは会わせられないぜ?まだ行ってないんだろ」

 こちらに先に来た事は、すでにリーディングによりユージーンは把握済みだ。

「妬いてなどいない。軽口はやめろ、気分が悪い!」

「それはそれは悪かったね。ルカ兄は俺の何倍も手が早いからなぁ。気をつけた方がいいぜ、ええと名前は何だっけ?」

「ユイ、です…」

「そうそう、ユイさんね。アジア人は新鮮だね~」


 どこまでも軽いユージーンに拍子抜けのユイ。こんな陽気な姿に、ダンの言っていた神経質な面があるというのが信じられない。

 そしてダンはと言えば、ラウルの怒りがどんどん膨れ上がって行く事に気が気ではない。


「君が裏表のない子って事はよく分かった。だからこその忠告だ。この家は呪われてる、逃げるなら今だぞ」

「いい加減にしろ、バカな事を言うな!」

「バカな事?お前が一番良く分かってるんじゃないのか?こっちは心配して言ってやってるんだ」

「余計な世話だ」

「…まあいいさ。早死にしない事を祈ってるよ」


――ふざけるのも大概にしろ!――

 ラウルの怒りがピークに達し、乗って来たカートの窓がきしむ音が響く。


 それに気づいて、慌ててユイがラウルの手を握る。

「ラウル!ダメっ」

「おやおや。お熱い事で!ユイさん、ゴルフに興味ありそうだね。どう?今度一緒に回ろうよ」

「えっと…」


――本当に読んでたんだ…。個人的には行きたいけど、この状況じゃ無理でしょ!どう考えても?――

「遠慮します…」


 残~念!という陽気なユージーンの声が辺りに響き渡る中、すでにラウルは背を向けていた。

 あたふたするユイは、ダンに急かされラウルの後を追った。



 早々に敷地から離れた一行だが、車に収まった後もラウルの怒りは冷めやらない。


「何が早死にだ。そっくりそのまま返してやる」

「ラウル!落ち着いて、ね?」

「あの男のあの軽薄さが昔から気に入らないのだ。年を重ねても全く改善しないではないか!」

「ホント、ちょっと想像してたのと違った。全然神経質じゃないじゃない」

 ダンをジロリと見やるユイ。


「自分は単に、そういう面も見受けられる、と申しただけです」

「紛らわしいのよ!」


――あの男がユイに触れて来る事は分かっていたが…こんなにも腹が立つとは!――


 ユイの肩に手が乗った時、ラウルに青筋が立った事には全員が気づいた。何の損害も出なかった事が不思議なくらいの怒りだった。


「安心してラウル!私、ああいう軽そうな人はタイプじゃないから!ね?」

「あの軽さが演技だったらどうだ」

「…ええ?」

「いや、何でもない」

――あれは演技だ。あの男が神経質なのは事実。それを隠すための演技…分かっていても腹立たしい!――


 ラウルは燻ぶる怒りを解消できないまま、次なる目的地へと向かう事となった。



 最後の屋敷もまた豪勢なものだった。


「モデルルームみたい!」

「最近建て替えたそうです」

「そうなのか?知らなかった。…もしやダン、ルーカスと連絡を取り合っていたのか」

 フォルディス家の中には今も連絡を取り合う者がいる。親類であり分家でもある者達と意思疎通を図るのは、至って自然な事だ。


 だが訳アリのルーカスとのそれは、ある意味裏切りを臭わせる行為となる。

 自分の知らない情報をダンが知っていたとあっては、疑惑が向くのは当然だ。


「まさか!そんなんではありません、たまたま耳にしただけです、信じてくださいっ」

 必死に全否定するダンを見て、ラウルはため息をついた。

――この男に限ってそれはないか――


 二人のやり取りを聞いていたユイが割って入る。

「まあまあ、二人ともそのくらいにしようよ!それよりこっちの叔父様は…会ってくれるかしら」

「全く気が進まない!」

「ラウル、深呼吸しようか、深呼吸っ」

 まるでドクター新堂のような発言だと思わずにいられない。ユイは一人苦笑した。


 先程の時とは打って変わって、こちらの門前には誰もいない。静まり返った敷地に、新しいはずなのにどこか不気味さを漂わせる邸宅が立ちはだかる。

 エントランスを抜けて、先に進んでいたダンが玄関の呼び鈴を鳴らす。


「お留守かしら?」

「それはない。気配を感じる」

――視線もな!すでにユイを物色しているらしい。腹立たしい…――

「隠れて見ていないで、出て来たらどうだ?ルーカス」


 堪り兼ねたラウルが叫ぶと、玄関扉が開いた。


「さすがだ、ラウル。君にはお見通しだったな」

「そういう態度では、初対面から性格が悪いと思われるぞ?」

「ははは、言ってくれるじゃないか。初めまして、美しいお嬢さん。フォルディス家へようこそ、と言っておこうか」

「初めまして…」


 初めから英語が聞こえてホッとしたのも束の間、ユイはまたも目の前の男に釘付けとなる。

 何しろこちらの叔父もまた、壮絶にイケメン、いやイケオジだったのだから!

 そしてその顔は、あの写真立てに収まったラウルの父を彷彿とさせた。

「ラウルのお父様にそっくりね…」

「外見だけだ。中身は全く違う」

「相変わらず手厳しいね、ラウルは!」ルーカスが笑った。


 次男とあってか、先程の四男よりも貫禄がある。ロマンスグレーの弾力のある髪は気品に溢れ、体格もユージーンより随分しっかりしている。

 有無を言わせない雰囲気を纏い、ラウル以上の威圧感がありながら、甘いマスクがそれを和らげている。


 ルーカスはユイに向かって微笑むと、その手を取ってキスを落とした。


――一々キザな男だ!相変わらず…気に入らない――

 そう思いつつもグッと堪えるラウル。こんな事は想定内だ。


 対して慣れない事をされたユイは、どう応じてよいか分からず無表情で固まる。

――まるで映画のワンシーン!…この人、本当に70過ぎてるの?フォルディス家って本当にヴァンパイア一族だったりして――


「立ち話は何だから、どうぞ中へ」

「あっ、ありがとうございます…」

 笑顔で中に通されたユイは、ようやくおかしな妄想を追いやって前に進む。


 今もユイのハンドバッグにはコルトが入っている。

――どうしよう、やっぱり置いて来た方が良かった?透視ってどうやってやるんだろう。触って見るの?――

 何も確認していなかった事を悔やむユイ。


 通された室内はとても洗練された空間だった。シックな色で統一されており、とてもセンスがある。そこにルーカスが加わると、一気にダンディさが増すようだ。


「素敵なお家ですね!」これはお世辞ではなく、ユイの本気の感想だ。

「ありがとう。長男夫婦のところの孫が大きくなったのでね、最近立て替えたんだ。ラウルも初めてだね。ああ、もっとも前の家にも来た事はないか!」

「ああ、ないな。まあ…この程度は普通だろう」

 室内を見回して返されたセリフにユイが慌てる。

「っ!ラウルってば、」


――全くこの人は!お世辞ってモンを教えなきゃなぁ…――


 中まで付いて来ているダンは真顔で沈黙している。その裏ではこんな事を思う。

――ラウル様のおっしゃる事は正しい。別に普通じゃないか、こんな家?叔父の機嫌など取らんでいいから、ラウル様のフォローをしてくれ!――


「ユイさんだったね。そのエメラルド、とても似合っているよ」

「あっ、ありがとうございます!」

「まさかそのリングが身に着けられる女性を探し出すとは、君もやるね。それも能力のお陰か?」

「違う。ユイに出逢ったのは偶然だ」


 ラウルの返答に何のコメントもせず、ルーカスが続ける。

「君ももう30半ばを越えたろう?そろそろ限界なんじゃないかと心配していたんだ」

「何の限界だと?」

「おいおい!女性の前で言わせるのか?それはないだろう、ねえユイさん!いや、そうでもないか。ユイさんの若さがあれば?」ルーカスが笑い声を上げる。


 話を振られてもユイに答えられる訳がない。

――これって…下ネタよね。こう来る?どうしよう…何て言えばいい?――


 呆気に取られるユイをラウルが庇う。

「そういう事を言うお前の方が失礼では?ユイ、答える必要はない」

「何を言う。重要な事じゃないか。後を継いだ以上、君にはしっかりと子孫を残してもらわねば困る。一応これでも、フォルディス家の年長者なのでね。必要な事は言わせてもらうよ」


 言い分がもっともなだけに、ラウルは下手に言い返せなくなった。

――良く言う!その座に返り咲こうと狙っているくせに?自分でも息子でもなく、孫まで巻き込んで!――


 ユイは悔し気なラウルを見やり、叔父を見据えて口を開いた。

「ルーカス叔父様、私は彼を心から信頼し、愛しています。ご心配の件は、精一杯対応させていただきます。どうぞ、これからも見守ってください」

「何と…!ラウルは随分愛されているね。羨ましい限りだ。こちらこそ、また遊びに来てくれたまえ」

――見た目の割りになかなか言うじゃないか?少しは骨のある娘のようだ!――


 思いのほか気に入ってしまったルーカスは、立ち上がるとユイを熱くハグし、耳元で囁く。「バッグの中の物、次は置いて来てくれると嬉しいな」

「っ!!」

 ラウルが引き離すよりも先に、ユイがあからさまに叔父から離れた。


 驚いたラウルが慌てて声を掛ける。「ユイ、何かされたのか!」

「違うの…。ごめんなさい、別に撃ち合いする想定とかしてた訳ではなくてっ」

――何だ、その事か…驚いた――

 ラウルは一息ついてから言葉を引き継ぐ。

「それは、ユイの大切な者から譲り受けた、お守りのような存在なのだ。どうか悪く取らないでほしい」


 予想外の説明に、ルーカスが口元に手を当てて思案顔になる。

――ラウルに護身用に持たされていた訳ではないのか?――

 疑問に思いつつも、真摯な応対を心がける。

「そういう事なら、こちらこそ申し訳ない。言い分は撤回しよう。お守りなら、肌身離さず持っていなければね」


 対するユイは、こんな返答を受けて一気にルーカスに好感を持った。

――何だ、この人、いい人じゃない!心の余裕を感じるわ。まるでラウルのお父様と話してるみたい…――

 一人感動で心を震わせるユイ。そんな様子を見てラウルは不安しかない。

――これは間違いなく惹かれている…。これ以上長居はできない!――


「忙しいところ悪かった。早々に退散する」

「いつでも遊びにおいで」


 ルーカスはユイだけに向けてそう告げる。頬を赤らめてユイが頷いた。



 こうして本日のユイの任務は全て終了となった。


 屋敷に戻って、真っ先にヒールを脱ぎ捨てる。

「足が痛くって…参った参った!最近こんな高いヒール履いてなかったからさ~」

 足元を覗けば、踵と足の両サイドに案の定マメが出来ている。

「言ってくれれば、もっと早く手当てをしたのに。済まなかった、私のために」

「やだ、ラウルのせいじゃないわよ?緊張しすぎてて気がつかなかっただけ」ユイは笑って肩を竦める。


 ユイ付のメイドが絆創膏を貼り付けるのを、ラウルが心配そうに見つめる。


「今日身に着けたものは全て処分する。もっとおまえに合う品を、また買いに行こう」

「え?処分しなくていいわよ、まだまだ使えるし」

「いや。もう使わなくていい」

――今日の嫌な出来事を思い出すではないか?――


「…分かったわ」

 頑ななラウルに、ユイも言い分を撤回した。それはこう判断したからだ。

――私の足をこんなにした靴が気に入らないって?ああん、ラウルったらカワイイんだからっ!――


 感じ方や考え方は人それぞれ。男女の違いもあれば年齢の違い、はたまたお国の違いもある。その違いがあってこそ発見もあるのだ。

 特にこの二人にとっては、それが重要なものとなる。


 そしてこの男にとっても…。

――今回の事で、ユイ様に高級な衣類を身に着けさせれば、大人しくしてくれる事が分かった。これは収穫!――


 ダンもまた、別の事を思って満足げに頷くのだった。


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