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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
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再出発(2)

 地下の階段を上って一階の玄関に差し掛かると、何やらの業者が壁に穴を開けている最中だった。

 その作業に部下が一人立ち会っている。


「何の騒ぎ?」ユイは立ち合い中の部下に近づいて尋ねる。

「ああユイ様。防犯のためにカメラを設置しているところです」

「防犯カメラ?そういえばここの家、珍しくその手の類が皆無よね」


「ユイ」

 後ろからラウルがやって来た。

「あ、ラウル!何で今さら防犯対策を?」

「トレーニングしていたのか」軽装のユイを見下ろして言う。

「あ…、まあね。それで何で?」ダンをしごいていたとは言えず、誤魔化して話を促す。


 横に立ったラウルが屋内を見回しながら答えた。

「おまえも正式にこの屋敷に住む事になったし、私の負担を少しでも軽くしたいと、ダンがしつこくてな」

「負担、ね…。そういえばダンさん、お屋敷の警備体制がどうとか言ってたわね」

「私は必要ないと言ったのだが」


 こんな事を考えたのには大きな理由がある。例の返り咲きを狙うフォルディス家次男の叔父の動向だ。

 後継者を産み落とすであろう婚約者は、彼にとっては邪魔者でしかない。今後ユイが狙われる可能性は大だ。


――ユイがそう簡単に毒牙にかかるとも思えないが――

 侵入者があれば確実にラウルかダンが気づける。監視カメラは必要ない。だが相手が相手であるだけに、念には念をという事となった。


「いいんじゃない?牽制の意味でも。こんな大きな家にカメラの一台もない方が不自然だし!」

 しばしラウルと共に作業を見守っていたユイが、唐突に作業者に向けて叫んだ。

「ちょっと待った!それはそこじゃなくて、あっちに付けた方が良くない?」

 思わぬ指摘に目を瞬くラウル。「ユイ?」

「あそこじゃ死角が多すぎる。あっちに付けなきゃ意味ないわ」


 ラウルもユイが示した方を見てしばし考える。

「なるほど…おい、位置を向こうに変更しろ」


「え?!い、今からですか?」

「そうだ」

「でも…もう穴開けちまいましたよ?配線もそっちまでは届かな…」

「何度も言わせるな、いいから変更しろ!」

 突如声を荒げたマフィアのボスに、作業者達は命の危機を感じて二つ返事で引き受けた。

「へい!そのように!」


 ユイの指摘に感心したラウルは、改めて他のカメラの設置箇所についてユイに意見を聞く事にした。


 業者とダンも交えて、設計図を前に屋敷の一室は異様な雰囲気となる。

「考え無しに設置しても意味がないだろう?」

「おっ、恐れながら、私共もちゃんと考えてます!それに、そちらの方に許可はすでに貰いましたよ?ですよね?ね?」

 ラウルと業者が対立し、ダンに視線が集まる。


「…ダン、お前は本当にこれの許可を出したのか?」

「か、確認は、十分にしたつもりだったのですがっ」

 怒り気味のラウルに、業者以上にダンはタジタジだ。

 それを見てユイが助け舟を出す。

「でもさ、付け終わる前に気づいて良かったじゃない?ラウル、このお屋敷のセキュリティー対策、私にやらせて。ダンさんには向いてないみたいだから」

 隠れてダンに向けて舌を出すユイ。


 ムッとしたダンだが、さすがにこの場では言い返さず。これがTPOだ。

――何がTPOだ!お前はいつだってやりたい放題だろうが!――


「知ってる?ユイ・アサギリは殺し屋の前にボディガードが専門って事。つまり、警備関係は得意分野なの」

「そうだな。得意な者がやるべきだ。ユイ、頼んでいいか?」

「はい、喜んで!」任務を与えられユイは嬉々として答える。

 一転、不向きのレッテルを貼られたダンは落ち込む。


 ユイと業者がああでもないこうでもないと言い合う様子を、ラウルとダンは眺めている。


「ダン」ユイに向けた視線はそのままに、ラウルが声を掛ける。

「はっ!」

 一呼吸おいて、ラウルは言った。「これからも、ユイをサポートしてやってくれ」

「し、しかし…自分ではお役に立てないかと」

「屋敷のセキュリティーの事ではない」


 ハッとしたダンは改まって深々と頭を下げた。

「もちろんでございます、ラウル様」

「ならば安心した」

 ユイとダンがぎくしゃくしている事に、ラウルは気づいていた。つい先程それは解決していたため、ダンは堂々と返事をする事ができたのである。


 自分とユイ以外の事も気にかける事を覚えたラウルは、これで本格的に誰よりも優れたボスとなった。



 その夜。ラウルの部屋で寛ぐ二人。


「今日はご苦労様。屋敷を歩き回って疲れただろう?」

「ううん、楽しかった!ここって相当古い建物よね。基礎がかなりしっかりしてるって業者の人が感心してたわ」

「伊達に千年続いてはいないな」

「千年ってホントの話なの?それって平安時代からよ…信じられない!」


 またも悲鳴紛いの声を上げそうになる。一体何度こんな事が起これば済むのか?

――身が持たない…。平然としてるフォルディス様にも!――


「で、フォルディス家っていつからマフィアになったの?まさか初めからって事はないでしょ?」

 謎とも言われてきたこの事に、ようやく踏み込める時がやって来た。

「ああ。数代程前だと聞いた事はあるが、正確な日付は分からない。なぜ?」

「名家ってからにはお金持ちよね。なのにどうしてかな~って。ああ…使い過ぎてなくなっちゃったとか!」

「破産の話は聞いた事がないが、血筋からして、強欲な人間は多かっただろうな」


 素っ気ないながらも、どこか憎しみが籠もった回答を受けてユイは思う。

――何か、これ以上突っ込んだらいけない気がする…っ――


 それでも、これを聞かねば先には進めない。


 ユイは改めて問いかける。「あの…ラウルの親族の事、教えてもらってもいい?」

 本当なら昼間にダンから聞き出せていた事だった。

「分かる事なら」

 やはり素っ気ない答えが返って来たが、怯まずに質問を始める。

「明日、全員に会えそう?」


「どうかな。一番近所に住んでいる母方の叔父と、父方の叔母二人はアポが取れたが。後の者達は不明だ」

「連絡は入れたのよね?」

「ああ。だが現時点で返答はない」

「返事ないってどういう事?もう明日の事なのに!」


 ユイが声を荒げた時、ラウルがドアの方に目をやった。室内に嫌な感じの沈黙が走って、ユイは警戒する。

――なっ、何?…――


「ダン。用があるなら声を掛けたらどうだ」

「ええっ、ダンさん、そこにいるの!」


 声を受けてそっとドアが開き、頭を下げていたダンのスキンヘッドに室内の照明が反射した。

「申し訳ございません!立ち聞きするつもりはなかったのですがっ」

「何なのだ、一体?」

「その、昼にユイ様との話を自分が中断してしまったので、気になっていまして」

「ユイと話だと?」


 ラウルの顔に明らかな不快感が表れて、ユイは慌てて説明した。

「あっ!あのねラウル、私が頼んだの、親族の事聞こうと思って。ダンさんだって詳しいでしょ?」


――そんな事か…驚いた。また嫉妬をするところだったな!――

 ラウルは声には出さずにこんな事を思う。


「ならば共に話せばいい。入れ」

「はっ。失礼いたします」

 ダンを部屋に招き入れ、隅の椅子を顎で示す。

「お言葉に甘えて…」


 ダンが静かに椅子に腰を下ろしたのを見計らい、ユイが真っ先に口を開いた。

「気にしてくれてたのね、ありがとうダンさん」

「あ、いえ…自分、中途半端が嫌いでして」

「でしょうね~!」

 冷やかし気味のユイの返しに若干ムッとしたダンだが、ここは留まる。TPOだ。


「で、どこまで話したか」

「そうそう、返事くれない人達の話よ。何なの?それ」

 ラウルの視線を受けて、ダンが答える。

「伺う旨の連絡はあちらの家の者に入れましたので、伝わっているはずなのですが…」

「私は昔から嫌われているからな!」

「そんな…どうしてラウルが嫌われるっていうの?」


 それ以上話す気のないラウルを見て、ダンが大まかな親族関係の説明を始めた。


 父方の親族は叔父3名に叔母2名。ラウルの父は6人兄弟の長男で、超能力はないものの統率力に優れ、人望も厚く立派に家を守ったが早くに他界。

「跡目争いに発展するかに思われましたが、死の間際にお父上が残した遺言により、まだ二十歳を迎えたばかりだったラウル様が、突如継ぐ事となったのです」


「次男と四男はエスパーだ。順番からいって継ぐのは次男だと誰もが思っていた。話し合う隙もなく私のような若輩にその座を奪われては、恨まれるのは当然だろう」

 ダンに続き、珍しく自嘲気味にラウルが語る。

「だからっていつまでも引きずる?何年前の話よ!ラウルはこんなにフォルディス家のために頑張ってるのに」

 ユイの主張にダンが同調する。「そうなのです、何とも腹立たしい!」


「なら、その次男と四男の叔父様に嫌われてるのか。三男の叔父様は?」

「三男に能力はなかった。2人の叔父が出て行ってからも最後までこの家に残ったが、抗争で死んだ」ラウルが答えた。

「いい人って、なぜか早くにいなくなっちゃうのよね、これが」ため息交じりにユイが言う。


「上の叔父ルーカス・フォルディスと四男ユージーン・フォルディス、二人の叔父御は、現在分家として小規模ながらそれぞれのファミリーを形成しております」

「その人達もエスパーなのかぁ…」

 雷鳴をバックに怪しげに笑う男達の映像が目に浮かぶ。


 怖がるユイを安心させるようにラウルが付け加える。

「そう恐れる事はない。ルーカスは透視ができるが、私にも同程度の事は可能だ」

「トウシ?」


 ユイが首を傾げると、ラウルはおもむろにユイのポケットに目を向ける。

「どうしたの?ラウル」

「ユイの今日の間食はチョコレートかな。ポケットに入れた事は覚えているか?」

「あっ!忘れてた…」

「これが透視だ」


――恥ずかし~。完全に子供じゃない、私!全部食べちゃえば良かった…――

 ダンが何やら言いたそうな顔をしていたが、プイと顔を背けてラウルに絡みつく。

「イヤだなぁ、ラウルにお裾分けしようと持ってただけよ?」

「ありがとう。だが私は甘い物は結構だ」


――は~い、知ってま~す!ワインも辛口派だもんね――

 ポケットから取り出したチョコは、ユイの体温で柔らかくなっていた。

 ラウルに断られ行き場を失くしたチョコだが、その後すぐにユイの腹に収まった。


「で?もう一人の人はどんな事ができるの」

「ユージーンはリーディング能力がある。触れた者の心が読めるのだ」

「ウソみたい…!ラウルはできる?」これまで散々読まれている気がしていたユイ。

「ユイの心ならば、かなり」

「やっぱりっ!?」


 ラウルは軽く肩を竦めて笑った。それを見てユイは判断する。

――何だ、冗談か…驚かさないでよ!――

 これまでの全ては偶然だったと思う事にした。


 実際そうなのである。さらに言えば、ラウルはユイのポケットを透視した訳ではない。ぼんやりと浮かんでいた意識から推測しただけだ。

 それを分かっているダンは、堪らずに話に加わる。

「ユイ様は思っている事がそのまま表に出ますからな!触れずとも分かるでしょう」

「何よっ、分かってる?ダンさんだって負けてないわよ?」


 ラウルは絡み出したダンを牽制するように睨んでから、やんわりとユイの肩に手を置く。

「感情表現が豊かなのはいい事だ。私は羨ましいよ」

「ラウル…」


「周囲の思惑が見通せてしまうのは、良い事ばかりではない」ラウルが続ける。

「はい。ユージーン叔父御はそのせいか、神経質な面も見受けられます」

「はぁ…増々緊張が!」

「心配するな。会えるかも分からない相手だ。ユイは何があっても私が守る」

 再びラウルは安心させるようにユイの手を握る。ユイの表情も幾らか落ち着いて来る。


「そうです、ラウル様は最強なのですから!そもそも他の者達が持つのは認知型能力。物理的能力を持つ者は、ラウル様の他にはおりません」

「認知?物理?」

 ピンと来ずユイが聞き返すと、すぐにダンが解説した。認知型は予知や透視など感覚的なもの。念じるだけで物を動かしたり壊したりするのが物理的能力だ。


「認知型能力は、エスパーでなくても可能な場合もあります」ダンが続ける。

「胡散クサい占いとか浮かぶんですけど!」

 ユイの貶しをものともせず、ダンは真面目な顔でさらに続けた。

「コールド・リーディングという言葉を聞いた事は」

「ない」すぐさまユイは答える。

「即答ですか…まあいい。あなたもしていますよ、負の感情や殺気などを察知するのがそれです」


「オー、マイガッ!」

 大袈裟に驚いて見せるユイに、うんざり顔のダンは弁舌を止めた。


「そういう訳だから、何も心配する事はない」

「うん、ありがとう、二人とも」ユイは素直にそう答え微笑んだ。

 そんな、先程とは別人の天使のようなユイの姿に、ダンはたじろぐ。

――散々貶しておいて、不意打ちのその態度は卑怯だと言ってるだろうが…っ――


 ユイのこういうギャップは、初心な男達にとっては毒でしかない。


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