再出発(2)
地下の階段を上って一階の玄関に差し掛かると、何やらの業者が壁に穴を開けている最中だった。
その作業に部下が一人立ち会っている。
「何の騒ぎ?」ユイは立ち合い中の部下に近づいて尋ねる。
「ああユイ様。防犯のためにカメラを設置しているところです」
「防犯カメラ?そういえばここの家、珍しくその手の類が皆無よね」
「ユイ」
後ろからラウルがやって来た。
「あ、ラウル!何で今さら防犯対策を?」
「トレーニングしていたのか」軽装のユイを見下ろして言う。
「あ…、まあね。それで何で?」ダンをしごいていたとは言えず、誤魔化して話を促す。
横に立ったラウルが屋内を見回しながら答えた。
「おまえも正式にこの屋敷に住む事になったし、私の負担を少しでも軽くしたいと、ダンがしつこくてな」
「負担、ね…。そういえばダンさん、お屋敷の警備体制がどうとか言ってたわね」
「私は必要ないと言ったのだが」
こんな事を考えたのには大きな理由がある。例の返り咲きを狙うフォルディス家次男の叔父の動向だ。
後継者を産み落とすであろう婚約者は、彼にとっては邪魔者でしかない。今後ユイが狙われる可能性は大だ。
――ユイがそう簡単に毒牙にかかるとも思えないが――
侵入者があれば確実にラウルかダンが気づける。監視カメラは必要ない。だが相手が相手であるだけに、念には念をという事となった。
「いいんじゃない?牽制の意味でも。こんな大きな家にカメラの一台もない方が不自然だし!」
しばしラウルと共に作業を見守っていたユイが、唐突に作業者に向けて叫んだ。
「ちょっと待った!それはそこじゃなくて、あっちに付けた方が良くない?」
思わぬ指摘に目を瞬くラウル。「ユイ?」
「あそこじゃ死角が多すぎる。あっちに付けなきゃ意味ないわ」
ラウルもユイが示した方を見てしばし考える。
「なるほど…おい、位置を向こうに変更しろ」
「え?!い、今からですか?」
「そうだ」
「でも…もう穴開けちまいましたよ?配線もそっちまでは届かな…」
「何度も言わせるな、いいから変更しろ!」
突如声を荒げたマフィアのボスに、作業者達は命の危機を感じて二つ返事で引き受けた。
「へい!そのように!」
ユイの指摘に感心したラウルは、改めて他のカメラの設置箇所についてユイに意見を聞く事にした。
業者とダンも交えて、設計図を前に屋敷の一室は異様な雰囲気となる。
「考え無しに設置しても意味がないだろう?」
「おっ、恐れながら、私共もちゃんと考えてます!それに、そちらの方に許可はすでに貰いましたよ?ですよね?ね?」
ラウルと業者が対立し、ダンに視線が集まる。
「…ダン、お前は本当にこれの許可を出したのか?」
「か、確認は、十分にしたつもりだったのですがっ」
怒り気味のラウルに、業者以上にダンはタジタジだ。
それを見てユイが助け舟を出す。
「でもさ、付け終わる前に気づいて良かったじゃない?ラウル、このお屋敷のセキュリティー対策、私にやらせて。ダンさんには向いてないみたいだから」
隠れてダンに向けて舌を出すユイ。
ムッとしたダンだが、さすがにこの場では言い返さず。これがTPOだ。
――何がTPOだ!お前はいつだってやりたい放題だろうが!――
「知ってる?ユイ・アサギリは殺し屋の前にボディガードが専門って事。つまり、警備関係は得意分野なの」
「そうだな。得意な者がやるべきだ。ユイ、頼んでいいか?」
「はい、喜んで!」任務を与えられユイは嬉々として答える。
一転、不向きのレッテルを貼られたダンは落ち込む。
ユイと業者がああでもないこうでもないと言い合う様子を、ラウルとダンは眺めている。
「ダン」ユイに向けた視線はそのままに、ラウルが声を掛ける。
「はっ!」
一呼吸おいて、ラウルは言った。「これからも、ユイをサポートしてやってくれ」
「し、しかし…自分ではお役に立てないかと」
「屋敷のセキュリティーの事ではない」
ハッとしたダンは改まって深々と頭を下げた。
「もちろんでございます、ラウル様」
「ならば安心した」
ユイとダンがぎくしゃくしている事に、ラウルは気づいていた。つい先程それは解決していたため、ダンは堂々と返事をする事ができたのである。
自分とユイ以外の事も気にかける事を覚えたラウルは、これで本格的に誰よりも優れたボスとなった。
その夜。ラウルの部屋で寛ぐ二人。
「今日はご苦労様。屋敷を歩き回って疲れただろう?」
「ううん、楽しかった!ここって相当古い建物よね。基礎がかなりしっかりしてるって業者の人が感心してたわ」
「伊達に千年続いてはいないな」
「千年ってホントの話なの?それって平安時代からよ…信じられない!」
またも悲鳴紛いの声を上げそうになる。一体何度こんな事が起これば済むのか?
――身が持たない…。平然としてるフォルディス様にも!――
「で、フォルディス家っていつからマフィアになったの?まさか初めからって事はないでしょ?」
謎とも言われてきたこの事に、ようやく踏み込める時がやって来た。
「ああ。数代程前だと聞いた事はあるが、正確な日付は分からない。なぜ?」
「名家ってからにはお金持ちよね。なのにどうしてかな~って。ああ…使い過ぎてなくなっちゃったとか!」
「破産の話は聞いた事がないが、血筋からして、強欲な人間は多かっただろうな」
素っ気ないながらも、どこか憎しみが籠もった回答を受けてユイは思う。
――何か、これ以上突っ込んだらいけない気がする…っ――
それでも、これを聞かねば先には進めない。
ユイは改めて問いかける。「あの…ラウルの親族の事、教えてもらってもいい?」
本当なら昼間にダンから聞き出せていた事だった。
「分かる事なら」
やはり素っ気ない答えが返って来たが、怯まずに質問を始める。
「明日、全員に会えそう?」
「どうかな。一番近所に住んでいる母方の叔父と、父方の叔母二人はアポが取れたが。後の者達は不明だ」
「連絡は入れたのよね?」
「ああ。だが現時点で返答はない」
「返事ないってどういう事?もう明日の事なのに!」
ユイが声を荒げた時、ラウルがドアの方に目をやった。室内に嫌な感じの沈黙が走って、ユイは警戒する。
――なっ、何?…――
「ダン。用があるなら声を掛けたらどうだ」
「ええっ、ダンさん、そこにいるの!」
声を受けてそっとドアが開き、頭を下げていたダンのスキンヘッドに室内の照明が反射した。
「申し訳ございません!立ち聞きするつもりはなかったのですがっ」
「何なのだ、一体?」
「その、昼にユイ様との話を自分が中断してしまったので、気になっていまして」
「ユイと話だと?」
ラウルの顔に明らかな不快感が表れて、ユイは慌てて説明した。
「あっ!あのねラウル、私が頼んだの、親族の事聞こうと思って。ダンさんだって詳しいでしょ?」
――そんな事か…驚いた。また嫉妬をするところだったな!――
ラウルは声には出さずにこんな事を思う。
「ならば共に話せばいい。入れ」
「はっ。失礼いたします」
ダンを部屋に招き入れ、隅の椅子を顎で示す。
「お言葉に甘えて…」
ダンが静かに椅子に腰を下ろしたのを見計らい、ユイが真っ先に口を開いた。
「気にしてくれてたのね、ありがとうダンさん」
「あ、いえ…自分、中途半端が嫌いでして」
「でしょうね~!」
冷やかし気味のユイの返しに若干ムッとしたダンだが、ここは留まる。TPOだ。
「で、どこまで話したか」
「そうそう、返事くれない人達の話よ。何なの?それ」
ラウルの視線を受けて、ダンが答える。
「伺う旨の連絡はあちらの家の者に入れましたので、伝わっているはずなのですが…」
「私は昔から嫌われているからな!」
「そんな…どうしてラウルが嫌われるっていうの?」
それ以上話す気のないラウルを見て、ダンが大まかな親族関係の説明を始めた。
父方の親族は叔父3名に叔母2名。ラウルの父は6人兄弟の長男で、超能力はないものの統率力に優れ、人望も厚く立派に家を守ったが早くに他界。
「跡目争いに発展するかに思われましたが、死の間際にお父上が残した遺言により、まだ二十歳を迎えたばかりだったラウル様が、突如継ぐ事となったのです」
「次男と四男はエスパーだ。順番からいって継ぐのは次男だと誰もが思っていた。話し合う隙もなく私のような若輩にその座を奪われては、恨まれるのは当然だろう」
ダンに続き、珍しく自嘲気味にラウルが語る。
「だからっていつまでも引きずる?何年前の話よ!ラウルはこんなにフォルディス家のために頑張ってるのに」
ユイの主張にダンが同調する。「そうなのです、何とも腹立たしい!」
「なら、その次男と四男の叔父様に嫌われてるのか。三男の叔父様は?」
「三男に能力はなかった。2人の叔父が出て行ってからも最後までこの家に残ったが、抗争で死んだ」ラウルが答えた。
「いい人って、なぜか早くにいなくなっちゃうのよね、これが」ため息交じりにユイが言う。
「上の叔父ルーカス・フォルディスと四男ユージーン・フォルディス、二人の叔父御は、現在分家として小規模ながらそれぞれのファミリーを形成しております」
「その人達もエスパーなのかぁ…」
雷鳴をバックに怪しげに笑う男達の映像が目に浮かぶ。
怖がるユイを安心させるようにラウルが付け加える。
「そう恐れる事はない。ルーカスは透視ができるが、私にも同程度の事は可能だ」
「トウシ?」
ユイが首を傾げると、ラウルはおもむろにユイのポケットに目を向ける。
「どうしたの?ラウル」
「ユイの今日の間食はチョコレートかな。ポケットに入れた事は覚えているか?」
「あっ!忘れてた…」
「これが透視だ」
――恥ずかし~。完全に子供じゃない、私!全部食べちゃえば良かった…――
ダンが何やら言いたそうな顔をしていたが、プイと顔を背けてラウルに絡みつく。
「イヤだなぁ、ラウルにお裾分けしようと持ってただけよ?」
「ありがとう。だが私は甘い物は結構だ」
――は~い、知ってま~す!ワインも辛口派だもんね――
ポケットから取り出したチョコは、ユイの体温で柔らかくなっていた。
ラウルに断られ行き場を失くしたチョコだが、その後すぐにユイの腹に収まった。
「で?もう一人の人はどんな事ができるの」
「ユージーンはリーディング能力がある。触れた者の心が読めるのだ」
「ウソみたい…!ラウルはできる?」これまで散々読まれている気がしていたユイ。
「ユイの心ならば、かなり」
「やっぱりっ!?」
ラウルは軽く肩を竦めて笑った。それを見てユイは判断する。
――何だ、冗談か…驚かさないでよ!――
これまでの全ては偶然だったと思う事にした。
実際そうなのである。さらに言えば、ラウルはユイのポケットを透視した訳ではない。ぼんやりと浮かんでいた意識から推測しただけだ。
それを分かっているダンは、堪らずに話に加わる。
「ユイ様は思っている事がそのまま表に出ますからな!触れずとも分かるでしょう」
「何よっ、分かってる?ダンさんだって負けてないわよ?」
ラウルは絡み出したダンを牽制するように睨んでから、やんわりとユイの肩に手を置く。
「感情表現が豊かなのはいい事だ。私は羨ましいよ」
「ラウル…」
「周囲の思惑が見通せてしまうのは、良い事ばかりではない」ラウルが続ける。
「はい。ユージーン叔父御はそのせいか、神経質な面も見受けられます」
「はぁ…増々緊張が!」
「心配するな。会えるかも分からない相手だ。ユイは何があっても私が守る」
再びラウルは安心させるようにユイの手を握る。ユイの表情も幾らか落ち着いて来る。
「そうです、ラウル様は最強なのですから!そもそも他の者達が持つのは認知型能力。物理的能力を持つ者は、ラウル様の他にはおりません」
「認知?物理?」
ピンと来ずユイが聞き返すと、すぐにダンが解説した。認知型は予知や透視など感覚的なもの。念じるだけで物を動かしたり壊したりするのが物理的能力だ。
「認知型能力は、エスパーでなくても可能な場合もあります」ダンが続ける。
「胡散クサい占いとか浮かぶんですけど!」
ユイの貶しをものともせず、ダンは真面目な顔でさらに続けた。
「コールド・リーディングという言葉を聞いた事は」
「ない」すぐさまユイは答える。
「即答ですか…まあいい。あなたもしていますよ、負の感情や殺気などを察知するのがそれです」
「オー、マイガッ!」
大袈裟に驚いて見せるユイに、うんざり顔のダンは弁舌を止めた。
「そういう訳だから、何も心配する事はない」
「うん、ありがとう、二人とも」ユイは素直にそう答え微笑んだ。
そんな、先程とは別人の天使のようなユイの姿に、ダンはたじろぐ。
――散々貶しておいて、不意打ちのその態度は卑怯だと言ってるだろうが…っ――
ユイのこういうギャップは、初心な男達にとっては毒でしかない。




