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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
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再出発(1)

 ユイとラウルは今、イタリア・シチリア島のコルレオーネ邸に顔を出している。


「ユイ!ああ、本当に良かったわ!本当に…っ」

 ユイの左手に輝くエメラルドのリングを見て、ミサコは涙を流して喜ぶ。


「新堂先生からそれとなくは聞いていたけど、この目で見ない事にはねぇ」

 ミサコの言い分を受けてラウルが説明する。

「もっと早く来れれば良かった。時間が取れなかったのだ、遅くなって済まない」

「イヤだ!そういう意味じゃないのよ。来てくれてありがとう、二人とも。今やっと信じる事ができたわ」

「お母さん、いっぱい心配かけて、ごめんなさい」ユイの目にも涙が浮かぶ。


 そんなユイの背に手を当てて、ラウルは改まって口を開いた。

「今日は、婚約解消を解消しに来た。改めて、ユイをフォルディス家に迎えたい。言っておくが、異論は受け付けない」

「フォルディス様ったら意外と面白い方ね!異論なんてある訳ないじゃない?相変わらずの強気発言、好きよ、そういうところっ」

 ラウルの言葉に、ミサコは頬を赤らめている。


 何ら面白い事は言っていないラウルは、ミサコの言い分が理解できない。常に本気の発言なのだ。

「私は面白い事はな…」

 ラウルが真顔で否定しようとしているのに気づいて、ユイは慌てて横から口を挟む。

「ああっ!お母さん!その恋する乙女チックなノリやめて?恥ずかしいからっ」


 遮られてユイに目をやったラウルだが、不満は一切ない。

 その証拠にラウルの眼差しはどこまでも柔らかい。そして穏やかな口調で言う。

「ミサコとおまえはそっくりだな」

 だがこれにユイが反論した。「え~っ、私、あんなじゃないわよ!」

「ちょっとユイ。何?あんなって」


「まあまあ二人とも!ミサコも、こんな素晴らしい報告を受けた後なんだ、大目に見なさい」

 コルレオーネの仲介によって、どうにかその場は和んだ。


 和んだのも束の間、ラウルが不躾に言い放つ。

「コルレオーネ。先に一つ言っておきたい。ユイはお前の義理の娘、つまり私達の婚姻により、お前とも家族となる訳だが…」

 言葉が途切れると、コルレオーネは大きく一度頷いた。

「君の言いたい事は分かっているよ。マフィアとしての繋がりはなしって話だろう?」


「話が早くて助かる」

「私はもう隠居した身、むしろそうしてくれと頼むつもりだった。その方がお互いのためだしな」

「ならば利害一致だな」


 少しだけ不安だったこの件があっさり片付いて、ユイは心から安堵する。

――二人とも物分かりのいい人で良かった!お母さんには口出しする権利ないし――

 一番口を出しそうなのがミサコである。


 だがそんな心配は杞憂だった。ミサコにとってはこちらの方が重要だ。

「それでフォルディス様、結婚式はいつの予定?式はルーマニアで挙げるんでしょ?」

「ああ、そのつもりだが…」ラウルが隣りのユイを見た。

――式に関してはまだ何も話し合っていない。ユイはどう思っているのだろう――


 するとユイが即答する。

「あっちに決まってるでしょ?そこ以外に私の拠点はないもの。ね?ラウル」

「そうだな」

――そう思ってくれていて良かった。あともう一つの問題は…――

「日取りが決まったら追って知らせる。それで出席に関してだが」


「私は遠慮するよ」ラウルの視線を受けてコルレオーネが答える。

「あらあなた、どうして?一緒に行きましょうよ!」

「いや。私が顔を出すと無用な火種を生む事になる」


――察しが良くて助かる。さすがはユイの義父だ――

「そうしてくれると嬉しい。感謝する」

 ラウルは迷いもなくコルレオーネの意見を受け入れた。ユイも特に言い分はない。

 ただミサコだけが不満そうだ。

「ごめんね、お母さん…。でも分かって、こういう世界なのよ、ここは」


「分かってるわよ!随分馴染んで来たみたいじゃない?いつの間に?ま、私の方が先輩だけど!」

「…」ユイはまさかの切り返しに絶句する。

――お母さんったら!…ま、そう思っててくれた方がいいか――

 思うところもあったが、心の中だけに留めた。



 ミサコへの結婚報告を終えてルーマニアへと帰国すると、式へ向けての準備が本格的に始まる。


「本当にお前の父親には会わなくていいのか?」

「いいいい、お願いだから会わないで!会ったらその場で撃ち合いになるからね?」

 ユイの剣幕に若干引くラウルだが、すぐに話を戻す。

「では、次はこちらの親族への報告だな」

「どのくらいいるの?たくさんいそうね…」不安になるユイ。


 代々続く家系であるからには、繋がりは計り知れない。その中には超能力者もいるのだ。

――私の事がお気に召さずに、目の前でコップ割られたりするのかなぁ…カミナリだけは勘弁してほしい!――


「親戚はほぼマフィアだが…ああ、お前の心配事はマフィアに会う事ではないか」

「うん。私、本当に大丈夫かな…」

「何が?」

 ラウルは隣り合って座るユイの肩に腕を回して引き寄せる。

「ラウルの奥さんだって、認めてもらえるか不安で」

「問題ない。ユイはいつも通りにしていればいい。そもそも、認めてもらうために行くのではない。単なる顔合わせだ」


「あははっ、そうですよね~!」

――忘れてた、許可を得るため、という言葉はこの人にはないって事…――


 本来の第一関門は両親だが、ラウルの両親はすでに他界しているためそれがない。

 いきなりの挨拶回りは勝手が分からない。


「あぁ…今から緊張して来た!ねえ、どんな服で行ったらいいかなぁ」

「好きな服を着たらいい」

「そう言われても…。やっぱりラウルが選んで?」

「では、今度の週末に買いに行こう」


 クローゼットにはすでに有り余る程の衣類が詰まっているのに、親戚回り用に新調すると言うラウル。いつもならば庶民派ユイは即拒否するところだが、今はそんな余裕もない。

――人生初の顔合わせ!しかも超能力者一族!これは気合を入れねば…――

 こんな事で頭がいっぱいだ。


 せめて自己紹介くらいはルーマニア語で話せるようになっておこうと、猛勉強を始めたのだった。



 週末を迎え、ユイはラウルと共に部下を引き連れて中心街のブティックへとやって来た。


「…ねえ、何もこんなに大勢で来なくても!」

「少ない方だが?店は貸切にしてある。気にせずに選べる。さあ、これはどうだ?」

 大勢の黒服サングラスの男達が、通りから店内入口までを固めている。貸切にせずとも誰も来ないだろう。


 引きつった笑顔で応対するスタッフに同情しつつも、勧められたドレスを前にするやユイのテンションは途端に急上昇する。

「あっ、それステキ!」

「それからこれと、これかな。試着してみては?」ラウルが勧める。

「そうする~っ」


 素敵な服達を前に最初の戸惑いはどこへやら。店員に誘導されて、ユイはいそいそと試着室へと入って行った。


 側のソファに腰を下ろして待つラウルの元へ、店の責任者が透かさずフォローにやって来る。

「フォルディス様、本日は当店にお越しくださいまして、誠にありがとうございます。お気に召したものが見つかると良いのですが…」

――気に入った物がないとなれば、ウチの店は評判ガタ落ちだっ!――

 逆に気に入ってもらえれば、今後の確実な売り上げに繋がる。


「随分と自信なさげだな。どれも趣味のいいものばかりだ。ユイが気に入るかは分からないが」

――ユイはほとんど要望を出さないので、未だに趣味・嗜好が掴めないのだ――

「はっ、あ、有り難いお言葉で!ごもっともでございます!」


 いつでもラウルの見立てで済ませてしまうユイ。センスの良すぎる男に合わせるのは難易度が高い。

 そんな事は露知らず、単にユイが謙虚なのだと思っているラウル。まだまだ分かり合えてはいない。


「見て見て!どう?」ユイがカーテンを捲って姿を現した。

 淡いモスグリーンの生地に小花柄が入っているツーピースだ。

「…少し地味か。次のを頼む」

「え~、そう?初めはこのくらい大人しめでいいと思うけどなぁ」

 ブツブツ言いながら再び試着室に籠もる。


 何度かこんなやり取りを繰り返した後、ようやくラウルが頷いた。

「まあいいだろう」


 白地に黒とミントグリーンの幾何学模様が散りばめられたワンピースで、黒のリボンがウエストに回されている。裾はアシンメトリーで大人っぽい印象だ。

「ちょっと大胆じゃない?こんな柄の着た事ないから、何か恥ずかしいっ」

「とても似合っているよ。それをいただこう。あと、それに合わせて靴とバッグも見繕ってくれ」


 ラウルの指摘に、スタッフが総出で店中をひっかき回し、数点の品を並べる。

 ユイは終始頷くだけに終わった。



 帰りの車内で、ラウルが問う。

「おまえの物なのに、ほとんど私が決めてしまったが良かったのか?」

「いいのいいの!だってどれもステキで、私も気に入ったもの」

「遠慮してはいないか?」

「してないって!私がそういう人間だと思う?」


――思うから聞いているのだが――とラウルは思うが口にはしない。


「本当におまえは欲がないな。アクセサリー類も本当にいらないのか?」

「いらない。だってこれがあるもの。十分だわ」

 左手のエメラルドは今日も絶好調に煌めいている。

「それは装飾品ではないよ」


――は?ならどういうのが装飾品?…怖くて聞けないっ――


 ユイの表情が固まった事に気づいたラウル。

「どうかしたか」

「いいえっ!だからほら、ユイさんはそんな物なくても若さで勝負するって事!」

「なるほど…確かにおまえの美しさの前では、どんなジュエリーも褪せて見えるだろうな」


 満足げなラウルを見て、ユイは安堵した。最上級の誉め言葉を投げかけられたのに、それに気づく余裕はない。


「ねえ、ラウルは着てく服決めてるの?」

「いや、まだだ」

「どうせなら、ラウルのも買いに行こうよ!」

「そうだな、そうしよう。運転手、行先変更だ、向かえ」


 かしこまりました、との声に続き、車は速やかに方向転換を始めた。



 こうして楽しくショッピングを終えて屋敷に戻る。

 ラウルは仕事のため書斎に籠もってしまった。明日の挨拶回りに備えて情報収集をしようと考えたユイは、ある人物の姿を探す。


「いたいた!ねえダンさん、今時間ある?明日会う人達の事教えて欲しいんだけど」

「ええ構いませんよ。ではあちらの客間で」

「いいわよ、私の部屋で」

「ダメです!ユイ様の部屋で一対一など!」

「…何興奮してるの?コルト向けたりしないわよ」

「分かってます!そうではなく!」


 どうにもダンは自分がここへ戻ってからよそよそしい。それがユイはずっと気に入らなかった。

 これを期に改めてくれればと口火を切る。

「ねえ。あなたさ、何でそんなに壁作るの?私の事キライなのは知ってるけど、やり過ぎじゃない?」


 こんな指摘を受けて驚いたのはダンの方だ。

――何を言う?完全にラウル様のものとなった分際で分かっていない!側近ごときが馴れ馴れしくできるか!――

 こう思うも当然口にはしない。


「思い違いをされているようですので訂正させていただきますが、私はユイ様を嫌ってはおりません」

 これには即答のユイ。「ウソつき!」

「嘘などついておりません」

「だったら前みたいにもっと仲良くしようよ」

「できません」


「な、ん、で!」

 一向に態度を変えないダンに、ユイは嫌気が差してくる。


「いい加減改めてもらわないと、居心地悪くて仕方ないんだけど!ちょっと付き合って」

「どちらへ?」

「あなたのせいでストレス溜まったから、解消させてって言ってるの!」

「はい?」


 ポカンとするダンを地下のトレーニングルームに向かわせる。

 数分後には、軽装に着替えた二人がマット上で向かい合っていた。


「久しぶりね~。私のシゴキがなかったからって、サボってなかったでしょうね?」

「バカな!そんなセリフはその辺の部下連中に言ってください」

「そう来なくっちゃ!なら手加減なしよ、本気でやりましょ!」

「そっちこそ大丈夫ですか、ろくにトレーニングもしていなかったでしょうに。ケガをされては困ります、私は本気は出しませ…」


 ダンの言葉は最後まで発せられずに終わった。なぜならその巨体はすでに宙に浮いていたからだ。


「うがぁ!!」

 ドスン、と地響きを立てて巨体が仰向けにマットに沈んだ。


「本気がどうしたって?呆気なさすぎ。こんなじゃ全然ストレス解消にならないんだけど!」

「おのれユイ・アサギリ!まだスタートの合図前だっただろうが!何度言わせる?フライングなんだ、いつもいつも!今のはなしだぞっ」

 堪り兼ねたダンは上体を起こしてわめき立てた。


「ようやく元に戻ったわね、ダンさん」

「…はっ、しまった、つい心の声がっ」

「もういいって。本当はずっと我慢してたんでしょ?言いたい事は言った方がいい。あなただって溜まってるんじゃない?」

「ですが、あなたはもう以前のポジションとは全く別の場所におられるのです。自分はただ、もっとその自覚を持っていただこうと…」


 不安定な体勢でいるダンの元に歩み寄り、ユイがしゃがみ込む。

 そして眉間を指で突いた。「隙ありっ」

 巨体は呆気なくゴロリとマットに転がった。


「俺で遊ぶなぁ!こっちは真剣に話しているのだぞ?人の話を聞け!」

「聞いてるわよ。ダンさんの理想はそういうヤツなのかもしれないけど、私のは違うの。もちろん多少の上下関係は必要よ?でもTPOを弁えてればいいんじゃない?ず~っと言ってるけど、私はダンさんと仲良くなりたいの!」


 いつもならばあり得ない角度、不意打ち的に真上からユイに顔を覗かれ、ダンは言葉を失う。

――俺と、仲良くしたい…ユイ・アサギリが、俺と…?――


「ね?嫌いじゃないって言ってくれたじゃない」

「そ、それはもちろん…」

「一緒にラウルを、フォルディス家を、守って行きましょ?だって家族になるのよ、私達。部下達もみ~んな、私の家族よ!」

 そう語るユイはどこまでも幸せそうだ。心からの言葉と分かる。


――ユイ様は、ラウル様のみならず、本当にこのフォルディス家の全てを受け入れている…この俺さえも!――


「共にラウル様をお守りする、そして幸せにして差し上げなければな…。ありがとうございます。ユイ様」

 ダンの脳裏に殺し屋集団と共に戦った日の事が浮かんでいた。

「頼りにしておりますぞ?」

「任せといて!」


 二人の間にようやく笑みが戻った。


 マットの上に座り込んだ二人は、本題に入る。

「それで何が知りたいのです?親族の方々はあまり英語を話されないので、ユイ様に会話は求められないかと」

「まあ、話すつもりはないけどさ…」

「まさか親族の者とも仲良くなりたいと?」


 それは恐らく無理だろう、ダンは思う。このフォルディス家はなかなかにクセのある人物揃いなのだから!


「まさか!そこまでは考えてないわよ」

「律義ですな、ユイ様は!」

「だから違うったら…」

「そういうところは日本人気質なのでしょうな」

「そういうところって、普段はガサツって言いたいんでしょっ」

「そこまでは言っておりません」

「フンだ!」


 こんな言い合いになり、再び笑い声を上げる二人。

――良かった、こうでなきゃ!――

――この女に限って、変に気を張る必要はなかったな。まあこの方が、こちらも気兼ねなくダメ出しができるというもの!――


 これでお互い本音で言い合える状態となった。ユイにとってはむしろラウルよりも。


 早速ラウルには聞きにくいこの話題を探る。何よりダンに聞いた方が確実だ。

「一応、関係性くらいは知っておきたいから」

「賢明だと思います。ラウル様からは何か聞かれましたか?」

「冠婚葬祭で会う程度の付き合いってくらいかな。あんまり教えてくれなくて」

「そうですか…」

 ダンには、ラウルの口が重い理由が分かっている。


「もしかして仲が悪いとか?ラウルが後を継いだ事、良く思ってないとか」

「まあ…当たらずとも遠からずですね。それ以前に、ラウル様は恐れられているのです」

「恐れられてる?親族なのに?」

「フォルディス家は代々超能力者が生まれて来ましたが、ラウル様の能力は桁違い。例え親族であろうと、恐れをなすのも仕方のない事です」


――ああ…お労しや、ラウル様!――

 ダンは天井を仰いで心で嘆く。


 急に上を向いたダンに、ユイもつられて天井を見る。

 もちろん何もないのだが、上から何か聞こえてくる。


「ん?ねえ…これ何の音?」

「はっ!そうだ、俺とした事が!今何時だ?」

「ここに時計ないのよね、分かんな~いって、腕時計してるじゃない!」

 ユイの突っ込みを無視してダンが立ち上がる。

「こうしてはいられん、申し訳ありませんユイ様、急用を思い出しました、自分は失礼させていただきます!」


 ダンがバタバタと去って行く。


「何なのよ一体?…で、何の音?」小首を傾げるユイ。

 だだっ広い稽古場に、一人ポツンと残されてしまった。


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