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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
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金持ちの心理

 ユイは今、目の前に停車する一台の新車を前に度肝を抜かれている。


「ラウルの見繕ったクルマって、まさかこれ…?」

「おまえが気に入らないならばすぐに買い替える」

 ラウルは背にしたピカピカのベタベタのスポーツカーを振り返って言う。

「ユイは赤が好きだったから、気に入ってもらえると思ったのだが…」

「赤は好きですっ、だけどね、これフェラーリ!ドライブの車じゃない!レースするヤツでしょーがっ」


 小首を傾げるだけのラウルに、同意は得られないと判断したユイは開き直る。

「でも。買い替えはもう少し後にしない?せっかくだから運転してみたい!」

「?」

――気に入らないのに運転はしたいのか――


 返事が返って来ず、ユイは不安になる。

「あの、ラウル、…私が運転したらダメ?」

 やはり一度事故を起こしている身としては、許可が出るか心配だ。ユイはあれ以来一度も運転していない。たまたま機会がなかっただけではあるが。

「なぜだ。構わないよ、ユイが楽しめるようにと買ったのだから」

「そう?良かった!」


 その後ユイはラウルの賢さに舌を巻く事になる。

 この車に一人で乗る勇気はユイにはない。それはつまり、ドライブには必ず隣りにラウルがいるという事なのだ。


 ダンはいち早くそれに気づき、一人ほくそ笑む。

――さすがはラウル様だ、ユイ様の心情を把握した上でのこのチョイス。聞くまでもなかった!これならばユイ様も、お一人で出かける事はないだろう――


 こんな計算がラウルの中でされている訳がない。

 ドライブするからには爽快に走れなければ意味がない。爽快イコール高性能、最上級はスーパーカー。こんな理由で選ばれたフェラーリ。決してこの手の車に興味があった訳ではない。



 早速フェラーリでドライブに出かけた二人。


「きゃ~っ!!最高だわ、この加速、未体験っ!」

「楽しんでもらえて良かった」

 ハンドルを握るユイは、走り出しからずっとこんな調子だ。

 対して興奮のこの字もないラウル。至っていつも通りの涼やかな顔で助手席で寛いでいる。現在時速200キロオーバーという中にも関わらず!


「ここが日本だったら、すぐさま後ろからパトカーがやって来るわね」

「レースがしたいなら、レース場を貸し切ろう」

「しなくていいです…」

 暗にスピード超過を指摘された気がして、ユイは速度を緩める。


「どうした?もういいのか」

「だって…こっちの警察だってさすがに見逃さないでしょ、こんな暴走車!」

「この辺り一帯はフォルディス家の私有地だ。呼ばなければ警察は来ない」

「え?!そうなの!知らなかった…」

 かなり屋敷から遠ざかっていて、あの大きな建物も目視できない。


「でも、もういい。十分堪能したわ、ありがとう。今度はラウルが運転してみて」

「ではそうしよう」


 ポジションを入れ替わって再び走り出す。


「なかなかだな」

「でしょっ!」

「だが…。私はおまえほど運転が得意ではないから、こうしよう」

「こうって、どう?」

 不意に全く振動を感じなくなった。タイヤがアスファルトを進む音も消えて、エンジン音だけが響いている。

「ん?何か変なカンジ…って、もしかしてっ!!」


 ラウルの能力によって車体がリニアモーターカー張りに浮いた訳だが、恐らく気づけるのは乗っている人間だけだろう。

「もっと浮かせられたらいいのだが、さすがに一人では難しいな」

「…一人ではって、親戚にエスパーがもっといるとか」

「昔はいたようだ。だが今は私以上に強力な力を持つ者はいない。多少の事は出来るという程度だ」


 話しているうちに、再びタイヤの接地感覚が戻って来た。


「浮いていた方がハンドルを取られずに済むのだ」

「それはそうでしょうが…何て言うか…」ユイはまだ動揺が収まらない。

「ユイ?大丈夫か?」

「え、…ええ、まあ」

「良かった」

 返事をもらえたラウルは安心してシートに身を沈め、ハンドルから手を離してしまう。

 今も相当のスピードが出ているにも関わらず、である。


「ああっ…!危な!くないのか…、」

――慣れない、こんな事に慣れる訳な~い!――


 頭を抱えてしまったユイに、体を起こして再びラウルが問いかける。

「ユイ、本当に大丈夫か?」

「ええもちろん。だからやっぱり私に運転させて!」

 こうしてラウルの運転は束の間で終了し、その後はユイが最後までハンドルを握ったのだった。


 屋敷に戻ったユイを見て、ダンが不思議そうに首を傾げる。

――やけに疲れているご様子。事故後初のドライブとあって、さすがに気を遣われたのだろう――

 勝手にこんな事を思って一人感慨深げに頷いた。



 ようやく一人になったユイは半ば放心状態だ。


「ドライブがこんなに疲れるなんて…、どうしたっていうの、朝霧ユイ?ううっ、ダメよ、こんな事では!」

 ラウルの粋な演出(?)のせいで、後半せっかくのフェラーリを堪能できなかった。

「でも待ってよ、リニアが浮くんだから、車だって極限までスピード上げれば浮くかも?って、浮くか~い!」

 一人ボケ突っ込みまでしてしまう取り乱しようだ。


 地に足がつかない感覚というのは、何とも落ち着かないもの。自分が操縦するヘリならばともかく、得体の知れない力によるものとあってはなおさらだ。


 ソファに身を投げたままジタバタしているところに、ノックの音が響く。


「ユイ様、よろしいでしょうか」

「ちょっと待って!」

 ドアノブが回りそうな気がして、すぐさまストップをかけてから起き上がる。今ではユイもそのくらいのマナーは弁えている。

 スカートの裾を軽く直してから応じる。「どうぞ」


 入って来たのはユイ付の若いメイドだった。

――…何だ、焦った。この人なら勝手に入って来る事はなかったな――


「お帰りなさいませ。旦那様とのドライブは楽しめましたか?」

「そうね…」

「ユイ様、何か困った事があったら、どんな些細な事でも構いませんので、私にお申し付けくださいね」

「ありがとう。ねえあなた、いつからここに?」

「もう一年半になります」


 答えに驚いたユイだが、すぐに察する。記憶のない間も、こうして世話をしてくれていたのだと。


「ずっと、身の回りの事してくれてたのね。ありがとう」

「いいえ!私は別に特別な事は何も。主に旦那様がなさっていましたから」

 そう言って、冷えた濡れタオルをユイに渡す。

「汗をかかれたんじゃないかと思いまして」

「ホント気が利くわ、あなた!かいたかいた、変な汗!…気持ちいい~」


 タオルを頬に当てて目を閉じるユイを見守って、メイドが微笑む。


「こうして、ユイ様とお話しできるようになって、本当に嬉しいです。きっと、ステキな人なんだろうなって思っていたので。思った通りでした」

「ステキなんかじゃないわよ。いつまでも子供で、いろんな人に迷惑ばっかかけて!」

「そんな事ないです!明るくて行動力があって、皆が惹きつけられる魅力を持っていて、だからこそ旦那様が選ばれたのですよ。お屋敷の皆さんだって、皆ユイ様を慕ってらっしゃいますし。私だって!」


 ユイは一言ありがと、と答えただけで、当てたタオルを静かにテーブルに置く。

 そのまま俯き、左手のリングを見つめる。

「そうなの、選ばれた、のよね、私」

「はい!聡明な旦那様と良くお似合いです。もしかして、自信、失くされてたりしますか?」


 こんな問いかけにふと顔を上げたユイは、今度は大胆にソファに仰け反って両腕を頭の上で組んだ。

「まあね~。私、こ~んなお金持ちとは縁がなかったから。節約節約で生きて来た方なので?」

「私もです。私は今も、ですけど…」

「大体さ、こうやってメイドさんがいる事自体があり得ないのよ。いろんな事に、いつになっても慣れない!未だにどこか他人事みたいな気がしてる」ユイは肩を竦める。


「大丈夫だと思います」不意にメイドが言い切った。

「へ?」


「ユイ様には、人を使う素質、あると思います。上に立つ方々には、そういう素質があるんです。旦那様のように」

「敵が襲って来た!とかの非常事態の時なら、いくらでも指示できるんだけどね~」

「それでいいんじゃないですか?」

「ん?」

「日常では、むしろ指摘される前に動くのが私共のモットーですもの」

「あなたは十分できてるわ。とても優秀よ」


 話すうちに、ユイの中のわだかまりが少しずつ薄れて行く。同年代の話し相手はかなり助けになりそうだ。


「そっか!私とラウル、お似合いかぁ」

「はい。ノーと言う人間はこのお屋敷にはおりません。断言できます」

「ふふっ、ありがと。何か元気出たわ。時々、話聞いてね」

「いつでもお呼びください」

 メイドは微笑んでタオルを回収して行った。


 再び一人になったユイは、帰宅直後とは打って変わって爽やかな気持ちになっていた。

「旦那様、か~。それはとってもしっくり来るけど。で、私が奥様?何かなぁ…」


 あのメイドはラウルの超能力を知っているのだろうか?さらにここがマフィアの屋敷だという事も…。

 あまりに汚れなき乙女の姿に、ユイは心配になる。


「あの人、どうやって選ばれたんだろ。ダンさんって、使用人の面接もしてるのかな。まさか攫って来た訳じゃないよね?そんでもってラウルが洗脳…いやいや!どこまで悪なのよってハナシ!」


 やはり悩みは尽きないユイなのであった。


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