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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
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再出発(3)

 ラウルの部屋での夜の憩いのひと時に、今日はダンが加わっている。

 一見お邪魔虫のようなダンだが、決してそうではない。むしろ二人にとってありがたい存在だ。フォルディス家の親族についての解説をするに当たっては。


――参上して正解だ。ラウル様が語りたくない事柄もあるはず。そもそも昼に自分がユイ様にお話できていれば済んでいた事。ああラウル様、申し訳ございません…――

 ダンは一通りの説明を終えて二人の顔を交互に見る。


 ユイはと言えば改めてラウルの能力が絶大だと分かり、ラウル愛を募らせている。

――ラウルってばやっぱ凄い、無敵!大~好きっ!――


 ポケットに忘れられた予期せぬ間食も果たし、心も小腹も満たされたユイは、返事もくれない親戚の事などどうでも良くなってくる。

「もうさ、無理に会わなくてもいいんじゃない?」

「ですが、断られていない以上は伺うべきかと」

「さっすがダンさん、あなたの方がよっぽど律義よ」


「っ、これは出すぎた事を!もちろんラウル様のご判断にお任せいたします」

「構わん。あの者達の考える礼儀など知らん。お前に任せる」

「はっ、かしこまりました」

 任されたダンは心の中で大喜びだ。心なしか顔が笑っている。


 それに気づいた二人だが、それを無視して二人の世界に入る。

「ユイには嫌な思いをさせるかもしれない…」

「いいえラウル、私は大丈夫。あなたの方こそ…」

「気にかけてくれて嬉しいよ」


 居た堪れなくなったダンがソワソワし始めたところで、ユイは密着していた体を少しだけ離した。

「…?」距離を取られた理由が分からず、ラウルは困惑する。

 宥めるようにその手を握ってから、ユイは話を進めた。


「ラウル、もう少しだけ聞かせて?次は、ラウルにそっくりの従妹さんの事。どの人の娘さんなの?」

 聞かれたラウルは真面目に答える。「ああ、ルアナは母方の叔父の一人娘だ」

「その人は何してる人?」

「同じマフィアだ」


 母方もマフィアと知ってユイが言う。「ご両親はマフィア同士で結婚したのね」

「珍しい事ではない。言わば政略結婚だな。だが私の両親は愛し合っていた」

 なぜかここでダンが割って入る。「はい、胸を張って言えます。それでこそラウル様のような優れたお方が誕生されたのです!」


 ラウルは棚の上に飾られていた家族写真を能力で引き寄せた。そこには幼い少年の頃のラウルと両親が笑顔で映っている。


 受け取ったユイは、改めてそれを眺める。部屋に飾られているものなので、何度も目にしている写真だ。

「ラウルってお母様似よね。お父様もかなりステキだけど、顔立ちの系統が違うもん」

 父親はどちらかと言うとガッシリとしたタイプ。線の細さは母譲りだ。

「そうすると、ラウルの綺麗なグリーンの瞳とブロンドヘアは、フォルディス家の遺伝ではないのか」


 そもそもここルーマニアにおいて、生粋のブロンドは珍しい。街で見かける大半はブリーチ派である。


「ああ。父方の親族には、私の知る限りブロンドもグリーンの瞳の者もいない」

「そう言えば、ダンさんも親戚なのよね?全然お父様系の顔立ちでもないけど!」

 顔を強調されて、ややムッとしながらダンが答える。

「自分は辿るのが難儀なほど遠縁に当たりますので!」


「あっそ。でも、フォルディス家のリングはまるでラウルの瞳をモデルにしてるみたい。これってたまたま?」

「そうだろう。母方の家系はフォルディス家とは何の繋がりもないはずだ。現に母の指にそのリングは入らなかった」


 ここ数百年の間、リングに選ばれた者はいない。


 ラウルの両親の時もファミリーの拡大を狙った政略結婚だった。そして待っていたのは悲劇。嫁に出した娘は抗争に巻き込まれ、呆気なくこの世を去ったのだから。

 そうなれば当然向こうの家は黙っていない。

「ラウル様が後を継がれた当時は大荒れに荒れました。二人の叔父御は元より、母方の血縁者達がいきり立ち抗争にまで発展して!」


「そりゃそうなるわね…」

――ラウル、大変だっただろうな…。全然そんな素振り見せてないけど――

 横にいるラウルは至って普段通り寛いでいる。


 だが本音を言えば居心地が悪かった。

――余計な話はしてくれるな…。無様な頃の自分をわざわざユイにさらしたくない――

「ダン。話が反れて来ているぞ。昔話はそのくらいにしろ」

「えっ、ですがこれからが盛り上がる場…っ」視線だけで威圧されたダンは、渋々口を閉じた。


――残~念、続きが聞きたかったのに。後で聞こっと!――


 ユイは気持ちを切り替えて口を開く。

「で、そっちの叔父様は会ってくれるんでしょ?なら今は関係は修復されたのね」

 こう結論付けると、それにラウルが答える。

「ああ。腹の内は分からないが、もともと表向きは温厚な人物だからな」

「ルアナ様を除いては、ですね」

「ダン。慎め」

「申し訳ございません。しかし真実はきちんとお伝えしておいた方がよろしいかと」


 ラウルが黙り込んだ。


「え、何々?そのルアナさんって強烈キャラ?」

「おまえは一度会っている。記憶にはないだろうが」

「会ってるの、私!…で、何も問題起こしてないよね?ね?」

――お願いだから、ないって言って!――

 懇願するようにラウルとダンに目を向けるも、何も返されず。絶望的な気持ちになる。

――…やらかしたんだ、私!――


「むしろ問題を起こされたのはあちらですね」

「そうだな」

「え?」

「気にするな、ユイが事故の後遺症で心を失っていた事ははっきり伝えてある。どう思われたとしても、今のおまえに会えば全て払拭されるはずだ」

「そうです、ユイ様。最悪から始まれば、後は上るだけです」

「最悪からって…。サイアクっ!」


 ラウルに瓜二つの女性への興味は、いつしか親しみへと変わりつつあった。その矢先に発覚したこの事実。


「もしやユイ様、ルアナ様とも親しくなりたいとお思いですか?」

「お思いですけどダメですかっ!」

 半ばヤケになって言い返すユイに、ダンは真顔で答える。

「母方の叔父御の家は近所という事もあり、ラウル様とルアナ様は幼少期より頻繁に親睦を深めておられました」

「あらそう。従兄妹同士仲が良くていい事じゃない」

「そのせいで、ルアナ様は今でもラウル様をとても慕っておられます」


「だから、」

 いい事だ、と言いかけたユイを遮るダン。「異常なほどに、慕っておられます」

「まさか、従兄妹同士でも結婚したいわ!とかそういう系?」

 ダンはあえて返答せずにラウルを見やる。

「向こうが一方的に訴えているだけだ。私は全く興味はない。実際あり得ない」


「…でしょうね」

――報われぬ恋心ってヤツか。何だかルアナさんが可哀そうになって来た…――

 これだけ何拍子も揃った男が近くにいれば、そんな状況に陥るのも仕方がない。


 ユイがこんな同情を芽生えさせた時、ダンが締めくくった。

「いずれにしろ、ユイ様以上に我の強いお方。無用な争いは避けるべきと考えます」

「つまり、触らぬ神に祟りなしって事ね」

「さようで」

「何だ、それは」

「日本のことわざでね、面倒な人は放っとけって意味よ」


 ラウルがなるほど、と頷いていると、ダンが時計を確認して腰を浮かす。

「そろそろ自分は下がらせていただきます」

「あら、もうこんな時間?楽しくて全然気づかなかったわ~!」

「楽しい話は何もしておりませんが」

 ダンに続きラウルも首を傾げる。

――私もそう思う。ユイは何が楽しかったのだ?――


「ラウルの事、もっともっと知りたい。今まで一人で背負って来た重荷、これからは私も半分持ちたいから。喜んで持つわ」潤んだ瞳を向けてユイが言う。

「何と…ユイ様、そのような事までお考えで!ダンはもう言葉になりません…っ」


 感動するダンを尻目に、ラウルはまだ首を傾げている。重荷を背負うのは喜ぶ事ではないはずだ、と。



 ダンがそそくさと部屋を後にして二人きりになると、ラウルは待ち兼ねたようにユイを抱きしめた。

「ラウル…?どうしたの」

「ずっと我慢していたのだ。褒めてくれるか?」

「ふふっ!褒める褒める、いい子だったわね」


 そう言ってユイはラウルの淡い金の髪を優しく梳いた。さすがに頭を撫でての、いい子いい子は控えた。

 今ではラウルがユイにこんなふうに甘える事もある。完全に心を許した証拠だ。

 ユイにとってはこの上ない幸せの時でもある。ともすれば夜のふれあい以上に。


「おまえがそこまでフォルディス家の事を考えてくれているとは、知らなかった。本当に嬉しいよ」

「う~ん、ちょっと違うかな。家の事っていうより、ラウルの事しか考えてないもの?」

「ユイに出逢うまで、私の最も大切なものはこの家だった。私のためと言うなら、このフォルディス家も含まれる」

 真剣なエメラルドグリーンの眼差しがユイに降り注ぐ。


「スゴイね、ラウルは。家のためにそこまでなんて?本当に責任感が強い。そんなふうに本気で何かを守ってる人、大好きよっ!」

 ユイがラウルに抱きついた。

「両親が一度に亡くなって、私の支えになっていたのはダンだけだった。あの男は何があっても私について来たからな」

 当時を思い起こし、ラウルが遠い目をする。


「ちょっと。…それ、妬けるんですけど?」

「フフっ、ダンにか?」

「そうです!ダンさんって、いつからここに?」

「幼少期にダンの両親が亡くなって、引き取ったのだ。能力が備わっていた事が決め手となってね」

「そうだったのね。年も大分離れてるのに、ダンさんは前からあんな調子なの?」


 能力の違いや、本家の人間と遠縁の者という身分差はあろうが、些かあからさまだとユイは思う。


「以前、敬語はやめろと言った事がある。部下にするつもりはないと。だがあの男は態度を変える事はなかった。何を思ったのか、人生を私に捧げるとまで言って来た。そのうちに扱いが面倒になり、」

「勝手にしろと?」

「ザッツ・ライト」

 そんな情景が目に浮かぶようだ。ユイは苦笑した。

「きっと、ラウルに惚れ込んだのね」


「男に惚れ込まれても困る」

「そうよね~。でも、羨ましいな、そういうの。だってあの人、本気よ」

 本気でラウルを生涯守り続ける気だ。自分の命を投げ出す覚悟で。

「知っている。だから困っているのだ」

「困る?」


「これではあの男の人生は、本当に私だけのために終わってしまう」

「そんな事、気にしてたんだ…」

「当然だ。…と言っても、それに気づけたのはおまえのお陰なのだが」

「私の?」


 ラウルは静かに微笑む。そっとユイの頬に触れて、愛おしげに愛撫した。


「…おまえは本当に、私に様々な事を教えてくれる」

「何も教えてないけど!」

「ありがとう、ユイ」

 ユイに顔を寄せて、感謝の証に口づけを贈る。


 その感触があまりに心地良く、ユイは自然と目を閉じる。

「ん…ラウル、愛してる」

「私もだ、愛している、ユイ…」


 こうして夜は更けて行った。


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