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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
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エメラルドの招き(1)

 最寄りの空港に自ら出迎えに向かったラウルは、ユイと感動の再会を果たした。


 それを見守るのは数人の護衛達。同行を希望した者は多かったが、大勢引き連れて来るのも目立ちすぎる。という事で、ここにいるのは運と実力を兼ね備えた精鋭だ。


「ユイ!ああ…会いたかった」

「ラウル、私もよ!わざわざ迎えに来てくれてありがとう。お仕事忙しいんでしょ?」

「有能な側近が休暇中という意味でなら、イエスだな」

「っ!ラウル様、それに関しましては…長らくご迷惑をお掛けしましたっ」


 ダンが勢い良く頭を下げた時、ラウルが表情を崩して言った。

「冗談だ。良くやった、ダン。礼を言う」

「おおおっ…何ともったいなきお言葉、幸甚の極みに存じますっ」

「堅苦しい、やめろ」

「ああ、つい舞い上がってしまいました、申し訳ございません…」


 こんなやり取りを見てユイが笑っている。

「ふふっ、変なの!」


 その無邪気な笑みに、言い合いを忘れて二人は思わず見惚れてしまう。後方に控える護衛達までもが堪らず歓声を上げた。

 思わぬ反応にユイが首を傾げる。「どうかした?皆揃って」

「いや…何でもない。さあ、他の者達も待ち侘びている、家に帰ろう、ユイ」

「はい!」


 ラウルは優しくユイの背に手を当てて促した。


 車中でも、ラウルは片時も手を離さずユイを見つめる。ユイは車窓を見たりラウルを見たりと、終始笑みを浮かべて楽しそうだ。

 そんな二人を涙を堪えながら見守るダン。

――本当に、本当に戻って来られたのだ…ああ、良かったです、ラウル様っ――



 こうして晴れて屋敷へと戻って来る。今回も部下達全員の壮大すぎる出迎え式が繰り広げられた。前回と違うのは、そこに受け止めるユイの満面の笑顔がある事だ。


「お帰りなさいませ、ユイ様!」

「ただいま帰りました!またこうして皆と暮らせる事を、とても嬉しく思います。またよろしくね、皆!」

 ウオーー!!という大歓声と共に、胴上げでも始まりそうな勢いでユイを囲む面々。

「おいお前等!ユイ様から離れろっ!」

「ダン。構わん、やらせておけ。皆、ユイを心待ちにしてくれていたのだ」

「そうですね…」


 一頻りユイと戯れた部下達は、ようやく一段落着いてかしこまる。


「お前達。気は済んだか?では持ち場に戻れ」

「イエッサー、ボス!」

 全員がこう声を揃えてすぐ、玄関先には誰もいなくなった。

「さあ、部屋で休んでくれ。長旅で疲れただろう?」


「ありがとう、ラウル。でも別に疲れてないわ」

 ラウルがユイの腰に腕を回し屋敷内へと誘導する。

 後ろから荷物を運んで来たダンが続く。そして一言。「ユイ様はずーっと寝ておられましたからなぁ」

「ダンさんだって!イビキうるさかったんだからね!」

「機内は粘膜が乾燥しますからな」

「そういう問題?そう言えば少し太ったんじゃない?ダイエットすれば?」


 こんな言い合いもラウルには懐かしく思える。


 さらにダンにとっては、またも涙を誘うスイッチか。

「ううっ、これぞユイ様…ダンはもう、何を言われても怒る気にはなれませんっ」

「それってマゾにでもなった?何を言われてもねぇ、ホントかしら!」


「ユイ、ダンとはそれくらいに。早くおまえと二人きりで話がしたい」

「ええ、私もよ」

 ずっとダンが側にいたため、二人きりはお預けだった。目に涙を溜めるダンそっちのけで、二人が見つめ合っている。


 こんなシーンもダンは涙なしには見られない。

「そうなさってください、私は急ぎ下がらせていただきますので!」

 これ以上泣き続ける訳にも行かないと、ダンは慌ただしく荷物を部屋に運び入れると、あっという間に姿を消した。


 ラウルの自室に入ったユイは、グルリと室内を見渡して深呼吸をした。


「ん~…ラウルの匂いがする!」

「そうか?自分では全く分からないが」

「そういうものよ。久しぶりのような、そうじゃないような…不思議な気分」

 背を向けていたユイが振り返る。


 そこにはラウルのどこまでも穏やかな笑みがある。


「ユイ。本当に戻って来てくれたのだな…」

 ラウルは両手を広げてユイを待つ。その胸に勢い良くユイが飛び込んだ。

「朝霧ユイ、完全復活いたしました!…ごめんなさい、たくさん心配かけて」

「構わない。こうして戻ってくれただけで十分だ」


 熱く抱き合う二人。お互いの存在を確かめ合うようにきつく抱き合い、そして見つめ合う。

「もしこれが夢ならば、私はもう夢から覚めなくてもいい」

「ヤダ、ラウルったら。夢じゃないってば!私はもう眠るのはうんざりよ?」

「ふふっ…そうだな」

「ええ。うふふっ!」


 ラウルの背に回した手に改めて力を込めたユイだが、その左手に何かが触れた。


「ん?…今何か手に当たったような」

 体を離して左手を引き寄せたユイの目に、ある物が飛び込む。

「っ!きゃぁ~~~!!」絶叫が室内に響き渡る。

「ユイ?!」

 ラウルの手が無意識に胸元の拳銃へと差し入れられた。帰宅直後であったため、まだそこにあったのだ。


 それと同時に扉が勢い良く開く。

「ラウル様、ユイ様!何事ですかっ!」

 現れたのはダン他数名の部下達。皆が拳銃を手に駆け付ける。


 あまりの素早い対応に、ユイが悲鳴を上げたままの状態で固まる。

「勝手にドアを開けるな」ラウルの声はどこまでも冷静だ。

「申し訳ございませんっ、ここの所、屋敷内の警備が手薄だと思っていた矢先でしたので…」

「敵襲は受けていない。下がれ」

「はっ!失礼いたしました!」


 ユイが悲鳴を上げた理由は、すでにラウルには分かっていた。

 再び二人だけになると、ユイの左手を握って耳元で囁く。

「リングもおまえを歓迎している。良く戻った、ユイ・アサギリ、フォルディス家に相応しきただ一人の私の婚約者…」

 そしてユイの顎に指をかけて上向け、触れるだけのキスをする。


「んっ…」

 こんな甘い刺激を与えられては、先程の驚きなどたちまちかき消えてしまう。だが唇はすぐに離れて行った。

 ユイの中でさらなる欲が募り出す。「ああ…待ってラウル、もっと…っ」

「焦らなくても、いくらでも与えるつもりだ」

 ラウルが悪戯っぽく笑い、今度はユイを抱き上げて熱烈な口づけで応える。


――夢にまで見たユイとの時間…再び訪れるとは思っていなかった――

 ユイの唇の感触をじっくり確かめながら、そんな事を思う。


 ユイを抱き上げたまま、ゆっくりとソファに腰を落とす。自分の膝の上に収まったユイを抱きしめたまま、しばらく熱いキスが続いた。


「…ああユイ、我慢できそうにないよ」

「待ってっ、ラウル…」

 そのまま情事が始まりそうになり、ユイはラウルの体を押し返す。

――今からするのはちょっと…!相変わらずのフォルディス様ね…。ま、これがこの人なんだけど…。きゃっ、いやん!――

 めくるめくあれこれを思い出して、ユイはさらにその身を熱くする。


 けれど自分への牽制も込めて、別の話題に持ち込んだ。

「あ、そうそう!ねえ?ラウルの超能力、見せてほしいな」

「なぜ?」

――今でなくてもいいだろう?私はもう耐えられそうにない…――

 そう思いながらも、早速能力を使って窓を開ける。


 誰もいない場所から音が響き、ユイはあからさまに肩を震わせた。それを見てラウルが笑う。

「おまえが見せろと言ったのだぞ?驚きすぎでは?」

「んもう、イジワルっ!こういうの、慣れてないって言ってるでしょ。やるならやるって言ってくれる?」

 ユイの言い分を受け、肩を竦めて見せる。「では次からはそうしよう」

「いい加減慣れないと、またダンさんが勝手にドアを開けちゃうから」

「違いない」


 二人は顔を見合わせて、同時に笑った。


 どうにか甘いムードは薄れたようだ。ユイは安堵して口を開く。

「それにしてもホンット信じられない!念じて物が動くだなんて?私、超現実主義なんですけど」

「それなら私もだ」


 意外な同意を受けてユイの目が点になる。

――散々、非現実的な事しといて?――


「あのね、超常現象の類は苦手って意味なんだけど分かってる?」

 ユイが改めて言い直すと、ラウルは自信ありげに返した。

「確か、雷にも悲鳴を上げていたな。ユイの苦手なものは大体把握している」

 答えにもなっていないが、ユイは気にせず話に乗じる。「ホントぉ~?」

「まだあるな。病院に注射、とか?」

「耳にするだけでイヤっ!」ユイが顔をしかめてそっぽを向いた。


――こんなところも愛おしくて仕方がない――


「全てから、とは言えないが、おまえの事は私が守る。心配するな」

「ふふっ、うん。ありがと。頼もしいわね、エスパーを味方に付けたんだから?」

「私の能力を受け入れてくれてありがとう。柔軟な考え方ができる人間は少ない」

「疑ってても仕方ないもの。事実なんだったら」

 二人で肩を竦めて笑い合う。


「だけどリングの意思っていうのは、やっぱり信じがたいなぁ。本当にラウルがやってるんじゃないの?怪しいんだけど!」

「やれない事はないが、私ではない」

 ラウルがユイからリングに視線を移した。そして感慨深げに少しだけ微笑む。


「…、どうしたの?ラウル」

「おまえを、ミサコの所で静養させる事を決めた時、リングを外した」

「どうして?…ああ、その時から別れようと…」

「いや。私以外にそれを外せる者はいない。貴金属が不都合を招く事もあるだろう。そう思って外したのだが…気づけば勝手にユイの元に戻っていた」


 その事がラウルを勇気づけた。ユイを手放すべきでないと自信を持つきっかけともなったのだ。


「でも日本にいた時、私の手にリングはなかった」

 ラウルは膝に座らせたままのユイに、優しく目を向けて想いを告げる。

「新堂と共にいる方が幸せであるなら…私は身を引こうと思ったのだ」


――私の幸せが…先生といる事だっていうの?――

 ユイは慌てる。「でもっ、リングの意思は?」言いながらラウルの膝の上で体の位置を強引に変える。

 そしてしがみ付きながら、至近距離でグリーンの瞳を見上げて心で訴えた。

――私の幸せは、あなたのところにしかないのよ!――


「全てを終わらせてリングを回収した。それからは、ずっとこの部屋にあったよ」

「私が相応しくなくなった、って事…?」

「そうかもしれない。おまえが記憶を取り戻さない限りは、と取るべきか」

「…そうね」

 ユイは答えると、体勢を戻して前を向く。

 引き続き後ろから伸ばされたラウルの腕がユイを支えている。


 急に黙り込んだユイに、ラウルは不安を覚えた。

「ユイ、どうした?」

「もし私が思い出してなかったら、この場所には別の誰かがいたんだな~って。ラウルは魅力的だから、きっといくらでも相手が…っ」

 ユイの中に、再びいもしないスラリとしたブロンド美女の影がちらつく。


「それは違う」

「違わない!だってリングが選べば、それが相応しい人なんでしょ?」

「これまでリングが自ら向かって行った相手などいなかった。少なくとも、私は見た事がない」

 ラウルの母を含め、ここしばらくリングを身に着けられる女性すらいなかった。

 それだけ、リングに選ばれた者には特別な意味があるという事だ。


――例えリングが選ばなくても、私はユイを選ぶ。他の女性は考えられない――

 ラウルがこう考える一方、自分の左手中指に収まったエメラルドを見つめて、ユイも想いを巡らせる。

――物が意思を持つなんて?そんな事にこの真面目そうな人が翻弄されてる…やっぱ変だわ、フォルディス家って!ふふふっ、面白いじゃない?そうこなくっちゃ――


 急にユイの肩が震え出して、ラウルはさらに不安になる。覗き込むと、泣いているようにも見える。

「ユイ…?どうし…」ここまで言ってラウルの言葉は遮られた。

「いいじゃない、受けて立つわ!このリングが私から逃げない限り、私はここにいていいって事だもの。何て分かりやすいの?」


――例えブロンド美女が現れても、負けるもんですか!――


――泣いていた訳ではなかったのだな。良かった…――

 ラウルは安堵の息を吐いた後、頼もしいユイのコメントに答える。

「例えリングがおまえから逃げたとしても、私はもう二度と手放したりはしない。私から簡単に逃げられると思うな?ユイ・アサギリ」

「きゃ~っ、ラウルのマフィアの顔、久しぶりな気がするっ!シビレれちゃ~う!」


 根っからのワル好きなユイであった。これがミサコの血を受け継いだ結果であるのは言うまでもない。


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