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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第四章 受け入れられた想い
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エメラルドの招き(2)

 ユイが帰還したその夜、フォルディス邸は珍しくお祭り騒ぎとなっていた。


「皆~、思う存分楽しんで!ほらほら、グラスが空よ?注いであげる」

「おおっ、光栄です、ユイ様っ」

「え~何だよお前だけ!おっ、俺のも空に…っ、ゲホッ!」

 勢い良く飲み干そうとしてむせる者続出だ。


「騒がしい奴等だ!申し訳ございません、ラウル様」

「確かに騒がしい。…だが、ユイが楽しんでいるのならそれでいい」

 こんなパーティが屋敷で開かれる事は滅多にない。そもそもボスはお祭り騒ぎが好きではない。やる時は希望者が募って外で勝手にやるのだ。


 そんなボス公認のパーティ、初めは緊張で静まり返っていた面々だったが、ユイの楽し気な姿を見るうちに徐々に解れて行き、今ではこの状態である。


「なあ!こんな時だ、思い切ってボスに聞いてみようぜ!」

「そうしよう、そうしよう!」

 こんな声が聞こえて来て、数人がラウルの元にワインボトルを手に集まる。

「ボス!お疲れ様です!お注ぎしますっ」

「ああ。今夜は好きなだけ飲め。そしてこれからも、この家のために尽くしてくれ」

「有り難きお言葉!もちろんです!フォルディス家に幸あれ!」


 示し合わせたように別のコワモテ男が割って入る。

「という流れで一つ、伺っても?」

「何だ」

「ユイ様とはいつご結婚されるのですか?」

「…」


 質問を受けて口を閉ざしたラウルに、部下達が一斉に一歩下がる。

「申し訳ございませんっ、出すぎた質問を!」


「近いうちに」

「…へ?」まさか返事がもらえるとは思わず、部下達はポカンとしてしまう。

「何を呆けている?日取りはまだ決めていないが、近いうちだ。分かったか?」

「はい!おめでとうございます!」

「騒ぐな。まだユイには伝えていないのだ」

「…はいっ」


 そこへ、空になったビール瓶を3本も抱えてユイが戻って来た。


「何々?何の話?私も混ぜてっ!」

「ユイ、家の者達への接待はもういい。こちらへ座れ」

「は~い。で?何話してたの」

 部下達の視線がいつにも増して熱い事に気づき、ユイはラウルを見て目を瞬く。


 その様子が後遺症に苦しんでいた時期の顔と重なって、ラウルはふと思い至った。

「その表情、…。そうか、今分かった」

「何が?」

「興味津々、という意味だったのだな」


 堪り兼ねたのか、部下達が騒ぎ出す。

「ボス、ユイ様!ついにゴールイン、おめでとうございます!我々、お二人に一生付いて参ります!」

「こらお前等っ、たった今騒ぐなと言われたろうがぁ!いい加減にしろー!」

 ダンが聞きつけて部下達を止めに入るも、もう手遅れだった。


 ラウルとユイは顔を見合わせて、その後同時に笑い出していた。そして自然な流れでキスシーンへと進む。

 これを受け、たちまち指笛やら口笛が飛び交う。

 その場はさらなるお祝いムードに包まれたのだった。



 賑やかな宴の後は、静寂が強調されるもの。

 ラウルの自室に戻った二人は、今度は静かに祝杯を挙げている。


「ありがとう、ラウル。私のお願い聞いてくれて」

「パーティの事か?気にしなくていい。私も案外楽しめた。たまにはいいものだな」

「そう?そう言ってもらえると嬉しいわ」

 ユイの弾ける笑みがラウルに向けられる。


「ああ、それにしてもこのワイン、最高に美味しい!」

「ユイの好きだった銘柄だ」

「覚えててくれたなんて、もう嬉しい事尽くめ!」

 すでに相当量のアルコールを飲んでいるユイは、かなり酔っている。対するラウルはまだまだ平気だ。


「…ユイ、少し飲みすぎでは?」

「だいじょ~ぶっ、ラウルは全然足りないんじゃない?もっと酔って乱れてよ…んねっ?」そう言ってラウルにしなだれ掛かる。

 そんなユイを優しく受け止めラウルが答える。「できる事なら、一度は酔って乱れてみたいものだ」

 ほろ酔い気分は体験できたが、酔って乱れた経験はまだない。


「ん~、その澄まし顔を崩してみた~いっ」

 ラウルの顔に手を伸ばす。美しいグリーンの瞳がユイだけを映している。

「これよ、これ…。絶対にこれだけは忘れないって!こ~んなにキレイな瞳…どこにもないんだから」うっとりとラウルの瞳に見入るユイ。

「ユイ…」


 ユイが記憶を取り戻せたのは、ダンの後押しもあるが、何よりもこのエメラルドグリーンを思い出したお陰なのだ。


「こ~んなに美しいマフィアなんて罪だわっ」頬を膨らませてユイが言う。

「ん?…美しさとマフィアは関係ないと思うが」ラウルには意味が分からない。

 困惑するラウルを置き去りにして、ユイは語り続ける。

「あ~、でも表の世界に行ったらダメよ?手の届かない存在になっちゃうから」

「…は?」

「ラウルは私が独り占めするのっ!」


 一人で勝手に議論して完結し、ラウルに抱きつく。明らかな酔っ払いでもあり、これがいつものユイでもある。


 ユイの言い分が理解できなくても、今のラウルには関係ない。

「ならば私は、ユイを独り占めするまでだ」

「え~難しいかもよ~?ユイさんってば、なかなかの人気者だから!」

「望むところだな」

「うふふっ、ステキ、自信満々!そう来なくっちゃ、フォルディスサマ!」


――当然誰にも負ける気はない。ユイは新堂ではなく私を選んだのだから――


 一頻り騒いで満足したユイが、急に大人しくなった。ラウルはそれを見て自然な形で誘導する。

「ユイ、もう遅い。そろそろベッドに行こう」

「ええ…そうね」


 ずっと足を踏み入れていなかった自室の寝室。使われなくなっても、ベッドは毎日綺麗にメイクされている。

 ドアを開けたラウルの脳裏にある出来事が甦る。そこに広がる暗がりで、ユイが自分にコルトを向けたあの夜の事だ。


 先に寝室へ入りキングベッドに腰を下ろしたユイは、入って来ようとしないラウルを見て首を傾げる。

「ラウル?どうしたの?」

「…いや」

「何か心配な事でもある?」


 ユイに心を言い当てられた気がして、ラウルはふっと笑った。

「この部屋は長らく使っていなかった。色々と、おまえとの事を思い出してしまうから」

「…それは、ラウルにとっていい事だった?それとも悪い事だった?」

「もちろんいい事だ。だが一つだけ…そう確信が持てない事がある」


 未だドア横に佇むラウルを見やり、ユイは訴える。

「それは何?言って!事故の後の事なら覚えてないかもしれないけど…一緒に考えたいの!」

「ユイ…」

 動こうとしないラウルを急かすユイ。「来て、ラウル。早くこっちに来てっ」


 ようやく足を踏み入れたラウルを隣りに呼び寄せて、並んでベッドに座る。

 ユイは体をラウルの方に向け、答えを待つ。


「以前、私に良く似た従妹がいると話した事は覚えているか?」

「ええ。覚えてるわ」

「その従妹…ルアナが尋ねて来た日の夜の事だ」

 ラウルはポツリポツリと話し始める。


「時間としては…今よりもう少し後だな。目が覚めると、おまえがコルトを私に突き付けていた」

「え…っ?」

 息をのんだユイに、優しく微笑んでから続ける。

「心配するな、弾は全て抜いていた。発砲は不可能、その行為を責めているのではない」

「だけど…!」


「あの頃のおまえにとっては、悪意を向ける全ての人間が敵。きっと私が眠りの中で抱いたそれを、敏感に察知したのだろう」

「うん…」

 少しの間を置いてから、ラウルは再び話し始める。

「確信が持てないのは、その後の事だ。おまえはトリガーを引いた後、涙を流した。それが、どういう意味の涙だったのか…どうしても分からないのだ」


――あるいは、意味などないのかもしれないが…どうしてもそうは思えない――


 衝撃の事実を前に、どう答えていいのか混乱するユイ。

――私が、ラウルを?それは本当に殺そうとしたの?――

 これまで一度たりとも、ラウルの命を狙おうとした事などない。むしろ守り続けて来たのだから。


「私がラウルを敵と認識するなんてあり得ない!」

「今はそうだろうが、あの時はそうではなかったのだ」

「だって!敵と同じベッドに入るはずがない。例え自分を失っても、そういう本能は消えないはずよ?」

「そうだ。その頃のおまえは時々、殺し屋の顔をしていた」

「…あなたにコルトを向けた時も?」


 ラウルは、あの時のどこまでも無だったユイの表情を思い返す。


「そうであったなら、これほど悩んではいない。明確な殺意を向けられていたなら…」

「だからそれはあり得ないってば!」

「そうだな。ベッドを共にする事も、拒絶されてはいなかったと思う」

――単なる願望かもしれないが――

 行動に移す前には必ず確認していた。勝手な判断ではあったが、ユイの拒絶は一度も感じなかった。


「殺意も持たずに銃を向けたとすれば、理由は一つしかないわ」

「それは?」ラウルが興味深げに身を乗り出す。


「私を嫌いになってもらうためよ」

「…」

「あなたに、自由になってほしかったのかも。ラウルは優しいから、きっと私に尽くして自分の事を疎かにしてたでしょ?」


 ラウルが目を見開いてユイを見つめる。

 ほろ酔い加減のユイは、そのまま後ろに体を倒した。


「な~んてね!ねえ分かってる?今のユイさんは酔っ払いよ?まともに頭が働くと、思ってる、の…」

 そう言うや否や寝息が聞こえてきた。

「ユイ?寝たのか…」

 その寝顔をしばし眺めて、そっと髪を撫でる。

「風邪を引くぞ?」


 ふっと笑いながら、その体を抱き上げて位置を正して寝かせた。


 そして、先程ユイが言った言葉を考える。

――嫌いになってもらうため、か。考えてもいなかった――

 例えこれが酔っ払いの戯言でも構わない、ラウルは思う。


「私は信じる。あの行為はユイからの愛であったと。ならば、このベッドでの思い出は全て、いい事だったと言える」


 ラウルはそう呟いて、およそ一年ぶりにユイの隣りで穏やかな眠りに就いた。


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