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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第二章 降りかかる試練
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助け合いの精神(3)

 しばらくしてユイの寝息が聞こえてくると、ラウルはおもむろに腕時計を見やる。

――そろそろ向こうが目を覚ます頃か…――


 その時、病室のドアをノックする音が響いた。


 立ち上がり扉を開けると、ダンが立っていた。

「ラウル様」

「今行く」詳細を尋ねる必要はない。この男がここへ来る目的は分かっている。

「ユイ様には…?」

「ユイは今ようやく眠ったところだ。まだ起こしたくはない。まずは私だけでいい」

――先に話したい事もある――


 ラウルはユイを残して静かに病室を出た。

 ダンを従えて廊下を進み、別の病室の前に来る。ドアを開けたダンの横から中へ入ると、新堂は思いのほか力強い眼差しを向けて来た。


「思ったよりも元気そうだな、ドクター新堂」

――これは本当にユイの血の効果か?――


「フォルディスさん。この度はご迷惑をおかけしました。ユイさんを私事に巻き込んで申し訳ない」新堂が煩わしそうに口元の酸素マスクを外して答える。

「それはまだ付けておいた方が良いのでは?」

「いえ。問題ありません」

「そうか。では体もつらいだろうから、率直に話す」

「助かります」


――責任を取れとでも言うつもりか。だがどうやって?この国のマフィアも、指詰めなどするのだろうか。だとすれば厄介だ!――

 何を言い出されるかと内心怖気づく新堂だが、そんな素振りは見せない。


「まずは、爆発が起きた時ユイを庇ってくれたそうだな。それについては礼を言う」

 詳細はすでに部下やユイから聞いていたため、細かい部分まで把握済みだ。

 こんな発言に驚きを隠せない新堂。まさか礼を言われるとは思ってもいなかった。

 言葉が出ず目を瞬く。


「この先も、お前が狙われる可能性は捨て切れない。その度にユイを巻き込まれては困る」

「もちろんです。今回だってそんなつもりでは…」

「今後、ユイ・アサギリに依頼するのはやめてくれ」

「…それはまた一方的ですね!」

――するつもりもないが、そんなふうに言われると反論したくなる!――


「私にはその権利がある。近い未来の夫として」

「ご心配には及びません。これまでも彼女に依頼した事などありませんし」

「そうなのか?ユイはお前と随分気が合っていたから、過去にボディガードの依頼でもしたのだと思っていた」

 ボディガードは保護対象と常に行動を共にする。それが男女であれば、親密な関係に発展してもおかしくない距離感で過ごす日々となる。


「ご冗談を!どうせ雇うなら、もっとコワモテの、そちらのダンさんのような方を選びますよ」

 いきなりの指名にダンが無意識に姿勢を正す。さすがにこの夜更けの病院ではサングラスは外している。

――それはもっともだ。残念ながら、俺はラウル様の護衛しかせんがな!――


「それは失礼した。話を変える。ドクター新堂、お前に改めて提案する。うちの専属ドクターになる件だ。お前の身の安全も保障できる。あらゆる意味でユイに危険が及ぶ心配もなくなる。お互いに悪くない話だと思うが?」

「…有り難いお話ではありますが、答えは同じです」

「何が不満だ?」


 新堂は沈黙する。

――一マフィアの専属になどなっては、ゴッドハンドが泣くだろう?俺は難解なオペがやりたいんだ!そのくらい分かってくれ――


「金か?…ああ、反社会勢力には関わりたくないと言っていた件か」

「ええ、そうですね」面倒になった新堂が素っ気なく返す。

 負けずにラウルが続く。「関わらないようにしていても、今回のようなケースもあると思うが?」

「とにかく!私の身の危険についてはお構いなく。もう金輪際ご迷惑はおかけしません。銃創の処置やちょっとしたケガなら、どの医者でも対応できるでしょう。なぜ私なんです?ユイさんと同じ血液型だからですか」


「それもある。お前にとっても同じ型の人間が近くにいた方が安心だろう」

「ユイさんと違って、私は滅多にケガなどしませんがね!」

「その言葉は、あまり説得力がないな」ラウルは軽く鼻で笑って言った。

 当然である。つい今しがた血を分けてもらった身なのだから!


――ダメだ…いつもの調子が出ない、このままでは言いくるめられる!――

「少し時間をください。疲れているので、今は休ませてくれませんか」

「それは気がつかずに悪かった。もちろんだ、ゆっくり休んでくれ」


 新堂の申し出を受け、ラウルはあっさりと引き下がった。


 ラウルとダンが去り、一人になった病室で、新堂は片手を額に当てて悔やむ。

「…参ったね。っ、イタタ…。あいつに血を提供させてしまった…それだけは避けたかった」意識を失ってしまったからには拒否する事もできなかった。

 大きなため息が漏れた。



 一方、病室を出て廊下を進むラウルの背に、ダンは恐る恐る声をかける。

「あの、ラウル様」

「私はユイのところに戻る」振り向きもせずにラウルが告げる。

「分かっております。あの!」

 ダンが声を荒げても、立ち止まる事もなく一直線にユイの病室へと進むラウル。


 ダンは諦めてそのまま話を始める。

「なぜあそこまでドクター新堂を引き入れようとなさるのですか?」

「なぜだと?先程の私の話を聞いていなかったのか?」

「聞いていました!ですが、新堂の言い分も一理あります。何もあの者でなくとも、フォルディス家には優秀なホームドクターがおりますし、ユイ様の血液に関しても自己血のストックでほとんどは対応できるではありませんか!」


 ここでようやくラウルが歩みを止めた。

 深夜の薄暗い廊下には今のところ誰もいない。


「お前は新堂を良く思っていないな。理由はそれか」

「はっ。あ!その…確かにあの者の態度は少々気に障りますが…。ラウル様は違うのですか?」

――ああ、ついに言ってしまった!――


「向こうで話そう」それだけ言ってラウルは踵を返した。

「はい」


 二人は廊下を抜けて外に出た。ひんやりとした空気で頭を冷やせという、ラウルからの無言の圧を感じるダン。

 ラウルは側のベンチに腰を下ろして、懐から葉巻を取り出し火を点け一服を始める。


「続けろ」

「はっ!これは私の思い違いかもしれません。ですがどうしても考えてしまうのです」

「だから何をだ…」的を得ない言い様に、面倒に思いながらラウルが聞き返す。

「ドクター新堂は、ユイ様に恋愛感情を抱いているのではないかと…」

「何だと?」

「もっ、申し訳ございません!本当に単なる妄想で確証はありません。ですが、そんな者をユイ様の側に置けば何が起こるか…」


――どこからそんな発想が?…聞くだけ時間のムダだった――

 ラウルは煙を深く吸い込むと、早々に葉巻を処理して立ち上がる。

「ユイが心配だ。私は戻る。お前はもう少しここで頭を冷やしていろ」


 勢い良く頭を下げてかしこまるダンの前を通り過ぎて、ラウルの姿が院内に消えて行く。

 意見ももらえずあの素振り。崇拝するボスに落胆されたショックは大きく、ダンは動揺でしばらく動けそうにない。


「…やはりラウル様は、微塵も気にしてはおられない。それはもちろん自信がおありだからだろうが…。だが、万が一そのような事態となれば!」

――ユイ様がドクターに惹かれているのは明らか。あのように心配されるお姿は、あの日のラウル様に重なる…つまりそれは、愛しかないではないかっ!――


 ダンは深夜の病院の裏庭にて、一人うろたえる。

 北の地ロシアの冷えた夜気ですら、今のダンを冷やす事は不可能だった。


・・・


 長い夜はまだ明けない。

 ダンが病室に顔を出した時も、ユイはまだ眠っていた。


「少しは頭が冷えたか?」

「…いいえ」本当の事だ。ここで自分を偽ったところで何も解決しない。

「困ったヤツだ!」

「ところでラウル様。今回の観光はどうされますか?どこか行かれるのでしたら手配しますが」

――まずは自分のすべき事を。側近としての役目を果たすのだ――


「ああ…今回は見送ろう。またいつでも来れる」ラウルは眠り込むユイを見つめて静かに答える。

「でしたら、これから屋敷に戻るというのはいかがでしょう!ユイ様もご自分のベッドの方が良くお休みになれるかと。ここからでしたら朝には着きます」ダンはここぞとばかりにまくし立てる。


 二人を極力会わせたくない。第二の目的だった観光が取りやめになった今、この国に用はない。

――このままルーマニアへ帰ってしまえばいいのだ!――


「確かにここに留まる理由はない、新堂の件を除いてはな」

「ドクターもああいった状況ですし、また次の機会という事でも…」

 慎重派のダンは様子を窺いながら話を進める。沈黙するラウルの返答を、固唾をのんで待つ。

「だが、新堂が目覚めたら教えるとユイに約束したのだ。引き合わせないとまずいだろう?」

「っ!ダメだ!その方がよっぽどダメだ!」


 突然の大声にラウルが威圧的な視線を向ける。

「声が大きい。静かにしろ、ユイが起きてしまうではないか」

――こんなに良く眠っているのに…――


――そうだ、起きてもらわれては困る!この愚か者め!――

 自分で自分を叱責するダン。


 猛省の後に口を開く。「…申し訳ございません。ラウル様、それにつきましてはこのダンにお任せください。私がドクターに伝えてまいります」

「…大丈夫なのか?」

――不安でしかない!一体どのように話すつもりだ――

 どうせ、あるはずもないユイと新堂の関係を断ち切りたいのだろうとラウルは推測する。そんなラウルも別の理由ながら、新堂とは当分話したくなかった。


――あの男とはあまり気が合わないようだ――


 そして結論に至る。

「好きにしろ。早々に済ませて帰国の準備を」

「かしこまりました!」


 意気揚々と出て行ったダンを、ラウルは複雑な気持ちで見送った。



 一方ダンは廊下を進みながら、新堂にかけるセリフを頭の中でリフレインする。


――これだけ迷惑をかけたのだから、ユイ様に会わせる顔がないだろう?安心しろ、我々は早急に帰国する事となった。ラウル様の寛大な措置のお陰だ、有り難く思え!もし今後ユイ様からこの件で何か問われた時はそう話せ。オ、マ、エの、意向だと!ホームドクターの件はまた次の機会、が、あればの話だが…その時に。以上!――


「おお、完璧だ!」


・・・


 ベッドの上で、新堂はぼんやりと天井を見つめていた。

 つい先程ダンがやって来て、一方的に言い散らして出て行ったのだ。


 ユイに一目会いたかったが仕方がない。恋人をこんな目に遭わせた男になど会わせるはずもない。そう考えて新堂はすぐに納得した。

「あの勝ち気で横柄な男ならなおさらだな!…にしては、なぜ俺を側に置こうとする?理解できない!」


 なぜならラウルにとっては、ユイの事以外はどうでもいいからだ。

 全てを考慮の上で、最も利益の得られる方法を選択しているに過ぎない。


「何でもいい、勝手にしてくれ。面倒事はご免だ!」


 ラウル達が早々に去ってくれて清々している新堂であった。


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