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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第一章 引き寄せ合う力
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影のキューピット(2)

 和やかな夕食を済ませ、しばしの団らんの時間を満喫の後、コルレオーネは早々に寝室に引き上げた。ユイが入浴へと席を立ち、居間にはミサコとラウルが残る。


 見計らったようにミサコが口を開いた。

「ねえフォルディス様。ユイの事で、一つお願いがあるの」

「何だ」

「あの子、珍しい血液型なのを知ってるかしら?」

「それは知らなかった。そうなのか?」


 ミサコは昼間のテンションとは打って変わって静かに語る。

「幼い頃からケガには特に注意しろって言い聞かせて来ました。それなのに、こんな世界に身を置く事になるなんて…あ、フォルディス様を責めている訳じゃないですよ?」

「…ああ」

「ヤクザの実家が嫌で家を飛び出したのに、あの子ったらどこまでこの世界と縁があるんだか!…なんて、私も人の事は言えないわね」



 悲し気に笑うミサコから目が離せない。ラウルは思わず寄り添って背に腕を回す。


「…あらフォルディス様、距離が…」

「…これは済まない。つい」

 指摘されて気持ち後退したラウルだが、元の位置までは戻らない。いつでも手を差し伸べられる距離を保つ。

 こんな行為に決して下心はない。男たるもの、悲しそうにする女性を放っては置けないのだ。


 この距離感に気を良くしたミサコ。

――いくら私がユイに似てるからって、これ以上はマズいわよ?でもいいか、くっ付いて来てるのは向こうなんだし!――


 距離はそのままに、ミサコは再び静かに語り出す。

「私、心臓を患っていたんですよ」

「そうだったのか。今は元気そうだが」

「ええ。あの子がとても腕のいいドクターを探してくれて。お陰で今はこの通り健康体ですわ」

「母親想いのいい娘だな」


「本当に。その先生ね、新堂先生っていうんですけど。と~っても素敵な方なの!世界中で活躍されている凄く優秀な方なのよ」ようやくミサコに明るい笑みが戻った。

「そうだったか」

 頬を赤らめてドクターについて嬉しそうに語るミサコにつられて、ラウルも微笑む。


「私の血液型は特別なものじゃないから、こうして助かったけれど…もしこの病があの子に遺伝していたらっ…」

 ミサコの言っている意味が分かったラウルは無言になる。

「それだけが、どうしても心配で…」

「今のところそんな兆候は全くないように見えるが、念のため定期的に診てもらうようにする」


「ええ!是非!そうしてくださいな」

 縋るような眼差しが向けられて、ラウルは無意識に再びその背に手を当てる。

「心配はいらない。ユイは私が守ると約束しよう」

「ええ…これで安心ですわ。フォルディス様、娘をどうかよろしくお願いします」


 こんないい雰囲気の中、ユイが戻って来る。


「あら~?ヤダお母さんったら、ラウルの事口説いてるんじゃないでしょうね!」

「まあユイ。何て事を言うのかしら」

「ユイ。おいで」

 ラウルはさり気なくミサコの背から手を離すと、ユイに差し伸べる。

 そこへ駆け寄りラウルに抱きつく。「この人は私のよっ?」


「ユイ…帰ったらすぐに病院に行こう」

「は?何よ、急に」

 意外なコメントに、ユイは抱きついた体を離してラウルの顔を覗き込んだ。


「さ~、私もお風呂に入って来ようかしらね。それじゃお休みなさい、二人とも」

「ああ、ゆっくりさせてもらう。ユイ、部屋へ行こう」

「あ、うん…」


 そして居間の照明は落とされた。



 用意された部屋へと移動した二人だが、先程までの甘い雰囲気はすっかり消えていた。消えてしまっているのはユイだけだが。

――私の大嫌いな病院に行くだなんて?お母さんが余計な事言ったのね!あんなにくっ付いちゃって…何か腹立つ!――


 その心境を何一つ分かっていないラウルは、急に不機嫌になったユイに首を傾げるばかりだ。

「ユイ?どうかしたか」

「ねえラウル。お母さんに何言われたの?」

「ミサコはおまえの心臓を心配している」

「ん…?心臓?」またも飛び出した意外な言葉に目を瞬く。


 引き寄せられて、ベッドに腰掛けるラウルの隣りに収まるユイ。


 ラウルの手がユイの左胸に当てられた事で、内容を察する。

「ああ、もしかして病気の事?大丈夫よ、私は!」

「私もそう思う。だが念のため調べよう」

「いいってば。実はさ、その時手術してくれた先生に、私も一度診てもらったの。お墨付き貰ったんだから」


 こうは言ったが本当は少し違う。

 不仲だった両親。実家を飛び出したミサコ。父親を嫌っているユイは当然母について行く。そして経済的な問題にぶち当たる。生活費やら入院費を稼ぐために、ユイは学業の傍らバイト三昧の日々を送り、無理をしすぎて過労で倒れたのだ。

 その時に少しだけその医者に世話になった事があるというだけだった。


――そこまで話す必要ないよね。逆に心配かけちゃうし――


「それはいつの話だ?」

「私が高校三年の時だから…六年は経つかな」

「時間が経っている。もう一度調べよう。何もなければそれでいいのだ。いいね?」

「病院はキライ…行きたくないっ」

 俯いてこう呟く姿はどこから見ても子供である。


 ラウルは接し方に悩む。子供の扱いは全く慣れていない。

 それでも決して叱ったりはしない。

「ユイ、私のために、行ってくれないか?もちろんずっと付き添う。何もつらい思いはさせない」

 その真摯な応対が功を奏した。


「…ラウルがそこまで言うなら、分かったわ」ユイは頷いた。

「ありがとう。何かあれば私が請け負う」

 そう言ってラウルは懐から拳銃を取り出して見せる。

「いやいや!それは必要ないかとっ!」

――ダンさ~ん、助けて~っ!――


 やはりこの人にはダンというブレーキ役が必要だ。病院にはダンも必ず連れて行こうとユイは思った。


・・・


 シチリア島に別れを告げて、二人は屋敷に戻る。

 何事も即行動がモットーのラウルは、ダンに最新設備の揃う病院での検査を手配させた。


「ユイ、リングは私が預かっておく」

「ええお願い」

 ラウルが左手中指に嵌ったリングを抜き取る。

――早速リフォームを施そう。どうせならばユイに似合うデザインに…――


 こんな目論見は、フォルディシュティ家誕生以来初の試みであろう。

 代々受け継がれるリングに、独断で手を加えて問題はないのか?

――意思を持つリングなのだから、嫌ならば抵抗するだろう――

 どこまでも強気、これこそがラウル・フォルディスである。


 こうして終始ラウルが付き添う中、滞りなくユイの検査が進められた。

 そうして全てを終え、検査結果は異状なしだった。


「忙しいのに、二人とも付き合ってくれてありがとう」

 ラウルとダン向かって、ユイが仰々しく頭を下げる。

「これで安心した」

「だから言ったでしょ?信用ないんだから!」

「だがユイ、おまえは特殊な血液なのだから、あまり無茶な事はするな?」

「しません!」

 透かさず突っ込んだのはダンだ。「その言葉こそが信用でき兼ねますなぁ」


 イーっ!と舌を出すユイに、ダンはプイとそっぽを向く。

 案外この二人は似た者同士である。



 帰りの車内で、ユイがいつになく神妙な声で切り出した。


「ラウルに一つ、お願いがあるんだけど…いい?」

「何だ?私にできる事ならする。言ってみろ」

「お母さん、ああ見えてとっても心配性なの。だからもし今後、私に何かあっても…すぐには連絡しないで。ムダに心配させたくないから」

「…」

 ラウルはユイを見つめたまま黙り込む。


「お言葉ですがユイ様。自分からよろしいですか」

「何よダンさん。私はラウルに話してるんだけど?」

「僭越ながら申し上げます。何事かが起きた時に、ご両親に連絡を入れるのは当然の行為。それをラウル様にされるなと?」

「確かにそうだけど…!だから、すぐにはって言ったでしょ?状況を見極めてって意味よ、察してよ!」


 つい声を荒げてしまったユイだが、ラウルの視線を感じて口を閉ざす。

――分かってる、こんな事言われたって、困るよね…――


 こう思ったユイに反し、ラウルは少し笑って答えた。

「分かった。ユイの望む通りにしよう」

「いいの?ありがとう…!」

「ラウル様!またそのような事を!」

「ダン。そういう事だ。今後、コルレオーネとミサコには、許可なく連絡を入れる事は禁じる」

「もちろんそのような事は致しませんが…しかし!」


「心配するな。何事も起きはしない」

「そうよ!だって私とラウルよ?二人揃ったら無敵でしょ」

「その通りだ」


 たちまち甘いムードが車内に漂い始め、ダンは何も言えなくなってしまった。


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