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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第一章 引き寄せ合う力
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影のキューピット(1)

 仕事が一段落したラウルは、早速イタリア行きを決行した。有言即実行である。


「それにしても、こんなに早く実現するとは思わなかった!」

「ミサコに会うのが楽しみだ」

 二人はプライベートジェットにてイタリア・シチリア島を目指す。

「お母さん、私が男の人連れてくって聞いて、かなりテンション高かったな…」

 このハイスペック超絶イケメンを前にしたらどうなる事やらと、今から心配だ。


「ねえ?私達の事、どう話すの?」

「結婚を前提に付き合っていると言うつもりだが、おまえが良ければ婚約者に変更する。どちらがいい?」

「えっ、あ、…どうしよう」


 連れて行くからにはそれなりの関係でないと不自然だ。あれでいてミサコはそういう事には厳しく、半端な事を嫌う傾向にある。


「…どうせなら、婚約者の方でお願いします」若干照れながら返すユイ。

「そうか!私もその方がいいと思っていた。良かった」

 嬉しそうなラウルを見てユイも安堵する。

――良かった!でもなんか照れるな、婚約者…きゃっ!――


 浮かれまくるユイとは裏腹に、ラウルは渋い顔になっている。

「そんな事ならば、エンゲージリングを用意するべきだったな…」

――親類やら部下達への報告もまだだ。これでは順序が違う――

 きっちりしたい性格のラウルは一転して悩まし気だ。


「ラウル、リングならこれで十分よ?」

 あれから何度もラウルに右手に嵌め直してもらうも、気づけば勝手に左の中指に移動している頑固なリングを見下ろす。

「だがそれは…」

「だって、先祖代々受け継がれる大事なリングなんでしょ?立派に愛の証だわ」


 ユイが向けてきた笑みはそれは神々しく、ラウルは思わず見惚れてしまう。

「おまえがそう言うのなら…」と前向きになるも、すぐに次の後悔が押し寄せる。

――それならば、そのリングをせめてリフォームしておくべきだった――

 今度はピカピカのプラチナ仕様にしたかったと悔やみ始める。


 対するユイはどこまでも愛らしい顔で微笑んでいる。

 それを見るうちに後悔の念はあっさり吹き飛び、欲のままにその唇を奪う。ダンが見ているにも関わらず、キスはどんどん深まって行く。

「ありがとう、ユイ…」キスの合間にラウルは囁く。

――小さな問題などどうでもいい。ああ、愛する気持ちが止まらない。今ここでおまえがほしい――


「…んっ、ラウル、今はこのくらいでっ!」


 胸元を押し返されたラウルは少しだけ寂しくなったが、我に返って前を向き襟を正した。

「ダン。あとどのくらいで着く?」何事もなかったように澄まし顔で尋ねる。

「はっ、あと二十分弱といったところでしょうか」

「目的地の天候は?」

「良好です」

「コルレオーネへの手土産は」

「はっ、抜かりなくご用意してございます」

「よし」


 土産の中身をラウルは知らない。先方の趣味や好物のリサーチはダンの仕事である。そしてこういった雑務は全て完璧にこなすダン。


「済みません、ダンさん。何かと気を遣っていただいちゃって」

「いえ。これが自分の仕事ですから」

「それで、ダンさんだけホントに家に泊まらないんですか?お部屋は問題ないと思いますよ」

 数回行っただけのユイだが、コルレオーネの住居は把握している。

 フォルディス邸には遠く及ばないが、なかなかの大きさだ。広大な庭では馬を数頭飼っているくらいだ。


「部屋数の問題ではありません。ご家族への大事な報告の場に、自分は同席しない方が良いのです。予定通り近くの宿に一泊します」

 チラリとラウルを見て判断を委ねるダン。

「この男がいればコルレオーネが警戒する。そのような誤解は招きたくない。分かってくれ、ユイ」

「そういうものですか…」


――まあ確かに?顔コワイし!――

 この言葉だけは二度と口にしないと誓ったユイ。心の中で一人納得する。


「今回ダンは運転手という事にする」

 ラウルの言葉にユイはすぐに同意した。「はい、それでいいです」

「自分を気にかけていただき、ユイ様のお心遣い、感謝いたします」

「いえっ、そんな大袈裟な!」


 ダンに大真面目に頭を下げられユイは慌てた。

 先日のドライブの件以来、突き刺すような敵意ある視線を感じなくなった。少しは受け入れてくれたのだろうかと、無表情のダンを見ながら思うのだった。



 コルレオーネ邸へと到着し二人を下ろすと、ダンは挨拶もそこそこに速やかに走り去った。

「ラウル様、私はこちらからご健闘をお祈りしております。ユイ様が付いているから、危険な事態になる事はないだろうが…しかし、ああ不安だ!」

 若干、いや大いに態度に問題ありの、世間(一般庶民)知らずなラウルを心配するのは親心か。


 そしてマフィア同士の顔合わせは、やはり危険な香りがする。


・・・


「二人ともよく来てくれた!フォルディス、こんな形でまた君に会うとはな。父君が亡くなってどれくらいだ?君も今や立派にボスの顔になったな」

 ラウルがイタリア語を解さない事を知るコルレオーネが英語で話しかける。

「お前も元気そうだな、コルレオーネ。もうすぐ引退すると聞いたが」

「ああ、もう年だしな。ここらで若いのに任せようと思っているよ」


 ラウルは年配者にも砕けた口調で話す。それに目くじらを立てる者がいない理由は簡単だ。フォルディス・ファミリーがそれだけ力を持っているのだ。


 当然ミサコにも初めから砕け口調だ。

「ミサコ、お前に会えて嬉しい。思った通りユイと良く似ていて美しい」

「まあっ、フォルディ…シュ、ティ様ったら!ちょっとユイ、あなたあのお見合い断ったクセに、どうしてこんな事になってるのよ?」

 ミサコはと言えば、ラウルの口調など気にする余裕もない。プロフィール写真越しに胸ときめかせた超絶色男が、今目の前にいるのだから!


「フォルディスで構わない。今はこちらの名で通っている」

「あら。なら良かった!もう呼びにくくって困ってたのよ。フォルディス様っ、きゃ~っ!」ユイと同じような反応を示すミサコ。

「お母さんっ!はしゃぎすぎ。落ち着いてよ、恥ずかしいなぁ…」ユイは堪らず日本語で訴える。


 日本語で言い合いを続ける良く似た母娘から、同じタイミングで視線を逸らした男達。ふとラウルとコルレオーネの視線が合う。


 ラウルが先に口火を切った。

「ユイと私のキューピットは、お前だな?」

 軽く肩を竦めてコルレオーネが答える。「最初に見合いの話を持ち掛けたのはミサコだよ」

「いや。ユイは見合いを断った。お前が影のキューピットだろう」

「私が手を回した事もお見通しか。さすがだな、フォルディス!」

「ユイを義理の娘にできたお前は、相当運がいいな」


「ああ本当に。ユイの魅力には自信があった。君の心を必ずや掴むとね」

 コルレオーネにこう宣言されて、ラウルは苦笑するしかない。

「…全く。昔からお節介との噂があったが、本当だったな」


 ユイが二人の会話に気づいてラウルに声をかける。

「ねえ、誰がお節介なの?」

「今回のユイ・アサギリへの依頼には、この男が一枚噛んでいるという事だ」

「ええっ!っ、…あ、ダメ、そういう話は!」突如ユイが挙動不審になる。

 それを見てミサコが透かさず突っ込む。「ユイ?何がダメなの。あなたこそ落ち着きなさいよ?」


――お願いだから、お母さんの前で私の仕事の話はしないでっ!――

 ラウルが心を読めると思っているユイは必死に目で訴える。


「いい父親を持ったな、ユイ」

「はいっ…だからもうその話はっ!」

――ラウルったらどうしてイジワルするの?――

 それは当然、ラウルは心を読んでなどいないからだ。

 勘は鋭いが読心術はできない。


「フォルディス様、ウチの人が何かしたの?」ミサコが不思議そうに尋ねる。

「おっ、お母さん!コルレオーネさんは見守っててくれたって意味!全部お母さんのお陰よ、ありがとね~!」ユイは大袈裟に礼を言いながらミサコに抱き付く。

「まあっ、そう?」それにあっさり乗せられるミサコ。

「そうそう!ラウルね、昔コルレオーネさんに会った事あるんだって。それも何だかご縁感じるでしょ!」ラウルが答える隙を与えず、ユイがまくし立てる。


――何とも賑やかな母娘だ――

 その雰囲気に流されつつあったラウルだが、本来の目的を思い出し咳払いをする。

 足を組み直してユイの肩に静かに手を乗せ、微笑んで見せる。


「では改めて。ユイと私の婚約を認めてほしい」

 発せられた厳かな口調が、一瞬で場の空気を変えた。

 急展開に慌てたユイだがすぐに続く。「ラウルったらいきなり…?あの、パパ、お母さん。私達、そういう事になったからその…」

 目を瞬くミサコとコルレオーネ。並んで座る二人は目を合わせて沈黙したままだ。


 答えをもらえない事に痺れを切らしたラウルが言い放つ。

「認めてほしいと言ったが、これは決定事項だ」

「うぐっ!ちょっとラウル?」これにはユイも驚く。


 異様な空気が流れる。


――こんな一方的な持って行き方はないでしょ!さすがに俺様すぎませんか、フォ

ルディス様っ!――

 あたふたしながらも、ミサコの右手が懐に伸びた事に気づき、ユイは目が点になる。

 ラウルもそれに気づき、無意識に銃へと手が行く。

――はぁ~?ウソでしょ、お母さんが拳銃を?!――

 思わず勢い良く立ち上がる。さすがにここでユイがコルトに手を伸ばす事はない。


 次の瞬間、パンッと乾いた音が室内に響き渡った。

 そうしてユイに向かって降って来たのは、銃弾ではなく紙吹雪だった。

「…クラッカー」

「おめでとう!ユイ、良かったわね。そもそもこっちから持って行った縁談よ?私達が反対する訳ないじゃない。ねえあなたっ」ミサコが隣りに座るコルレオーネに抱きつく。


 そんな様子を見て呆然とするユイに、ラウルが銃から離した手をそっと伸ばした。

「ユイ。座れ」

「…ええ。ビックリした!お母さん、そういう余興いらないから。ラウルが驚くでしょ」

――こんな事して怒らせて、窓でも割られたら大変じゃない!――

 恐る恐るラウルを見やるも、全く怒っている様子はなく、穏やかな笑みさえ浮かべている。

――…セーフ――


「あら。私がピストルでも持ち出すと思った?マフィアの妻はしてるけど、触った事もなくてよ」

「知ってるよ…ってか、そうでないと困る!」

 母親が拳銃を撃ちまくる姿は見たくない。

「でもユイ、あなただってマフィアの妻になるって事よ?そこのところ、分かってるの?」


――むしろあなたよりも分かってるかと!――

 こう心で訴えつつ、ユイは笑って誤魔化す。


 ユイが拳銃を持っている事はミサコは知らない。当然裏社会での暗躍も。


「こんな話になったなら、是非婿に来てもらいたかったな」そうすればウチのファミリーは安泰だ!と豪快に続けるコルレオーネ。

「それはできない。私にもトップとしての責任がある」

「真面目に取らんでくれ、分かってるさ。ああ残念だ!」


 引退間近のコルレオーネは、本気で残念がっていた。


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