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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第一章 引き寄せ合う力
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自分に素直に(2)

 カーテンの隙間から差し込む柔らかな陽ざしを浴びて、ユイはぼんやり目を覚ます。


「ん…。ん?ここどこ?っ!」

 見慣れない部屋の様子に驚いて飛び起きるも、おかしな格好で寝ていたのか首が猛烈に痛む。

「いったぁ~…。そうだ、私昨夜フォルディス様と…」

 横にいたはずのラウルはすでにいない。キングサイズのベッドは、一人で寝るにはあまりに広かった。


 首を痛める程に寝相が悪かったのは久しぶりだ。ここだけの話、ユイの寝相は見ていてかなり楽しめる。ラウルがどれだけ楽しんだかは定かではないが。


「起こしてくれて良かったのに…?」

 首を擦りながら起き上がる。

 昨夜の甘い余韻と共に、あの部分がジンジンと痛みを発しているのに気づく。夜の営みもかなり久方ぶりだ。それもかなりハードな…。

 何にせよ、ユイにとっても極上のひと時であったはずだが、飲み過ぎてあまり覚えていない。


「ああっ、どうしよう!マズい事になった!」


 どんな顔をしてラウルに会えば良いのか分からない。謎は何も解明していない。まだ仕事は終わっていないのだ。

 半ば本気になってしまっただけに、これまでのように演技を続けるのは難しい。


「ってゆーか、今何時よ?」

 置時計は午前十一時を指している。完全に寝坊だ。

 まだ気怠い体に鞭打ってベッドから飛び出す。右往左往するも、やはりあの部分が痛む。

「一体どんだけやったのよ?欧米系は性欲旺盛で困るわ…」ユイは案外淡白な方だ。

 以前交際した英国人も熱烈だったと、当時を思い起こして苦笑する。


 昨夜の下着を付ける気にはなれない。着て来た薄手のワンピース一枚で部屋に戻るのは危険だ。何せここは男の園なのだ。

 自然とバスルームに目が行く。そっと扉を開けて中を覗くと、洗面台に女性ものの衣類が綺麗に畳んで置かれていた。

「ご丁寧に下着まである…。でも助かったわ、遠慮なく使わせていただきま~す!」


 熱いシャワーを浴びて着替え、ようやく少し気持ちが落ち着いた。

 見計らったようにノックの音が響く。


 ここへ来るならラウルかダンだろうと、すぐに返事をする。

「はい、どうぞ」

「ユリ様、お目覚めでしたか。朝食を…いや、もう昼でしたな、食事をご用意いたします」

 ダンだった。あまりのタイミングで現れた事に驚く。

――まさか見てた?なんてね、寝坊してスミマセン!――


 本当は昨夜の一部始終が見られていたのだが、当然ユイは知らない。それでも室内のこんな状況から、昨夜ここで何があったのかは分かるだろう。

 そう考えて途端に真っ赤になるユイ。

「あのっ、自分の部屋で食べます!向こうにお願いします…」

 乱れたベッドのシーツを気持ち整えながら、慌てて立ち上がった。


「かしこまりました」

 ダンはニコリともせず恭しく一礼すると、表向きは変わらぬ表情のまま出て行く。


 一夜明け、ダンはこの出来事が夢ではなかったと再確認してしまった。

――落ち着け、今日のラウル様はとても機嫌がいい。いつもより何倍も生き生きとしていらっしゃる。ならば喜ぶべきではないか?――


 よほど昨夜のひとときが良かったのだろうが、ダンは素直に喜べず。複雑な心境で一人悶々とするのだった。



 遅い朝食を終えたユイは、何もする気になれず部屋でぼうっと過ごしていた。こんな事はここへ来て以来初めての事だ。


「はぁ~…」

 事あるごとにため息が漏れる始末である。

 時折、昨夜の余韻が戻って来ては、一人身を震わせる。


 部屋から一歩も出ない大人しすぎるユイに、ダンが心配し始める事態ともなる。


――もしご体調が優れないのだとしたら大変ではないか!――

 オロオロするも、声をかけずらい。たった一度の行為でも妊娠はする。

――もっ、もしや…お子が出来たか?――

 気が早いダンだが、そんなヘマをするラウルではない。第一まだ子作りの段階ではない。


 そして部下達も、いつもの時間に顔を出さないユイを心配する。

「なあダン、ユリ様はどうかされたのか?」

 こう問いかけた彼は、昨夜の見張りに参加していなかった者だ。そのため状況を全く把握していない。

 それを分かっているダンは、澄まし顔で言い返す。

「ユリ様もたまにはゆっくりされたいのだろう。お前が気にかける事ではない」


 だが、ボスには報告の義務がある!と息巻いたダンはすぐさまラウルの元に向かう。


「報告ご苦労。後で様子を見に行ってみる」

「はっ!よろしくお願いいたします」

 自分に行けと言われなかった事に、安堵の息を吐き出したダンであった。



 書斎でしていた書類のチェックを中断し、ラウルは宣言通りユイの部屋に向かう。

 時刻は午後三時。いつもならば中庭で家の者達と談笑している時間だ。

 通りかかった中庭には誰もいない。

「…」


 部屋の前に立ち、軽くノックする。

「ユリ、いるか?入るぞ」

「どうぞ」


 ラウルがドアを開けると、ユイは本棚にもたれて首を擦っていた。

 またダンが来たものと思っていたユイは驚く。


「気分でも悪いのか」

「え?いいえ!元気ですよ?フォルディス様こそどうかされました?こんな時間にいらっしゃるなんて…」

「おまえが随分と大人しいと、皆が心配している」

「それで様子を見に来てくれたんですね。…フォルディス様ったら優しいんだから」

 笑顔で返したユイに、ラウルは安堵の表情となる。「元気そうで良かった」


「ならば今夜も私の寝室へ…」

「その!今日は…遠慮させてください」

 夜の誘いをここまであっさり断られた事など未だかつてない。ラウルは分かりやすく手を口元に当て、目を瞬いて絶句する。


「あっ!お気を悪くなさらないで?フォルディス様のお誘い、とても嬉しいんです。私もまたご一緒したいんですが、えっとほら、どうにも首が、痛くてですね…」

 ユイは寝違えた事を話して聞かせた。


 本当の理由はそれではないが、ラウルは真に受ける。

――それで先程から首を擦っているのか…――

「それはいけない。無理はするな。酷いようだったら医者を呼ぶ。遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます」

 小さく肩を竦めて、ユイは礼を述べた。



 だがしかし、翌日になってもユイの精神的混乱は鎮まらない。

 幸い昨夜の夕食は別々で、ラウルと顔を合わせる事はなかった。そして今朝も早くからどこかへ出かけたようだ。ダンの姿も見当たらないから共に外出したのだろう。


「どうにも意識しちゃう。いつまでも避けてられないし…。ダメよ、こんな事じゃ!前進あるのみ!」

 自分で自分を鼓舞し、仲良くなった例の若い部下の元に足を運ぶ。英語が堪能な者は少なく、ユイとしては単にそういう理由でこの男に近づいているだけだ。


「ちょっといい?」

「ユリ様!元気になられたんですね、良かったぁ」

「え?何の事?」

「昨日からお顔を見ていなかったので、体調でも崩されたのかと」

「…ああ、そういう事。ええ、お陰様で」

 それならばそういう事にしておこうと、少し微笑んで頷く。実際、日頃使わない部分が大いに痛んで体調は崩れていたのだから嘘ではない。


「それでね、気分転換にドライブしたいの。車貸してくれない?」

「ええ?ムリっすよ、さすがに!今日はボスもダンも不在だし、指示を仰ぐにも…」

「そんな大袈裟な事じゃなくて!ちょっとその辺走って来るだけよ。すぐに戻るから」

「しかし…」

「ね?お願い!あなたに迷惑はかけないわ。バレたら私が勝手にキーを持ち出した事にしていいから」


 難色を示していた彼だったが、ユイの必死さに負けた。

「ホントにちょっとだけですよ?すぐに帰って来てくださいね?約束ですよ!」



 こうしてどうにかドライブが決行となる。


 暗めの色の服にサングラスを着用し、なるべく目立たないよう変装して黒塗りのセダンに乗り込む。

「この味気ない車…。ま、贅沢は言えないか。さぁ~、ストレス解消と行きましょ!」

 本音は真っ赤なオープンが良かったユイ。


 屋敷前の一本道を市街地へと走らせる。今日は生憎曇り空ですっきりしない天気だ。

「道も良く知らないし、迷子にだけはならないようにしないと」

 この車にカーナビは付いておらず、携帯電話は置いて来た。あれを持っていては簡単に居場所が分かってしまう。


 やがて街が見えて来た。パーティに行った時に通ったため、この辺には見覚えがある。

 途中、花屋前を通りかかった時、フォルディス家の車を発見した。

「メイドさんが家に飾る花でも買ってるのかな」


 大通りはやや混雑していて、路駐している車が結構いる。

 反対側の通りを徐行しながらこっそり覗いていると、見栄えのする背の高い金髪の男性が姿を見せた。この地域ではブロンドは見かけないため、かなり目立っている。


「ってあれ、フォルディス様!?何で花屋なんかに…誰かにあげるんだろうけど!誰かに、…あ~あ」

 手にしていたのは豪華な花束。それも女性が喜びそうな色合いの、これまたセンスの良い組み合わせだ。

 あの花を手に喜ぶ経験豊富なブロンド美女を想像して、ユイは盛大なため息を吐く。


「…来なきゃ良かった!」

 気分転換どころか逆効果、一気にテンションが下がってしまったユイ。


 早々に帰ろうとアクセルを踏みかけた時、ラウルの目前で黒のワンボックスが勢い良く停止した。


「何だろ?」

 観察していると、車からこれまた黒尽くめの男達が降りてきて、ラウルを殴りつけたではないか!

 手にした花束が路上に落ちる。ラウルの護衛はあっという間に倒され、運転手は震えながら見守るばかり。


「ええ、何で?弱っ…。ヤダっ、大変じゃない!」

 車から降りて助けに向かおうと思うも、あっさり気を失ったラウルはあっという間にワンボックスに押し込まれてしまった。


「何よフォルディス様、何であなたまでそんなに弱いワケ?!マフィアのボスでしょ!そもそも何で護衛が二人しかいないの?いつもは大勢引き連れてるじゃない…」

 その上今日はダンの姿もない。


「どうなってるのよ!」


 ユイは迷わず走り去ったワンボックスの追跡に乗り出した。車を器用に方向転換させると、反対車線に入りスピードを上げる。

 目的の車を発見するや、見つからないよう数台後から尾行する。

 やがて車は市街地を抜けて山道に入った。薄暗い周囲をチラチラと見ながら進む。

「完全に迷子だ…なんて事言ってる場合じゃない、フォルディス様を助けないと!」


 そして辿り着いたのは一軒の邸宅。御大層な門が聳えており、これより先には行けそうもない。車から降りてそっと中を覗く。

「ここからじゃ全然様子が分からない。どうする?」


 敵はラウルを連れ去った。その場で殺さないところからするに、何らかの取引を持ちかけるつもりだろう。

――もしそれが上手く行かなければ…殺される!――


 門をすり抜けて、茂みに身を隠しながら中庭に忍び込むユイ。幸い警報装置のようなものはない。


「あの部屋は居間かしら?あ…フォルディス様っ」

 運良くラウルの連れて来られた部屋の前に出たようだ。そのテラスの手摺りにしがみ付きながら中を覗く。

 椅子に縛られたラウルは、まだ気を失っているのか俯いたまま動かない。

 窓に背を向けてソファに深く腰掛けるシルバーヘアの男、その左右に数名部下が控えている。


 背を向けるこの連中を皆殺しにして救出する、そう考えるも、安易に殺すべきではないと思い直す。そうすべきかどうかはラウルが決める事だと。

「なかなか私も、ダンさん的な側近の素質あり?」

 こんな事を言って苦笑しつつも、左手にはすでにコルトの姿がある。


 窓は当然防弾ガラス。だが連射すれば貫通する。寸分違わずに三発撃ち込む。残りの三発で決着をつけなければならない。


――この状況じゃ、一発撃っただけで見つかる――

 我ながら無謀だとユイは思う。こんな勝算のない戦いに挑むとは!この窮地を乗り越えるには、本当に謎の力でもないと不可能だ。

「そんなものが、本当にあればの話だけど!」


 試行錯誤する間にも、ラウルの頬に三度目の平手打ちが加わった。


「ダメ、もう見てられない…待っててフォルディス様、今助けますね。ええい、なるようになれ!」

 ユイは暗がりから飛び出して、柵を乗り越えテラスに着地する。

 すぐさまコルトを構えると、シルバーヘアの後頭部目がけて、まずは一発発射した。


 弾がガラスを弾く音に、シルバーヘア以外が振り返りユイを認識する。室内は突如現れた若い女に一時騒然となるも、男達は余裕の態度だ。


「誰だ、いつの間に入った?フォルディスの手の者か。見たところ一人のようだが…」

「ははっ!いい度胸だな、小娘。そんなの撃ってもムダだ、このガラスは超強力な防弾仕様だからな。バズーカ砲でも持って出直せ!」

「構うな、お前達。早くこちらの仕事を進めるのだ」

「はい、ボス」


 中の会話はユイには聞こえない。まだ動く様子のないラウルに、注射器を持った部下が近づく。

「ちょっと、何するのよ!」窓の外でユイが叫ぶ。

 そして二発目が確実に的を捉える。若干のヒビ割れが起こるも、ガラスはまだビクともしない。


「くっ、フォルディス様、起きて!」

 ユイがこう強く念じた時、タイミング良くラウルが身じろぎした。


「…うっ」

 ぼんやりとその視界に入ったのは、拳銃を構えたユイだ。当然目を疑う。

――ユリ?…ここはどこだ――


 ラウルが目を覚ました事に気づいた男達が言う。

「おいフォルディス!あれ、お前の仲間だろう?女を潜り込ませるとは、色男のお前らしいな」

「…」状況が飲み込めないラウルは沈黙する。

 ユイの銃口は自分に向いている。

――やはり目的は私だったのか…――


 ラウルがやや朦朧としながらそう思い至った時、三発目の銃弾がガラスを突き抜けた。


 その弾はシルバーヘアの後頭部に命中。ソファから崩れ落ちるように倒れ込むボスに、部下達が駆け寄る。

「バカな…、どういう事だ!クソ、殺せ!あの女を生きて帰すな!」

「医者を呼べ!早くしろ!」

 男達はラウルの存在など忘れたように騒ぎ立てる。


 その光景を傍観していたラウルは、ようやく花屋前での襲撃を思い出した。

――いや違う。ユリは私を助けに来たのだ――


「やめろ!」

 ラウルの声は男達の罵声と銃声にかき消される。ユイに向けた発砲が止まない。さらに外からも黒服達が集まって来ている。

 ユイの危機を予感したラウルは、今度は渾身の力で叫んだ。


「やめろと言っている!」


 その直後、分厚い防弾ガラスに放射状に亀裂が入ったかと思うと、バリンッ!と凄まじい音を立てて弾け飛んだ。

 誰もが驚愕の表情となり動きを止める。その場は時が止まったように、一瞬にして静まり返った。


 いつの間にか、ラウルを縛っていたロープは解けて床に落ちていた。

 ラウルは瞬時に立ち上がり砕け散った窓から外へと飛び出すと、これまた呆然とするユイを抱き上げて軽々とテラスを乗り越えた。


「ユリ、ケガはないか?…頬から血が出ている」ユイの顔を覗き込んで言う。

「っ!フォルディス様こそ!こんなの平気、弾が掠めただけですから。それより…」

「逃げるぞ」

 無事を確認して頷いたラウルは、ユイを庭に下ろすとその手を掴んで門に走る。


 目が覚めたように男達の発砲が再開する中、二人は何の障害もなく走って行く。


「車は?」

「門の外に!フォルディス様、ここは私が。先に逃げてください、このままじゃ二人とも殺されちゃう…」

 後方から降って来る銃弾の雨に、逃げ切れないと悟ったユイが手を振り解こうとする。

「その必要はない。だがそう長くはもたん。今のうちに早く!」

「え?…で、でもっ」


 ラウルに腕を引っ張られて体勢を崩すユイ。引き摺られるようにして進む。

 なぜか四方から降って来る銃弾が一発も当たらない。どれも何かに弾かれたようにあらぬ方向へ消えて行くのだ。

 ユイは走りながら考える。

――これは一体どういう仕組み…?――


「ユリ、キーは?」

「…あ、はい、こちらに…」

 無事に門を抜けたところで、ポケットから車のキーを取り出して手渡すも、運転席に向かったラウルを見て声をかける。

「あっ!フォルディス様、運転なら私が…!」

「いや、私がしよう。久しぶりに運転したい気分だ」

「…そうですか?じゃあお願いします」


 束の間のこんなやり取りの後、セダンは疾風の如くその場を走り去った。


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