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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第一章 引き寄せ合う力
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自分に素直に(1)

「待たせたな。出せ」

 車内に乗り込んだラウルが運転手に命じ、ようやく車が動き出した。


「フォルディス様、どうかなさったの?」

「何でもない。予定の確認とダンに指示を出していた」

「そうですか。相変わらずお忙しそうですね…」

 少し寂し気に口にしたユイに、ラウルが向き直る。

「ユリ。今晩は私の寝室で休め。おまえの好みのワインを用意する。飲み直そうではないか」

「え!あのお話って本気だったの?またフォルディス様のお部屋に行ってもいいんですか?」


「ああ」表情柔らかに答えるラウル。

「嬉しいっ!やっとお許しがでたわ~!」

 両手を胸の前で組んで目を輝かせるユイに嘘偽りはない。これは正真正銘の正直な感想である。

「屋敷に着いたら、そのまま私の部屋へ来い」

「は~い!」


――って、待てよ。って事はすぐにベッドイン…なんて事もアリ?!フォルディス様ったら、我慢できなくなっちゃったのかしらっ。イヤ~ん!――

 こんな妄想が始まって体を熱くするも、ふと冷静になる。

 このまま脱がされれば相棒コルトが見つかってしまう。


 急にモジモジし始めるユイを、ダンは見逃さない。


「あの、フォルディス様?一旦お部屋に戻って着替えてからでもいいですか」

 さり気なく訴えるユイだが、ダンは見抜いている。

――やはりか。突然やって来たチャンスだからな。部屋に隠した拳銃でも取りに行くつもりだろう――


 実際はその逆なのだが。


「着替えは用意してある。私の部屋でもシャワーは使える。戻る必要はない」

「っ!で、でも…その、だから、女には何かと準備があるんですっ!」

 訳の分からない言い訳までして、ユイは必死だ。これを受けダンは確信した。

 そしてラウルも沈黙したままだ。

――マズい、逆に怪しまれた?――


 ユイが後悔しかけた時、ラウルが口を開いた。「…好きにしなさい。だが、あまり待たせるな?」

「分かりました!」


「ラウル様、よろしいのですか?」

 ダンがやや落胆気味に問えば、当然のように涼し気な表情で返される。

「そう焦るな。女性を困らせるのは私の美学に反する。余裕のない男は嫌われるぞ?」

 たちまち顔を真っ赤にしたのはダンである。

――そっ!そういう意味ではなく…!!――


 今の状態で身包み剥がせば、容易に拳銃は見つかる。

 だが、持っていただけでは刺客の証拠にはならない。護身用だと言われればそれまでなのだ。意味をなさない事はどうでもいい、ラウルはそう考えている。


 そしてこんなキザなセリフを目の当たりにしたユイはもちろん…。

――カッコいい~っ、フォルディス様っ!――と目をハートにするのだった。


・・・


 部屋に戻ったユイは急いでコルトを隠す。


「さすがに寝室で登場する機会はないもんね。寝室じゃなくても、この屋敷では必要なさそうだけど…」それでも極力肌身離したくない。ほんの一時でも名残惜しい。

 コルトはユイの相棒であり、力の源なのだから。


 これが登場するのは誰かを守る時だ。それは当然自分も含まれるはずだが、ユイの場合はいつだって周囲の誰かを守るため。

 そして今回はラウルを守るためという事になる。

 当のラウルはユイを狙っているというのに!


 手早く着替えて廊下に出ると、ダンが待ち構えていた。これはいつもの事なので、もう驚いたりはしない。

「では参りましょう」

「は~い」


 ユイをチラリと見下ろし、ダンは拳銃を隠し持っていそうな箇所を探って行く。

――やはりあの裾の裏辺りが怪しいな――

 ユイの身に着けている薄手のワンピースでは、上半身には隠す場所はない。ダンの視線は自然とスカート部分の方に向く。


「どうかしました?あっ、裾ほつれてたりします?」

「…いえ。良くお似合いです」

「?」

 一言だけ返してダンは無言で廊下を歩いた。


 部屋に着くと、一礼して去って行く。


「変なの!やっぱり今日のダンさん何かおかしい!」

「どうかしたか?」

「フォルディス様、お待たせしました。ダンさん、疲れてるんでしょうか?」

「なぜだ」

 今日は大した仕事は任せていないが、とラウルは真剣に考える。

「何かいつもと様子が違う気がしたので」


 それは単にユイに見惚れていただけの事。ユイ本人は全く気づいていない。


「おまえがあまりに美しかったから、驚いたのだろう。私も驚いたよ」

 ラウルがダンの心境に気づいた訳ではないが、述べる言葉は本心だ。

「ええ~?ないない!って、え?今、フォルディス様も驚いたって言いました?」

「ああ。おまえにはもっと魅力が潜んでいそうだな。今日はご苦労だった」ユイを部屋へと招き入れながら労いの言葉をかける。


――きゃ~っ、そんなに気に入ってくれてたの…嬉しいんだけどっ!――

 ユイはソファに誘導されて表向きは静かに腰を下ろす。


 側にあるガラステーブルには、冷やされた白ワインがペアグラスと共に用意されている。

「早速飲もう。それとも食事がいいか?」

「あ、お食事は大丈夫です。ちょっとずつお料理摘まんでたので、結構お腹いっぱいで」

「そうか。私もだ」


 美しい所作でワインのコルクを抜くラウルを、食い入るように見る。それはまるで映画のワンシーンのようで、目が離せないくらい素敵だったから。


「さあ」

「っ!…ありがとうございます」

 ぼんやりしているところに声をかけられて、ユイはビクリと肩を震わせる。

 こんな一部始終はすでにダン及び部下達に見られ、会話も余さず盗聴されている。

「まだ緊張しているのか?ここはパーティ会場ではないぞ」少し笑ってラウルが言う。


――ダメだ、私もう…この人に惚れてしまいそうっ――

 これが仕事だという事も忘れて胸を熱くする。すでに最近そんな事が多い気がする。

 そんな中で、ユイの脳裏に依頼人と交わした会話が甦る。女は皆ラウルの虜になると。自分も例外ではなかったという事だ。


――あの勝負はどうやら私の負けね。でもこの人になら負けてもいい!ああフォルディス様…好きですっ――


 高ぶった気持ちのまま、勧められた白ワインの香りを嗅いでみる。

「ん~いい香り…こんなの初めて!」

「私の気に入りの一つだ。口に合うだろうか」

「はぁっ…!とっても美味しいですっ」


 それは一本何十万するか知れない超高級品である。最初は遠慮していたものの、あまりの美味さに飲みまくったユイは、あっという間に酔いが回り出した。


「ああ…何だか酔っちゃったみたい。熱~いっ」

 大胆にも着ているワンピースの裾を腿まで持ち上げてヒラヒラさせる。


「窓を開けよう」

「フォルディス様ったら、誰かに見られちゃいますよ?」

「こんな夜更けに誰も歩いていない。いるとすればシカか野ウサギくらいだろう」

「えっ、野ウサギ?お庭にも入って来るんですか?」

「ああ。庭が広いものでね。どこかに巣があるのだろう」

 今は暗闇で見えない林の方に目を向けながらラウルが語る。


 これを受け、ユイは窓から身を乗り出して暗闇に目を凝らす。

「え~見てみた~い!どっかにいないかしら…っ」

 それを黙って見守るラウルだが、見張りをしていたダン他一同の部下達が慌てたのは言うまでもない。


――もしウサちゃんがここに飛び込んで来たら…こう受け止める!いや、こうがいいいかな?それともこう…――

 酔っ払いのユイは動作付きでこんな妄想を始める。


 当然ラウルには意味が分からない。「?」

――一体何をしているのだ。…もしや監視に気づいたのか?――


 窓全開でいつまでもおかしな動きを繰り返すユイに、いい加減ラウルも飽きて来る。

「ユリ。そろそろ窓を閉めよう。こちらへ来い」痺れを切らして声をかける。

「あっ…ごめんなさい!勝手に盛り上がっちゃって」


 振り返ったユイにラウルが手を伸ばす。そこへユイの左手が無意識に差し出された。

「おまえは左利きだったか」

「そうですよ。なぜ?」

「…とっさに出るのが左手だから、か」

「ふふっ、そうですね、とっさにこっちの手が出ます。そうするとフォルディス様は…右ですね」

「ああ」


 そのまま二人が見つめ合う。とても良い雰囲気だ。


 このままベッドインか?それとも拳銃が登場か?ギャラリーは固唾をのんで二人の様子を観察し続ける。

 当然、一番ヤキモキしているのはダンだ。

――いい感じじゃないか…クソっ、あんな女がラウル様と…やはり許せない。早く正体を現せ!――

 ダンは誰よりも早く自分が撃ち抜いてやると心に誓う。


 一方ユイにはそんな素振りは微塵もない。

 ワンピースの裾が捲り上がっても、そこに拳銃はない。その顔はただただ恋する乙女。酔っているせいで足元さえもおぼつかない。これが演技ならば大した役者だ。


「油断するな、ラウル様に何かあれば構わず撃て!」

「しかしなぁ。本当にあのユリ様が刺客なのか?」

「冗談だろ!あんないいコが!」

 ユイの人柄を知る部下達。


 口々にこんな事を言い出すのを見てダンは思う。

――やはりボスを守れるのは自分しかいない!――


「やる気のないヤツは戻っていい」

「やる気ありますっ!いさせてくださいっ!」

 即座にこんな返答が一斉にこだまする。ボスとユイのベッドシーンが見られるかもしれない機会を逃す訳には行かない。

 本日の見張りに任命されなかった者達の落胆は計り知れない。


 この時点で、ダン以外の誰一人としてユイを疑っている者はいなかった。だからユイを撃たなければならないという葛藤は、誰も抱いていない。

 ダンはユイを初めから敵視しているため、殺す事に何の迷いもない。


 そうこうする間も寝室内では、二人の距離が徐々に近づきつつあった。


――今銃ダコの事を持ち出すのは無粋か…――

 蕩け切った顔のユイを見つめて考えるラウル。


 これまで彼女を見ていて、ベッドに誘いたいと思った事は一度もなかった。

 だが今は違う。目の前の女は明らかに自分に好意を持っている顔だ。そんな顔を常に向けられ続けてきたラウルには一目瞭然なのだ。


 ユイからは、若い女特有の甘い香りがいつも以上に色濃く漂ってくる。

 それを深く吸い込んでから、ラウルはやや熱の籠もった息を漏らす。それに反応するようにユイが名を呼ぶ。

「フォルディス様…」


 絡んだ指に力が入れられ、立ち上がったラウルにベッドへと誘導されるユイ。

 ベッドに静かに倒されて組み敷かれる。真上からの視線を浴びて、ユイはラウルを見上げる。

――いいの?ユイ!…こんな事したら本当に…――

 引き返せないくらいのめり込んでしまう。


 だが体は言う事を聞いてくれそうにない。ユイはラウルを求めていた。


 それを察したラウルは、何の躊躇いもなくユイのワンピースを脱がせた。

 当然そこにコルトの姿はない。薄いキャミソールとショーツを身に着けただけのユイがいる。


「っ、待って、フォルディス様…照明を落として?恥ずかしいわ」

「おまえをよく見たい。このままで」

「でもっ…」

「恥ずかしがる事はない。ユリはとても綺麗、だ…」

 一瞬ラウルが言葉を途切れさせた。それはユイの体にあった銃弾痕らしき複数のアザを見つけたからだ。


「ちっともキレイじゃないですよ、私は…」

「おまえは子供の頃からお転婆だったようだな」

 他にも多々ある傷跡にそっと触れながら、ラウルが耳元で囁く。


 ユイは警戒心もなくその感覚に身を震わせるだけだ。そこに不自然さは全くない。

 この無防備すぎる姿に、ラウルはこの女が刺客でない事を悟った。

 ならば照明を点けたままにする必要はない。身体検査をする目的もあったが、常日頃拳銃を扱う身ならば、それなりにケガをする機会も多いはずとの結論に達する。


 こんな冷静な分析をされているとも知らずに、ユイは甘い声を漏らす。

「あんっ…くすぐったいっ」

「ふっ!本当におまえは可愛いな」


 程よく引き締まった肉体は、いつも見る女とは一味違う。

 少女のようなあどけなさと小悪魔的魅力を併せ持つ女。ミステリアスな素性がさらにラウルの興味を惹き付ける。

――今まで気づかなかったが…この女、見れば見る程に魅力的ではないか。素性も体も…全て私がこの手で暴くとしよう――


「初心な反応だ。そう緊張するな」

「っ、ふ、フォルディス様は、…経験豊富な大人の女性の方がお好きなんでしょ」

「そんな事はない」

「でも…そういう方とも、たくさんされたんですよね…」

「そうだな」

「っ!そこは否定してほしかったなぁ…」

「私は嘘はつかない」

「…いいです、大丈夫です」


 ユイの男性経験はゼロに近い。3年前にブロンドの英国人とそんな仲になったが、すでに自然消滅している。


「落ち込むな。おまえは十分魅力的だ」

「ほんと、ですかっ…?」

「ああ」

「ウソは、つかないんですものね」頬を赤らめたユイがそう言って微笑む。


「もっとリラックスしろ。今日は緊張の連続だっただろう?」

「そりゃあもう…!」

 まさか公的のパーティ会場でスナイパーに出くわすとは思いもしない。そんな事は口に出せないが。


 憤慨するユイの唇にそっとキスを落として、ラウルは順調に行為を進める。

 忘れるなかれ、こんな様子は余すところなく見られている。その見られているという事実が、さらにラウルを燃えさせた。

 男慣れしていない体、だがしかし、その体は隙なく鍛え上げられている。

 何よりユイの放つ香りは堪らなく極上で、酒にも酔わないラウルがその色香に酔いそうだ。


「ああユリ…、おまえは最高ではないか!」

――これは久々に、病みつきになりそうだ…――


 数々の疑惑もそっちのけで、たちまち見る目が変わってしまったラウルであった。


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