第6章のちょっと前「千客万来で嬉しいけど、今はちょっとそっとしておいてほしい勇者」②
夕飯と朝食はイチゴとミルクにお願いして、わたしは私物化してる客間のベッドで早めに眠りに就いた。
再び目が覚めたのは翌朝の八時。
まだ頭は割れるように痛いままで、熱のせいで指先の感覚はぼやけ、身体がずっしりと重かった。
寒気も咳もある。もしかして悪化してはいないだろうか。
本当はもう少し眠っていた方がいいのだろう。
けれど目の前の光景を見て、そんな考えは吹っ飛んでしまった。
わたしの部屋には、上半身裸の筋骨隆々ムキムキマッチョが三十人ほど詰め掛けていて、
彼らが寸分違わずぴったりとシンクロした動きをしていたのだ。
ズン! ズンズンッ! ズン! ド、コッ!
ズン! ズンズンッ! ズン! ド、コッ!
「……きよし?」
思わず口を突いて出たのは、ちょうどわたしが生まれた年にヒットした名曲の歌詞だった。
「おぉ! 目が覚めましたか!」
そう言ったのは、マッチョ三十人の代表、マッスルボブだった。
「覚えておいでですか? 自分は『筋肉ガルム軍』の自称総司令、マッスルボブであります!」
「う、うん。覚えてるよ」
というか、こんな強烈な名前と存在、一度聞いたら忘れられないっての。
「あのさ。現状を知りたいんだけど……どうしたの?」
マッスルボブが胸(大胸筋)を張って答える。
「香澄様が体調を崩されたと聞き、馳せ参じました。今こそ我らがリサイタルで元気付けて差し上げねばと!」
「えっと……あの……」
「六十の大胸筋が奏でる合奏を、是非とも聴いていただきたいのですっ!」
キラキラと。それはもうキラキラと。
三十人のマッチョのまっすぐな澄んだ瞳が、わたしを見つめていた。
どうしよう、断れない……
「では、一曲目。お聞きください!」
せめて早く終わらないかなぁと、嬉々とするボブの言葉を聞きながらそう思っていた。
けれど、わたしのその考えは、一瞬で吹き飛んでしまう。
ピィ――――――――ッ!
ズンチャッズンチャッ、ズンチャッズンチャッ!
高らかに響く指笛。
そしてそれに続く、ヒューマンビートボックスの重奏。
フィンガースナップやボディパーカッションを取り入れ、足が床を擦る音、絹擦れから呼吸の音、腕が空気を斬る音が三十人分重なり、本当に肉体だけでひとつの音楽を作り出していた。
腕を曲げる筋肉の音が重なって轟き、六十の大胸筋の躍動が重低音を作り出す。
意図的に生み出される一瞬の静寂も曲の一部として取り入れ、何より凄いのは、それぞれが同時にいくつもの音をその身体から生み出していることだった。
力強さを前面に押し出した動きはダンスとしての完成度も高く、わたしは何度も息を呑んだ。
そして最後にキメポーズ。
「「フォゥ、フォォ――――――ゥッ!!」」
その声が響き渡ったとき、わたしは自然と拍手をしていた。
「すごい、すごいっ!」
「ご満足いただけたようで何よりです。諸君、喜び給え! 大成功だっ!!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
マッチョ達は互いに笑い合ったり、腕を組んだり、中には涙を流している人もいて、わたしまで嬉しくなってしまう。
「よかった……」
ぽつりと、マッチョ達の一人が呟いたのが聞こえた。
そして小さな声だったけど、確かにわたしは聞いたのだ。
「香澄さんが笑ってくれてよかった」と。
どうしてだろう、涙が出そうになる。風邪で弱っているせいなのかな?
その一言で、気持ちがすっごいあったかくなるのを感じたのだ。
筋肉ガルム軍の皆さんが気を付けをし、「「ありがとうございました!」」と頭を下げて部屋を出て行く。
わたしはそれを、涙をこらえて精一杯の笑顔で見送った。
というわけで、今のが【来客その1:マッスルボブ御一行様】。
少し気が楽になって、もう少し寝ようと思ったところで、入れ替わりに【来客その2】が部屋に入ってきたのだ。
「おう、姫っ子。体調を崩したって聞いたが、大丈夫か?」
「あ、ガルム。そうなの、ちょっと風邪を引いちゃったみたいで」
「そいつぁいけねぇ。日頃の鍛え方が足りないせいだぞ?」
それからガルムはわたしの手を掴むと、ずかずかと歩き出した。
「ちょっ、ガルム? どこ行くの?」
「練兵場だ! 今から鍛えるぞ!」
「……は?」
自信満々で笑うガルムに、わたしは自分の耳を疑った。
ってか、えっ? 意味わかんないんだけど?
「今の流れで、何でそうなるの?」
「何言ってんだ、鍛えるのは今からだって遅くはねぇ。病気なんかに負けねぇ丈夫な身体を作れば、風邪なんて一瞬で吹っ飛んじまうに決まってんだろ!」
「そんなわけないじゃんっ!」
「俺は午後から視察の予定が入ってるが、それまでなら時間がある。今日はいつもの三倍……いや、五倍で行こうか!」
「いやそれ死んじゃう! ってかちょっと、話を聞いてよっ!」
「よっしゃぁぁぁ、燃えてきたぁっ! 今日も練兵張り切っていくぜぇっ!」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
問答無用でわたしは練兵場に引きずられ……
本当に通常の五倍のノルマを課せられ……
「おぉ! 香澄さん、もう体調は戻られたのですね!」
練兵中にマッスルボブが声を掛けてくれるが……
そんなわけないじゃんっ!
マジで歩くのも辛いってのに!
「香澄さん、俺達も付き合います! 筋肉ガルム隊一同、燃えていくぞぉぉっ!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
いや、ってか本当に無理だからっ!
「走り込みのときはこれです! 『躍動する大腿筋の全力疾走曲』っ!」
嘘っ、走りながら演奏してる!? でも、わたしが必死に(ものの例えにあらず)走ってるってのに、その余裕がムカつくっ!
「香澄さんを応援するぞぉぉぉっ!」
「「KASUMI!! KASUMI!! KASUMI!! KASUMIっ!! うぉぉぉぉっ!」」
もう嫌だ……もう嫌だぁぁぁぁぁっ!
そしてわたしは、いつもの二倍の鍛錬をクリアしたあたりで気を失って、医務室に運ばれることとなった。
ねぇ、誰か褒めて。
わたし、頑張ったんだよ?






