第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑲
「ねぇ……クロウ。探しに行かない?」
「探しにって、岩崎を?」
訝しむクロウに、菫は頷く。
すでに時刻は十時を過ぎている。いつもならば四時間前には帰ってきているはずなのだから、クロウも気になっていないわけではなかった。
だけど……
「菫。俺がやれば扉は壊すこともできる。だけど、菫の首に爆弾を嵌めたのは岩崎だ。別に心配する必要なんて……」
「だって岩崎さん、悪い人じゃない……気がするから」
「………………」
確かに岩崎は、菫にもクロウにも一切手を出そうとはしなかった。
岩崎は悪い奴ではないのかもしれないと、クロウだって考えたこともある。
けれど岩崎は、恭司郎をその手に掛けた。
岩崎を許す気は無いし、今でも恨んでいる。以前のクロウならば、すぐにでも首を刎ねていたはずだ。いっそ、このまま死んでくれていたら……
「あたしだけでも行くから!」
「待てって、菫っ!」
「怪我もしてるんだし、クロウは休んでて。お昼ぐらいまでには戻るから」
「……ああもう、畜生! 分かった、俺も行くって!」
万が一のために書置きを残し、扉を壊してクロウたちは部屋を出る。
岩崎は思いのほか早く見つかった。
アパートの駐車場。壊れた街灯のすぐ下。
岩崎は殴られたような無数の痣と、数箇所の刺し傷を負った状態で、街灯の柱に背中を預けて座っていた。
「岩崎さんっ!」
「岩崎っ! おいっ、大丈夫か!?」
「何だ、テメェら。自力で出られたのかよ……」
岩崎の脇には、今日も新たに小さな鞄が三つ。おそらくその中には、麻薬の袋と、取引で得た金が入っているのだろう。
だけど、取引していたのはこいつじゃない。
岩崎は、取引している売人を殺して回っていたのだ。
「相手は、やはり東京か?」
「ああ……鷹峰組だった。今日、ようやく吐かせたが、俺自身はこのザマだ。義親父か、井上組長でも構わねぇ、伝えてくれ……」
「……ンなもん、テメェで伝えろよ」
「今更、どの面提げて会えってんだよ」
それから岩崎は、よろけた足で立ち上がると、菫の首――そこに着けられている爆弾入りの首輪へと手を伸ばす。
クロウがその手を阻もうとするが、岩崎は「違ぇよ」とだけ言って、それから菫の首の爆弾を外した。
「どういうつもりだ?」
「その必要が……無くなっただけだっ、ごほごほっ……」
咳き込むたびに口から血を吐きながら、それでも岩崎は言葉を続けた。
「石鏡組は、井上組の傘下に入った。テメェらの勝ちだ。だからもう、俺がテメェを足止めする理由も無ぇんだよ」
そして、どうして井上組が勝てたのかを聞くと、「井上組長が前線に出て、クロウの穴を埋めたらしい」とだけ答えた。
もう岩崎は歩くのも苦しいようで、言い終えるとまた街灯に背を預ける。
本来ならば、クロウは岩崎を殺すべきだった。
恭司郎を殺した。
菫を誘拐した。
その落とし前はつけなくちゃいけない。
そのどちらにも、クロウは憤りを感じているはずだった。
それなのに、
「……殺せ。それが筋だ」
クロウは、岩崎が差し出す拳銃の柄を握ることができなかった。
「見つけたぞ、岩崎ぃぃぃっ!」
そのとき聞こえてきたのは、銀次の声だった。
それに続いて、いくつも足音が追いかけてきている。
「いたぞ、岩崎さんだっ!」
「待てや銀次、テメェ!」
「岩崎さんを守れ! 絶対に殺らせるな!」
「――うるせぇよ」
追ってきた石鏡組組員達の足を、銀次は銃で撃ち抜く。
倒れた者達には目もくれず、銀次は岩崎の前に立つと、岩崎の額に銃口を向けた。
岩崎がただ一言、「殺せ」と言う。
銀次の顔は怒りに染まっていて、その指先がまさに引き鉄を引こうとしたときだった。
「やめて! 殺さないでっ!」
そう叫んだのは菫だった。
それに銀次は眉一つ動かさず、冷たいままの眼で振り返って言う。
「それはできません、お嬢」
「なんでっ! あたしのことだったら、何もされてない! 岩崎さんは悪い人じゃないと思うの! だから……」
嫌な予感がした。いや、確信があった。
菫には聞かせたくない言葉が頭の中に思い浮かんで、菫には知らないままでいて欲しいと、頼むから伝えないで欲しいと、そう願わずにはいられなかった。
「こいつは恭司郎の仇です。恭司郎は、岩崎に殺されたんです」
銀次は言った。
それは、クロウが菫に一番聞かせたくない言葉だった。
「そんな……恭司郎さんが、死んだ?」
「そうです。だからお嬢! 俺にこいつを殺させてくださいっ!」
菫の顔が俯く。
まだ子供とはいえ、菫は井上組組長の娘だ。極道の社会の生き方については知っていて、銀次の気持ちも分かってしまうのだと思う。
クロウだって、何が正しいのかなんて分からなかった。
けれど、それでも……
「そっか……じゃぁ、仕方が無いん……だよね?」
菫にそんな言葉を言わせてしまったことは、胸が軋むほど悲しかった。
銃声が響く。
本当にこれでいいのか?
いくら考えても分からなくて、けれど咄嗟にクロウの手は動いていた。
ほんの一瞬。クロウの手に金色の光が宿った気がした。
クロウは気が付けば、岩崎の頭を撃ちぬくはずだった銃弾をその手で阻んでいた。
「クロウ! テメエ、どっちの味方だっ!?」
激昂する銀次に、けれどクロウは、今ならはっきりと言うことができる。
これが、自分の気持ちだと。
これが、自分の守りたいものなのだと。
岩崎を恨んでいるのも、井上組を大事に思っているのも、銀次と一緒だ。人殺しを庇うなんて、ましてや勇者のすることでもない。
義務でもない。責任でもない。
それでも……
「俺は、菫の味方です」
「――――――っ、」
銀次がクロウを殴る。
クロウはそれを、避けも防ぎもしなかった。
頬を殴られ、腹を殴られ、肋骨を折られ、それでも銀次と岩崎の間に立ち続けた。顎を殴られ、側頭を蹴られ、倒れたあとに何度も踏まれて、それでも銀次の足にしがみついた。
「もういい……クロウ」
岩崎が言う。
「ふざけんなっ!」
クロウは叫ぶ。
「テメェなんか嫌いだ! テメェがどんなに大層な大儀を掲げようが、俺は恭司郎さんを殺したお前を許さない! けどなぁ、テメェに生きて欲しいって思ってる人間がいるんだろうがよ! そいつらのために死ぬ気で生きてみろってんだ!」
「ふざけてんのはテメェだ、クロウ!」
「銀次さん……」
「岩崎は殺す! こいつだけは許せねぇ……それはテメェも一緒だろ、クロウ! 誰が悲しもうが、誰に恨まれようが知ったことか! もう一回石鏡組を全員敵に回してでも、恭司郎の仇は俺が討たなきゃいけねぇんだよっ!」
クロウの腕を振り払い、再び銀次が銃口を岩崎に向ける。
けれどそのとき、二人の間に割って入ったのは菫だった。
「お嬢……どいてください」
銀次の言葉に、しかし菫はそこから動かなかった。
足が震え、唇も青ざめている。
今にも泣きそうな顔で、それでも顔を俯かせず、銀次の前に立ち続けた。
「お嬢……俺に、殺させてください……」
銀次の指が震えて、引き鉄がカタカタと鳴る。
いつ弾みで暴発するかもしれない拳銃の前で、それでも菫は一歩も動かない。
「お嬢……」
菫は無言で銀次を睨む。
そして小さく、しかしはっきりと、首を横に振ったのだ。
「畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
銀次が拳銃を地面に叩きつける。
アスファルトに伏せて泣きながら、銀次はもう帰らない仲間の名前を何度も何度も呼び続けた。
翌日。恭司郎を含めた、今回の抗争で亡くなった組員の葬儀が執り行われた。
恭司郎の遺体は未だ発見されず、置かれている棺の中身は空っぽのままだった。
昨日、事務所に戻ったクロウは秋桜に事の次第を伝えた。
秋桜が『岩崎殺す』と暴れだし、銀次のときと同様のことがもう一度繰り広げられたが、最終的には菫の『そういうことするパパ嫌い!』の一言で、最前線で戦った功労者へ大きな心の傷を刻みつつも沈静化した。
石鏡組は井上組の傘下となり、事実上、井上組は県下の殆どを縄張りとする組織へと発展した。岩崎から聞いた麻薬の件を秋桜に伝えると、『それは許せねぇな』と、石鏡組長と意気投合したようだった。
こうして、合わせて死者十三名、逮捕者二十六名を出した抗争は幕を閉じたのだった。
「ところで銀次さん……」
クロウは隣に座る銀次に小声で声を掛ける。
「ん、どうした?」
「あれ……何で恭司郎さんの横に、俺の写真が置かれてるんですか?」
「ん? ああ……いっけね」
「………………」
「いや、ほら、アレだ。五日も行方知れずだったからよぉ、ベンツと一緒にボーンと逝っちまったのかって思ってな。まぁ、式も始まっちまってることだし……しょうがなくね? 仕方が無ぇだろ、な?」
「しょうがなく無いッスよ! 何、人のこと勝手に殺してんですかっ!(小声)」
「悪ぃ……悪かったって」
アパートから事務所に帰ってからは、銀次はクロウに、いつもどおりに振舞おうとしてくれている。
無理をしているのが見え見えだけれど、今はとてもありがたかった。
葬儀が終わると、クロウは秋桜に呼び出された。
「クロウ。行けるか?」
「はい」
「お前にはこういうものがあったほうがいいだろ。使え」
「ありがとうございます」
クロウが秋桜から受け取ったのは、一振りの日本刀だった。
葬式を終えたその足で、クロウは東京へと向かう。
『テメェの間違いはよぉ、護るための力を殺すために使おうとしたことだ』
もう絶対に間違えない。
刀に金色の光を宿し、今度こそ護るために、クロウはその刃を振るった。
誰一人として殺さず、しかし誰もの心に恐怖を刻み込んで、その三日後の夜、鷹峰組はクロウ一人の手によって解散した。
鷹峰組の事務所をクロウが出たとき、そこにはクロウがよく知る男が待ち構えるように立っていた。
「やはり生きていましたか……いや、一度死んではいるんでしたっけ?」
「ああ。二週間やそこらしか経ってねぇのに、随分と久しぶりな気がすんなぁ」
冷静になって、少し考えれば分かることだった。
魔王に迫るほどの、炎を使う魔族。クロウはその正体に心当たりがあったのだ。
思い返せば、クロウがこちらの世界に来てすぐに起きた、菫の交通事故。
あれはもともと、菫の姉である香澄を狙ったものだった。
石鏡組も、そしてそれ以外の組も、香澄の命を狙う理由は無い。
あの事件は、こいつらの仕業だったのだ。
「恭司郎さん。あなたは俺達の敵ですか?」
「いいや。勇者であるお前が、俺達魔族の敵なんだよ」
夜の明かりで、恭司郎の口元が笑うのが見えた。
その背後には十人の人影があり、その全員が身体に魔力を通わせた魔族だった。
「どうせまた無茶してボロボロなんだろ? 同じ義親父に仕えて、同じ釜の飯を食った誼みだ。今日のところは見逃してやるよ」
「………………」
一瞬で炎が燃え上がり、それが消えたときにはもう、恭司郎達の姿は無かった。
それでも、生きていてくれてよかったと、素直にそう思えた。
冷たい風が吹き抜ける中、クロウは自分が笑っていることに気付く。
「恭司郎さん。俺は……あなたの味方です」
聞こえないと知りつつ。届かないと知りつつ。
黒く広がる摩天楼のどこかにいる恭司郎に宛てて、クロウは呟いた。
今回の外伝ですが、執筆が難航している際に、Twitterや割烹、感想などで、色々な方に応援していただきました。
本当にありがとうございました。
また次章まで時間が空いてしまうと思いますが、何卒よろしくお願いします。






