第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑱
「クロウ。お前は俺に付いてきてもらう」
煙の中、それでもその声に聞き覚えがあった。
顔が見えなくても、一度戦ったクロウなら忘れはしない。声がした方へ、気配を感じた方へと手を伸ばし、そしてその男の胸倉を掴む。
「岩崎、お前の仕業かぁっ!!」
「状況が分かっていないようだから教えてやるよ。お前はそれでも俺を殴れるのか?」
次第に煙が晴れる。
岩崎が見せてきたスマホの画面には、両手両足を縛られた菫の画像が映し出されていたのだ。菫の首元には、見たことも無い機械のようなものが取り付けられている。
「岩崎っ! 菫に何をしやがったっ!」
「あぁ? まだ何もしちゃいねぇさ。だからお前次第だって言ってんだよ。どうすんだよ、井上組のクロウさんよぉ?」
「……何処へだって行ってやる。だから菫に手ぇ出すんじゃねぇ」
「おぉ。素直で良いじゃねぇか」
しかし、直後、銃声。
振り返ると、こちらに駆け寄ろうとしていた藤堂が右足を撃ち抜かれて倒れていた。
そしてそれを撃ったのは、岩崎だった。
「若頭……いや、藤堂さん。俺はもう手遅れです。戻れません。ですから、組の方はお願いします」
車に乗せられて、クロウが連れて行かれた先は、今はもう使われていないコンクリート壁のアパートだった。
ケータイと拳銃は没収され、喋れば撃つと銃を突きつけられながら、クロウは階段を上る。岩崎は自分の身体に巻いた爆発物をクロウに見せてから、「この部屋だ」と、『504』と書かれた扉を指差した。
「………………」
まるで幽霊でも出そうな廃墟。ここら一帯は同様の建物が立ち並び、大声で叫んだところで誰にも届かないだろう。
「テメェ、何が狙いなんだ?」
「俺はこの戦争が終わるまで、この部屋からテメェを出られなくするだけだよ。ベランダにも部屋の中にも、首輪にも爆弾は仕掛けてある。俺にそんなモン使わせないでくれよな?」
「……俺一人を離脱させただけで石鏡組は勝てるのか?」
「勝てるさ。一人で組を潰せちまう、テメェみたいな規格外さえいなけりゃな。ああ、ちなみに銀次の奴は、ガソリンに引火してなきゃ生きてると思うぜ? そこまで手出しするつもりは、今の俺には無ぇからよ。それより行ってやんな。今一番心配すべきはそっちじゃねぇだろうよ?」
「………………」
扉を開ける。そしてクロウは、室内の光景に少なからず動揺した。
室内は家具も調えられ、予想に反して綺麗だったのだ。
クロウは部屋の端で座っている菫に駆け寄る。
写真で見たような拘束も無く、表情は優れないものの、とにかく無事なようだった。
「菫、大丈夫っ!?」
「うん。無理矢理つれてこられた以外は何もされてないけど……って、きゃぁぁぁぁっ! 何よ、何よっ! お腹からも、肩からも血が出てるし! あんたの方がよっぽど大丈夫じゃないじゃないのよっ!」
「これぐらい、大したこと無いから……」
「大したことあるわよっ! 馬鹿じゃないのっ! 馬鹿アホ死ねっ……じゃなくて死んじゃ駄目なの! 早く手当てしないと……」
すると、「ほらよ」と、止血用の綿と包帯がクロウたちの足元に転がる。
「嬢ちゃん、手当てしてやんな。普通の人間なら死んでる怪我だからよ」
「う、うん……」
「菫、自分でできるから……」
「うっさい馬ー鹿。死ぬなっ! あたしがやるから大人しくしてて!」
「………………」
岩崎は折りたたみ式のテーブルを部屋の真ん中に出すと、クロウ達の前にコーヒーとオレンジジュースの缶を置き、自分はその向かい側に腰を下ろした。
処置を終えて、二人で飲み物を飲んだが、毒などが入っている様子も無い。
どうやら本当に、こちらに危害を加えるつもりは無いようだった。
「岩崎。お前、どうして組を抜けた?」
栄養剤を飲み干して瓶をテーブルに置くと、岩崎は答える。
「義親父が絶対に許さねぇことをするからだ。おれはもう極道でも何でもねぇ。ただの犯罪者だよ」
それから岩崎は胸ポケットから小さな包みを取り出して投げてよこした。透明なビニールの中には少量の白い粉が入っていたのだ。
「なにこれ?」
菫がそれを手に取ると、岩崎は「絶対に開けるんじゃねぇぞ?」と念を押す。
「そいつはシャブ――つまりは麻薬だ」
「えっ! 嘘ヤダいらないっ!」
「やらねぇよ。見たらこっちに返せや」
菫から麻薬の包みを受け取ると、岩崎はそのままそれをゴミ箱へと投げ捨てる。
「この街は昔から、日本有数の港町だった。横行する麻薬を水際で食い止めようと立ち上がったのが先代で、その遺志を継いだのが義親父だ。表立ってはできないような汚いやり方かもしれねぇが、石鏡組がずっとこの街を守ってきたんだ。
けどな、最近はこいつが東京から流れてくるようになりやがった。義親父は東京ヤクザを潰すつもりだ。けどな、テメェら井上組がいたんじゃそれができねぇんだよ。井上組とは長年睨み合ってきたが、今になって抗争に踏み出したのはそういうことだ」
「……協力することはできなかったのか?」
「まぁそこらへんは意地だろうな。自分の街だから、石鏡組で守りたいんだよ、義親父は。誰から見ても非効率で、東京にだって勝ち目は薄いだろうがよ、俺は義親父のそういうところに惚れたんだからな」
「……そんな理由で、テメェは恭司郎さんを殺したのか?」
「義親父に付いていくと決めたときから、義親父の意志が俺のすべてだ。極道ってのは、そいつに命張ってんだ。非効率の穴は俺が埋める。俺のこの身がどうなろうと、邪魔は絶対にさせねぇよ」
「………………」
クロウはその言葉に、言い返すことができなかった。
岩崎は信念を持って、この暴挙に及んでいる。形は違うし、方法は間違っているのかもしれないけれど、それでもあいつは自分の守りたいもののために戦っているのだ。
暫くして、岩崎が三人分の弁当を買ってきた。
「こんなモンで悪ぃな」なんて良いながら、弁当屋のメニューの中ではそれなりに豪華なものを選んできているようだった。
「菫、怖くないか?」
「あたしは大丈夫。だけどお父さん達が心配かな。今、岩崎さんの組と、その……殺し合いしてるんでしょ?」
「そうだな……」
クロウだって、心配していないと言ったら嘘になる。
けれど今はそれ以上に……
「菫。君は絶対に、俺が守るから」
「はぁ? だから怖くないって言ってるでしょっ!」
「そうだな。菫は強いもんな」
「そうよ! 無理なんてしてないんだから!」
しかしふと、クロウの手が握られる。
そして小さく「ありがと」と、菫が呟いたのが聞こえた。
夜になるとまた、岩崎は出かけていった。
その隙に部屋を調べたところ、爆発物らしきものは五箇所に仕掛けられていて、そのどれもがコンセントに繋がれている状態だった。不用意に動かすわけにもいかず、脱出を断念することにする。菫の首輪についても、本当に爆弾が仕掛けられていると考えた方がいいのかもしれない。
岩崎が部屋に戻ってきたのは、夜が明けてからだった。
そしてそれから三日間。何もせずに時間が過ぎる。
菫の表情が疲れて見えて、最初にテレビを点けようと言ったのはクロウからだった。
岩崎は几帳面に毎日三回、弁当と飲み物を持ってきては、「悪いな」とクロウたちに言った。
岩崎は夜になると決まって部屋を留守にし、朝まで帰らなかった。
クロウたちにとっては無為な三日間。
けれど、岩崎の疲労は次第に嵩んでいるように見えた。
「ねぇ……岩崎さん、大丈夫かな?」
「俺達が心配することじゃないだろ?」
「うん……そうなんだけど」
菫にそう答えておきながら、クロウだって岩崎のことを気になっていないわけではなかった。
岩崎は毎朝、自分の物ではない鞄を持って帰ってくる。
菫が目を離しているときにそのうちのひとつ確認したら、その中には十万円程度の札と、以前に岩崎が見せた麻薬の包みが入っていたのだ。
そして、四日目の朝。
「なぁ、岩崎。お前、ひどい顔してるぞ」
「ああ、そうかもな……っと、悪い。飯を買い忘れちまった……」
再び出かけようとする岩崎の手を引いたのは、菫だった。
クロウだって、菫と同じ気持ちだ。
「お前、ちょっとは休め! 俺達は逃げたりしないし、お前をどうこうしたりもしない。飯なら俺が買ってくるし、信用できないなら一食ぐらい抜いたって構わねぇ! 菫も心配してる……だから少し寝てろ!」
「そうはいくかよ……俺の都合に巻き込んでんだ。これ以上、テメェらに迷惑はかけられねぇよ」
「………………」
部屋の端に、岩崎の飲んだ栄養剤の瓶が溜まっていく。
それが今日は三本も増えた。
夜もまた、菫とクロウの言葉にも「これは俺がやらなきゃいけねぇんだ」とだけ言って、岩崎は部屋を出た。
翌朝――つまりは五日目の朝。
とうとう岩崎は、この部屋に帰ってこなかった。
菫誘拐事件!!
というか、僅か数ヶ月の間に、姉失踪→交通事故で昏睡→誘拐 って……
香澄同様、不幸の星の元に生まれちゃってる気がします。
岩崎も悪い奴ではありませ……いや、ヤクザだから悪い人ですね。
でも、見る側が変われば正義がひっくり返ります。
今回はちょとしたダークヒーロー的な立ち位置になってしまいました。
次話、銀色の勇者・石鏡組抗争編 完結です






