第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑰
「藤堂が入っていったビルはこれか……」
けれど、不自然だとは思っていた。
すぐ背後に立たれていても、その存在に気付けない。それが藤堂和樹という人間だったはずだ。
石鏡組若頭の立場にありながら、それはもはや暗殺者に近いのではないかと思えるほどだ。
だからクロウはビルの扉に入る直前、自分の頭上で匕首を振り抜く。
金属同士がぶつかる甲高い音がして、そしてクロウは屋上を見上げた。
「やっぱり、狙撃で来たか……」
そもそもこっちが藤堂の本職のはずだ。
クロウは屋上まで一足で跳躍し、着地直後に撃たれた銃弾も匕首で弾く。
「ひゃはっ! 良く気付いたじゃねぇか」
「俺がテメェならそうするって考えただけだ。弓と魔法なら今までに何度も浴びせられてきてるからな」
「ひゃはっ! 魔法と来たか! この目で見ちまったし、あながち馬鹿にもできなぇな。どんな修羅場くぐってんだテメェよぉ?」
「負け戦ばっかりだ。守りてぇ仲間を守りきれたのだって殆ど無ぇ。連むのはやめたはずだったのにな。成り行きで仲間を作ってみたが、このザマだ。まったく情けねぇよ。俺ぁ極道には向いてねぇのかもしれねぇな……けどよ」
けれどそれでも、クロウにはやらなくてはいけないことがある。
今までだって、そうやって前に進んできたのだ。
だからクロウは匕首を構えると、その先に光の刃を延ばす。両足に聖波動を込め、一瞬で間合いを詰める。
「テメェは殺す! この俺がよぉ!」
藤堂が一瞬たじろく。狙いは首。防ごうとした腕は間に合わず、藤堂の左手にあった拳銃が斬り飛ばされる。
「クソがっ!」
首筋に刃が迫ったところで藤堂は足から意図的に力を抜くと、下方向に回避。けれどそれもあくまで人間の範囲内の動きだ。クロウは刃を返して再び振り下ろす。
足払いしようとする藤堂の爪先を逆に蹴り返し、しかし振り下ろした刃は空を切る。
蹴り返した力を逆に利用されて、藤堂が床を転げて回避したのだ。
藤堂の右手の銃が火を噴くが、それでも相手が見えていればクロウにとっては何の障害にもならなかった。銃声と同時に一歩大きく斜めに踏み込み、
しかしその瞬間、クロウは藤堂を見失った。
「藤堂ォォォォッ!」
「こっちだ。後ろだよ」
振り返る。しかしそここには誰もいない。
そして直後、背後から銃声が聞こえた。
「ああクソ、うざってぇ! ちょこまか動きやがって!」
「そりゃこっちの台詞だ! 今のを防ぐとか意味分かんねぇよ!」
別に大したことをしたわけではない。
振り返っても藤堂がいなかったから、背後に回りこまれたと考えた。さっきの銃弾が頭を狙っていたから、今度は狙いを左胸に変えてくると読んだだけだ。
藤堂が距離を取ろうとしたところで、振り向きざまに聖波動を込めた左の裏拳を繰り出す。藤堂の右肩の骨が折れる感触があり、しかし同時にこちらも左肩をナイフで刺される。
それでもこちらの怪我は左腕で、藤堂は右腕だ。
これならば、一気に畳みかけられるはずだ。
しかし、振りぬいた右手の刃は、空を切る。
それから続いて二度、三度……クロウの攻撃が藤堂にかわされ始めたのだ。
「クソっ! 何だってんだっ!」
「ひゃはっ! そんなことも分からねぇから、仲間の一人も護れねぇんじゃねぇのかよ!」
「うるせぇ! とっとと死ねよテメェはよぉ!」
挑発されたと分かっている。それでも怒りを抑え切れなくて、匕首の振りが単調になっていく。
光の刃を大きく振ったところで一瞬藤堂を見失い、直後に右足に激痛。銃弾を撃ち込まれたのが分かった。そして藤堂を視覚的に捕らえたと思った瞬間、クロウの視界は黒い布のようなもので覆われる。それが藤堂の上着だと気付いたときには、腹に三発の銃弾を受けていた。
「ぐっ、ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
視界を覆う上着を右手で引き剥がして投げ捨て、しかし、
「終わりだ、クロウ」
藤堂の左手に握られた銃が、クロウの額に押し当てられていた。
「ぐっ……」
「テメェの間違いはよぉ、護るための力を殺すために使おうとしたことだ。まぁこの意味は死んでから考えろや」
それは、以前に魔王城で青龍にも言われた言葉だった。
そうだ。自分はそもそも何のために戦っている?
恭司郎の仇は取りたい。
護れなかったのだからせめて、目の前で笑う藤堂を殺さなくてはいけない。
恭司郎はクロウに色々なことを教えてくれた。右も左も分からなかった自分の世話を焼いてくれた、優しい人だった。一緒に馬鹿騒ぎもやった。井上組に入ってからは、銀次の暴走を止めるのはいつも恭司郎とクロウの役目だった。
引き鉄が引かれる。
なぁ。そんな恭司郎を殺した奴に、仇を討ちたいと思っちゃ駄目なのか?
『なぁ菫。俺がもし人を殺したら、お前は俺を軽蔑するか?』
『ううん。だけど……』
藤堂を捕らえる方法は簡単だ。あいつが攻撃する瞬間を狙えばいい。
だから大きく隙を作って、藤堂がクロウの目の前で引き鉄を引く瞬間を作った。
本当ならば、自分が死んでも恭司郎の仇が取れれば良いと思っていた。
けれど、藤堂の首を落とすはずの刃は、クロウの額と銃口の間を擦り抜ける。
「なっ!」
「ちくしょぉぉぉぉっ!」
クロウは匕首を投げ捨てると、藤堂の胸倉を掴んでコンクリートに叩き付け、膝を胸の上に乗せて押さえつける。
胸から取り出した拳銃を藤堂の額に突き付け、引き鉄に指を掛け……
しかしそこから、指は動かなくなった。
指が震える。力は入る。ほんの数センチ、人差し指を引くだけだ。
別にこいつが好きなわけでもない。むしろ殺したいほど憎んでいる相手のはずだ。
それなのに、どうして……
「テメェ、人を殺したことが無ぇのか?」
「いや……」
向こうの世界でクロウは魔族だけでなく、人間も何十人と殺してきた。
仕方の無かったもの。それが最善だと思ったもの。殺すつもりの無かったもの。殺したくなかったもの。けれどどのときも、クロウは自分の意思で剣を振るってきた。
「だろうな。テメェのはそういう眼だ。俺はお前がうらやましいよ」
「藤堂……」
「さっきのテメェの疑問に、俺なりにだが答えてやるよ。俺は石鏡組に入る前は暗殺の仕事をしてたんだ。善い奴が悪い奴の邪魔になったとき。無いはずの罪を被せられた奴。特に罪も何も無い奴。綺麗な姉ちゃんや幼い子供を殺したこともあった。すべての事情を知りながら、俺の指は金次第で躊躇いも無く引き鉄を引いてきたんだ」
「……仇も取れねぇ俺を馬鹿にしてんのか?」
「はっ、そうじゃねぇよ」
藤堂が笑う。
それはまるで、自分自身を嗤っているようだった。
「石鏡組に入って、まず最初に義親父に叩き込まれたのは、守ることだった。今までとは真逆の生き方だ。今でも全然馴染めねぇ。だけどそれに、俺は生き方を変える価値があると思ってる。男が男に惚れたってヤツでよ、守りてぇって思えるモンが俺にもできちまったんだよ」
『秋桜さん。今更ですけど、極道って何をするもの何ですか?』
『テメェが守りてぇモンを守る。裏社会の奴にこう言われるのも迷惑かも知れねぇが、本質的なところは勇者と何ら変わらねぇよ』
ふと脳裏を過ぎったのは、以前に秋桜から言われた言葉。
そして守りたいものと言って思い出したのは、菫の顔だった。
『なぁ菫。俺がもし人を殺したら、お前は俺を軽蔑するか?』
『ううん。だけどクロウにはそうして欲しくないから、たぶんすっごい怒ると思う。でもそれで、クロウのことを嫌いになったりはしないから』
「テメェは今、何かを守ろうとしてんじゃねぇのか? 指が動かねぇのはそのせいだ。極道に向いてるか悩んでたみてぇだけどよ、向いてると思うぜ、俺ぁよ」
「………………」
程なくして銀次が到着し、藤堂は拘束して事務所で預かることとなった。
「それと悪ィんだがよ。もう逃げたりしねぇから、一本電話をさせてくれねぇか?」
藤堂が電話をしたのは、石鏡組長へだった。自分が捕まってしまったことを何度も謝っては、電話越しに頭を下げていた。
「……銀次さん。これで戦争は終わりますか?」
「元の人数差があるからな、戦力で言えば劣勢だ。それでも俺とお前がいれば何とかなるだろうよ」
それはつまり、クロウと銀次は勝つために必須の駒だということだ。
ビルの下に停めておいた車の扉を銀次が開ける。
しかしそのとき、「チッ……」と藤堂が舌打ちした。
十分間、無警戒で路肩に停められていた車。藤堂だけが辛うじて異変に気付ける状況。藤堂の不機嫌そうな顔を見て、そしてクロウは理解する。
罠だ。
「銀次さん! 車から離れてっ!」
直後、車が爆発する。
クロウは咄嗟に跳び、藤堂が物陰に隠れたのも見えた。
けれど爆煙に巻かれて、銀次が逃げられたかどうかは確認できなかった。
救急車が到着したのは、その十分後のことだった。
どうしてだろう……
敵役が良いことを言うと、滅茶苦茶かっこいいのです。
あと書いていてふと思うのは、時折気づくと、敵役がわたしの本音を代弁してくれるのです。
敵さんにもある程度『正義』を持たせようとしてるからなのかな?
うーーーーん、謎です。






