第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑯
「若頭っ! 義親父をお願いします!」
「恭司郎さん、俺も行きます!」
恭司郎はガラスを割ると、窓枠に足を掛けて跳躍した。
炎の翼で遥か高くまで舞い上がると、そこから魔法を解いて隣のビルへ降りた。
クロウも足に聖波動を集めて跳躍。僅か一足で狙撃のあった地点へと跳び移る。
上空から見た屋上に見えたのは、貯水タンクと屋内の階段へ繋がる扉のほかには、置きっぱなしにされた狙撃銃のみ。そこには既に、人の気配はどこにも無かった。
そのはずだった。
しかし、クロウが屋上へ足を着けた瞬間、銃声が響いたのだ。
「――――――ぁっ、」
左足に二発と、右の腹に一発。クロウは激痛に膝を着く。
血を吐きながらも顔を上げて、辛うじてクロウが見たのは、貯水タンクの陰から姿を現した一人の男だった。
「ひゃはっ! 聞いてた通りだ、本当に跳んで来やがった。冗談みてぇな奴だな、全くよぉ!」
「藤堂……」
「岩崎の野郎が言うには、テメェがいるとウチらに勝ち目は無ぇんだとよ。だから悪ぃけど、死んでくれ。な?」
額に銃口が向けられる。
クロウは銃口に意識を集中し、おおよその軌道を目測すると、銃声が響くより早く匕首を額の前で構える。直後、重い衝撃。真っ直ぐに額を狙ってきた銃弾を二発弾き飛ばし、しかし、
「ぐっ……いつの間に……」
右肩に更に一発、銃弾が食い込んでいた。
予期していなかった痛みに、クロウの手から匕首が落ちる。
見ると、藤堂は左手にもう一丁、拳銃を握っていたのだ。
「チッ。胸を狙ったはずなのに、やっぱり左じゃ当たらねぇか」
けれど、普通の相手ならば、そもそもクロウは銃弾なんて受けやしない。
守りに回らざるを得なかったのも、左手の銃に気付けなかったのも、すべては相手が藤堂だったからだ。
「藤堂、テメェ!」
「ひゃはっ! 怖ぇ怖ぇ!」
恭司郎が一瞬で藤堂のとの間合いを詰めると、右手を殴って銃を弾き飛ばす。しかし藤堂は真横に跳ぶと同時、すぐさま左手の銃を右に持ち替えた。
恭司郎が匕首を突き出す。目にも留まらないはずの速さのそれを、藤堂は最小の動きで払って交わす。蹴り、殴り、掴み、その全てを、魔族である恭司郎と比べて速さで圧倒的に劣るはずの藤堂は避け続けた。
「何だよ何だよっ! ヤベぇのはこいつもじゃねぇか! ひゃはっ!」
そう言いながらも、藤堂は一度も恭司郎の攻撃を受けてはいない。藤堂が足を動かすたびに、藤堂の姿は恭司郎の死角に回り込んでいて、恭司郎は動きをワンテンポ遅らされているからだ。
だったら、こっちも……
クロウは匕首を左手で拾うと、銃弾を受けていない左足に聖波動を集める。
藤堂の背がこちらに向いた瞬間、クロウは一瞬で藤堂の背後まで跳躍していた。
しかしそれでも、
「殺気、やっと見せやがったな?」
「ぐぁっ!」
藤堂は振り返ることもせず、的確にクロウの右脇腹を蹴っていた。
「だけどそれじゃぁ駄目だ。テメェは俺が落とした銃を拾うべきだったんだよ!」
クロウの側頭が蹴られる。その間も藤堂は恭司郎の攻撃を避け続けている。受けることなく、競り合うことなく、払いと回避のみで恭司郎の攻めを無効化していた。
「やりづれぇだろ、気配を感じねぇってのは。特にテメェらみたいな、修羅場くぐってきた奴にはよぉ?」
「ああ、全くだクソ野郎。だけどな、これで……」
恭司郎が右手に炎を纏う。
けれどそれは、クロウの目から見ても悪手だった。
「隙ありだろうが。ひゃはっ! これでチェックだデタラメ野郎!」
それは、ほんの一瞬の隙のはずだった。
けれど、クロウや恭司郎が普通の人間の気配を当たり前のように認識しているように、藤堂もこちらの気配を感じることができる。
右手に魔力を集めようとしたときには、既に藤堂は恭司郎の腹に拳を放っていたのだ。
「チッ、クソがぁっ!」
よろけた恭司郎は更に蹴りを一発入れられ、屋内へと続く扉の前まで退がらされていた。
その扉は、ほんの僅かだけ隙間が開いていて……
「なぁ、見えてねぇだろ? 見えなくなるモンだよなぁ? 俺を見ようとすればするほど、周りがよぉ?」
そして、その言葉でクロウも初めて気付く。
いつもならば気付いていたであろう、扉の向こう側にある人間の気配に。
「――っ、恭司郎さんっ!」
ドンッ!
銃声。
視界が赤く染まる。
恭司郎の眉間から頭の裏側までを、一発の鉛玉が撃ち抜いていた。
「岩崎ぃぃぃぃぃっ!」
「ひゃはっ! 良いじゃねぇか、その顔っ! でもよぉ……」
「なっ!」
「させねぇよ。岩崎は殺らせねぇ」
藤堂は恭司郎の身体を掴むと、それを屋上から下へと放り投げる。
「こうしたらテメェがどっちを優先するかぐらい分かってんだ」
「畜生っ!」
恭司郎はもう死んだ。その身体を拾ったところで生き返りはしない。
そんなことは分かりきっているはずなのに、クロウは今にも落ちようとしている恭司郎へと手を伸ばした。
直後、クロウの背中が押される。
足が浮く。クロウの身体は宙に投げ出された。
「悪ぃが退かせてもらうぜ? 運よく生きてたらまた会おうや?」
「藤堂ォぉぉぉぉぉぉっ!」
ビルとビルの隙間にできた路地裏。
クロウはアスファルトに墜落し、そのまま意識を失った。
「おい、クロウ! 大丈夫か!?」
「んっ……銀次さん……」
意識を取り戻したクロウは辺りを見回す。ここはまだビルの路地裏だった。
身体は咄嗟に聖波動で強化したから、墜落による怪我は無い。それでも体勢を立て直しきれずに意識を失ってしまったのはクロウの未熟だった。
「そうだ、銀次さん! 恭司郎さんが……」
この場に恭司郎の姿は無く、しかし明らかに、クロウのものとは違う血痕があった。
そもそも眉間を撃ち抜かれていたのだ。普通に考えて、魔族であろうと即死だ。
自分に現実を見ろと言い聞かせて、クロウは事務所に戻ると、恭司郎が殺されたことを伝える。
「なぁ、テメエら。恭司郎は良い奴だったよなぁ……」
秋桜の言葉に、その場にいる誰もが頷いた。
「恭司郎無くして、この組の今日は無ぇ。石鏡組は潰す! 何が何でも、藤堂と岩崎の命ぁ殺ってこいっ!」
「「うおぉぉぉぉぉっ!!」」
そこからの井上組の反撃に容赦は無く、怒涛の勢いだった。
クロウと銀次を中心に各個撃破は継続して広範囲に移動しながら行われ、敵を拡散。石鏡組の傘下にある組の事務所を襲撃。石鏡組の経営する金融会社や賭博、違法風俗店からも火の手が上がった。
時を同じくして警察が事態の収拾に介入するが、その動向も考慮に入れて秋桜が指示を出し、逮捕者は井上組からはほとんど出ず、その大部分は石鏡組の構成員だった。
『おい、クロウ。見つけたら真っ先にテメェに知らせてやる』
クロウは秋桜の言葉を思い返す。
そのときに渡された拳銃が、内ポケットの中から歩くたびに胸を打つ。
『だからテメェが、藤堂の命ぁ取って来い!』
「殺ってやる……恭司郎さんの仇は俺が!」
そして恭司郎が岩崎に撃たれた三日後。
着信を知らせる振動音。
それは、藤堂の居場所を告げる電話だった。
クロウとまともに渡り合える人間、藤堂和樹。
あんた異世界行ってもやっていけるよ、きっと。
まぁ絶対に勇者にはなれないだろうから、呼ばれないけど。
次回、クロウvs藤堂の再戦です。






