第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑮
「おい、食い逃げ勇者! 戻るぞ!!」
「だから食い逃げてないです……って、ちょっと銀次さん、待ってくださいよっ!」
銀次と合流した後、クロウは藤堂との会話の内容を伝えた。それに銀次は血相を変えて、突然走り出したのだ。
走りながら「どうしたんですか?」と聞くクロウに、銀次は振り向かないまま答える。
「岩崎よりも先に自分が井上組を潰すって言ったんだろ? その後、テメェが足止めされたんだろ?」
「……克ち込み、ってことですか?」
「ああ! 義親父が危ねぇ!」
「分かりました。急ぎます、捕まってください」
クロウは銀次の身体を抱えると、足に聖波動を集めて大きく地面を蹴る。
自動車よりも速く、風よりも軽く、クロウは縁石の上を駆け抜けた。
裏口から事務所に入ると、「秋桜さんっ!」と組長の名前を叫ぶ。
「おう、なんだ? 血相変えて……」
秋桜と恭司郎がクロウたちに振り返る。
室内は争った形跡もなく、事務所で待機していた数人の若い衆も怪我をしている様子も無かった。
「ああクソっ! 俺の取り越し苦労かよ」
照れ隠しにそう呟く銀次に、しかしクロウは言う。
「いえ……来ます」
クロウは目を瞑ると、耳に意識を集中させる。
この事務所は二階だ。階段を上がってくる足音が複数混ざって聞こえてくるのを、神経を集中して聞き分ける。そのテンポや大きさ、音の高さから、人数は十二人……いや。
「人数は十三人。全員が銃を持っています」
先頭の一人が階段を上り終えて扉の前まで止まった。続いて十三あった足音が次第に消えていく。
ドアノブに手が触れる音。
十三人に一斉に銃を撃たれたら、もしかしたら秋桜を守りきれないかもしれない。
だからクロウは、扉が開かれるタイミングにあわせて一歩を踏み出す。
敵が入ってくる入り口は一つ。つまり扉を入ってくる瞬間だけは、敵を一人ずつ倒すことができるのだ。
「死にさらせや、この腐れ外道ぉぉぉぉっ!」
クロウは叫ぶと同時、目蓋を開いて目の前の男の顔を睨み、振りかぶった拳で思い切り、親友の顔面を殴り飛ばした。
「ひでぶ!」
「………………は? えっ??」
クロウが殴り飛ばしたのは、戦友でもある魔道師グリードだった。
そしてここは井上組の事務所ではなく、クロウが元いた世界の魔王城の敷地内だった。
えっ? ってことは克ち込みは?
事務所の中はクロウを除くと七人。銃を構えた人間を十三人も相手にして秋桜を守りきるなんて、いくら銀次がいたとしても絶望的な人数差だ。
「義親父ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
叫んだ声が届くはずも無く、遥か遠くの空に吸い込まれては消えていく。
次の瞬間、ふわりとクロウの足が地面から浮く。
「なっ、えっ……」
まるで見えない大きな手に掴まれているような感触。クロウはその見えない手に六周半ぶんぶんと振り回されたあと、森の方へと大きくブン投げられたのだ。
「ちょっ! 何だこれ! 意味分かんねぇんだけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
バキバキバキバキ、メキメキ、ドシーーーーン!
木を四本ほど薙ぎ倒して、クロウは地面に墜落する。
咄嗟に聖波動で身体を強化したから大きな傷は無いものの、全身がズキズキと痛んだ。
「ってか、俺じゃなかったら死んでたってぇの……何だ今のは?」
「大丈夫ですか?」
クロウが顔を上げると、そこには黒髪の魔族の男の子が手を差し伸べてくれていた。
「君は……」
「はい。ジョン、アクア、リィです。お久しぶりですね」
「……人間が怖いんじゃなかったのか?」
「はい。ですけど、優しい人間にも出会えましたから」
「そうか。それはよかった」
「俺の仇だくたばれ夜逃げ勇者天誅どぉぉりゃぁぁぁぁっ!」
「じゃぁ折角だし、手を貸してもらおぅぐはぁっ!」
「わっ、クロウさんっ!」
ジョンの手を握ろうとしたところでダッシュ&跳び蹴りをしてきたグリードに吹っ飛ばされて、クロウはまたもや地面にぶっ倒れる。
そして「これでお相子だからな」「えっと……大丈夫ですか?」と、不敵に笑うグリードと戸惑い状態のジョンに手を引いてもらって、クロウは立ち上がった。
「いやぁ、それにしてもクロウ。久しぶりじゃねぇか!」
「そうだな。元気そうでなによりだ。よかったよかった……ん?」
いや、良くないぞ。
クロウはこっちの世界で久しぶりに親友との再会を果たしているが、あっちの世界ではまさに克ち込みを受けている真っ最中だ。悠長に構えてる余裕は無い。
今すぐにでもあちらの世界に戻らないと……
「それにしても、本当にお前、香澄と入れ替わってたんだな。驚いたぜ、実はこの目で見るまで半信半疑だったんだけどよぉ……」
「ジーサス!! 最悪だっ!!」
入れ替わる直前、クロウは克ち込みに来た石鏡組組員に殴りかかっていたところだった。
ということはつまり、井上香澄という人間は武器の無い状態で臨戦態勢のヤクザの目の前に放り出されたということだ。
「ジョン、グリード! どうにかして、今すぐ向こうの世界に戻ることはできないか?」
「どうした? そんなに慌てて……」
クロウとその仲間が石鏡組という組織の奇襲を受けていたことと、香澄がその最前線に放り出されたことを、クロウは説明する。
しかしジョンとグリードはそれに慌てた様子も無かった。
「えっと……香澄さんですから、たぶん何とかしてしまうかと」
「だな。香澄ならたぶん大丈夫だろ」
「いや、相手十三人だから! 全員拳銃持ってるからっ!」
「だけどえっと……香澄さんは丸腰で火蜥蜴を倒した人ですし」
「朱雀を倒した女だぞ、香澄は。まぁ俺も含めて何人かは協力したけどな」
「魔族の誰もが恐れる聖獣を従えて飼っています」
「そう言や青龍と本気で喧嘩してたけど、香澄の方が少し優勢に見えたな」
「何者だそいつは!? 武器を持たずに魔獣を倒して、朱雀を倒して、青龍と争っても優勢で、魔族が恐れるほどの聖獣を従えてる!? 俺の知ってる話と違うぞ! 香澄って普通の女の子じゃなかったのか!?」
「いや、普通の女の子だな」
「ですね。普通の女の子です」
「両親がサンタという妖精のふりをしてこっそり靴下の中にプレゼントを入れる、クリスマスという年中行事でだ。去年の冬、香澄は『来年用の特大靴下がほしい』とサンタ宛の手紙を書いてポストに投函したんだ!
十五歳だ、十五歳にもなってまだサンタを信じているような娘だぞ!? 特大靴下を抱きかかえて笑顔で家族写真に写ってる香澄を見たんだよ、俺は! 香澄はもっと純粋で普通な子なはずだ!」
「ああ、それは香澄だな。アホだし」
「ですね、納得です」
「納得できるかぁっ!」
しかし二人の表情を見る限り、どの武勇伝も本当なのだろう。
どうやら香澄という少女は、クロウの想像していたのとは大きく掛け離れたトンデモ生物らしい。
「なぁ、クロウ」
グリードが言う。
「やっとこっちの世界に戻れたんだろ? また向こうの世界に行かなくてもいいんじゃねぇのか?」
確かにその通りだと思う。
けれどそれでも、クロウは首を横に振った。
「駄目だ。俺は向こうの世界で義親父を守ると誓ったんだ。今まさに奇襲を受けているってのに、悠長になんてしてられねぇよ」
「ここは魔王城で、お前は今この世界にいないと思われている。魔王の寝首を掻くこともできるはずだ。それでもか?」
「ああ、それでもだ。例え手遅れだったとしても、俺は戻らなくちゃいけないんだ」
「そっか……意地の悪いことを聞いちまったな。忘れてくれ」
それからクロウ達は、呪いを使った術者の元へと駆ける。
グリードが魔力を逆探知して、術者の居場所を特定していたのだ。
香澄と入れ替わったときというよりは、クロウが上空へ弾き飛ばされたときの魔力の流れを辿ったらしいが、結果としては同じだろう。
勝手口から魔王城に入ると、クロウ達は三階まで上り、そしてグリードが「あの扉だ」と指差した方へ走った。
「それにしてもクロウ。お前、変わったよな」
「ん、そうか?」
「ああ。何って言うのかな、少し雰囲気が優しくなった。前はもっと自分の目的とかそういうのを優先してる感じがしてたんだ」
変な話だ。極道を始めてから、そんなことを言われるなんて。
少し嬉しく思ったものの、それを言葉にするのは恥ずかしくて、
「はっ、」
うるせぇよ、ばーか、と。そうグリードに言うはずだった。
けれど、無意識でまばたきをしてしまったのだろう。
一瞬で、世界が切り替わる。
強く身体が抱きしめられている感覚。
クロウの顔のすぐ横で、涙を流しながら秋桜が叫んでいた。
「香澄っ、愛してるっ! もう絶対に離さないからなっ!」
「うるせーよ、ばーか」
「………………」
「………………」
「「………………」」
クロウは自分の顔が青ざめていくのを感じる。
ここは井上組の事務所だ。きっと秋桜の腕の中には、ほんの数秒前まで愛娘の香澄がいて、感動の再会を果たしていたのだろう。
そこでまさかの……
『うるせーよ、ばーか』
最悪だ! 最悪のタイミングだ!
室内を見回しても、誰もが唖然とした表情で言葉を失っている。手傷を負って立てないであろう石鏡組組員さえも、開いた口が塞がらない状態だ。
「あの、義親父……」
「うるせぇバカヤローっ! 俺ぁ娘に『お父さん』って呼んでもらいてぇんだよぉぉっ!」
「すみません秋桜さん……げふっ!」
「娘をっ! 俺のキュートでラブリーな娘を返せこの野郎ぉぉぉっ!」
「うわぁぁぁっ! 義親父が壊れたっ!」
「おい、義親父を止めろっ! ちょっと義親父っ、クロウを蹴るのを止めてください! 死んじまいますって!」
「香澄ぃぃぃぃぃぃっ! こんなウンコいらねぇから帰ってきてくれぇぇぇぇぇっ!」
しかしそのときだった。
クロウはふと、小さな光が発せられたのを見る。
向かいにある四階建てのビルの屋上から、男がライフルを撃ったのだ。
「義親父っ!」
叫ぶ。だけど間に合わない。
直後、銃声が響いて、窓に穴が空く。
しかし銃弾がここまで届くことはなかった。
クロウの目の前には炎が壁のように広がっていて、それが銃弾を阻んだのだ。
「そんな、馬鹿な……」
これは魔術……いや、魔法だ。
それも、銃弾を一瞬で溶かして消してしまえるぐらい強力な魔法……
それは以前に対峙した、魔王に匹敵するほどのものだった。
「義親父、怪我はありませんか?」
そう言ったのは恭司郎だった。
炎の壁は恭司郎の右手へと、吸い込まれるように消えていく。
そして恭司郎の背中には、大きな炎の翼のようなものを纏っていたのだ。
「恭司郎さん、まさか……」
窓からひんやりとした風が吹き込む。
恭司郎の耳は、クロウがよく知っている尖った形をしていた。
やっとここまできました!!
『呪われし勇者』で、香澄が元の世界へ戻ったときの裏番組です。
「俺のキュートでラブリーな娘を返せこの野郎ぉぉぉっ!」
親馬鹿組長、書いていて楽しいです。






