第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑭
「道具ばっかに頼ってんじゃねぇっ!」
クロウは拳を振るうと、五人組の最後の一人を殴り飛ばす。これで今日は三十人目だ。
クロウが傷を負って井上家に戻った二日後。
つまりは、菫と手を握り合っていたのが発覚して秋桜に半殺しにされた翌日。
抗争は明らかに激化していた。
クロウは復帰するなり、街中で石鏡組の組員を見つけては、その拳を振るっていた。
クロウだけではない。街中の至るところで抗争が起こっているのだ。
「おう、そっちも片付いたか」
別行動を取っていた銀次と偶然会い、クロウは銀次に頷く。
「はい。銀次さんも大丈夫ですか?」
「問題ねぇよ。掠り傷だ」
戦闘の数が多い上に拳銃を持っている相手も多く、お互いに無傷とはいかないものの、銀次にも大きな怪我は無いようだった。
「それにしても、秋桜さんはさすがですね」
「ああ、俺達の義親父はキレ者さ。でなけりゃこんな小さな組、とっくに石鏡組に潰されてる」
クロウと銀次が襲われた日の夜。
秋桜は緊急の幹部会を開き、こう伝えていたのだ。
四人組を作り、更にそれを二人ずつに分けて少し距離を取って行動すること。
襲われた場合は残りの二人が奇襲を仕掛けて、拳銃の使用も躊躇わないこと。
仕掛ける際は八人以上で示し合わせて、人数的に有利な状況でのみ行うこと。
そしてクロウと銀次だけは特別に単独行動をし、秋桜の策略を最大限活かすために四人組以上の敵を率先して狙っている。
井上組は今のところ、十倍の勢力差を感じさせないほどの善戦をしている。現在の戦況は五分と言ったところだ。
「銀次さんのほうは大丈夫ですか?」
「おお、大丈夫だ。余裕余裕っ! 超余裕過ぎだって!」
「……ってことは大丈夫じゃないんですね? ってか、肩に銃弾もらってるじゃないですかっ!」
「弾は抜けてるし、唾つけときゃ治るって。問題ねぇよ」
「そんなわけないじゃないですかっ! 馬鹿ですかっ、銀次さんって実は馬鹿ですかっ!?」
「ああ? そんなことねぇよ。超賢いし。滅茶苦茶頭良いし俺!」
「……ってことは自覚あるんですね」
「テメェ、いつになく強気だな。蹴り飛ばすぞ?」
「はいはい。とりあえず、これからやることは他の人には内緒でお願いしますね」
それからクロウは銀次の肩に手を当てると、聖波動を使って銀次の傷を治療する。
銀次は「おぉ~」と、感心しているような声を上げた。
「驚かないんですね?」
「いや、驚いてはいるけどよ。まぁ身近に似たようなことをできる奴がいるからな。あ、ちなみに俺より馬鹿な奴だ。そいつよりも俺の方が何倍も頭がいいからな!」
「はいはい、そういうことにしておきますね」
「………………」
魔術や聖波動による治癒術が行える人間について、興味が無いといえば嘘になる。
けれど銀次は話をはぐらかそうとしていたので、聞いても答えてはくれないだろうとクロウは思い、「そういえば」と話題を変えることにする。
「今は事務所って、秋桜さんと恭司郎さんだけなんですよね?」
「ああ、そうだな」
「秋桜さんの護衛は恭司郎さんだけで大丈夫ですか? 事務所が直接狙われることもあるんじゃ……」
「恭司郎一人いれば問題ねぇよ。それより、今一番苦しいのは義親父だ。そのことをしっかり胆に銘じとけよ?」
クロウは頷く。
この抗争ですでに双方に死者も出ている。病院送りになったり、警察に逮捕されたりするのも、これから増えていくのは避けられないはずだ。
それに対して何も感じない秋桜ではない。だからせめて、それを最小限に抑えるためにも、気合を入れなくてはいけないのだ。
「これ以上、義親父に心配をさせることなんかあっちゃいけねぇんだ。昼までまた暴れんぞ!」
「はいっ!」
十二時に秋桜へ状況報告へ行くことを確認し、クロウは銀次と別れる。
「さて、と……」
銀次はこの場を去り、けれどクロウはここから一歩も動かなかった。
ずっと前からこちらを狙っている視線に気付いていたからだ。
「俺に何の用ですか? 藤堂さん」
「ひゃはっ! 今度はちゃんと気付けたみてぇじゃねぇか!」
相変わらずの不敵な笑みを貼り付けて、藤堂が建物の陰から姿を現す。
構えていた拳銃は降ろし、けれど射殺すような目線は変わらない。その目には真剣さのほかに、どこか焦っているようにもクロウには感じた。
「どうして銃をおろしたのですか?」
「テメェにこんなモン、意味ねぇだろ? テメェを殺るなら暗殺だ。真っ向から勝とうなんて思ってねぇよ」
「では、どうして俺の前に姿を現したんですか? その目……今回はどこか余裕が無いように感じますが」
「――チッ、」
藤堂は渋い顔をしたのち、「場所を変えるぞ」と近くの喫茶店を指差した。
互いの立場上、本来ならばこうして会って話しているだけでもまずい相手同士だ。クロウは頷くと、藤堂に続いて喫茶店の一番奥の席へと向かった。
藤堂は近くにいた金髪のウエイトレスにコーヒーを二つ注文して、それから小声で何かを話した後、お金を渡していた。口止め料か何かだろうか?
それを終えると、早速藤堂は話を切り出した。
「テメェみたいな井上組のクソッタレに聞くのも筋違いだって分かってんだけど、背に腹は代えられねぇ状態になっちまってよぉ」
そして開口一番で喧嘩を売ってきやがった!
「背に腹は代えられないなら、もうちょっと言い方ってモンがあるんじゃないんですか?」
「ああ、悪ィな。今ちょっと、顔も見たく無いようなウ○コ野郎に気ぃ遣うほどこっちも余裕無かったんだ。だから察して、黙って聞くか死ぬかしてろボケが。で、テメェなんかを頼ってでも聞きたいことっていうのは……」
「……帰っていいですか?」
「はぁ? 何でだ。どうしてそうなる!?」
何でだ?じゃねぇよ! 全く改善が見られねぇからだよ糞野郎っ!
「頭に蛆湧いてんじゃねぇのか? 殺菌してやっからド頭カチ割らせろ脳内生ゴミ野郎。テメェみたいなチンカスには分からねぇかもしれねぇけど、もうちょっと人と話す努力とか必要だと思うぜ?」
「その台詞、全部お返ししますよド畜生っ!」
念のためにスマホで録音していた会話を、クロウは藤堂に聞かせる。
それを聞いた藤堂は驚いたのち、少し落ち込んでいるようだった。もしかして今ままでのが全部、素だったのだろうか?
藤堂は「悪かったなク……ロウ」と、ギリギリ『クソ野郎』と言うのを堪えて謝ってから、用件を切り出した。
「岩崎、どこにいるか知らねぇか?」
「岩崎さんが行方不明ってことですか?」
「ああ、そういうことだ」
「すみませんが、一昨日の件以来、見ていませんね」
「ってことはテメェらに殺られたってわけでもねぇってことか……クソっ!」
「……岩崎さんに何があったんですか?」
「義親父に杯返して、行方をくらませやがった。極道から足を洗う奴じゃねぇんだ。筋を外れたことでもやるつもりだろうよ。アイツとは付き合い長ぇから、何となくは分かってたんだけどよぉ」
「………………」
岩崎は石鏡組の幹部の一人で、実力もある男だ。それが抜けたとなると、石鏡組にとっては痛手のはずだし、本来ならは井上組には隠しておきたいことだったはずだ。
それでも藤堂が、クロウにそれを打ち明けたってことは……
「藤堂さん。あなたは、岩崎さんに道を踏み外させたくないんですね?」
「まぁ、そういう事になるんだろうな……岩崎はテメェが本気を出せば石鏡組を皆殺しに
できるって言ってやがった。いいか、狙われるならまずお前だ。気をつけとけよ?」
それから藤堂はコーヒーを飲み干すと、「面倒かけちまって悪ィな」とだけ言って、立ち上がろうとする。
「待ってください」
クロウは最後に一つだけ、聞いておかなくてはいけないことがあって、藤堂を呼び止める。
「藤堂さん、あなたはこれからどうするんですか?」
「ひゃはっ! ンなモン決まってんじゃねぇか。岩崎の馬鹿が動く前に、テメェらを潰すんだよ!」
「……そんなことはさせませんよ」
「イイね、その意気だ、はははっ! けどなぁ……」
直後、藤堂はクロウの手を振り切って、喫茶店の入り口へと駆けた。
「逃がすかぁぁっ!」と、咄嗟にクロウも追いかける。
しかし、
「あっ、そこのスーツが不釣合いなお客さん! お会計っ!」
「………………えっ?」
店員に予想もしていなかった言葉で呼び止められて、クロウの足が止まる。
よく見ると、その店員は藤堂がお金を渡していた金髪のウエイトレスであり、しかもメモのようなものをその手に持っている。
間違いなく藤堂の差し金だった。あんにゃろぉぉぉっ!
「ほら、お客さん、食い逃げは駄目だよ。コーヒー二杯で八百四十円ね」
「殺す……あいつ絶対殺す……」
「あんた、頭大丈夫?」
「………………」
「ねぇ、お客さん?」
「俺……そんなにスーツ似合ってねぇですか?」
「えっと、その……」
このあと更に、藤堂に財布を掏られていたことが発覚する。
地味なところだけ用意周到なクソ外道にもはや怒る気にもなれず、クロウはとても惨めな気持ちになりながら、喫茶店まで来てもらえるよう銀次に電話する羽目になった。
石鏡組との抗争激化!
井上家のパパはまさにキレ者です!
あと、何気にクロウがスマホを使いこなしています。
この異世界人、何気に順応能力が高いです。






